元良勇次郎 元良 勇次郎 (もとら ゆうじろう、安政 5年11月1日 (1858年 12月5日 [ 2] ) -大正 元年(1912年 )12月13日 )は、日本 最初の心理学者 である。旧姓は杉田、1881年に元良家の養子となる[ 3] 。墓所は青山霊園 。
「元良」は勇次郎が結婚した後の姓である。現在、一般に、元良勇次郎と呼ばれている。なお船舶工学者 の元良誠三 と物理学者 の高橋秀俊 は勇次郎の孫にあたる。勇次郎の生まれた杉田家は、伝承によると九鬼守隆 の学友であった杉田市郎右衛門 の末裔とされている[ 1] 。父親は三田藩 の儒学者 であったが、勇次郎が若いころ(1872年 )に死去した[ 1] 。
勇次郎は、同志社英学校 最初の学生(全8名)で、開校当初に中島力造 、上野栄三郎 とともに真っ先に駆けつけたひとりだった。同志社英学校では当時としてはめずらしい性理学 (現在の心理学 )の授業が行なわれており、ここでの心理学との出会いが彼の一生を決定付けた。性理学の講義を担当していたJ・D・デービス が蔵書していたW. B. カーペンター (英語版 ) 『精神生理学の原理』(Carpenter 1874 )に感化される[ 4] 。
それまで日本において、心理学 の知識は英語 など外国語で書かれた書物だけであった。つまり心理学という学問は日本に入ってきてはいたが、実際の具体的な手法(実験法、調査法、観察法)は誰も体験しておらず、日本では心理学は存在しなかったと言える。勇次郎はクリスチャン の人脈を活かし海外に学び、そこで心理学の実験手法などを体得し、心理学を日本に持ち帰り、それを根付かせた[ 16] 。
元良が提供した心理学は、(ある意味当然のことであるが)当時の一流の学問を反映したものである。その学問的背景とも言えるものを簡潔にまとめると、例えば、
フェヒナー の精神物理学 オストワルド のエネルギー一元論 ヴント の実験心理学 デューイ やジェームズ のプラグマティズム ホール のジェネティック心理学 、と言うこともできる[ 16] 。
元良による心理学上の研究を、初期・中期・後期と大分して説明する。
初期の段階でもすでに様々なテーマについて実験を行っているが、ひとつ挙げると、「注意」について研究したことが挙げられる。このテーマは一貫して持ち続け、1907年には、児童の注意力とその訓練についての実験へとつながった。そして、学習がうまくできない児童について、能力が無いというわけではなく、「集中」のしかたを知らないからなのだ、という説明および訓練方法を示し[ 注釈 1] 、当時の教育関係者から評価され、それなりに問題解決に貢献することになった[ 16] 。
中期・後期のそれを挙げると次のようになる[ 16] 。
円覚寺 の塔頭 である帰源院で禅 を体験した(1894年)。[ 注釈 2] 横読み、縦読みの利害の実験(1895年) 白内障者の視覚に関する実験(1896年) 神経伝達の実験(1903年) 片仮名・平仮名の読み書きの難易の実験(1904年) 児童の注意力とその訓練についての実験(1907年) 心元 (簡単に言うと精神化したエネルギーのこと) (1909年) 顕心儀 (人の自我と、外界との関係の理解を助けるモデルの一種)(1909年)「知識交換論」 『六号雑誌』 第32号 - 33号 1883 G. S. Hall らと共著 "Dermal sensitiviness to gradual pressure change",American Journal of Psychology , Vol. 1, 1887 「米国心理学ノ近況」 『六号雑誌』 第92号 1888 「精神物理学 (全 12回・未完)」 『哲学会雑誌』 第26号 1889 - 第53号 1891 「心理学と社会学の関係」 『哲学雑誌』 第24号 1889 「社会学の範囲及性質」 『哲学会雑誌』 第53号 1891 「月の大きさに就て」 『東洋学芸雑誌 』 第8号 (通巻 122号 1891) 「月ト心理学ノ関係」 『六号雑誌』 第124号 1891 「ゼームス氏心理学を読む」 『六号雑誌』 第131号 1891 「勢力保存法と心の関係」 『哲学雑誌』 第59号 1892 「物理界ト人事界トノ比喩」 『哲学会雑誌』 第65号・66号・67号・83号 1892 - 1894 「倫理学ハ実践ノ学ニ非ルカ」 『哲学雑誌』 第94号 1894 「横読縦読ノ利害ニ就テ」 『東洋学芸雑誌』 第12巻 (通巻 165号 1895) 「注意作用の研究 上下」 『児童研究』 第3巻 1号 - 3号 1900 「判断作用の研究」 『哲学雑誌』 第17巻 (通巻 184号 1902) 「意志と自然力の関係に就て」 『哲学雑誌』 第198号 1903 「神経の伝達作用に関する研究」 『神経学雑誌』 第2巻 1号 1903 "A study on the conductivity of the nervous system",American Journal of Psychology , Vol. 14, 1903 「精神作用上の統一作用に就きて」 『哲学雑誌』 第204号・第205号 1904 「動機論」 『児童研究』 第7巻 1号 1904 「心理学者としてのスペンサー及びベイン」 『哲学雑誌』 第19巻 (通巻 206号 1904) "Conflict of religion and science: From a Japanese point of view",Monist , Vol. 15, 1905 "The idea of ego in oriental philosophy",Atti del V Congresso Internationale di Psicologia , 1905 「心の一切の経験及其分化法に就て」 『哲学雑誌』 第229号・第230号 1906 「道徳的満足の感情に就て」 『丁酉倫理会倫理講演会集』 第59輯 1907 「精神の操縦に就きて」 『児童研究』 第10巻 7号 - 8号 1907 「心理学と認識論の関係-特にカントの空間論を評す」 『哲学雑誌』 第22巻 (通巻 242号 1907) 「心とは何ぞや」 『哲学雑誌』 第265号 - 267号 1909 「心の本体とは何ぞや」 『哲学雑誌』 通巻 271巻 1909 「ヘーゲルの存在論に就て」 『哲学雑誌』 第24巻 (通巻 272号 1909) 「児童の注意の実験 (帝国学士院における元良博士論文講述)」 『東洋学芸雑誌』 第26巻 1909 「教育的心理学」榊保三郎 編 『異常児の病理及教育法 (上)』 冨山房 (ふざんぼう) 1909 「精神操縦に就て」 『感化救済事業講演集』 1909 「注意練習ノ実験ニ就テ」 『児童研究』 第12巻 8号 1909 「精神療法に就て」 『帝国教育』 第333号 1910 「力学上より見たる心理学」 『哲学雑誌』 第297号 1911 「現時の心理学上の問題」 『教育学術界』 第24巻 12号 (臨時増刊・最近学芸大観 1911) "Ein Experiment zur Einübung von Aufmerksamkeit",Zeitschrift für Kinderforschung ,16 , 1911 「意志と自然力との関係」 『心理研究』 第1巻 1号 1912 ^ 現在の水準からすると、シンプルな説明ではある。が、成果はもたらした。 ^ これは、自身を用いての実験と言え、これもまた、心理学におけるひとつの考え方・方法論である)。なお同じ日に夏目漱石 も参禅しており、当時の参拝簿には元良と「夏目金之助」の名が隣り合わせに書かれている。(放送大学「心理学史 '05」 2009.10.20放送。担当講師、佐藤達哉 他)漱石と参禅が同時だったことは、(元良勇次郎 1910 )にて自身でも述べている。