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いのうえ ようすい 井上 陽水 | |
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| 生誕 | 井上 陽水(いのうえ あきみ) (1948-08-30)1948年8月30日(77歳) |
| 別名 |
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| 出身校 | 福岡県立西田川高等学校卒業 |
| 職業 | |
| 音楽家経歴 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | |
| 担当楽器 | |
| 活動期間 | 1969年 - |
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| 共同作業者 | |
| 公式サイト | 井上陽水 オフィシャルサイト[ Yosui Inoue Official Site ] |
| 著名使用楽器 | |
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井上 陽水(いのうえ ようすい[6]、1948年8月30日 - )は、日本のシンガーソングライター。本名は表記は同じで読みが、いのうえ あきみ[7]。旧芸名、アンドレ・カンドレ。
福岡県嘉穂郡幸袋町(現・福岡県飯塚市幸袋)生まれ、福岡県田川郡糸田町育ち。高知県出身[8]。
1969年に「アンドレ・カンドレ」としてデビュー[6]。1971年に本名の井上陽水として再デビュー。1970年代以降、吉田拓郎と共にフォーク及びニュー・ミュージック界を牽引した、日本を代表するシンガー・ソングライターの一人。2人目の妻は同じく歌手の石川セリ。長女は作詞家・歌手の依布サラサ(本名・井上ニサ)[9]。
本名は「あきみ」と読むが、吉田拓郎を意識したレコード会社が「拓郎(たくろう)のように陽水(ようすい)にしよう」と言い出し、本人は「そうですか」と受け入れた[10]。
福岡県嘉穂郡幸袋町目尾生まれ[11]。本籍地は高知県幡多郡佐賀町で、佐賀町町役場に提出された出生届には「陽水」の下に「あきみ」と振り仮名が付いている。8歳上の姉と年子の妹がいる。
父は高知県幡多郡佐賀町(現:黒潮町)出身の元軍医井上 若水(いのうえ わかみ、-1972年6月)[12][13][14] 。若水の幼少期の井上家は大きな網元で広い山林を持つ資産家であった。しかし不漁続きとなり、昭和初期には没落。若水は子供ながら一人神戸へ旅立ち、キリスト教の伝道関係の職に就き勉強を続ける。苦学の末に高等専門学校卒業の資格を得る。その後、神戸で金属工芸の技術者として働くが、やがて朝鮮総督府に勤務する兄から人手の足りない福祉・医療関係の仕事に誘われ、1940年に朝鮮(京城(現在のソウル))へ渡る。ここでの経験がのちに開業歯科医の免許取得に役立つ。間もなく、同じ歯科医を兄弟・親戚に持つ母・フジと知り合い結婚。南下してくるソ連軍から逃れるため、フジはやっとの思いで先に帰国。開業歯科医をしていたフジの兄の地元の福岡県直方市にたどり着く。追って父が引き揚げる。若水は引き揚げ後は炭鉱で働いていたが、陽水が生まれてまもなく、フジの兄の意見も参考に隣接する糸田町で歯科医院を開業する[14][1]。
1953年、糸田町に引っ越す。田川は何も縁のない土地で、ずっと"よそ者"意識があったという[15]。糸田小学校、糸田中学校、西田川高校と進学。
小学生時代、姉の影響でプラターズやエルヴィス・プレスリーなど洋楽を聴くようになり、ヒットパレード系のラジオに熱中するようになる[16]。
1963年、中学3年の時に小島正雄のラジオ番組で紹介された「プリーズ・プリーズ・ミー」に衝撃を受け、以降ビートルズに熱中する。高校時代はビートルズ狂いと周りから呼ばれ、学校以外の時間はビートルズの楽曲を歌いまくり、休日には(当時出始めの)オープンリールのテープレコーダーでその歌を録音するなど[16]、ビートルズ漬けの生活を送っており、仲間内のみならず町内でも生粋の音楽狂として名が知られていた。
