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伊丹安広

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊丹 安広
伊丹安広(左)と藤本定義(右)
基本情報
国籍日本の旗日本
出身地香川県
生年月日 (1904-02-17)1904年2月17日
没年月日 (1977-10-19)1977年10月19日(73歳没)
選手情報
ポジション捕手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴
野球殿堂(日本)
殿堂表彰者
選出年1978年
選出方法特別表彰
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手  テンプレート

伊丹 安広(いたみ やすひろ、1904年2月17日 -1977年10月19日)は、香川県出身の野球選手

経歴

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佐賀中学校から早稲田大学へ進学し、捕手として活躍[1]。1926年(大正15年)東京六大学野球春季リーグでは、早大後輩で前年秋の初代首位打者に輝いた芥田武夫に次ぎ、第2回目の首位打者を獲得している[2]

卒業後は東京倶楽部でプレーし、都市対抗野球大会の連覇に貢献[1]。東京六大学野球、全国中等学校優勝野球大会審判員も務めた[1]

1940年から母校早稲田大学の監督に就任し、4年間務めた[1]

戦後は日本学生野球協会の結成に関わり、アメリカ軍によって接収された神宮球場の返還にも奔走した[1]

その後は明治神宮外苑長を務め、社会人野球の日本鋼管東芝の監督を歴任した[1]

高校の後輩で東芝に所属していた永淵洋三近鉄バファローズの代表である芥田武夫に紹介し、永淵はテストに合格したのちドラフト2位で近鉄に入団している[3]

1978年に特別表彰で野球殿堂入り。

著書

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脚注

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  1. ^abcdef『野球殿堂 2012 The Baseball Hall of Fame』(2012年、ベースボール・マガジン社)、P.54
  2. ^東京六大学野球リーグ戦 首位打者 東京六大学野球連盟
  3. ^【4月16日】1968年(昭43) 代打でプロ初本塁打の後はリリーフ登板した“あぶさん”

外部リンク

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