Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


コンテンツにスキップ
Wikipedia
検索

宮﨑敏郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
宮﨑 敏郎
横浜DeNAベイスターズ #51
2023年3月25日ベルーナドーム
基本情報
国籍日本の旗日本
出身地佐賀県唐津市
生年月日 (1988-12-12)1988年12月12日(37歳)
身長
体重
171 cm
85 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション三塁手二塁手一塁手
プロ入り2012年 ドラフト6位
初出場2013年5月20日
年俸2億円(2026年)[1]
※2022年から6年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手  テンプレート

宮﨑 敏郎(みやざき としろう、1988年12月12日 - )は、佐賀県唐津市出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。

経歴

[編集]

プロ入り前

[編集]

小さいころから父とキャッチボールをし、長松小[2]6年生のときから本格的に野球を始める[3]。硬式でのプレーを望み[4]、小学6年生のときからボーイズリーグに所属する唐津スカイヤーズに入団し、唐津第一中時代も同チームでプレーした[2]

佐賀県立厳木高等学校在学中には、1年生の春から投手でベンチ登録[5][6]。2年生の夏から「4番・投手」を務めるとともに、公式戦で通算24本塁打を記録したが、春夏秋を通じて全国大会と縁が無かった[5][6][7]

日本文理大学への進学後には、1年生の秋から三塁手のレギュラーに定着。九州大学野球のリーグ戦では、2度の首位打者、3度のMVP、ベストナインを獲得した[8]。また、2年生から2年続けて全日本大学野球選手権に出場。3年生の時には、5番打者として、チームのベスト8進出に貢献した。4年生の時には主将も務めている。

就職活動で10社以上の企業から採用を見送られたが[9]、大学卒業後はセガサミーへ入社。同社の硬式野球部には「遊撃手ができます」と嘘を言って拾って貰ったが、本人は野球部側も嘘は承知であったと認識している[10]。野球部では、打線で1番や3番を任され、2年目にはチーム事情から二塁を守った[11]。東京第3代表として出場した第83回都市対抗野球大会では、初戦の日本通運戦の8回裏に、チームに3年ぶりの勝利をもたらす逆転満塁本塁打を放ち[12]、勝負強さを印象付けた。

2012年10月25日に行われたドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズから6位指名を受け、契約金3500万円、年俸850万円(金額は推定)という条件で入団した[13]。背番号は51。セガサミーのチームメイトである赤堀大智も、横浜DeNAからの4巡目指名を経て入団した[13]

横浜DeNA時代

[編集]
ファンフェスタでの新人選手紹介式にて
2012年11月23日、横浜スタジアム

2013年は、春季キャンプ中に左外腹斜筋の肉離れを起こした影響[14]で、開幕一軍入りを逃した。しかし、イースタン・リーグでは、公式戦の開幕直後からクリーンアップに定着。4月中旬の公式戦で3試合連続本塁打を記録した。5月19日にプロ入り後初の出場選手登録を果たす[15]と、5月20日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)8回表に代走として一軍公式戦にデビュー。6月2日の北海道日本ハムファイターズ戦(旭川スタルヒン球場)では、「6番・三塁手」として一軍で初めて先発出場した。第1打席で2点適時打を打ち、一軍での初安打と初打点を記録[16]。8回裏の第4打席では、この年のセントラル・リーグの新人選手では最も早く一軍での初本塁打を打った[11]。シーズン通算では、一軍公式戦33試合の出場で、2本塁打、5打点、打率.250を記録。三塁手として11試合、4試合で二塁手として4試合に先発出場した(いずれも無失策)。また、61試合に出場したイースタン・リーグの公式戦では、7本塁打を打った。

2014年は、シーズン初の出場選手登録2日後の4月26日に、二塁手として阪神タイガース戦(横浜)に出場。9回表無死一塁で大和の投前犠打に対して一塁のベースカバーへ入った際、犠打を捕球した山口俊が二塁に送球すると思い込んで目をそらし、山口から一塁へ送球された球を捕れなかった[17]。このプレーで一軍初失策を記録すると、一軍監督・中畑清から「野球の世界にないボーンヘッド」と酷評され[17]、出場選手登録からわずか2日で登録を抹消される。その後、チームにはオリックスから移籍したアーロム・バルディリスや、シーズン途中に入団したユリエスキ・グリエルが内野のレギュラーに定着し、他の日本人内野手が一軍で台頭したこともあって、この年の宮﨑の一軍公式戦への出場はわずか5試合に留まった。3年後のインタビュー記事では、この件について本人は「正直、僕の野球人生はこれで終わったと思いました。かなり落ち込みましたし、これでもうチャンスはなくなるんだろうなと」と語る一方、「まあ、今だから言えますけど、あのプレーで少し名前は知ってもらえたなって」と振り返っている[18]

2015年は、シーズン中盤以後、石川雄洋に代わって主に二塁手として一軍公式戦の先発に起用される機会が増えた。7月20日の東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では、「3番・二塁手」として先発に起用されると、9月10日の同カードではトニー・バーネットからソロ本塁打を打った。宮﨑がこの年に一軍公式戦で打った本塁打も、バーネットが公式戦で打たれた本塁打も、この一打のみであった。9月21日の広島戦で走塁中に右足首を捻挫し、そのままシーズンを終えた[19]。一軍公式戦通算では、58試合の出場で打率.289を記録。二塁手として35試合、一塁手として3試合、三塁手として1試合でスタメンに起用された。オフに、350万円増となる推定年俸1200万円で契約を更改した[19]

2016年は、レギュラーシーズンの開幕当初から正二塁手の座を石川と争い、セ・パ交流戦から先発起用の機会が増加。6月14日の日本ハム戦(札幌ドーム)からは、主に5番打者を任され、8月上旬には一時7番打者として先発に起用された。一軍公式戦では、レギュラーシーズンにおけるセントラル・リーグ規定打席に届かなかったが、101試合の出場で打率.291、11本塁打、36打点とプロ入り後自己最高の成績を記録。打線の中軸を担い、チームを球団史上初めてのクライマックスシリーズ(CS)進出に導いた。守備面では、二塁手として36試合、三塁手として27試合、一塁手として20試合でスタメンに起用された。チームのレギュラーシーズン3位で迎えたポストシーズンでは振るわず、クライマックスシリーズ・ファイナルステージでの敗退が決まった直後には、監督のアレックス・ラミレスがシーズン終了記者会見で「(4番打者の)筒香嘉智との勝負を余儀なくされるほど(相手投手に警戒される力量)の打者を5番に据える必要がある」[20]というコメントを残した。オフに、1800万円増となる推定年俸3000万円で契約を更改した[21]

