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利根はる恵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

利根 はる恵(とね はるえ、本名:飯野 静子(いいの しずこ)[1][2]1924年大正13年〉11月15日[3] -2005年平成17年〉4月27日[1])は、日本の元女優。演技派の脇役。利根 はるゑとも表記される。千葉県千葉市出身[1]

人物・経歴

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1924年、東京府生まれ[注釈 1]松竹少女歌劇団松竹少女歌劇学校を1年で中退し、松竹大船入社[1]。芸名は池上鶴代

丸山定夫苦楽座を経て[1]1947年新宿ムーラン・ルージュに入り[3][1]1949年東宝『今日われ恋愛す』でデビュー[1]

1950年新東宝入社[3]、『熱泥地』で初主演[1]

1952年大映と本数契約[3]山本薩夫監督の『真空地帯』の娼婦を演じた[1]

1953年、現代俳優協会に参加[1]、『ひめゆりの塔』などに出演。その後、第一協団に所属[4]

1955年日活と専属契約[3]。『沙羅の花の峠』などに出演する。

1958年、ムーランプロの設立に参加[5]。その後、フリーに転じ[1]荷車の歌』など出演、その後は舞台、ドラマにも活動を広げる。

同年、テレビ映画「日本めぐり ぼくらは豆記者」で監督デビュー。テレビ映画の女性監督第一号として話題となった[6]

1959年東映と本数契約[3]

1960年、東宝現代劇と契約[1]

1963年時点では東京俳優生活協同組合に所属[3]

1971年、松竹現代劇と契約した後、フリー[1]

2005年4月27日午後7時48分、胆管がんのため東京都杉並区の病院で死去[2]。80歳没。晩年はおぎいくこ事務所に所属していた[2]

主な出演作品

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映画

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テレビドラマ

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その他の番組

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脚注

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注釈

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  1. ^千葉県生まれとしている資料もある[4]

出典

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  1. ^abcdefghijklm利根 はる恵』 -コトバンク
  2. ^abc“利根はる恵さん死去/女優”. 四国新聞. (2005年4月30日). https://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20050430000416 2023年4月15日閲覧。 
  3. ^abcdefg『タレント名鑑』《NO2》芸能春秋社、1964年、153頁。 
  4. ^ab「映画界」『現代日本新人物事典 : 大臣からファッション・モデルまで』《1956年度版》近代社、1955年、394頁。 
  5. ^「藝能ニュース」『芸能画報』4月号、サン出版社、1958年。 
  6. ^nichihoei. “幻のテレビ映画「ぼくらは豆記者」(1958年)フィルム発見”. nichihoei.blog.fc2.com. 2025年11月1日閲覧。
  7. ^安寿と厨子王丸”. メディア芸術データベース. 2016年10月29日閲覧。

外部リンク

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