| なとりし 名取市 | |||||
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| 国 | |||||
| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 宮城県 | ||||
| 市町村コード | 04207-2 | ||||
| 法人番号 | 8000020042072 | ||||
| 面積 | 98.18km2 | ||||
| 総人口 | 79,039人[編集] (推計人口、2025年11月1日) | ||||
| 人口密度 | 805人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 仙台市、岩沼市、柴田郡村田町 | ||||
| 市の木 | クロマツ | ||||
| 市の花 | ハナモモ | ||||
| 名取市役所 | |||||
| 市長 | 山田司郎 | ||||
| 所在地 | 〒981-1292 宮城県名取市増田字柳田80 北緯38度10分18秒東経140度53分31秒 / 北緯38.17153度 東経140.89181度 /38.17153; 140.89181座標:北緯38度10分18秒東経140度53分31秒 / 北緯38.17153度 東経140.89181度 /38.17153; 140.89181 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
名取市(なとりし)は、宮城県の中央南部に位置する市。東北地方最大の都市である仙台市に隣接しており、市内には仙台空港がある[1]。1958年(昭和33年)市制施行。
地名の「名取」はアイヌ語の湿田に由来しているとの説がある[2]。

宮城県の南部に位置し、太平洋に面する。市の西部は陸前丘陵の一部を成す高舘丘陵、東部は仙台平野(名取平野)である。北に接する仙台市との境に名取川が流れ、河口部の閖上に閖上港がある。また、東北自動車道、国道4号線、東北新幹線、東北本線が縦貫している。市の中心部は愛島丘陵北側の名取駅周辺に広がる。
名取市北部の下余田字原田が、仙台市太白区内に浮かぶ飛び地のように存在しているように見えるが、太白区袋原字定野を突っ切って名取市・原田地区に至る名取市道門ノ目線(北端で仙台市道定野街道線[3]と接続)が幅員数m、長さ280mの細長い名取市域として接続しているため、原田地区は飛び地とはなっていない。
西が高く東が低い地勢にそって、市内の河川は西から東に下る。奥羽山脈から流れるのは名取川だけで、あとは丘陵に源を持つ小河川である。増田川と川内沢川は名取市内から、志賀沢川は岩沼市内の丘陵から流れ出る。平野部にはこれら河川から水を引いた水路が縦横に巡らされ、海岸線に沿って掘削された貞山堀に流れこむ。
| 名取(2003年 - 2020年)の気候 | |||||||||||||
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| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録°C (°F) | 14.7 (58.5) | 22.0 (71.6) | 22.9 (73.2) | 28.9 (84) | 32.1 (89.8) | 35.6 (96.1) | 37.3 (99.1) | 37.2 (99) | 36.0 (96.8) | 29.7 (85.5) | 26.7 (80.1) | 21.3 (70.3) | 37.3 (99.1) |
| 平均最高気温°C (°F) | 6.2 (43.2) | 6.8 (44.2) | 10.3 (50.5) | 14.8 (58.6) | 19.5 (67.1) | 22.5 (72.5) | 25.6 (78.1) | 27.7 (81.9) | 24.8 (76.6) | 19.9 (67.8) | 14.5 (58.1) | 8.9 (48) | 16.8 (62.2) |
| 日平均気温°C (°F) | 1.6 (34.9) | 2.2 (36) | 5.4 (41.7) | 10.0 (50) | 15.1 (59.2) | 19.0 (66.2) | 22.4 (72.3) | 24.3 (75.7) | 21.1 (70) | 15.4 (59.7) | 9.6 (49.3) | 4.2 (39.6) | 12.5 (54.5) |
| 平均最低気温°C (°F) | −3.1 (26.4) | −2.6 (27.3) | 0.2 (32.4) | 5.1 (41.2) | 11.1 (52) | 16.0 (60.8) | 20.0 (68) | 21.6 (70.9) | 17.6 (63.7) | 10.8 (51.4) | 4.5 (40.1) | −0.5 (31.1) | 8.4 (47.1) |
