大向う(大向こう、おおむこう)とは、
歌舞伎では劇の雰囲気を盛り上げるために、大向うから声が掛かる。歌舞伎の中には、俳優が大向うの掛け声を巧く利用した演出がいつしか定着し、その掛け声がないと進行できないような舞踊もある。劇場は、声を掛ける者の一部に、掛け声の会に所属することを条件に木戸御免(きどごめん:芝居などに料金を払わず入れること)の許可証を発行している[1]。しかしながら、一般の人の掛け声もしばしば聞かれる。なお、本来「大向う」とは舞台から見た「向う」側であり、「お客様は神様」という発想から偉いという意味の「大」をつけた役者側から見た尊敬語なので、声を掛ける者が「私、大向うをやります」などと言うのは誤った用法である。
歌舞伎はその歴史的経緯から庶民的娯楽の側面が強く、常識の範疇でマナーを守れば本来、あまり緊張し肩肘はって観劇する必要はない。しかし、掛け声は上演中に観客から声を発する行為であり無制限に行えば雑音となるため、不文律として以下に挙げられる決まりごとが言われることが多い。絶対的なものではないにせよ、これらも一種の観劇マナーと考えられる。
役者に対する掛け声には、以下の種類がある。
これが基本。そもそも歌舞伎役者は姓名ではなく屋号で呼びかけるのが礼儀(「市川さん」「團十郎さん」ではなく、「成田屋さん」と呼ぶ)。
「大」(おお): その屋号を代表する長老や看板役者に対して
「若」(わか): その屋号の次世代の代表格に対して
「豆」(まめ): その屋号の次世代の代表格でまだ成人に達していない者に対して
「名の一字」: 名の一つ目の文字を接頭辞とするバリエーション
その役者が、近親以外で同じ屋号の格上の役者と同じ舞台に立つときには、屋号を用いないで町名で掛ける。
累代伝来のお家芸や時代物ではこれがよくでる。襲名披露興行やその後しばらくの舞台では特にこれが掛かることが多い。
一座のほぼ全員が同じ屋号をもつ場合、上記3で役者の住所が不明な場合、前進座の役者で歌舞伎の名跡を得ていない場合などにこれが出る。新派では歌舞伎名跡があっても姓で掛けることが多い。
だれにでも用いることができる。
江戸っ子は気が短く、言葉の短縮を好んだ。江戸の芝居見物の掛け声も、前半部を省略して、二音節で言い切る。ただし東京(江戸)以外ではこうした短縮はしない。
役者以外には、まれに浄瑠璃や長唄の演者に掛かることがある。その演者の得意な演目に際し、期待をこめて掛ける事が多い(『菅原伝授手習鑑・寺子屋』の「いろは送り」の前など)。
裏方である大道具を特に称える掛け声もある。単に「大道具!」と掛かることもあるが、江戸の芝居の大道具は代々「長谷川勘兵衛」が受け持っていたので、その姓をとって「長谷川!」と掛けることが多い。『東海道四谷怪談』の仕掛けは十一代目長谷川勘兵衛が独自に考案した極めて独創性の高い装置であることから、この演目では「長谷川!」が掛かることが特に多い。
なお松竹離脱後の長谷川一夫にも「長谷川!」という声が掛かったので、本人は当惑したという逸話も残っている。
また、NTTの協賛・技術協力で行われる超歌舞伎においては、NTTの技術力への称賛として「電話屋!」という声がかけられる[2]。
演目によっては舞台の色を添える脇役的なものではなく、大向うが必要不可欠である。それが「お祭」という舞踊である。シンをとる役者が粋な祭り姿の鳶頭を務める。始めは、大勢の共演者が賑やかに踊り、盛り上がったところで主演役者が現れる。
この狂言は、大病を患い長期休養した役者の復帰狂言として使われることが多い。芝居への復帰を「待っていた」をかけているわけである。
笑いをとりに行く掛け声をチャリという。チャリを入れて悪ウケを誘い舞台を壊すことが多いため原則的には行わない方がよい。しかし、稀に場の雰囲気を壊さない範囲でのチャリ掛けから、観客が却って引き込まれ盛り上がる場合もある。またチャリの笑いのエネルギーを、おかしみのある芝居では役者が引き継いで盛り上げる場合もある。
例1 身替座禅で、浮気相手の「花子が許へ..」と満面の笑みを浮かべたときに
例2 石切梶原で、刀で巨大な石(の手水鉢)を一瞬のうちに真っ二つに切り
例3 いろいろな芝居で
例4 劇中の役者がたまたま実際の親子で、その二人が抱き合って感涙に咽ぶとても感動的なシーン。涙を誘うばかりの決定的な場面で
基本的に芸能であるので、絶対的な価値観というものは存在しないが、掛け声を聞きに観劇料を払ってきている客はいないので、場を白けさせぬよう大向うは強く自律すべき点である。
元NHKアナウンサーの山川静夫は、このような声を掛けたことで知られている。大播磨の河内山で、密かに小判を手にしてあたりを不安げに見回す場面で
偶然にもこの日はNHKの収録の当日で、この山川の活躍の一部始終はNHKレコードライブラリーの中に保存されている。そのため、このあと、大播磨は絶妙な間合いで笑いが引くのをまってから、悪徳坊主の面白みをチャリの笑いから引き継ぎ、観客を魅了する名人芸で見事に演じきる様を、現代でも聞くことができる。舞台を壊しかけたチャリ掛けを役者が救った例と言える。「名人、大播磨なら大丈夫」とばかりに山川がやったとしたならなかなかに巧いとも言えるが、あくまで結果論であろう。
劇場公認の会を結成している大向うたちもいる。東京だけで3組ある。木戸御免といい、無料で歌舞伎を観劇できる。但し無料である事から、原則「立見」という規則があり、例えば歌舞伎座の場合には、実質4階にあたる一幕見席の壁際、あるいは3階A席と3階B席を隔てる通路壁際が定位置となる。
中部には
関西には
博多には
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