| 仏教用語 神通 | |
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| パーリ語 | abhiññā |
| サンスクリット語 | अभिज्ञा\ (IAST:Abhijñā) |
| 中国語 | 神通 |
| 日本語 | 神通 |
| 英語 | higher knowledge |
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六神通(ろくじんずう、ろくじんつう、巴:chaḷabhiññā[注釈 1])とは、「直接的な知識[1] 」「高度な知識[2][3]」「超常的な知識[2][4]」のこと。六通ともよばれ、止観の瞑想修行において、止行(禅定)による三昧の次に、観行(ヴィパッサナー)に移行した際に得られる、自在な境地を表現したものである。悟りを開いたブッダ・阿羅漢が備える3つの三種の明知(vidyā / vijjā)(智慧・解脱知)である三明(巴:tevijjā)の宿命知・生死知・漏尽知に他心通・神足通・天耳通を加えて六神通とする[5]。


仏教において、悟りを得て解脱したブッダ(大乗仏教では菩薩も含む)と阿羅漢が使うことのできる6種の超人的な能力、神通力。天部の神々も神通力を使うことができるほか、外道(仏教以外の沙門)も鍛練すれば漏尽通以外の神通力を使えるようになるとされる。
大乗仏教・上座部仏教のいずれの仏典においても釈迦は六神通を使う超人的な存在として捉えられており、人々の前世(釈迦本人の過去世も含む)と死者の死後の転生先を全て見通す、空を飛ぶ、相手の思考・心の中で呟いたことを全て読み取る、ガンジス川を神足通で渡る(瞬間移動)、自分の分身を作り出す、三道宝階降下の前日譚として三十三天に転生していた母マーヤーの元に神足通を使って訪問するなどの奇跡を起こしたとされる。現代日本では「釈迦は教えを説いた哲学者のような人物だった」という、あくまで普通の人間だったという認識が強いが、仏教の教義上は「超人的な存在」であり例えるならばイエス・キリストの奇跡譚のような超人的・超自然的な逸話が多く仏典に納められている。信仰の問題(信じるか信じないか)は別にして、平川彰は「釈迦は教義上超人的な存在である」という前提を念頭に置いて仏典を読み解かなければ仏典記述の意味を読み誤る恐れがあると指摘している[6]。釈迦が生涯で起こした奇跡については『ブッダチャリタ』などに記録されている[6]。なお絶対者(創造神)の存在を否定する仏教の教義解釈では、六神通は、イエス・キリストの起こした奇跡のような神的な現象ではなく、「土・水・火・空気」の四元素を変換することによって達成できる現象で、あくまで物理的な現象と捉えている[7]。
アジタは心の中で(釈迦に)質問した。 「(我が師バーヴァリの)生年について語れ。姓と特徴とを語れ。ヴェーダの奥義に通じていることを語れ。(我が)師のバラモンは幾人に教えているのか?」
(釈迦は言われた)「彼の年齢は120歳である。彼の姓はバーヴァリである。彼の肢体には3つの好相がある。彼は3つのヴェーダの奥義に達している。彼は500人(の弟子)に教授している。」
古代インドではシッディ (能力)(英語版) のように、道を極めた沙門が何らかの神通力を使えるのは当然のこととされ、釈迦とカッサパ三兄弟との対峙では、釈迦は様々な神通力を使ってみせ、三兄弟とその門下を帰依させている。
かつて西欧の仏教学者は、釈迦の生涯での超人的な逸話は後世に創作されたとして「釈迦は超人的な宗教指導者ではなくソクラテスのような高潔な哲学者であった」と捉える機運が存在したが、近年ではそうした見解は西欧的価値観の色眼鏡を通して生み出された「再神話化」だとして否定される傾向にある(伝世している仏典はいずれも釈迦を超人的存在と捉えており、それを元に「史的ブッダ」を復元しても、結局歴史学者の主観や願望が入った釈迦のフィクションの人物像が創出されるだけだと見なされている)[9]。
浄土教系諸宗派では、悟りを得て如来になった者は仏々相念という神通力(現代的に言えばテレパシー)を使用できるようになり他の如来と意思疎通ができるようになるが、釈迦如来は仏々相念によって現世から西方に十万億仏土過ぎた先の極楽浄土の教主である阿弥陀如来と意思疎通し、阿弥陀如来の功徳を説いたとする。
