司馬 靳(しば きん、生没年不詳)は、中国戦国時代の秦の将軍。夏陽(現在の陝西省渭南市韓城市)の人。司馬錯の孫で司馬遷の七世の祖。昭襄王に仕えた。
武安君白起の副将として、長平の戦いに参加し趙軍数十万の坑殺に関わった。この為、後に昭襄王から杜郵(現在の陝西省咸陽市渭城区)にて白起と共に死を賜り華池(現在の陝西省渭南市韓城市)に埋葬された。彼の孫である司馬昌は昭襄王の曾孫である始皇帝の時代、鉄を扱う官吏として秦に仕えた[1][2]。