| 「山口孝」、「山口隆」、あるいは「山口高志 (曖昧さ回避)」とは別人です。 |
| やまぐち たかし 山口 崇 | |
|---|---|
| 本名 | 山口 |
| 別名義 | |
| 生年月日 | (1936-11-17)1936年11月17日 |
| 没年月日 | (2025-04-18)2025年4月18日(88歳没) |
| 出生地 | |
| 死没地 | |
| 国籍 | |
| 職業 | 俳優・司会者 |
| ジャンル | 映画・テレビドラマ |
| 活動期間 | 1960年 -2025年 |
| 配偶者 | あり(平尾桂子) |
| 著名な家族 | 三代目杵屋巳三郎(山口太郎・長男) 山口由紀(杵屋巳織・長女) |
| 事務所 | オフィス天童 |
| 公式サイト | オフィス天童公式プロフィール |
| 主な作品 | |
| テレビドラマ 『肝っ玉かあさん』 『天下御免』 『大岡越前』 『御宿かわせみ』シリーズ バラエティ番組 『クイズタイムショック』 | |
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山口 崇(やまぐち たかし、1936年11月17日 -2025年4月18日)は、日本の俳優、テレビ司会者、長唄三味線奏者、民話研究家。
本名:山口 岑芳(やまぐち たかよし)。兵庫県三原郡阿那賀村(のちの西淡町。現:南あわじ市)出身。所属事務所はオフィス天童[1]。長女は長唄三味線方の杵屋 巳織(きねや みおり)(山口由紀)。長男は長唄唄方の三代目杵屋巳三郎(山口太郎)。
高校入学まで淡路島で育ち[2]、東京都立戸山高等学校を経て[3]、早稲田大学教育学部英文科中退[2]。学生時代は同学部学生自治会委員長だった。NHK俳優養成所、劇団三十人会、劇団俳優小劇場(1960年の旗揚げメンバー、1971年解散)の後[2]、1974年に小沢昭一、大塚周夫、山谷初男、加藤武らと芸能座を結成(1980年解散)。
『天下御免』で主人公・平賀源内を演じ、「平賀源内=山口」と評されるほどの当たり役となった。
1970年から30年近くにわたって『大岡越前』で徳川吉宗役を演じた。1970年代前後には主役級の役をこなした。
左時枝、小山田宗徳、石立鉄男らとゲバラ財団という演劇グループを組み、毎週日曜日の夜に渋谷ジァン・ジァンで入場無料で公演を行っていた[4]。
俳優業のかたわら、1978年からはテレビ朝日系『クイズタイムショック』の2代目司会者となり、明るく親しみやすい語り口とユーモアも交えた名司会ぶりで人気を集め、1986年3月27日放送の最終回まで務めた。
民話や邦楽に造詣が深く、ドラマや舞台で三味線・琴・鼓などの演奏を披露、2000年代以降は長年のライフワークであった民話研究家としての活動に比重をおいた。長唄では七代目杵屋巳太郎に師事し、本人も名取で長唄三味線方の杵屋 巳楓(きねや みふう)として活動、年に1回は家族で演奏会を行ったり、一門の演奏会にも出演した[5]。
主演作『天下御免』を自ら録画した第1回と最終回のビデオをNHKに寄贈している。また、このことについては2025年放送の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』公式ガイドブックのインタビューでも触れていた(インタビューは2024年10月に行われた)。この『べらぼう』でのインタビュー収録の際に声がかすれていたことから、病院で検査を受けた結果、肺がんと判明しその後は療養していた[6]。
2025年4月18日15時36分、肺がんのため、入居していた東京都内の高齢者施設で死去した。88歳没。訃報は3日後の同月21日に所属事務所より公表された[7][8][9]。葬儀・告別式は同月26日、代々幡斎場で執り行われた。戒名は「真雅崇鳳居士」[10]。
エランドール賞 新人賞 | |
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| 1950年代 | |
| 1960年代 | |
| 1970年代 |
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| 1980年代 | |
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 | |
| 2020年代 | |