上座部仏教の教義では釈迦が目指したのは「死後に天界を含めて二度と生まれ変わらないこと」だったと説明される。大乗非仏説では、大乗仏教で説かれるような浄土への往生は後付けの教義とみなす見解が有力であり、上座部仏教の教義の方が釈迦直説に近いと説明される。佐々木閑は「釈迦はこの世を一切皆苦ととらえ、輪廻を断ち切って涅槃に入ることで、二度とこの世に生まれ変わらないことこそが究極の安楽だと考えた」と論じている[10]。上座部仏教の教義では、六神通の一つ「漏尽通」によって釈迦は自らが二度と生まれ変わることはないと了知した上で死に臨み涅槃に入った(すなわち無に帰した)と説明される。『ブッダチャリタ』では涅槃に入った釈迦について「地上においては老・死の恐怖はなく、天上においては天界から落ちる恐怖はない。(中略)生があれば不快が生じる。再び輪廻に生まれないことによる非常な快以上の快はない。」と述べている[11]。
『大パリニッバーナ経』と『ブッダチャリタ』では具体的に何の神通力によるものかは明記されていないが、釈迦の入涅槃にあたり、釈迦は死期を自ら定めたということになっている(『大パリニッバーナ経』ではスーカラ・マッダヴァ(キノコ料理?)を食べて釈迦が食中毒を起こしたことは記録されるが、釈迦はそれ以前に余命を定めていたという)。それらの仏典によれば経緯は以下の通り。80歳になった釈迦の前に、かつて成道を妨害しようとした悪神マーラが再び現れた。マーラは釈迦の教化によって堕落した人間が減り、自らの領域が狭まることを恐れ「あなた様はこの世界で法を説いて回り、もうなすべき事は全てなした筈です。生に執着せず涅槃に入られたらいかがですか」と釈迦に入涅槃を勧めた。これに対して釈迦は余命(一説には釈迦は現世で善行をなしていたので一劫年の余命があったとも[12]、一方「一劫年」は経典の誤読とする説もある[13])を捨てる決意をし、釈迦はマーラに「慌てることはない、あと3か月もすれば私は涅槃に入るだろう」と答えた。釈迦が自ら余命を捨てたため大地で地震が起こり、アーナンダが何かの変事かと思い釈迦の元に駆け付けて理由を問うと、「私は自ら余命を捨てる決意をしたので地震が起きたのである」と答えたという[14][15]。
江戸時代の平田篤胤は自著『出定笑語』で、大乗非仏説に基づき大乗仏教や『法華経』などの大乗経典を散々こき下ろし、大乗経典よりも成立が遡ると見られる『阿含経』についても釈迦直説か疑わしいと仏教全体を批判した。しかし釈迦の六神通に関する説話については「釈迦は幻術使いだった」という見解を示し、幻術を用いて人心を惑わし布教を行った姿勢を批判している。文字通りに受け取るならば、平田篤胤は「釈迦は六神通を使う超人的存在だった」こと自体は後世の創作だとして否定せず、事実だと認めていたことになる[16]。
仏教の教義上、悟りを得て解脱した者は皆 六神通を使えるようになるが、社会の混乱をきたすため六神通をむやみに濫用してはならないとされている。清水俊史は「悟りを得て解脱した」と称している者はみな六神通(神足通)で空を飛べるはずであるが、彼らが空を飛ばないのは「増上慢」か「戒律に従って六神通で空を飛べることを隠している」かのどちらかであると述べている[17][18]。井上順孝によれば、オウム真理教の麻原彰晃が空中浮遊に固執していたのは、オウム真理教が仏教の教義を悪用し、さらに麻原自身が「最終解脱者」などと称していたため、麻原が六神通を使えることを誇示する目的があったという[19]。
具体的には以下の6つを指す。
比丘たちよ、このように見て、聖なる言葉を聞く弟子は、色を厭離し、受を厭離し、想を厭離し、サンカーラを厭離し、識を厭離する。
厭離のゆえに貪りを離れる。貪りを離れるゆえに解脱する。解脱すれば「解脱した」という智慧が生じる。
「生は尽きた。梵行は完成した。なされるべきことはなされ、もはや二度と生まれ変わることはない」と了知するのである。
最後の漏尽通を除く5つを、五通と呼ぶこともある。
パーリ語経典長部の『沙門果経』においては、釈迦がマガタ国王に仏教の沙門(出家修行者、比丘・比丘尼)の果報を問われ、まず戒律順守によって得られる果報、次に止行(禅定、四禅)によって得られる果報を次々と述べた後に、その先の観行(四念住(四念処))によって得られる果報を、以下のように述べている[22]。