2017年は、一軍公式戦の開幕から5番打者として打率3割を記録していたが、4月中旬に脇腹を痛めて一時戦線を離脱した。5月3日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)から一軍に復帰すると、6月11日の埼玉西武ライオンズ戦(メットライフドーム)で規定打席に到達し、打率(.327)でセ・リーグの2位に急浮上[22]。6月15日の千葉ロッテマリーンズ戦で唐川侑己から一軍公式戦初の満塁本塁打、7月5日の阪神戦で一軍公式戦初の1試合5安打を記録するなどの活躍を背景に、オールスターゲームにもセ・リーグの監督推薦選手として初出場を果たした[23]。8月22日の広島戦(横浜)では、3点ビハインドで迎えた9回裏無死一塁から3番打者の筒香による2点本塁打、4番打者のホセ・ロペスによる同点ソロ本塁打に続いてソロ本塁打を記録。2年連続の一軍公式戦における2桁本塁打を達成し、チームをサヨナラ勝利[24]、8回表からの登板で2イニングを無失点に抑えていた新人の尾仲祐哉を一軍公式戦初勝利へ導いた[25]。DeNAで3人以上の打者が一軍公式戦で連続本塁打を打った事例は(前身球団を含めて)12年ぶり10度目だが、NPBのチームが3者連続本塁打によって逆転サヨナラ勝利を収めた事例は、パシフィック・リーグを含めても一軍公式戦史上初だった[26]。9月6日のヤクルト戦(横浜)でも延長11回裏に先頭打者として松岡健一からサヨナラ本塁打を打っている[27]。シーズンの中盤から打率でセ・リーグの首位に立つ[28]と、最終打率.323で首位打者のタイトルを初めて獲得した。「首位打者&盗塁ゼロ」は2001年の福浦和也、2012年の阿部慎之助に続いて史上3人目、一軍公式戦で1度も盗塁を記録しないまま首位打者を獲得した選手は宮﨑が初めてという珍記録であった[29]。チームの2年連続レギュラーシーズン3位で臨んだCSでは、阪神とのファーストステージ突破を経て、広島とのファイナルステージ全5試合で打率.368、2本塁打を記録。チームを19年ぶりの日本シリーズ進出へ導いた。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでも、全6試合で打率.400、2本塁打と好調を維持したが、チームは2勝4敗で敗退した。シリーズの終了後には、セ・リーグの三塁手部門でベストナインを受賞した。12月5日、5000万円増となる推定年俸8000万円で契約を更改した[30]

2018年は、レギュラーシーズンの開幕戦から、主に「5番・三塁手」として活躍。オールスターゲームでは、前年に続いてセ・リーグの三塁手部門ファン投票1位で出場すると、第2戦で同ゲーム初安打を菊池雄星からの本塁打で記録した[31]。8月17日の広島戦では、3点ビハインドで迎えた8回裏に、4番打者・筒香の満塁本塁打に続いてソロ本塁打。6番打者のネフタリ・ソトもソロ本塁打を打ったため、横浜スタジアムでの同カードにおける3者連続本塁打記録に2年連続で名を連ねた。一軍公式戦全体では、全143試合中1試合に欠場しただけで、チームトップの打率.318、自己最多の71打点、自己最多にしてチーム3位の28本塁打という好記録を記録。前年からのベストナインに加えて、ゴールデングラブ賞もセ・リーグの三塁手部門で初めて獲得した。シーズン終了後の契約更改では、8000万円増となる推定年俸1億6000万円で契約を更改し、1億円プレーヤーの仲間入りを果たした[32]

2019年は、レギュラーシーズンの開幕から打撃が振るわず、4月終了の時点で打率.165、得点圏打率.048、4打点と低迷。それでも、ラミレスの方針で正三塁手としての起用が続いたところ[33]、5月には月間打率.367、5本塁打を放つほどにまで復調した。以降も打線の中軸を担っていたが、8月7日の広島戦(マツダ)6回表の打席でファウルを打った際に左手を痛め、翌8日付で出場選手登録を抹消された[34]。同9日に、左手の有鈎骨を摘出する手術を受けた。手術の当初はシーズン中の実戦復帰が困難と見られていた[35]が、9月12日の巨人戦(横浜)から一軍に復帰した[36]。復帰後は11試合の出場で打率.308、2本塁打を記録するほど好調で、チームのレギュラーシーズン2位確定や、本拠地・横浜スタジアムでのCS初開催に貢献した。阪神とのCSファーストステージでも好調を維持。CS史上9人目の2試合連続猛打賞や、CS最多記録である通算5度目の猛打賞を達成し[37]、チームトップの打率.538を記録した。一軍公式戦114試合に出場したレギュラーシーズンでは、序盤の不振や夏場の戦線離脱もあったが、リーグの規定打席へ到達。3年連続の打率3割達成はならなかったが、打率.284(リーグ12位)、15本塁打、49打点と奮闘した。チームもCSで敗退したが、シリーズ終了後の12月4日に、推定年俸1億6000万円(現状維持)という条件で契約を更改した[38]

2020年7月23日横浜スタジアム

2020年は、シーズン当初から安定した打撃でチームを支え、長期離脱や不振もなく113試合に出場し、打率.301(リーグ7位)、14本塁打、53打点の成績を残した。規定打席に到達した右打者で、打率3割を超えたのは宮﨑のみであった。12月18日に推定年俸1億7000万円(1000万円増)で契約更改した[39]

2021年は、国内FA権を取得[40]。シーズンでは主に「5番・三塁手」として出場し、全ての月で打率.280を超えるなど、1年を通して安定感を発揮した。同年6月19日の対広島戦(東京ドーム)で9回二死満塁の打席で高橋樹也から満塁本塁打[41]。9月29日のヤクルト戦で小川泰弘からソロ本塁打を放ち、プロ野球史上304人目となる通算100本塁打を達成[42]。大卒の社会人経験者では球団初の快挙だった。シーズンでは141試合に出場し、打率.301、16本塁打、73打点を記録した[43]。10月29日に記者会見を開き、国内FA権を行使せずに6年契約でDeNAに残留することを表明[44]。11月26日には、年俸総額12億円+出来高払いで6年契約を結んだ[45]