家業を継いで歯科医になることを期待されていたため[7]、1967年、九州歯科大学を受験するも失敗し、予備校に通い始める。この年は小倉育英館に通ったが、翌年には九州英数学舘に転校する。二浪目の1969年「帰って来たヨッパライ」(ザ・フォーク・クルセダーズ)を深夜放送で聞き、自身も高校時代に歌を録音する際に同じような早回しテクニックで遊んでいた経験[17]から、「これなら自分にもできる」「音楽でひとやま当てたい」と思ったのが曲を作り始めたきっかけである[18][19]。ギターを見よう見まねで始める[18]。1968年、再度の受験にも失敗する。1969年、3度目の受験に失敗し[7]、大学進学を諦めた。その後「東京で勉強して大学入学を目指す。」と父に伝え上京するが、東京では歌手となるための活動に専念し、受験活動は行っていなかった[注 1]。
1969年、RKB毎日放送のラジオ番組『スマッシュ!!11』が放送開始される。この番組には視聴者が作った音楽を流すコーナーがあり、それを知った陽水は12弦ギターを使って「カンドレ・マンドレ」を自宅録音(テープレコーダーを二つ使った多重録音の擬似弾き語り)し、4月16日、テープをRKB毎日に持ち込む[7][18]。『スマッシュ!!11』のディレクターの野見山実は、録音を聴きすっかり興奮した。陽気だが何か寂しげなところがあり、その発想に驚嘆した[1]。このとき陽水は「マンドレ」という芸名を考えていたが、野見山が難色を示し(「マン」が女性器を連想させるという理由で)芸名は「アンドレ・カンドレ」に決まる。「カンドレ・マンドレ」は『スマッシュ!!11』で放送され、数多くのリクエストを受け、中には「生の声を聴きたい」というものもあった[21]。野見山は彼らとの比較で、陽水の曲には非常に高度なものが内在していることに気付き、その将来性を買ってCBSソニーの中曽根晧二宛に手紙を送るとともに、新聞記者にも陽水に対する考えを隠すことなく話した。中曽根の反応は早く、当時としては異色な面白さだとして、発売を急いだ。当時、CBSソニーはカルメン・マキの「時には母のない子のように」のヒットの余勢をかって、さらなる一発を狙っていた。躊躇していては他社に取られる恐れがあったため、会社側は中曽根にすぐに福岡へ迎えに行くよう指示した。両親は陽水の上京には反対したが、陽水の強い信念に父は「1曲吹き込んだら帰ってくるんだな。音楽がダメでもお前には別の生きる道がある」と伝えた[1]。
放送後、RKBのスタッフからホリプロを紹介され、1969年7月初旬にレコーディングのため福岡市から上京[1]。「カンドレ・マンドレ」を改めてレコーディングし、同年9月1日、CBSソニー(現:ソニー・ミュージックレコーズ)からアンドレ・カンドレとして同曲でデビュー[6]。演奏は六文銭、編曲は小室等が担当したが、ほとんど注目されず[6]、続く「ビューティフル・ワンダフル・バーズ」も、松山猛と加藤和彦から楽曲提供を受けた「花にさえ、鳥にさえ」(1970年)も不振に終わり、シングル3枚でアンドレ・カンドレとしての活動は終わることになった[6][7]。以後、ポリドール移籍までの間は、本人も語ろうとしない空白の1年間となる[7][22]。当時は麻雀とパチンコに明け暮れており、仕事はあっても月2日位であったと後に語っている[1]。
ビートルズ狂いの経緯もあり、本人は自らをフォーク歌手とは全く思っていなかったが、当時一般には「ギターを持って歌う歌手はフォーク歌手」として認識されていたため、フォーク歌手的な扱いを受けることが多く、営業先で嫌な目にあうことがしばしばあり、これが後にホリプロから独立する遠因になった[23]。
アンドレ・カンドレ時代に知り合った小室等、安田裕美(六文銭のギタリスト)、星勝(モップスのギタリスト)、RCサクセションの忌野清志郎などとは以後長く深い交際になる。特に小室等からボブ・ディランを薦められ、以降の作詞に強い影響を受けた[24]。
