この項目では、テレビドラマについて説明しています。
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| 傷だらけの天使 | |
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| 出演者 | |
| ナレーター | 中江真司 |
| オープニング | 井上堯之バンド |
| 製作 | |
| プロデューサー |
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| 制作 | |
| 放送 | |
| 音声形式 | モノラル放送 |
| 放送国・地域 | |
| 放送期間 | 1974年10月5日 -1975年3月29日 |
| 放送時間 | 土曜 22時00分 - 22時55分 |
| 放送分 | 55分 |
| 回数 | 26 |
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『傷だらけの天使』(きずだらけのてんし) は、1974年10月5日から1975年3月29日まで、毎週土曜日22時00分 - 22時55分に日本テレビ系で放送された萩原健一、水谷豊出演のテレビドラマである。全26話。
本項では、テレビドラマ版『傷だらけの天使』および、続編小説『魔都に天使のハンマーを』について解説する。
若者コンビの怒りと挫折を描いた、アンチヒーロー型の探偵ドラマである。ストーリーはバラエティに富んでおり、暴力団の抗争から捨て子の親探しまで幅広い。
初期ではほとんどの回でヌードシーンが盛り込まれており、内容面では修と享が汚れ仕事をやらせる所長綾部(岸田今日子)に一泡吹かせようと反攻を試みるも、失敗するという展開が多かった。しかしこれで主婦層などの視聴者からそっぽを向かれたり突き上げに遭うなどされたために視聴率が1桁寸前にまでダウンする事態が起こり、これを受けて清水欣也プロデューサーが「第8話(1974年11月23日放送)から路線変更します」と宣言するまでに至った[1]。
後期では暴力やエロチックなシーンを抑え、歌謡曲や童謡などの音楽を主軸に据えた“ロマンチシズム”をイメージに[1]、修と一人息子の健太とのエピソードも増やしてオーソドックスな探偵ものへの軌道修正が図られた[1]。しかし表・裏両社会の権力からの理不尽な仕打ちに挫折する若者二人の姿は、最終回まで貫かれた。

| 回 | サブタイトル | 脚本 | 監督 | ゲスト |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 宝石泥棒に子守唄を | 柴英三郎 | 深作欣二 | 金子信雄、真屋順子、坂上忍、加藤和夫、富田仲次郎、八名信夫、桐生かほる、オスマン・ユセフ |
| 2 | 悪女にトラック一杯の幸せを | 永原秀一 峯尾基三 | 恩地日出夫 | 緑魔子、江原達怡、上野山功一、北村総一郎、相原巨典、和久井節緒、岸井あや子 |
| 3 | ヌードダンサーに愛の炎を | 市川森一 | 深作欣二 | 中山麻理、室田日出男、都家かつ江、白石奈緒美、伊達三郎、大木正司 |
| 4 | 港町に男涙のブルースを | 大野靖子 | 神代辰巳 | 池部良、荒砂ゆき、田島義文、二見忠男、潤ますみ |
| 5 | 殺人者に怒りの雷光を | 市川森一 | 工藤栄一 | 加藤嘉、松山省二、木村豊幸、谷岡行二、檜よしえ |
| 6 | 草原に黒い十字架を | 山本邦彦 | 神代辰巳 | 高木均、大村千吉、苅谷俊介 |
| 7 | 自動車泥棒にラブソングを | 市川森一 | 恩地日出夫 | 川口晶、高橋昌也、蟹江敬三、奥村公延、如月寛多 |
| 8 | 偽札造りに愛のメロディーを | 柴英三郎 | 工藤栄一 | 有島一郎、田辺節子、近藤宏、沢りつ男 |
| 9 | ピエロに結婚行進曲を | 市川森一 | 児玉進 | 滝田裕介、志摩みずえ、水上竜子 |