2022年も、開幕から「5番・三塁手」として先発出場を続けていたが、4月19日の阪神戦(横浜)で二塁に走塁した際に足を痛めて途中交代[46]。左太腿裏の炎症でしばらく様子を見ていたが、4月23日に一軍登録を抹消された[47]。5月15日に一軍登録されると[48]、6月7日の日本ハム戦(札幌)では先発の今永昇太がノーヒットピッチングを続ける中、9回二死から決勝打となる2点適時打を打ち、ノーヒットノーラン達成をアシストした[49]。例年通り3割前後の打率をキープし、9月前半は調子を落とすも[50]、9月17日の広島戦(横浜)で史上315人目、球団の日本人右打者では最速となる945試合目の出場で通算1000安打を達成[51]。最終的に打率.2995で打率3割に乗せた[52]。10月31日に6年契約2年目で現状維持となる推定年俸2億円プラス出来高で契約を更改した[53]

2023年は、開幕から自己最長の15試合連続安打を記録するなど春先から好調で[54]、3月・4月は打率.444、4本塁打、13打点の成績を残し、月間MVPを初受賞した[55]。5月4日の広島戦では、自身6年ぶりとなるサヨナラ本塁打を松本竜也から打ち[56]、5月25日までは打率.402を記録していた[57]。コンディションに配慮し、休養を挟みながらの起用を続けていたが[58]、6月8日の試合前に痛みを訴え、右肋骨肋間筋の炎症と診断される[59]。3試合スタメンから外れ、6月12日のオリックス戦(京セラドーム)でスタメン復帰を果たすと宮城大弥から走者一掃の適時二塁打とダメ押しの本塁打を記録した[60]。その後も打率1位をキープし続け、7月にはオールスターゲームに選手間投票で選出された[61]。7月の月間打率は打率.214と夏場に入ると疲れが見え始め[62]、8月21日には左肋間筋の炎症で登録を抹消された[63]。9月1日に一軍復帰し、その日の巨人戦(横浜)で鈴木康平から本塁打を放ち復帰をアピールした[64]。通算1075試合目となる9月25日の対巨人戦(横浜)ではプロ入り初盗塁を企図、初盗塁を決めた。1075試合目のプロ初盗塁は投手である皆川睦雄の731試合目を大きく上回る史上最遅記録となった[65]。故障による欠場もあったが9月27日にシーズンの規定打席に到達[66]。最終的に2位西川龍馬(広島)の打率.305を引き離す打率.326で自身2度目のセ・リーグ首位打者を獲得し、全133安打のうち内野安打は10個に留まった[67]。また、2018年以来の20本台となる20本塁打(チーム単独2位かつリーグ単独8位)を記録し、自身初となるOPS.900超えを記録した。また、三塁手としてゴールデングラブ賞とベストナインも獲得するなど、攻守にわたり躍動した。11月6日に6年契約3年目で現状維持となる推定年俸2億円で契約を更改した[68]

2024年も、開幕から「5番・三塁手」として先発出場を続ける。5月10日の阪神戦(横浜)の6回表の守備中に、井上広大の打球が宮﨑の頭部付近に直撃し、担架でベンチ裏に下げられた[69]。病院には行かず、チームドクターによって頭部打撲と診断された[70]。翌日はベンチ入りメンバーからは外れた[71][72]が、5月12日には「3番・三塁手」として試合に復帰した[73]。5月30日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(横浜)で、5回二死にソロ本塁打、7回二死に左翼ポール直撃の3点本塁打と2打席連続本塁打を放ち、通算500打点に到達した[74][75]。6月6日に数日前から左太腿に違和感が生じていたことからチームドクターの診察を受けたところ軽い肉離れと診断され、翌6月7日に出場選手登録を抹消された[76]。二軍戦での調整を挟まずに、交流戦明けの6月21日より出場選手登録され[77]、同日の試合よりスタメンにも復帰した。一軍復帰後も調子が上がらなかったが[78]、6月27日の巨人戦(横浜)ではマルチ安打を記録したほか、延長10回裏一死、カイル・ケラーからサヨナラソロ本塁打を記録し、チームの同年初のサヨナラ勝ちを演出した[79]。これが自身8本目のサヨナラ打となり、サヨナラ打の球団最多記録に並んだ[80]。8月12日の広島戦で走塁の際に足を違和感を訴えて途中交代し[81]、試合後に広島市内の病院で患部の画像を撮りチームドクターが確認したところ、右股関節インピンジメントと診断された[82]。診断後は守備に就かず代打での出場を続けていたが、21日には三塁手としてのスタメンに復帰した[83]。9月21日の阪神戦で島本浩也から3点本塁打を放ち、プロ野球史上181人目となる通算150本塁打を達成した[84]。10月13日の阪神とのCSファーストステージ第2戦では7回表に三塁へのゴロを打った際に一塁へ走れず、田中浩康コーチに背負われてベンチに下がって交代となった[85]。右下肢の攣りと発表され[86]、大事には至らず、16日からの巨人とのCSファイナルステージにはスタメンで出場した[87]。ポストシーズンでは打撃不振に陥り苦しんでいたが、ソフトバンクとの日本シリーズでの第4戦で1点リードの7回にシリーズ2安打目となるソロ本塁打を放ち、貴重な追加点を叩きだしすと、開幕2連敗だったチームは2勝2敗のタイに持ち込み[88]、そこから4勝2敗で26年ぶりの日本一を達成した[89]。オフの11月18日に6年契約4年目で現状維持となる推定年俸2億円で契約を更改した[90]

2025年は、開幕から22試合に出場して打率.230、5打点と打撃不振で、5月2日に出場選手登録を抹消[91]。同月16日に出場選手登録される[92]と、同月20日の対中日戦(横浜)で4回にシーズン97打席目でシーズン初本塁打となる3点本塁打を放った[93]。8月は2日の対巨人戦(東京ドーム)で4番打者で先発出場すると5回無死一塁の打席で船迫大雅から自身4番打者として7年ぶりの本塁打となる2点本塁打を放つなど、3安打3打点と活躍[94]。21日の対広島戦(横浜)では7回一死一塁の打席で髙太一を相手に計15球のファウルを粘った末、20球目で2点本塁打を放った[95]。9月2日の対広島戦の第4打席で自打球を膝に当て、その打席で交代。翌日、広島市内の病院で右膝後十字靭帯部分損傷と診断され、登録を抹消された[96]。その後の同シーズンの一軍出場はなく、シーズン通算では95試合に出場し、打率.277、6本塁打、39打点の成績にとどまった[97]。オフの11月17日に6年契約5年目で現状維持となる推定年俸2億円で契約を更改した[97]

選手としての特徴

[編集]
守備に就く宮﨑
2021年8月28日、東京ドームにて

打撃

[編集]

