| なかむら とおる 仲村 トオル | |||||||||||
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第42回ホープフルステークス表彰式 (2025年12月27日) | |||||||||||
| 本名 | 中村 亨(読み同じ) | ||||||||||
| 生年月日 | (1965-09-05)1965年9月5日(60歳) | ||||||||||
| 出生地 | |||||||||||
| 身長 | 185cm[1] | ||||||||||
| 血液型 | A型[1] | ||||||||||
| 職業 | 俳優、タレント | ||||||||||
| ジャンル | 映画、テレビドラマ | ||||||||||
| 活動期間 | 1985年 - | ||||||||||
| 配偶者 | 鷲尾いさ子(1995年 - )[2] | ||||||||||
| 著名な家族 | ミオ(長女) | ||||||||||
| 事務所 | 株式会社KITTO | ||||||||||
| 公式サイト | Kitto official web | ||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||
| テレビドラマ 『あぶない刑事』シリーズ 『ゴリラ・警視庁捜査第8班』 『勝手にしやがれヘイ!ブラザー』 『俺たちルーキーコップ』 『29歳のクリスマス』 『眠れる森』 『週末婚』 『氷の世界』 『黒革の手帖』 『救命病棟24時』 『海猿 UMIZARU EVOLUTION』 『華麗なる一族』 『チーム・バチスタ』シリーズ 『家売るオンナ』シリーズ 『BG〜身辺警護人〜』 『ネメシス』 『日本沈没-希望のひと-』 『フェルマーの料理』 『飯を喰らひて華と告ぐ』 『イグナイト-法の無法者-』 映画 『ビー・バップ・ハイスクール』シリーズ 『あぶない刑事』シリーズ 『ラブ・ストーリーを君に』 『ロスト・メモリーズ』 『海猫』 『北のカナリアたち』 『64-ロクヨン-』 『22年目の告白 -私が殺人犯です-』 『ブラック・ショーマン』 ドキュメンタリー 『土曜名馬座』 | |||||||||||
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仲村 トオル(なかむら とおる、1965年〈昭和40年〉9月5日[3] - )は、日本の俳優、タレント。本名は中村 亨(読み同じ)[4]。株式会社KITTO所属[5]。
『ビー・バップ・ハイスクール』(1985年)でデビュー。特技は乗馬、スキューバダイビング。
東京都大田区に生まれ、0歳から3歳まで大阪府寝屋川市で育ち、幼稚園に入る前に神奈川県川崎市に転居[6]。小学校3年から千葉県流山市で育つ。専修大学松戸高等学校、専修大学文学部卒業。
専修大学文学部在学中の1985年に『ヤングマガジン』に連載されていた漫画『ビー・バップ・ハイスクール』の映画化に際し公募された主演オーディションに応募し合格。映画主演デビューでの芸能界入りを果たし、本作の演技により第10回日本アカデミー賞などの様々な映画賞で新人賞を受賞した[3](後述する#受賞歴欄を参照)。
1986年に『あぶない刑事』でドラマ初出演し、本作はシリーズ2作、SPドラマ1作、映画全8作という38年間に渡り制作される大ヒット作となった[7]。『ビー・バップ・ハイスクール』シリーズ、刑事ドラマ『あぶない刑事』と人気となった作品に立て続けに、「トオル」役[注 1]で出演したことで、広い世代に顔と名前が浸透し、人気を得た。1988年公開の映画『ラブ・ストーリーを君に』では主人公(後藤久美子)の元家庭教師(大学山岳部員)・明を演じた。
その後、2008年の『チーム・バチスタの栄光』(フジテレビ系)を始めとする『チーム・バチスタ』シリーズなど、多数のドラマ・CM・映画に出演。1990年代からは海外作品にも参加するようになり、2002年の韓国映画『ロスト・メモリーズ』で第39回大鐘賞(てじょんしょう)映画祭男優助演賞を受賞するなど高い評価を受ける[3]。また、日本のODAを紹介するドキュメンタリー番組『仲村トオルの地球サポーター』の司会を担当した。
妻は女優の鷲尾いさ子[8]。1992年、自身の主演するドラマ『俺たちルーキーコップ』で相手役を務め、その共演が交際と結婚のきっかけとなった。長女はモデルのミオ[9]。
東京のごく平均的なサラリーマン家庭の次男として育つ[3]。大阪に引っ越した後、3歳で川崎に引っ越したが当時は関西弁を話していたため幼稚園では異端児扱いされ、小学校2年生まで同級生などとのコミュニケーションが苦手だった[注 2]。小学3年生で千葉に引っ越した後、クラスメイトから誘われたドッジボールで活躍できたことをきっかけに、会話が上手くできるようになった[3]。
当時はプロ野球選手になりたいと思い野球を練習していたが、中学2年生の頃に近隣校の打者の場外ホームランを目の当たりにして挫折[3]。自信をなくしたことが影響して徐々に成績が下がり、3年生の頃に県立の志望校の受験に失敗[3]。私立高校に進学したが、本人曰く「野球での挫折や受験失敗が尾を引いて、曇り空みたいな高校生活を過ごした」という[注 3]。放課後は校庭で部活に熱中する同級生を見るのも嫌だったため、さっさと帰ってビルの清掃や運送会社の手伝いなどのアルバイトをした[3]。
