(長野県) | |
|---|---|
埴原城の石垣 | |
| 城郭構造 | 山城 |
| 天守構造 | 不明 |
| 築城主 | 埴原氏(村井氏) |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 埴原氏 |
| 廃城年 | 不明 |
| 遺構 | 曲輪、石垣[1]、土塁、連続竪堀[2]、二重堀切[3] |
| 指定文化財 | 長野県指定史跡 「小笠原氏城跡」の一つ |
| 位置 | 北緯36度11分19.3秒東経138度00分56.9秒 / 北緯36.188694度 東経138.015806度 /36.188694; 138.015806 (埴原城)座標:北緯36度11分19.3秒東経138度00分56.9秒 / 北緯36.188694度 東経138.015806度 /36.188694; 138.015806 (埴原城) |
| テンプレートを表示 | |
埴原城(はいばらじょう)は、長野県松本市にあった日本の城。県指定史跡「小笠原氏城跡」を構成する山城群(埴原城跡、山家城跡、桐原城跡、林小城跡[注釈 1])の一つ[4][5]。
天文19年(1550年)、武田晴信により真っ先に攻撃され落城した。この後、林城など小笠原氏の諸城は続々と落城し、信濃守護小笠原氏はこの地を追われることになった。
武田氏滅亡後、松本盆地を奪還した小笠原貞慶が改修し、現在の城跡はその時のものと推定されている。石垣、土塁などが一部残る。
この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。 |