身長172cmとプロのスポーツ選手としては小柄だが、打席では左足を上げてからのフルスイングから、本来は逆方向となるライト方向を中心に広い角度にわたって長打力を発揮[98]。振り出しが常に同じようにベース盤の上をバットが通ることを意識している[99]。逆方向を狙って打ったことは一度もなく、振り出しが遅いとライト方向へ振り出しが速いとレフト方向へ勝手に飛んでいくとのこと[99]。セガサミー時代の2年間に3番を任されたのも、「放っておけばずっと打撃練習(に明け暮れていたこと)」に加えて、「スイングが速く、(打席で)我慢できる分だけ、投球を捉える能力が高かった」からという[11]。また、バットを投手側に傾けるようにしながらタイミングを取る独特の打撃フォームは、小学生のときから変わらないという宮﨑のオリジナルフォームであり[100]、幼少期に体が小さく、体全体を使って遠くに飛ばす方法を考えて辿り着いたものだという[80]

宮﨑の打撃フォーム

モーションの大きい豪快なバッティングフォームとは裏腹に、巧みなバットコントロールにも定評があり、首位打者を獲得した2017年から始まり2020年シーズンに至るまで、4年連続で規定打席到達者内におけるセ・リーグ最少三振を記録していた。セ・リーグでの4年連続記録は前田智徳(2004 - 2007年)に並ぶ[101]。翌21年こそ青木宣親の44三振に次ぐ53で連続記録は途切れるが、続く22年シーズンでは35三振、23年シーズンは43三振(中日・大島洋平と同数)、24年シーズンは29三振で、再び連続最少打者を継続している。通算7回はプロ野球現役最多(歴代最多は吉田義男の10回[102])。

ただし、阪神タイガースの青柳晃洋に対して相性が悪く、2022年は相手先発が青柳の時に限りスタメンを外されていた[103]

犠打に関しては一軍公式戦では一度も決めたことはなかったが、2022年のクライマックスシリーズ・ファーストステージ第2戦で初めて犠打を記録した[104]

走塁

[編集]

プロ入り後は長らく盗塁も盗塁死も皆無であり、プロ野球史上初、首位打者を一軍通算盗塁ゼロで受賞した選手だった。しかし、2023年9月25日の巨人戦でメンデス投手からプロ入り後初の盗塁を成功させた。本来はエンドランのサインだったが、打者が空振りしたことにより盗塁企図となったものだった。通算1075試合目の初盗塁はプロ野球史上最遅記録となる[105]。また、2024年4月14日のヤクルト戦で、プロ入り後初の盗塁死を記録(プロ入団以後、盗塁の挑戦機会としては2度目)。プロ12年目、通算1095試合目での出来事であった[106]。2024年9月29日の阪神戦では通算2盗塁目を三盗で記録した(本盗の牧秀悟との重盗)。これはスクイズに対して投球がそれたことによるものだが、投球時点でスタートを切っていたため、暴投ではなく盗塁が記録されたものである[107]

守備

[編集]

三塁守備の範囲は決して広くはないが、手堅いゴロ捕球、モーションが少々大きいながらも[108]安定した送球能力を持っており、2018年と2023年の2度ゴールデングラブ賞を受賞している[109]。初受賞する前年の2017年シーズンでも、守備指標UZRでは宮崎が12球団の三塁手の中で最も高い数値を記録していた[110]。2019年以降は失策数を1桁に抑えている[111]。インタビューでは二軍コーチの万永貴司の指導と、2014年まで在籍していた中村紀洋の姿がプラスになったと語る[112]グラブはベーシックな形よりも一回り大きいものを使用している[111]

人物

[編集]
2013年8月3日 横浜スタジアム
  • 体つきと風貌から、「ハマのプーさん」と呼ばれている[113]。なお、子供の頃は髪の量が多かったことから「ウニ」と呼ばれていたという[114]。また、チームメイト(当時)の後藤武敏には、その鮮やかな当たりが落合博満を思わせるということで「小さい落合」の意味で「コチアイ」というニックネームを付けられている[115]
  • 前年までと比べ、101試合と大幅に出場試合数を増やして飛躍のシーズンになった2016年は、夏に行われたインタビューにて「毎日毎日、必死でやっています。全力でやっているので、そういうところを見てもらえたら。試合に出してもらえるんだったらどこでもいい。どこでも守りますし、どこの打順でも打たせてもらえるんだったら、そこで結果を出したいと思います」と述べている[100]
  • 同郷で同姓のセガサミーの先輩である宮﨑祐樹とは親交があり、毎年自主トレを共に行っていた[116]。2019年に祐樹がオリックスから戦力外通告を受けた際には、12球団トライアウトに向け、伊藤光らと共に祐樹の練習を手伝った[117]
  • 夏場が苦手なことを自認。2017年以降の夏場には、温度1桁台の氷風呂と常温の風呂へ交互に入ることを、球場や自宅での日課に取り入れている[118]
  • 2017年から打席で演奏される応援歌はかつて在籍した小田嶋正邦のテーマを継承したもの(キーは異なる。なお、この応援歌は同僚の飛雄馬も候補者であり、2016年に活躍した方に継承する方針で、宮﨑に軍配が上がった)[119]
  • 背番号の51は、日本ハム、ヤクルトなどで活躍した大杉勝男が由来。スカウトの吉田孝司が「宮﨑の力強いバッティングが大杉さんに重なって見えた」と後に明かしている。[120]

詳細情報

[編集]

年度別打撃成績

[編集]
















































O
P
S
2013DeNA3358527132022150001203111.250.310.404.720
2014513130210030000000030.154.154.231.385
201558163152134480155100001604215.289.331.362.693
201610133530231881601113736000025083012.291.361.454.815
2017128523480531552811523062000138144723.323.377.479.856
2018142590551711753402829371000038314516.318.363.532.894
2019114473433541232211519249000532233513.284.334.443.777
2020113460429471292611419953000324242915.301.341.464.805
2021141569519611563201623673000541345315.301.353.455.808
2022122482434511302411620450000244923516.300.365.470.835
2023124461408471332702022071100441684314.326.395.539.934
2024125469410491162401418256110152116299.283.371.444.815
2025953523212589161612539000228114214.277.335.389.725
通算:13年130149484504509135326051582097575210253713848423153.300.358.466.824
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位

[編集]






















201325セ・リーグ--------
201426--------
201527--------
201628--------
2017291位7位8位----8位
2018308位2位3位-8位---
201931--------
2020327位6位7位-----
2021337位5位5位--6位--
2022344位------4位
2023351位10位9位-8位7位-2位
2024369位-10位-10位--4位
  • 太字年度は規定打席到達年度
  • -は10位未満(打率、出塁率は規定打席未到達の場合も-と表記)