大学入学直後の4月に突然父親が倒れて2、3週間後に亡くなったが、悲しみの中いきなり中退して社会人になる自信がなかった[3]。「いずれ中退するまでに就職に繋がる何かを早く探さないと」と考え、とにかくバイトしながら学生生活を送った[3]。大学2年生の夏、書店で立ち読みした雑誌に「映画の出演者男性2人募集」との広告を見つけた[3]。「映画会社に履歴書を出せば就職のコネができるかも」と気軽に応募したのが、映画『ビー・バップ・ハイスクール』の主役オーディションだった[3]。
当時原作漫画をよく知らないまま[7]オーディション会場に訪れると、参加者の多くは不良やヤンキーばかりだった。本人は「何か勘違いしていた」と場違いなことに気づいたが、意図せず主役キャラクター“中間徹”に選ばれた[3]。この時、役名と本名が似ていたこともオーディション合格の一因となったことが、後に『ヤングマガジン』の編集者によって語られている。決定的となったのは、原作者のきうちかずひろが「自分がおもい描く“中間徹”にイメージがピッタリ」と言ったこと。後に本人は、「会場には本物のツッパリの人もたくさん来ていて、僕みたいな普通の大学生みたいなのがいると目線が怖かったですよ、帰りに因縁つけられそうになったり」とラジオ番組で語っている。
撮影前の1か月間、千葉の自宅から府中の高瀬道場に通い、人を殴ったように見える殴り方や受け身などのアクションの練習をした[7]。初めての芝居で何度もテイクを重ねることもあったが、撮影現場が面白かったことから俳優業に憧れるようになった[注 4]。
長年、ヒロシ役の清水宏次朗とは不仲であると言われていたが、2025年6月28日に『さよなら丸の内東映』の企画として「ビー・バップ・ハイスクール」が上映後、舞台挨拶に立った仲村が、司会者の質問に答える形で清水について語った。それによれば、すでに芸能の仕事をしていた清水は1歳年上の頼りになる先輩であり、映画撮影開始前、高瀬道場でのアクション稽古後に「腹が減りましたね」と話しかけた仲村に「そうめんでよかったらウチで食ってく?」と清水が自宅に誘い、そうめんを茹ででもらったというエピソードが披露された[10]
複数国の合作映画を含む。
※ドキュメンタリー番組やドラマ・アニメ・映画以外
※ビー・バップ・少年少女合唱団は、「ビー・バップ・少年少女合唱団#ディスコグラフィ」を参照
| 枚 | 発売日 | 面 | タイトル | 規格 | 規格品番 | 備考 |
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| ファンハウス | ||||||
| 1st | 1987年6月5日 | A | 新宿純愛物語 | EP | 07FA-1115 | 一条寺美奈とのデュエット。 |
| B | 哀しみ無宿 | |||||
| 日本コロムビア | ||||||
| 2nd | 1987年12月10日 | A | It's All Right | 8cm CD | 10CA-8005 | 「ビー・バップ・ハイスクール高校与太郎狂騒曲」主題歌。 |
| B | Young Blood | |||||
| ファンハウス | ||||||
| 3rd | 1988年6月1日 | 1 | 傷だらけのHAPPINESS | 8cm CD | 12FD-6002 | 1987年発売「新宿純愛物語」サウンドトラック収録曲。 |
| 2 | 新宿純愛物語 | |||||
| 3 | 哀しみ無宿 | |||||
| 4th | 1992年5月25日 | 1 | ブラザーズ・ソング | FHDF-1173 | 松田優作のカバー。「俺たちルーキーコップ」主題歌。 | |
| 2 | ベースボール・ロックン・ロール | |||||
| 1 | ブラザーズ・ソング(カラオケ) | |||||
| 枚 | 発売日 | タイトル | 規格 | 規格品番 |
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| ファンハウス | ||||
| 1st | 1992年7月1日 | ノンフィクション
| CD | FHCF-2010 |
エランドール賞 新人賞 | |
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| 1950年代 | |
| 1960年代 | |
| 1970年代 |
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| 1980年代 | |
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 | |
| 2020年代 | |
ヨコハマ映画祭 最優秀新人賞 | |
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| 1970年代 | |
| 1980年代 | |
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 | |
| 2020年代 | |