大岩 賞介(おおいわ しょうすけ、1945年10月17日 - )は、萩本企画所属の放送作家。東京都出身。
サラリーマン時代に、当時の放送作家界の大御所・はかま満緒を紹介されて師事[1]する。はかまから萩本欽一を紹介されて座付き作家となり、作家集団である「パジャマ党」の一員として萩本を支えた[1]。
『欽ちゃんのドンといってみよう!』(ニッポン放送)では構成だけでなく「笑い屋」としてスタジオに入り、独特の「フォッフォッフォ」という笑い声で番組を盛り上げた。
『オレたちひょうきん族』(フジテレビ)で明石家さんまと出会い[1]、価値観や笑いの方向性が一致し意気投合、さんまから絶大な信頼を得て、さんまの番組には欠かせない存在となる。テレビだけでなく、さんま主宰の毎年恒例の舞台公演『明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ』の構成・演出も手掛けている。大岩が構成する番組はどれもがヒットしており大御所作家になってからも笑いのセンスが落ちておらず様々な人が大岩に構成作家としてオファーをかけている。
新人時代の小堺一機と関根勤の二人の即興コントを見てコンビ結成を勧めた。すぐに二人は地下に潜り毎週舞台でネタを作り場数を踏み地道に活動したことで萩本に認められ「欽どこ!」に出演。大岩の一言が「コサキン」誕生につながる大きな転機になった。
1992年に放送されたテレビドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS)で布施博が演じた美和の昔の恋人の役名(大岩洋介)は、大岩の後輩作家である君塚良一が大岩をモデルに名付けたものである。ちなみに佐野史郎が演じた「桂田冬彦」はこのドラマのプロデューサーだった貴島誠一郎が、知人であった電通の桂田光喜局長(肩書は当時。後の電通副社長)と彼の上司の田代冬彦から命名したものである(→詳細は『ずっとあなたが好きだった』を参照)。
以下の3番組は日本テレビ開局55周年記念番組
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| 女性タレント | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 文化人 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| お笑いタレント |
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| 構成作家 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 旧所属タレント | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 関連会社 |
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| 関連項目 | |||||||||||||||||||||||||||||||