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岡本茂 (内務官僚)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岡本茂
おかもと しげる
生年月日1898年5月7日
出生地日本の旗日本奈良県
没年月日 (1980-09-30)1980年9月30日(82歳没)
出身校京都帝国大学法学部法律学科卒業
京都帝国大学法学部政治学科卒業
前職大阪府内政部長
所属政党自由党→)
無所属→)
自由民主党
称号勲二等瑞宝章
選挙区奈良県全県区
当選回数4回
在任期間1952年10月1日 -1953年3月14日
1958年5月22日 -1963年10月23日
1967年1月29日 -1969年12月2日
山口県の旗 官選 第27代山口県知事
在任期間1945年10月27日 -1946年1月25日
富山県の旗 官選 第31代富山県知事
在任期間1944年7月 - 1945年10月
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岡本 茂(おかもと しげる、1898年明治31年〉5月7日1980年昭和55年〉9月30日)は、日本の内務官僚政治家山口県知事(官選第27代)、富山県知事(官選第31代)、衆議院議員(4期)。旧姓は小野。

経歴

[編集]

奈良県出身。小野は奈の三男として生まれ、岡本佐七の養子となる。1924年京都帝国大学法学部政治学科を卒業。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。大学にさらに一年間在学し、1925年に法学部法律学科を卒業。内務省に入省し滋賀県属となる。

1927年島根県に移り、会計、学務、庶務の各課長を務める。以後、香川県警察部新潟県警察部の各特別高等警察課長、満洲国国務院民政部総務科長、内務省社会局事務官滋賀県書記官・警察部長、警視庁衛生部長、同保安部長、内務省計画局都市計画課長、同地方局振興課長、大阪府書記官・総務部長、同内政部長などを歴任。

1944年7月、富山県知事に就任[1]富山大空襲、終戦への対応に忙殺された。1945年10月27日、山口県知事へ転じたが、1946年1月25日、公職追放となり退官した[1][2]

1947年、皮革協会専務理事に就任。1952年10月の第25回衆議院議員総選挙奈良県全県区自由党から出馬し当選。以後、第28回第29回第31回総選挙で当選し、衆議院議員を通算四期務めた。

その他、第1次池田内閣通商産業政務次官衆議院懲罰委員長、皮革産業中央会会長、皮革産業協会会長、経済団体連合会理事、自由民主党政調会商工部長などを歴任した。

1969年秋の叙勲で勲二等瑞宝章受章(勲三等からの昇叙)[3]

1980年9月30日死去、82歳。死没日をもって銀杯一組を賜った[4]

脚注

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  1. ^ab北国年鑑 昭和34年版』 -国立国会図書館デジタルコレクション
  2. ^山口県警察史 下巻』 -国立国会図書館デジタルコレクション
  3. ^『官報』号外第146号2頁 昭和44年11月4日号
  4. ^『官報』第16122号7頁 昭和55年10月17日号

参考文献

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この節には参考文献外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注によって参照されておらず、情報源が不明瞭です 脚注を導入して、記事の信頼性向上にご協力ください。2019年7月
  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
議会
先代
堀川恭平
日本の旗衆議院懲罰委員長
1968年 - 1970年
次代
篠田弘作
官職
先代
上田誠一
山口県の旗山口県知事
官選第27代:1945年-1946年
次代
青柳一郎
先代
西村彰一
富山県の旗富山県知事
官選第31代:1944年-1945年
次代
吉武恵市
日本の旗衆議院懲罰委員長 (1968年-1970年)
帝国議会
国会
定数5
第23回
第24回
第25回
第26回
第27回
第28回
第29回
第30回
第31回
第32回
第33回
第34回
第35回
第36回
第37回
第38回
第39回
第40回
山口県の旗山口県知事(1945年-1946年)
官選
県令
知事
公選
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富山県の旗富山県知事(1944年-1945年)
官選
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