年度別守備成績

[編集]


一塁二塁三塁




































2013DeNA-477011.000111016031.000
2014-39512.93310000----
20153191001.0004067880121.00010000----
2016211651015.994425984115.99329164223.967
20175161011.0006121414.96311949209818.970
2018340001.000-140792111123.963
2019--11355181514.979
2020--11253170618.974
2021--14096240533.985
2022--11978171917.965
2023--11365173918.964
2024--11665165912.962
通算322041216.99595154198334.9921014566157864159.971

タイトル

[編集]

表彰

[編集]

記録

[編集]
初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

[編集]
  • 51(2013年 - )

登場曲

[編集]

脚注

[編集]
[脚注の使い方]
  1. ^DeNA - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2025年12月21日閲覧
  2. ^ab中里浩章「[短期集中連載]2012ドラフト指名選手CLOSE UP: Vol.5 DeNA4位 赤堀大智[セガサミー] & DeNA6位 宮崎敏郎[セガサミー]」『週刊ベースボールONLINE』2013年1月10日。2025年9月9日閲覧(Paid subscription required要購読契約)
  3. ^宮﨑敏郎.“横浜DeNAベイスターズ 宮﨑敏郎 選手”.球活JP (Interview). Interviewed by 球活女子アンバサダー. 2025年9月9日閲覧.
  4. ^石塚隆「DeNA宮﨑敏郎が自ら語る、熱い野球愛と「言葉にできない打撃術」」『web Sportiva』2021年10月19日、1頁。2025年9月9日閲覧
  5. ^ab無名校からスターに! プロ野球の世界で一流に駆け上がった6人。一線級へ昇りつめた選手たち」『ベースボールチャンネル』2025年5月14日、5頁。2025年9月9日閲覧
  6. ^ab【注目選手】豪快スイングが魅力の『ハマのプーさん』、宮﨑敏郎」『DAZN』。2025年9月9日閲覧
  7. ^石塚隆「DeNA宮﨑敏郎が自ら語る、熱い野球愛と「言葉にできない打撃術」」『web Sportiva』2021年10月19日、2頁。2025年9月9日閲覧
  8. ^神宮つかめ文理大 九州大学野球決勝T」『大分合同新聞』2010年10月26日。2010年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月8日閲覧
  9. ^華がなく、社会人は10社以上落ち。DeNA・宮崎敏郎が超無名だった頃。(3/4)」『Sports Graphic Number』文藝春秋、2017年6月19日。2017年6月19日閲覧
  10. ^華がなく、社会人は10社以上落ち。DeNA・宮崎敏郎が超無名だった頃。(2/4ページ) Number Web 2017/06/19 07:00 (2024年6月23日閲覧)
  11. ^abc【とっておき】DeNA・宮崎は「放っておけばずっと打撃練習」」『サンケイスポーツ』2013年6月8日。2013年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月26日閲覧
  12. ^ミスター大興奮 セガサミー逆転満塁弾で3年ぶり白星」『スポーツニッポン』2012年7月18日。2012年7月18日閲覧
  13. ^abセガサミー赤堀、宮崎のDeNA入団決まる」『スポニチ Sponichi Annex』2012年11月7日。2021年8月8日閲覧
  14. ^DeNAドラフト1位白崎&6位宮崎が離脱」『日刊スポーツ』2013年2月11日。2014年1月26日閲覧
  15. ^【DeNA】山口ら抹消、宮崎ら登録」『日刊スポーツ』2013年5月19日。2014年1月26日閲覧
  16. ^【DeNA】宮崎初スタメン初安打初打点」『日刊スポーツ』2013年6月2日。2021年8月8日閲覧
  17. ^abキヨシ「野球の世界にないボーンヘッド」」『日刊スポーツ』2014年4月27日。2016年3月16日閲覧
  18. ^DeNA宮﨑敏郎が自ら語る、 熱い野球愛と「言葉にできない打撃術」」『web Sportiva』2017年6月27日。2023年6月17日閲覧
  19. ^abDeNA宮崎350万増1200万 右足首「完治」」『日刊スポーツ』2015年12月3日。2021年9月8日閲覧
  20. ^ラミレス監督「1、2位を争うにはもう少しの力が必要」」『サンケイスポーツ』2016年10月15日。2016年11月26日閲覧
  21. ^DeNA宮崎2・5倍増3000万「いいシーズン」」『日刊スポーツ』2016年12月5日。2021年9月8日閲覧
  22. ^DeNA宮崎が規定打席到達で打率2位に」『デイリースポーツ』2017年6月11日。2017年8月22日閲覧
  23. ^マイナビオールスターゲーム2017出場者」『NPB.jp 日本野球機構』。2017年8月22日閲覧
  24. ^DeNA3連発サヨナラ勝ち、宮崎「むっちゃ緊張」」『日刊スポーツ』2017年8月22日。2017年8月23日閲覧
  25. ^DeNA新人の尾仲、3連発呼び込む好投でプロ初星「実感があまりない」」『デイリースポーツ』2017年8月22日。2017年8月23日閲覧
  26. ^DeNA劇的勝利 前身・大洋時代には「幻」の3連発サヨナラ」『スポーツニッポン』2017年8月23日。2017年8月23日閲覧
  27. ^DeNA宮崎サヨナラ弾「負けるような雰囲気ない」」『日刊スポーツ』2017年9月6日。2017年9月7日閲覧
  28. ^DeNA宮崎、初の首位打者へ 練習の虫、開花」『毎日新聞』2017年8月8日。2017年8月23日閲覧
  29. ^宮崎敏郎プロ初の通算盗塁0で首位打者」『日刊スポーツ』2017年12月21日。2017年12月29日閲覧
  30. ^首位打者のDeNA宮崎は5000万増 来季V狙う」『日刊スポーツ』2017年12月5日。2021年9月8日閲覧
  31. ^DeNA宮崎「完璧に捉えた」球宴初安打が本塁打」『日刊スポーツ』2018年11月6日。2018年11月6日閲覧