| 10 | 金庫破りに赤いバラを | 渡辺由自 | 鈴木英夫 | 小松政夫、加納典明、浜田寅彦、川崎あかね、松下達夫 |
| 11 | シンデレラの死に母の歌を | 土屋統吾郎 | 平田昭彦、服部妙子、浦辺粂子、夏木順平、川村真樹、小宮和枝 | |
| 12 | 非情の街に狼の歌を | 鎌田敏夫 | 児玉進 | 土屋嘉男、水原麻記、清川新吾、佐藤京一、鈴木和夫、畠山麦 |
| 13 | 可愛いい[3] 女に愛の別れを | 高畠久 山本邦彦 | 土屋統吾郎 | 吉田日出子、加茂さくら、田口計、加賀邦男、加藤茂雄、邦創典 |
| 14 | 母のない子に浜千鳥を | 市川森一 | 恩地日出夫 | 桃井かおり、石山雄大 |
| 15 | つよがり女に涙酒を | 篠崎好 | 松尾和子、渡辺文雄、稲葉義男 | |
| 16 | 愛の情熱に別れの接吻を | 鎌田敏夫 | 鈴木英夫 | 高橋洋子、山下洵一郎 |
| 17 | 回転木馬に熱いさよならを | 高畠久 渡辺由自 | 江夏夕子、中原早苗、橋本功、福田豊土、磯部勉、伊東辰夫 | |
| 18 | リングサイドに花一輪を | 柏原寛司 | 児玉進 | 中谷一郎、今井健二、梅津栄、ファイティング原田、苅谷俊介、朝倉隆 |
| 19 | 街の灯に桜貝の夢を | 市川森一 | 恩地日出夫 | 関根恵子、森幹太、阿藤海、大口ひろし、大山豊、鹿島信哉、加藤茂雄 |
| 20 | 兄妹に十日町小唄を | 篠崎好 | 児玉進 | 渡辺篤史、伊藤めぐみ、犬塚弘、島田多江、成川哲夫 |
| 21 | 欲ぼけおやじにネムの木を | 宮内婦貴子 | 工藤栄一 | 内田朝雄、笠井うらら、亀渕友香、根岸一正、武藤章生 |
| 22 | くちなしの花に別れのバラードを | 篠崎好 | 児玉進 | 篠ヒロコ、久保明、家弓家正、川口節子 |
| 23 | 母の胸に悲しみの眠りを | 田上雄 | 工藤栄一 | 根上淳、下條アトム、西尾三枝子、本山可久子 |
| 24 | 渡辺綱に小指の思い出を | 市川森一 | 児玉進 | 坂口良子、前田吟、天本英世、吉田義夫、真山知子、長谷川弘、富田仲次郎 |
| 25 | 虫けらどもに寂しい春を | 宮内婦貴子 大野武雄 | 工藤栄一 | 小松方正、根岸明美、水上竜子 |
| 26 | 祭りのあとにさすらいの日々を | 市川森一 | 下川辰平、森本レオ、石田太郎、柴田美保子、畠山麦 |
萩原健一は1972年7月から1973年7月にかけて『太陽にほえろ!』にレギュラー出演していた時から、同作プロデューサーの岡田晋吉に対して、健全路線であった『太陽』について「セックスが無いのは気に入らない」と、バイオレンスが足りないのと共にモノ申し続けていた。萩原は岡田に「今度は犯罪者側に立ちたい」とももらしていたこともあった。そこで岡田は萩原が出演するドラマの新企画を土曜日夜10時という、当時(1974年)としては「深夜枠」と言ってもいいほど遅い時間帯で用意することにした[4]。
岡田からプロデュースを託された清水欣也は、大藪春彦の前期の短篇「恥知らずの町」の解説に意図の大半が費されているという企画を、「マシンガンをぶっ放すショーケン」をイメージし、「ハードボイルドを越えた、艶歌アクションとしてとらえよう」として血と暴力をファンタジーにまで昇華させたいという意図で第一案として提出。しかし本作スタートまでの間に、『くるくるくるり』(1973年11月~1974年4月、日本テレビ)、東芝日曜劇場『祇園花見小路』(1973年、TBS)そしてNHK大河ドラマ『勝海舟』(74年、萩原は岡田以蔵役)と萩原出演作が次々と高視聴率、高評価を獲得したことで、この企画の内容も二転三転する[4]。