| 最低気温記録°C (°F) | −10.0 (14) | −11.8 (10.8) | −7.7 (18.1) | −2.6 (27.3) | 2.9 (37.2) | 7.9 (46.2) | 13.9 (57) | 13.6 (56.5) | 7.1 (44.8) | 0.5 (32.9) | −3.7 (25.3) | −8.4 (16.9) | −11.8 (10.8) |
| 降水量 mm (inch) | 31.4 (1.236) | 23.3 (0.917) | 63.0 (2.48) | 85.5 (3.366) | 96.0 (3.78) | 107.6 (4.236) | 155.6 (6.126) | 128.8 (5.071) | 169.1 (6.657) | 164.3 (6.469) | 55.9 (2.201) | 43.2 (1.701) | 1,124.3 (44.264) |
| 平均降水日数(≥1.0 mm) | 3.7 | 4.6 | 6.3 | 7.8 | 8.1 | 9.4 | 13.4 | 10.4 | 10.3 | 8.2 | 5.5 | 5.4 | 93.9 |
| 出典1:Japan Meteorological Agency | |||||||||||||
| 出典2:気象庁[4] | |||||||||||||
| 名取市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 名取市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 名取市 ■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
名取市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、4.83%増の76,668人であり、増減率は県下35市町村中5位。40行政区域中6位。
当市から仙台市南部にかけては、4世紀後半の古墳時代前期から多数の古墳が造営された。中でも最大のものが愛島丘陵東端に築かれた東北地方最大の雷神山古墳である。大型前方後円墳はこれ一つだが、多数の中小古墳が作られ、7-8世紀の横穴墓に続いた。
名取に国造は置かれなかったようだが、評(後の郡)は7世紀から建てられたと推定される。名取郡は現在の仙台市南部と当市・岩沼市にまたがり、文献史料に名取郡とだけあるものから場所を現在の名取市域に絞り込めることはあまりない。
平安時代に高舘丘陵北東麓に紀伊国の熊野神社の本宮・新宮・那智社が勧請され、名取熊野三山を形成した。熊野社の分社は多いが、三社を合祀せず別々に設けて三山を引き写したのは全国的にみても珍しい[5]。名取の熊野別当は奥州合戦で敗れた藤原氏にくみしたが、降って赦された。
中世の名取郡は細分され、郡全体を支配する荘園も武士も生まれなかった。
戦国時代には14世紀後半に相馬氏の影響が及び、15世紀には伊達氏の覇権に服し、最終的に伊達領に組み込まれた。以後、近世を通じて仙台藩に属した。
仙台藩は新しく奥州街道を開き、増田宿を置いた。仙台藩は陸奥国領内を南・北・中奥・奥の4つに分割して各々郡奉行を置き、その下を19の代官区に細分して支配したが、後に名取市にまとまる地域、すなわち増田村など22の村と1つの浜(閖上浜)は、全域が南郡奉行の下に置かれ、高柳村・大曲村・牛野村・小塚原村・閖上浜の4村1浜(明治以降に東多賀村→閖上町)が名取郡北方の長町代官所に、残りの18村が名取郡南方の増田代官所に統治された[6]。増田には三と七がつく日に市が立った[7]。
| 高 舘 丘 陵 | 高舘村 (431戸) | 増田町 (580戸) | 東多賀村 (570戸) | 仙 台 湾 |
| 愛島村 (373戸) | 館腰村 (461戸) | 下増田村 (277戸) |
明治時代に入ると、藩政時代の村を基本単位として数か村を様々な組み合わせでまとめて行政単位が置かれた。後の名取市やその前身となる町村の境界をまたぐ形で区画されたことも多く、後に名取市となる区域が意識されることはなかった。
旧・奥州街道沿いに敷設された「日本鉄道」(現・JR東北本線)が1887年(明治20年)に仙台区(現・仙台市)の仙台駅を経て塩竈(現・塩竈市)の塩竈駅(後の塩釜埠頭駅)まで開通すると翌年、増田にも増田駅(後の名取駅)が置かれた。
1889年(明治22年)の町村制施行で、現・名取市の市域には高舘丘陵東麓の高舘村と愛島村、現・東北線沿いの増田村と館腰村、沿岸の東多賀村と下増田村の合計6ヶ村が生まれた。当地で人口が多かったのは、旧・増田宿を中心とする増田村と、閖上浜を中心とする東多賀村だった。
1926年(大正15年)には増田村と東多賀村とを結ぶ軽便鉄道「増東軌道」が開通するが、バスとの競合により10年余りで廃止された。
| 高 舘 丘 陵 | 高舘村 (4,673人) | 増田町 (6,519人) | 閖上町 (9,325人) | 仙 台 湾 |
| 愛島村 (4,029人) | 館腰村 (4,648人) | 下増田村 (3,049人) |