  32. ^DeNA・宮崎 倍増で初の大台超え1億6000万円に「驚き」年俸の使い道は?」『スポーツニッポン』2018年12月4日。2019年8月11日閲覧
  33. ^宮崎敏郎に何が起こっているのか?苦戦のDeNAで待たれる天才復活。」『Number Web』2019年5月5日。2019年8月11日閲覧
  34. ^DeNA宮崎が左手負傷で抹消 ドラフト2位伊藤が初昇格」『日刊スポーツ』2019年8月8日。2019年8月11日閲覧
  35. ^DeNA宮崎の手術が無事終了 今季中復帰は絶望的」『日刊スポーツ』2019年8月8日。2019年8月11日閲覧
  36. ^DeNA宮崎が復帰後初1発「必死に」奇跡諦めない」『日刊スポーツ』2019年9月15日。2019年9月15日閲覧
  37. ^DeNA宮崎CSで2戦連続猛打賞はロペス以来」『日刊スポーツ』2019年10月6日。2019年11月15日閲覧
  38. ^DeNA宮崎が現状維持1.6億円「満足してない」」『日刊スポーツ』2019年12月4日。2019年12月4日閲覧
  39. ^「やってもらわないと困る」 DeNA宮崎が2年ぶり打率3割超えで1.7億円更改」『Full-Count』2020年12月18日。2022年2月20日閲覧
  40. ^DeNA宮崎が国内FA権取得「支えてくれた多くの方々に感謝」」『日刊スポーツ』2021年6月27日。2021年6月27日閲覧
  41. ^DeNA、9回に7得点で1点差も…猛追及ばず連敗 ピープルズ緊急降板で投手陣が大量失点」『スポーツニッポン』2021年6月19日。2025年12月21日閲覧
  42. ^abcDeNA宮崎敏郎が通算100&101号 大学、社会人経ての選手で球団初」『日刊スポーツ』2021年9月29日。2021年10月30日閲覧
  43. ^DeNA宮崎敏郎、6年契約で残留 決め手は最終戦セレモニー「熱い気持ち届いた」」『Full-Count』2021年10月29日。2021年10月29日閲覧
  44. ^DeNA宮崎敏郎FA宣言せず6年契約「びっくり」本拠ファン見て残留決断」『日刊スポーツ』2021年10月29日。2021年10月29日閲覧
  45. ^DeNA宮崎敏郎 三浦監督に並ぶ6年12億で契約 「生涯横浜」誓う」『日刊スポーツ』2021年11月26日。2024年1月14日閲覧
  46. ^【DeNA】宮崎敏郎が左太もも裏痛め途中交代、走塁中に違和感 「心配です」三浦監督」『日刊スポーツ』2022年4月19日。2022年5月8日閲覧
  47. ^DeNA宮崎、登録抹消 「患部回復、予定より遅れ」」『カナロコ』2022年4月23日。2022年5月8日閲覧
  48. ^DeNA宮崎敏郎が3週間ぶり1軍復帰、巨人は廣岡大志を抹消 15日の公示」『Full-Count』2022年5月15日。2022年6月8日閲覧
  49. ^【DeNA】宮崎敏郎が9回決勝打「何とかという思い」今永昇太のノーヒットノーラン導いた」『日刊スポーツ』2022年6月7日。2022年6月8日閲覧
  50. ^結果の世界を生き抜いて――宮﨑敏郎が語る「感謝」と「責任」」『横浜DeNAベイスターズ』2022年9月26日。2022年10月4日閲覧
  51. ^DeNA・宮崎敏郎、球団日本選手右打者で最速1000安打 桑田武の記録55年ぶり更新」『サンスポ』2022年9月18日。2022年11月27日閲覧
  52. ^【DeNA】宮崎敏郎5度目の3割確定 2日巨人戦で菅野智之からマルチ安打放ち大台乗せる」『日刊スポーツ』2022年10月3日。2022年10月4日閲覧
  53. ^DeNA宮崎、現状維持2億円+出来高で契約更改 打率3割も「一言で言えば悔しい」」『Full-Count』2022年10月31日。2025年12月21日閲覧
  54. ^DeNA宮崎敏郎2度目猛打賞 開幕から15試合連続安打」『カナロコ』2023年4月21日。2024年1月14日閲覧
  55. ^【DeNA】宮崎敏郎「素直にうれしい」11年目で月間MVP初受賞 首位独走のチームけん引」『日刊スポーツ』2023年5月11日。2024年1月14日閲覧
  56. ^【DeNA】宮崎敏郎のサヨナラ弾で12球団最速の貯金10」『スポーツ報知』2023年5月4日。2024年1月14日閲覧
  57. ^【野球】4割打者誕生は夢物語で終わってしまうのか 今季もDeNA・宮崎がはね返された分厚い壁 評論家が可能性を解説」『デイリースポーツ』2023年11月21日。2024年1月14日閲覧
  58. ^DeNA宮崎敏郎は「抑えようがない」 専門家も脱帽の技術…夢の4割到達へのポイント」『Full-Count』2023年5月31日。2024年1月14日閲覧
  59. ^DeNA・宮崎敏郎、「右肋骨肋間筋の炎症」と球団発表 8日のソフトバンク戦を欠場」『サンスポ』2023年6月9日。2024年1月14日閲覧
  60. ^DeNA・宮崎敏郎、先発復帰即4打点!驚異の打率・384 一回に先制3点打&五回に駄目押し弾、オリ宮城にKO勝ち」『サンスポ』2023年6月12日。2024年1月14日閲覧
  61. ^【球宴選手間投票】DeNAは宮崎、佐野、牧が選出 宮崎「特別な思い」牧「打てるように」」『スポニチアネックス』2023年6月30日。2024年1月14日閲覧
  62. ^DeNA・宮﨑は4年連続で打率3割以上も…近年は難しい連続での打率3割クリア」『BASEBALL KING』2023年11月21日。2024年1月14日閲覧
  63. ^【DeNA】リーグトップ打率の宮崎敏郎が左肋間筋の炎症で抹消へ 藤田一也が22日から合流」『日刊スポーツ』2023年8月20日。2024年1月14日閲覧
  64. ^【DeNA】宮崎敏郎が1軍再昇格即、本塁打で復活アピール「打ったのはスライダー」」『日刊スポーツ』2023年9月1日。2024年1月14日閲覧
  65. ^【DeNA】宮崎敏郎プロ11年目で初盗塁成功 34歳ベテランが足で勝利への執念示す」『日刊スポーツ』2023年9月25日。2024年1月14日閲覧
  66. ^DeNA宮崎がシーズン規定打席に到達 2度目の首位打者へ独走状態」『スポニチアネックス』2023年9月27日。2024年1月14日閲覧
  67. ^【野球】DeNA 宮崎が2度目の首位打者を獲得した極意とは 落合博満、掛布雅之ら一流打者に通ずる流儀態」『デイリースポーツ』2023年12月20日。2024年1月14日閲覧
  68. ^DeNA宮崎は2億円で更改 来季が6年契約の3年目」『デイリースポーツ』2023年11月6日。2025年12月21日閲覧
