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元和 (日本)

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(2016年9月)

元和げんなは、日本元号の一つ。慶長の後、寛永の前。1615年から1624年までの期間を指す。この時代の天皇後水尾天皇江戸幕府将軍徳川秀忠徳川家光

改元

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出典

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徳川家康の命により、憲宗年号を用いた。

改元は本来朝廷の権限によるところのものであったが、家康が定めた禁中並公家諸法度第8条により「改元は、漢朝年号の内、吉例を以て相定むべし」とされ、江戸幕府がその権限に介入する事になった。同法度の施行は元和改元の4日後ではあったが、その趣旨については既に朝廷側に通告されており、当然第8条の規定の事も朝廷側に伝えられていた。

だが、この時小槻孝亮らによって勘申された複数の案では、以上の事情にもかかわらず、新しい法度の規定に適合した候補は従来から度々候補に挙げられながら悉く外されてきた(言わば「当て馬」である)「天保」(江戸時代後期になって採用)以外は、この「元和」のみであった。また、「元和」はこれまで候補に挙げられたことがないのに初めての勘申で採用されている。このため、実際の起草者は幕府側の人物であったとの噂が立てられた。これが一部公家からの反発を招き、この年号が、前後の元号に比べ短期間だった理由の一つとも言われている。また、禁中並公家諸法度第8条には「但し重ねて習礼相熟むにおいては、本朝先規の作法たるべき事」とも書かれており、中国の元号がそのまま新しい元号とされたのは元和のみで、以降は伝統的な改元手続によって決定された元号を幕府が承認して日本全国に通知する方式が取られた[1][2]

改元の直前に発生した大坂夏の陣によって豊臣氏は滅亡した(5月8日)。元和は、9世紀平安時代から16世紀戦国時代まで断続的に続いた、日本列島における戦争状態の終わりと平和の始まりを意味する。

元和年間の出来事

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誕生

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死去

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西暦との対照表

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※は小の月を示す。

元和元年乙卯一月二月※三月四月五月※六月閏六月※七月八月九月※十月十一月※十二月※
グレゴリオ暦1615/1/292/283/294/285/286/267/268/249/2310/2311/2112/211616/1/19
ユリウス暦1615/1/192/183/194/185/186/167/168/149/1310/1311/1112/111616/1/9
元和二年(丙辰一月二月※三月四月※五月六月七月※八月九月※十月十一月十二月※
グレゴリオ暦1616/2/173/184/165/166/147/148/139/1110/1111/912/91617/1/8
ユリウス暦1616/2/73/84/65/66/47/48/39/110/110/3011/2912/29
元和三年(丁巳一月二月※三月※四月五月※六月七月※八月九月十月※十一月十二月
グレゴリオ暦1617/2/63/84/65/56/47/38/28/319/3010/3011/2812/28
ユリウス暦1617/1/272/263/274/255/256/237/238/219/2010/2011/1812/18
元和四年(戊午一月※二月三月※閏三月※四月五月※六月※七月八月九月※十月十一月十二月
グレゴリオ暦1618/1/272/253/274/255/246/237/228/209/1910/1911/1712/171619/1/16
ユリウス暦1618/1/172/153/174/155/146/137/128/109/910/911/712/71619/1/6
元和五年(己未一月※二月三月※四月※五月※六月七月※八月九月※十月十一月十二月
グレゴリオ暦1619/2/153/164/155/146/127/118/109/810/811/612/61620/1/5
ユリウス暦1619/2/53/64/55/46/27/17/318/299/2810/2711/2612/26
元和六年(庚申一月※二月三月四月※五月※六月七月※八月※九月十月※十一月十二月閏十二月
グレゴリオ暦1620/2/43/44/35/36/16/307/308/289/2610/2611/2412/241621/1/23
ユリウス暦1620/1/252/233/244/235/226/207/208/189/1610/1611/1412/141621/1/13
元和七年(辛酉一月※二月三月※四月五月※六月七月※八月※九月十月※十一月十二月
グレゴリオ暦1621/2/223/234/225/216/207/198/189/1610/1511/1412/131622/1/12
ユリウス暦1621/2/123/134/125/116/107/98/89/610/511/412/31622/1/2
元和八年(壬戌一月※二月三月四月※五月六月※七月八月※九月※十月十一月※十二月
グレゴリオ暦1622/2/113/124/115/116/97/98/79/610/511/312/31623/1/1
ユリウス暦1622/2/13/24/15/15/306/297/288/279/2510/2411/2312/22
元和九年(癸亥一月※二月三月四月※五月六月七月※八月閏八月※九月※十月十一月※十二月
グレゴリオ暦1623/1/313/13/314/305/296/287/288/269/2510/2411/2212/221624/1/20
ユリウス暦1623/1/212/193/214/205/196/187/188/169/1510/1411/1212/121624/1/10
元和十年(甲子一月※二月三月※四月五月六月※七月八月※九月十月十一月※十二月※
グレゴリオ暦1624/2/193/194/185/176/167/168/149/1310/1211/1112/111625/1/9
ユリウス暦1624/2/93/94/85/76/67/68/49/310/211/112/112/30