1953年(昭和28年)制定の町村合併促進法を受け当地でも昭和の大合併の動きが生まれたが、増田町以外は仙台市との合併に傾きがちとなっていたところ、宮城県の働きかけによって6町村での合併となり、1955年(昭和30年)に名取町が成立した[8]。港町の閖上は、合併時の人口が9325人で、6519人の増田より多かったが[9]、町役場は増田町のものを継承し、3年後に市になったとき増田に市役所を新築した[10]。
1964年(昭和39年)、仙台湾地区が新産業都市に指定されたため、根拠法である新産業都市建設促進法の第23条に基いて、当市や仙台市を含む8市町村での「仙塩合併」が議論されたが不調に終わった。
当市は仙台市のベッドタウンとしての機能も持っているが、宅地開発は1980年代後半から大規模に始まった[11]。
宅地開発はそれまで市内では人口が少なかった地域で行われ、20世紀中は旧・高舘村や旧・愛島村の村域だった西部の丘陵地帯(高館丘陵および愛島丘陵)、21世紀になってからは旧・下増田村の仙台空港鉄道仙台空港線沿線で活発となっている。
| 高 舘 丘 陵 | 旧・高舘村 (18,539人) | 旧・増田町 (24,121人) | 旧・閖上町 (07,105人) | 仙 台 湾 |
| 旧・愛島村 (10,864人) | 旧・館腰村 (07,627人) | 旧・下増田村 (04,490人) |
1989年(平成元年)、仙台市が泉市等を合併して政令指定都市に移行し、1990年(平成2年)に仙台空港初の国際定期便が就航すると、仙台空港の滑走路延長や仙台空港アクセス鉄道の整備促進などを理由に、1991年(平成3年)12月24日に県選出の国会議員から当市と仙台市との合併を促す発言があった[13]。また、仙台東部道路や県道仙台館腰線の開通を控えた1994年(平成6年)2月27日、当市の住民有志が「仙台名取合併推進協議会」を設立したことで再び当市と仙台市との合併論議が沸き起こった[13]。このとき、旧住民が多い旧・増田町や旧・閖上町と、宅地開発で新住民が急増していた西部の旧・高舘村や旧・愛島村という対立軸が形成された。しかし、1996年(平成8年)7月14日の名取市長選挙で合併反対派の現職候補が勝利し、合併論議は収束した[13]。
2011年(平成23年)3月11日、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生し、旧・閖上町の中心部や旧・下増田村の沿岸地域が津波の被害を受けて、多数の犠牲者を出した。
| 代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 鹿又峯治 | 1955年(昭和30年)4月1日 | 1955年(昭和30年)4月30日 | 元・増田町長。職務代執行者 | |
| 1 | 高橋秀松 | 1955年(昭和30年)5月1日 | 1958年(昭和33年)9月30日 |
| 代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1・2 | 高橋秀松 | 1958年(昭和33年)10月1日 | 1963年(昭和38年)5月16日 | 町長より留任 |
| 3〜6 | 荘司庄九郎 | 1963年(昭和38年)5月17日 | 1976年(昭和51年) | |
| 7 | 大友安治 | 1976年(昭和51年)7月 | 1980年(昭和55年)7月 | |
| 8〜13 | 石川次夫 | 1980年(昭和55年)7月 | 2004年(平成16年)7月24日 | |
| 14〜16 | 佐々木一十郎 | 2004年(平成16年)7月25日 | 2016年(平成28年)7月24日 | |
| 17・18 | 山田司郎 | 2016年(平成28年)7月25日 | 現職[15] |
郵便番号は大半の地域で981-12xxであるが、仙台空港関係施設(下増田字南原)および南部の本郷、堀内地区は岩沼郵便局が担当することを示す989-24xxである。

市外局番は大部分の地域で仙台市と同じ「022」であるが、市南端の堀内地区などでは「0223」(岩沼MA)が使用される。

市内には、私立大学1校、国立高専1校、県立専修学校2校、県立高校3校、市立中学校5校、市立小学校11校がある。また、特別支援学校が県立1校、幼稚園が市立4園、私立5園、市立保育所が7ヶ所、児童センターが8ヶ所(分館1ヶ所を含む)に設置されている。そのほか、宮城県警察学校が1999年(平成11年)に仙台市青葉区台原より愛島笠島に移転している。

市内に仙台空港がある。

中心となる駅名取駅
東北新幹線が白石蔵王駅 -仙台駅間で当市を通過しているが、当市に駅は存在しない。

中世までの街道は、丘陵寄りで仙台平野の縁を通っていた。おおよそ現在の宮城県道39号仙台岩沼線にあたる道である。江戸時代に奥州街道が設定されたとき、平野を南北にまっすぐ縦貫する道が開かれた。かつての国道4号(陸羽街道)で、街道に置かれた増田宿は現在の市街中心部にあたる。

名取市は文化財が豊富である。国および宮城県指定の文化財は以下のとおり。
名取市を舞台とした作品