  69. ^【アクシデント】DeNA宮崎敏郎の頭部にゴロ直撃…“目隠しシート”で担架覆ってベンチ裏へ」『日刊スポーツ』2024年5月10日。2024年5月11日閲覧
  70. ^【DeNA】頭部に打球直撃の宮崎敏郎は自家用車を残したままタクシーで帰路へ」『日刊スポーツ』2024年5月10日。2024年5月11日閲覧
  71. ^【DeNA】頭部に打球直撃の宮崎「大丈夫です」試合前練習で通常メニュー、前日の守備で強襲」『日刊スポーツ』2024年5月11日。2024年5月11日閲覧
  72. ^前夜に頭部打撲のDeNA宮崎が11日の阪神戦を欠場へ ベンチ入りメンバーから外れる」『デイリースポーツ online』2024年5月11日。2024年5月11日閲覧
  73. ^DeNA・宮崎敏郎、頭部打撲も1試合欠場のみで復帰「大丈夫です」 今季7度目のマルチ安打」『中日スポーツ』2024年5月12日。2024年5月13日閲覧
  74. ^「これ熱かったなぁ」「天才すぎる」DeNA・宮崎敏郎、2打席連続の“豪快弾”にファン喝采「ずっと横浜おってくれ」」『THE DIGEST』2024年5月31日。2024年6月7日閲覧
  75. ^【4打点2本塁打】宮﨑敏郎がレフトポール直撃弾で通算500打点を達成!!|2024.5.30の注目シーン -YouTube
  76. ^DeNA・宮崎が左ハムストリング軽い肉離れで出場選手登録抹消 数日前から違和感」『デイリースポーツ online』2024年6月7日。2024年6月7日閲覧
  77. ^【DeNA】宮崎敏郎が1軍復帰 肉離れから2週間で再合流 関根大気も1軍合流」『日テレNEWS NNN』2024年6月21日。2024年6月22日閲覧
  78. ^DeNA、巨人戦5連敗で再び貯金消滅…6月に入り筒香&宮﨑が低調、OB齊藤明雄氏「昔から1点を取るのが下手」」『BASEBALL KING』2024年6月26日。2024年7月5日閲覧
  79. ^【DeNA】今季初サヨナラ勝ち 延長10回宮崎敏郎V弾「うれしい」巨人戦5連敗止め3位浮上」『日刊スポーツ』2024年6月27日。2024年6月27日閲覧
  80. ^ab“ハマのサヨナラ男”宮崎が劇弾 一発で決めた!球団最多タイ8度目」『スポーツニッポン』2024年6月28日。2024年6月28日閲覧
  81. ^【DeNA】宮崎敏郎6回の守備から交代 三浦監督「足の違和感が出たので替えました」と説明」『日刊スポーツ』2024年8月12日。2024年8月13日閲覧
  82. ^DeNA・宮崎敏郎は右股関節痛もベンチ入り 12日の試合で違和感を訴え途中交代」『サンスポ』2024年8月13日。2024年8月13日閲覧
  83. ^【スタメン】連勝中DeNA6番・サードに宮崎敏郎 先発は防御率1.74東克樹 中日は2勝目狙う松木平優太が先発」『日テレNEWS NNN』2024年8月21日。2024年8月22日閲覧
  84. ^ab【DeNA】宮崎敏郎逆転3ランで150本塁打達成!「こちらから仕掛けるくらいの気持ちで」」『日刊スポーツ』2024年9月21日。2024年9月21日閲覧
  85. ^【阪神】絶望的ムードのさなか…負傷?ベンチ下がるDeNA宮崎敏郎に虎党が健闘たたえる大拍手」『日刊スポーツ』2024年10月13日。2024年10月13日閲覧
  86. ^【DeNA】途中交代した宮崎敏郎は「右下肢のつり」 試合後は自力で歩行 東克樹はCS最終S登板なし」『スポーツ報知』2024年10月13日。2024年10月13日閲覧
  87. ^DeNA・宮崎敏郎「全く問題ない」CS第2戦で負傷交代も三浦監督がスタメン明言」『日テレNEWS NNN』2024年10月16日。2024年10月17日閲覧
  88. ^DeNA宮崎敏郎、目覚めの一発は集中打の号砲 2連勝で2勝2敗タイ」『カナロコ』2024年10月30日。2024年11月7日閲覧
  89. ^苦しんだ感覚のズレ「納得できた日ない」「応援、頼もしい」 DeNA宮崎敏郎内野手手記」『産経新聞』2024年11月4日。2024年11月7日閲覧
  90. ^【DeNA】宮崎敏郎が現状維持で契約更改 松田宣浩氏の“熱男塾”開催されず「寂しい気持ち」」『日刊スポーツ』2024年11月18日。2025年12月21日閲覧
  91. ^DeNA、宮崎敏郎を抹消へ 三浦監督が明言、今季は打率.230&0HRと不振…九鬼が昇格」『Full-Count』2025年5月2日。2025年12月21日閲覧
  92. ^DeNA・宮崎敏郎、1軍復帰後の第1打席&初球に快音 二回に左翼線への二塁打」『サンケイスポーツ』2025年5月16日。2025年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月21日閲覧
  93. ^DeNA・宮崎敏郎、待望の今季1号「反対方向へ良い打球を飛ばすことができた」」『サンケイスポーツ』2025年5月20日。2025年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月21日閲覧
  94. ^【DeNA】三浦監督が「芸術品」と称賛…最高級の技術詰まった宮崎敏郎の7年ぶり「4番弾」」『日刊スポーツ』2025年8月2日。2025年12月21日閲覧
  95. ^DeNA・宮崎敏郎 15球ファウルで20球投げさせる→5号2ラン 打った打席の球数としては史上最多」『スポーツニッポン』2025年8月21日。2025年12月21日閲覧
  96. ^DeNAまた激震!宮崎敏郎が右膝後十字じん帯部分損傷で抹消へ 牧に続き主力離脱 前日負傷交代」『Sponichi Annex』2025年9月3日。2025年9月3日閲覧
  97. ^ab【DeNA】宮崎敏郎が現状維持の2億円でサイン 来季は6年契約の5年目」『スポーツ報知』2025年11月17日。2025年12月21日閲覧
  98. ^2012年ドラフト DeNA6位指名:宮崎敏郎内野手」『スポーツニッポン』。2012年10月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月26日閲覧
  99. ^ab横浜DeNAベイスターズ公式チャンネル (2025-12-20), 【第2弾】『ファンに聞いた!質問コーナー!』〜宮﨑選手・山本選手・入江選手・蝦名選手・石田裕太郎選手・石上選手編〜, https://www.youtube.com/watch?v=rOj4okZcVwQ 2025年12月27日閲覧。 
  100. ^ab#51 宮﨑敏郎「試合に出してもらえるならどこでも」日々必死に、全力で」『横浜DeNAベイスターズ公式サイト』2016年7月6日。2016年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月13日閲覧