当初この企画においては、萩原はヤクザ役に設定されていたが、この案は前述のハードボイルドアクション路線と共に消滅。一方で、本作のメインライターの市川森一が1973年の暮れ頃にテイタン(帝国秘密探偵社)を取材したことにより、興信所を舞台にしたドラマの構想と概要が固まる。そして『太陽にほえろ!』ではセックスをタブーとして封じていた岡田晋吉も本作ではこの解禁を許可する。萩原は本作を始めるにあたって「好きなように何をやってもいい、視聴率が取れなくても構わない」という前提で始まったと語っている[4]。
第1話の『宝石泥棒に子守唄を』は、実際には3本目として撮影された[5]。しかもこの回で水谷は、アクションシーンで右肩を打撲。翌日になったら全く肩が上がらず、面倒臭いと思って病院へ行かなかったうちに、ボールも投げられない酷い状態になったというほどの大怪我を負っている[5]。
萩原健一は『スポーツニッポン』が2009年11月1日 - 11月30日に連載したインタビュー記事『我が道』の初回において、「自分の相棒役にキャスティングが予定されていたのは火野正平であったが、火野が『斬り抜ける』などのレギュラー番組が決まりスケジュールが取れなくなったために水谷豊に変更になった」旨を明かしている[6][7]。なお、水谷を推薦したのは萩原であり、『太陽にほえろ!』で萩原演じる刑事マカロニが最初に捕まえた犯人役が水谷で、その誠実な仕事ぶりが印象に残り、享役に推したと述懐している[8]。
当時、東宝側のプロデューサーの一人だった磯野理は、自身の回想本『東宝見聞録』にて「Hのスケジュールの関係で所属事務所の社長と揉めて、降板させた」と記している[9]。
修と亨が暮らしていたビルで、綾部探偵事務所からビルの屋上にあるペントハウスを借りているとの設定だった。
撮影は代々木駅隣(西口)にある雑居ビル『代々木会館』にて行われた。なお、ドラマでは最終回で解体工事が着手されるが、実際は最終回から36年後の東日本大震災でペントハウスは倒壊するも、ビル建物自体は40年以上存在し続けた。代々木会館は老朽化のため2019年8月1日から2020年1月30日にかけての工事で解体された[10][11]。
演出は恩地日出夫、 撮影は木村大作。カメラに三脚をつける時間がないほどタイトなスケジュールでの撮影だったという。革ジャンを着て、ヘッドフォンを付け、水中眼鏡を付けた修が眠りから目を覚まし、冷蔵庫の扉を開き、新聞紙を首から下げ、トマト、コンビーフ、リッツ、魚肉ソーセージに次々とかぶりつき、口で栓を開けた牛乳で喉に流し込む。もともとは最後に牛乳を画面にぶっ掛けたところで画面を白転させ、そこにメインタイトルを表示するという案であったが、スポンサー等から「食品を粗末に扱うこと」へのクレームが入り、その直前の画面をストップモーションにすることで対処された[注釈 1]。
主演の萩原健一の回想によると、「製作側(演出を担当した映画監督ら)は『タイトルバック不要でいいんじゃないか』って話だったんだが、スポンサーサイドから『ないとダメだ』と言われたため、恩地(日出夫)さんと木村(大作)さんで急遽撮影したものだった」のだとのこと[12]。萩原は「どさくさ紛れに、時間稼ぎでやったやつだったね」と語っている[12]。
マルコ・フェレーリ監督の映画「最後の晩餐」をイメージして撮影された。また、新聞紙をナプキン代わりにするアイデアは萩原が目撃した工事現場の配管工がモデルで、「弁当を食べながら新聞紙で度々口を拭く仕草がおかしかった」ため採用された[13][14]。
深作欣二は「仁義なき戦いシリーズ」五部作の最終作・『仁義なき戦い 完結篇』と「新仁義なき戦いシリーズ」一作目の『新仁義なき戦い』の間に演出を担当[15]。深作は本企画には参加する暇がなく「ショーケンでこういうのやりたいんだけど」と言われ参加した。前述のタイトルバック(オープニング映像)と二話分を恩地日出夫が撮影していたが、放映では前後して深作が演出した二話分が第一話と三話になった[15]。萩原健一は深作に会うなり「何で僕は『仁義なき戦い』に出られなかったのか」「僕があそこに出てなかったのは自分でも信じられない」と話していたと言い、本作品の撮影はスムーズに進んだという[15]。