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太皇太后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

太皇太后(たいこうたいごう、:Grand Empress Dowager)は、先々代の帝王の正妻(皇后)もしくは、当代の帝王の祖母に対して用いる尊称である。日本及び中国をはじめとする東アジア圏の歴代王朝で使用された。

日本の太皇太后

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概要

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日本の旗日本
太皇太后
在位中の太皇太后
空位
平安時代1202年1月19日〈建仁元年12月24日〉)より
詳細
敬称陛下
初代藤原宮子
ウェブサイト宮内庁
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称号:太皇太后
敬称陛下
Her Majesty the Grand Empress Dowager

転じて日本では、以前皇后だったものに対して用いる尊称ないし位とされたことがある[1]。現在の敬称は「太皇太后陛下」であるが、古くは太皇太后宮(おおきおおいきさいのみや)というように「宮」(ぐう)の字をつけて敬称した。

日本では律令制の導入以降この称号が使われるようになった。令では中宮職を担当の役所となし、『令義解』では「太皇太后……の宮また自ずから中宮なり」とし、中宮職をもって太皇太后に仕える根拠とするが、実際には中宮職と別個に太皇太后宮職をおいて奉仕させた。天皇の在位期間が短くなる、平安時代後期には、以前に皇后(中宮)だったものが、のちに新たに皇后が立てられると皇太后と称せられ、さらにまた新たな皇后が立てられると、繰り上がって太皇太后の位を贈られるようになった。

明治になり、律令は廃止されたが、太皇太后の称は残り、旧皇室典範で太皇太后は皇族内廷皇族)とされた。太皇太后への敬称は陛下を用いる。また皇室喪儀令大正15年皇室令第11号)では、太皇太后が崩ずるに際しては、宮内大臣が公示し追号を定め、天皇が喪主となると定める。

第二次世界大戦後、日本国憲法と共に新たに皇室典範が施行され、同じく太皇太后は皇族とされ(第2条)、また摂政に就任しうるものとされる(第17条)。また敬称は陛下を用い(第23条)、太皇太后を葬るところは陵と称する(第27条)。

なお平安末期の保元3年(1158年)2月に太皇太后になった藤原多子近衛天皇皇后。後に二条天皇後宮に入り「二代の后」と通称された)を最後に、その崩御から現在に至るまでの824年間、歴史上(皇統)に太皇太后は登場していない。これには、前近代には皇后が立てられない時期が長かったのと、明治以降当代の天皇が在位中に(現在の皇室典範では)祖母に充たる女性が同時に存命していることがなかったためである(大正天皇の生母である柳原愛子は孫の昭和天皇が即位した後の昭和18年(1943年)まで健在だったが、皇后ではなかったので皇太后・太皇太后にはなっていない)。

歴代の太皇太后

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太皇太后天皇との関係立太皇太后年月日立太皇太后以前
藤原宮子文武天皇夫人
聖武天皇
孝謙天皇祖母
天平勝宝元年(749年[2]皇太夫人
橘嘉智子嵯峨天皇皇后
仁明天皇
天長10年(833年)3月2日皇太后
正子内親王淳和天皇皇后斉衡元年(854年)4月26日皇太后
藤原順子仁明天皇女御
文徳天皇
清和天皇祖母
貞観6年(864年)1月7日皇太后
藤原明子文徳天皇女御
清和天皇母
陽成天皇祖母
元慶6年(882年)1月7日皇太后
藤原穏子醍醐天皇皇后
朱雀天皇
村上天皇
天慶9年(946年)4月26日皇太后
昌子内親王冷泉天皇皇后寛和2年(986年)7月5日皇太后
藤原遵子円融天皇皇后長和元年(1012年)2月14日皇太后
藤原彰子一条天皇皇后
後一条天皇
後朱雀天皇
寛仁2年(1018年)1月7日皇太后
禎子内親王後朱雀天皇皇后
後三条天皇
治暦4年(1068年)4月16日皇太后
章子内親王後冷泉天皇皇后延久元年(1069年)7月3日皇太后
藤原寛子後冷泉天皇皇后延久6年(1074年)6月20日皇太后
令子内親王白河天皇皇女
鳥羽天皇准母
長承3年(1134年)3月19日尊称皇后
藤原多子近衛天皇皇后保元3年(1158年)2月3日皇太后
贈太皇太后天皇との関係贈太皇太后年月日贈太皇太后以前
高野新笠光仁天皇夫人
桓武天皇
平城天皇祖母
大同元年(806年)5月19日贈皇太后
藤原安子村上天皇皇后
冷泉天皇
円融天皇
安和2年(969年)8月25日贈皇太后

三后表

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→「后位」を参照

日本以外の太皇太后

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太太皇太后

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阮朝ベトナム帝国の第3代皇帝・紹治帝の皇后であった范氏姮は、1889年に先先々代の皇后の身分となり、太皇太后のさらに上にあたる太太皇太后(たいたいこうたいごう、Thái Thái Hoàng Thái Hậu)の称号を贈られている。

脚注

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  1. ^新村 2011, p. 1678;松村 2006, p. 1503.
  2. ^孝謙天皇即位後

参考文献

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関連項目

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ウィクショナリーに関連の辞書項目があります。
一覧
十六八重表菊(菊花紋章)
身位
敬称
宮中祭祀
公務・制度
皇室の儀式
・行事
宝物・御物
御所御陵
組織
車馬
その他
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  • 太皇太后なし
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平安時代
鎌倉以降
  • 太皇太后なし
  • 緑色は贈太皇太后を示す。
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