  101. ^三振少ないDeNA宮崎は「最少で最後の男?」」『日刊スポーツ』2021年1月15日。2021年10月11日閲覧
  102. ^【DeNA】宮崎敏郎はリーグ最少三振打者 3年連続3割…記録2022」『スポーツ報知』2022年12月24日。2023年4月16日閲覧
  103. ^結果の世界を生き抜いて――宮崎敏郎が語る「感謝」と「責任」/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress- | 野球コラム」『週刊ベースボールONLINE』2022年9月27日。2022年11月27日閲覧
  104. ^DeNA・宮﨑がプロ10年目で初めて犠打を成功「バントも頭に入っていた」」『サンケイスポーツ』2022年10月9日。2023年11月12日閲覧
  105. ^【DeNA】宮崎敏郎プロ野球史上最遅1075戦目の初盗塁 CSへ「走攻守」全力野球で巨人に引導」『日刊スポーツ』2023年9月25日。2023年9月25日閲覧
  106. ^「何事!?」「まさかここまで12年もかかるとは」プロ通算1095試合目ベテランがプロ初の… ファン「蒼い韋駄天が」「思ってたよりかは」」『西日本スポーツ』2024年4月15日。2024年4月16日閲覧
  107. ^【珍プレー】阪神才木の投球それるも暴投ではなく「二、三塁から重盗成功」でDeNAが追加点」『日刊スポーツ』2024年9月29日。2024年10月6日閲覧
  108. ^寺崎江月「宮本慎也が選ぶ現役最強サード。気になるのは「村上宗隆の起用法」」『web Sportiva』2021年3月23日、2頁。2022年9月14日閲覧
  109. ^“令和のマシンガン”の中核を成すDeNA・宮崎敏郎/サード新伝説」『週刊ベースボールONLINE』2020年8月6日。2021年5月27日閲覧
  110. ^野手の守備力をデータから分析し評価する[1.02 FIELDING AWARDS 2017]三塁手部門」『1.02』2017年12月7日。2023年11月12日閲覧
  111. ^abDeNA・宮崎敏郎 ホットコーナーの誇り胸に「行けるところまで、同じポジションでやりたい」/守備職人のプライド」『週刊ベースボールONLINE』ベースボール・マガジン社、2024年6月19日。2024年6月22日閲覧
  112. ^『週刊ベースボール6月19日号・巻頭INTERVIEW』ベースボール・マガジン社、2023年6月7日。
  113. ^【DeNA】“ハマのプーさん”宮崎が逆転満塁弾!」『スポーツ報知』2017年6月16日。2017年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月16日閲覧
  114. ^サンデー・ジャポン 2016年6月26日(日)(サンベイジャポン)」『gooテレビ』。2017年6月16日閲覧
  115. ^DeNA、宮崎5の5で5連勝!虎退治1差で6日にも2位浮上へGO!(2/4)」『サンケイスポーツ』2017年7月6日。2017年10月15日閲覧
  116. ^DeNA宮崎、オリ宮崎との自主トレ報告 2ショット写真に「どっちがどっち?」」『Full-Count』2019年1月13日。2020年12月8日閲覧
  117. ^元オリ宮崎、トライアウトへ“ダブル宮崎”で準備万端 練習参加に感謝「後は出し切るだけ」」『Full-Count』2019年11月10日。2020年12月8日閲覧
  118. ^DeNA宮崎サヨナラ打「夏は苦手」に秘策の氷風呂」『日刊スポーツ』2019年8月1日。2019年8月11日閲覧
  119. ^応援歌のはなし”. ベイスターズ応援日記@星覇会 横浜DeNAベイスターズ私設応援団 (2021年9月30日). 2025年5月23日閲覧。
  120. ^「正直そんなに期待は…」ドラ6が2度の首位打者 元DeNAスカウトが明かすドラフト秘話”. スポーツナビ (2025年8月12日). 2025年8月13日閲覧。
  121. ^「2017 スカパー!ドラマティック・サヨナラ賞 年間大賞」受賞選手 | 2017年 表彰選手」『NPB.jp 日本野球機構』。2024年7月26日閲覧
  122. ^2017年8月度「スカパー!サヨナラ賞」受賞選手 | 2017年 表彰選手」『NPB.jp 日本野球機構』。2024年7月26日閲覧
  123. ^2023年3、4月度「大樹生命月間MVP賞」受賞選手 (セントラル・リーグ) | 表彰選手」『NPB.jp 日本野球機構』。2024年7月26日閲覧
  124. ^ab【DeNA】宮崎敏郎プロ11年目で初盗塁成功 34歳ベテランが足で勝利への執念示す」『日刊スポーツ』2023年9月25日。2023年9月26日閲覧
  125. ^【DeNA】宮崎敏郎がNPB史上315人目の1000安打達成 6年連続100安打以上マーク」『日刊スポーツ』2022年9月17日。2022年9月17日閲覧
  126. ^【DeNA】宮崎敏郎が通算1000試合出場達成 DeNA改称後にドラフト入団した選手では初」『日刊スポーツ』2023年6月1日。2023年6月1日閲覧
  127. ^【データ】DeNA宮崎敏郎がプロ初20球目を本塁打 1打席で20球以上投げさせたのは2人目」『日刊スポーツ』2025年8月21日。2025年8月22日閲覧

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]
ウィキメディア・コモンズには、宮﨑敏郎に関連するカテゴリがあります。
 
監督・コーチ
監督
一軍コーチ
二軍監督・コーチ
コーディネーター
  • 82万永貴司(野手コーディネーター)
  • 91佐野誓耶(野手コーディネーター補佐兼プロフェッショナルデベロップメント)
  • 79大原慎司(投手コーディネーター)
巡回コーチ
 
支配下選手
投手
捕手
内野手
外野手
 
育成選手
投手
捕手
内野手
外野手
 
業績
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
 
セントラル・リーグ ベストナイン(3回)
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1972年から1985年まではダイヤモンドグラブ賞
 
セントラル・リーグ ゴールデングラブ賞(2回)
支配下選手
育成選手
ハマのプーさんに関するカテゴリ:
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=宮﨑敏郎&oldid=108111509」から取得
カテゴリ:
隠しカテゴリ:

[8]ページ先頭

©2009-2026 Movatter.jp