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小森哲也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小森 哲也
基本情報
国籍日本の旗日本
出身地大阪府泉大津市
生年月日 (1967-09-09)1967年9月9日(58歳)
身長
体重
165 cm
65 kg
選手情報
投球・打席右投両打
ポジション二塁手遊撃手
プロ入り1985年 ドラフト4位
初出場1988年9月9日
最終出場1996年9月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手  テンプレート

小森 哲也(こもり てつや、1967年9月9日 - )は、大阪府泉大津市[1]出身の元プロ野球選手内野手)。右投両打

来歴・人物

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小学3年の時にリトルリーグで野球を始める[1]上宮高では1年秋からレギュラー二塁手として活躍[1]1984年秋季近畿大会府予選準決勝に進むが、PL学園桑田真澄に抑えられ敗退。翌1985年夏の甲子園府予選は5回戦で敗れ、甲子園には届かなかった。高校同期に捕手西山秀二がいる。

1985年プロ野球ドラフト会議中日ドラゴンズから4位指名を受け入団[1]

1987年にウエスタン・リーグで14盗塁を記録する[1]

1988年に一軍初出場を果たす[1]

1989年には主に二塁手として33試合に先発出場。

1993年にウエスタン・リーグで37盗塁を記録し盗塁王になる[1]

1994年のシーズン終盤は二塁手として9試合に先発。同年のいわゆる「10.8決戦」では二番打者として出場し、最後の打者として桑田真澄から三振を喫した。

1996年には遊撃手として26試合に先発する。

1997年には出場機会がなく、同年限りで現役を引退[1]

引退直後の11月にプロ野球脱税事件に関与していた事が明らかになったが、脱税額が少ないため起訴猶予となり、直前に引退していたためプロ野球界からの処分も受けなかった。小森は事件の中心人物となる経営コンサルタントの男から選手を1人紹介するごとに200万円の謝礼を受け取ったとされるが、本人が球団を退団していたので真相は明らかにならなかった。

詳細情報

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年度別打撃成績

[編集]
















































O
P
S
1988中日1440100010000000010.250.250.250.500
198956144125133051037575110701140.240.286.296.582
1990820171200020003000010.118.118.118.235
19929221000000000000000.000.000.000.000
199310431000000100010010.000.250.000.250
1994143830410100112125020150.333.394.367.761
19953473661016200182233040091.242.286.273.558
199641106888120101471290900141.136.216.159.376
通算:8年1733913353871820831612123102302452.212.267.248.514

記録

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背番号

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  • 48 (1986年 - 1997年)

脚注

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  1. ^abcdefghプロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、231ページ

関連項目

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外部リンク

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