脚注

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[脚注の使い方]
  1. ^久保貴子『近世の朝廷運営』岩田書院、1998年、P57-61.
  2. ^高埜利彦『近世の朝廷と宗教』吉川弘文館、2014年、P126.

関連項目

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注1:前の数字は番号。南北朝時代の「南」は南朝、「北」は北朝の元号を指す。慣例に従い南朝を正統とする。
注2:後の数字は元年と末年。源氏政権の「寿永」は元年でなく使用開始年を記し、「正平」は南北統一の年と再分裂の年、「観応」は復活の年、「明徳」は統一の年も記す。

注3:明治以前は、改元が布告された年の元日に遡って新元号を適用されたと見なす立年改元が慣例とされていた。「立年改元」を付した年では布告日を西暦に換算すると年が明けているが、元日に遡るのであればそのままである。例えば、安政への改元が布告された嘉永7年11月27日は1855年1月15日であるが、元日は1854年1月29日である。
飛鳥時代
奈良時代
四字元号
平安時代
平氏政権
源氏政権
  • 治承 (…-1183年)
  • 寿永 (1183年-1184年)
  • 106元暦 (1184年-…)
鎌倉時代
大覚寺統
  • 155 (南1)元弘 (1331年-…)
持明院統
  • 元徳 (…-1332年)
  • 北1正慶 (1332年-1333年)
南北朝時代
  • 元弘 (…-1334年)
  • 156建武 (1334年-1336年)
南朝
  • 157 (南2)延元 (1336年-1340年)
  • 158 (南3)興国 (1340年- 1346立年改元)
  • 159 (南4)正平 (1346年立年改元-…)
北朝
  • 建武 (…-1338年)
  • 北2暦応 (1338年-1342年)
  • 北3康永 (1342年-1345年)
  • 北4貞和 (1345年-1350年)
室町幕府
長門探題
  • 貞和 (…-1351年)
  • 観応 (…-1351年)
  • 正平 (1351年-1352年)
南朝
  • 正平 (…-1370年)
  • 160 (南5)建徳 (1370年-1372年)
  • 161 (南6)文中 (1372年-1375年)
  • 162 (南7)天授 (1375年-1381年)
  • 163 (南8)弘和 (1381年-1384年)
  • 164 (南9)元中 (1384年-1392年)
北朝
室町時代
  • 165 明徳 (1392年-1394年)
  • 166応永 (1394年-1428年)
  • 167正長 (1428年-1429年)
室町幕府
鎌倉府
  • 正長 (…-1431年)
  • 永享 (…-1441年)
  • 169嘉吉 (1441年-1444年)
  • 170文安 (1444年-1449年)
  • 171宝徳 (1449年-1452年)
  • 172享徳 (1452年-1455年)
室町幕府
  • 173康正 (1455年-1457年)
  • 174長禄 (1457年- 1460立年改元)
  • 175寛正 (1460年立年改元 -1466年)
  • 176文正 (1466年-1467年)
  • 177応仁 (1467年-1469年)
  • 178文明 (1469年-…)
古河府
  • 享徳 (…-1478年)
安土桃山時代
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  • 191文禄 (1592年立年改元 -1596年)
  • 192慶長 (1596年-…)
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  • 193元和 (1615年-1624年)
  • 194寛永 (1624年- 1644立年改元)
  • 195正保 (1644年立年改元 -1648年)
  • 196慶安 (1648年-1652年)
  • 197承応 (1652年-1655年)
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  • 221弘化 (1844年立年改元 -1848年)
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