深作はこの「傷だらけの天使」で初めて木村大作カメラマンと組んだが、木村も『仁義なき戦い』を観ていたから、手持ちキャメラでも負けないと、オートバイに乗ってキャメラを担いだという[15]。この第一話で萩原扮する木暮修が古美術屋に強盗用のモデルガンを借りに来るシーンがあるが、その店の店主が金子信雄で広島弁を喋る『仁義なき戦い』の山守親分のようなキャラクターで登場する。萩原がもごもごと「このオジさんむかし広島でヤクザの親分だったから」などというシーンがある。「仁義なき戦いシリーズ」撮影中が縁でのカメオ出演と思われる。
演出を映画監督が担当したために現場でテレビドラマの厳密な尺が計算出来ておらず、プロデューサーが急遽脚本家に連絡する等苦労した筈だという裏話を後年主演の萩原が明かしている[16]。
ほとんどの回でヌードシーンがあった初期の頃(#内容の節で詳述)、視聴者の目を気にして放送直前まで編集を重ねていたこともあり、ロマンポルノのエースと言われた神代辰巳監督の第4話「港町に男涙のブルースを」では事前にエロチックなシーンを中心に3箇所カットしている[1]。
最終話冒頭での地震のシーンは、映画『日本沈没』から流用している[17]。また同じく最終話では修が、ドラム缶に入った死んだ亨を夢の島に捨てて逃げるというラストシーンであったが、実際に水谷自身がドラム缶の中に入っていた。更にこのラストシーンには、この回の監督を務めた工藤栄一が考えたもうひとつの案があり、それは「火葬しようと修がドラム缶に火を点けたが、亨は燃えながら立ち上がって歩いてくる」というものだったが、「さすがにやり過ぎ」と思って止めたという[18]。
衣装協力としてBIGIがクレジットされており、菊池武夫が担当した。萩原健一演じる木暮修の服やスタイルは、当時の若者に多大な影響を与えた。後に衣装はBIGIで売れ残った品を買い取って使用されたと話している[注釈 2][19]。
特記のない場合は全て放送時間は土曜 22:00 - 22:55、同時ネット。
萩原健一はスポーツライターの赤坂英一との対談(青春のバイブル「アニキ~」と「アキラ!」の時代『傷だらけの天使』を語ろう 週刊現代連載『熱闘スタジアム』第11回 2012.05.03)で「修と亨って本当は在日朝鮮人という設定なんです。市川(森一)さんとそう話し合っていた。修は中卒で、亨は中学も卒業してない。だけど、在日という設定は放送段階では通らなかった。今では韓流ドラマとK-POPが大流行して、広く親しまれているけれど、あの頃は在日の人への偏見があり、ドラマで触れることはタブーでした。だからこそ、やりたかったんだけど、日テレは『それは、ちょっと・・・・・・』と繰り返すばかり。この設定が通らなかったとき、一度は市川さんとの間でやめようと話しました。それじゃあ、あのドラマはできないと思うほど、あの設定にはこだわりがありましたから」と語り「市川さんは最後まで隠された設定をふまえて書いたんですか?」と赤坂が問うと「そうです。豊さんは知らなかったかもしれないけれど」と答えている。
矢作俊彦が萩原、市川両者に許可を得て著作された小説版。最終回から30年後ホームレスとなった修を描き、ドラマや俳優陣の経歴を知っていなければよくわからない小ネタ描写が散りばめられている。2008年6月発行。
最終回後、修は東東京市(ひがしとうきょうし)[33] でホームレス仲間と賭けゲートボールでその日の銭をもうけていた。ある日、仲間の1人が軽口で修を名乗ったことで謎の集団からリンチを受けて死亡した。修は事の真相を突き止めようと亨との別れ以降足を踏み入れなかった新宿へ出向く。
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ)| 日本テレビ系土曜10時枠 | ||
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