当時の映像として1970年公開の、和田アキ子主演映画『女番長 野良猫ロック』にモップスなどホリプロのアーティストと共に出演。「カンドレ・マンドレ」を歌うシーンがある(ただし、レコード音源に合わせて歌う、いわゆる「リップシンク」)。
この当時の陽水をよく知る高石ともやは、陽水の印象を「ギター1本で客ひとりひとりをねじ伏せるような歌だった。彼の言葉はとても鋭く、近づけないような雰囲気だった。演奏している背中を見ると、なんだか切なかったことを覚えている」と語っている[10]。
1971年、ポリドール・レコードのディレクター多賀英典に誘われて移籍し、初のアルバム『断絶』のレコーディングを始める。このアルバムの製作開始に合わせて名前を変えることになり、マネジメントの指揮を執った奥田義行が本名を聞くと「井上アキミ」というので、どんな字かと思ったら「陽水」と書くという。奥田は吉田拓郎を意識し、「拓郎がその二文字で若者にインパクトを与えている。だったら下の名前の「陽水」の2文字で対抗、強調していこう」と戦略を立てた[25]。
吉田拓郎の生活派ソングというべきフォークがもてはやされるに至り[7]、翌1972年3月1日、芸名を井上陽水(ようすい)と改め[6]、シングル「人生が二度あれば」で再デビューを果たす[6][7]。「人生が二度あれば」を編曲した星勝は、以後しばらく、陽水の作品の大部分を編曲することになる。5月に「傘がない」が収録された初アルバム『断絶』がリリースされる[7]。陽水が売れ始めたのは、このアルバム『断絶』をリリースした頃からである[26]。陽水自身は売れた理由について『陽水ライヴ もどり道』ジャケット内自筆年表で、「おりからのフォークブームでなんとなく浮上」と書いている[13]。「傘がない」は虚無的な当時の若者の真情を表現しているとして注目された[6]。『深夜放送ファン』1973年11月号の『陽水ライヴ もどり道』のレコード評には「その実力を認められるべくして認められた井上陽水は今年もっとも注目された歌い手で、そしてもっともレコード・セールスにおいて売れた歌い手だ。かつて岡林信康がその精神的な意味で若者の心に重く存在したように、また吉田拓郎がヤングのオピニオン・リーダーとして存在したように、今、井上陽水はそのセンチメンタルな世界をひっさげ<どうしようもない時代>に生き続けなければならないわれわれに慰みを与えてくれている」と書かれている[27]。
その年の12月には2ndアルバム『センチメンタル』をリリース。また陽水が観客の前で本格的なライブを敢行したのはこの1972年の大晦日、「渋谷ジァン・ジァン」と「青い森」が初めてで[7]、ライブ活動を主戦場にしていた他のフォークシンガーに比べると、先のCBSソニーという大手レコード会社で一旦デビュー後に、別の大手から再デビューなどと合わせ、当時としては異色の経歴だった[7]。このライブの陽水のギャラは1ステージ5,000円だった[7][注 2]。
翌1973年3月のシングルで東宝『放課後』の主題歌「夢の中へ」が初のヒット(オリコン17位[7]、以下売り上げ順位はすべてオリコン)となり、同年7月には初のライブアルバム『陽水ライヴ もどり道』がリリースに至る。人気上昇の切り口となった「夢の中へ」は、自身が「みんなで歌えるように作った」とコメントしているとおり、単純で明るく、親しみやすい曲である。中川右介はこの曲がようやくヒットするまでの陽水は低迷していたと指摘している[28]。そして、同年9月にはシングル「心もよう」をリリース。これもスマッシュ・ヒットとなる。
そして、同年12月にアルバム『氷の世界』をリリース。当アルバムは100週以上BEST10に留まるなどロングセールスを続け、発売から2年後の1975年8月に日本レコード史上初のLP販売100万枚突破の金字塔を打ち立てた。オリコンのLPチャートでは5度も1位に返り咲くという記録も持っており、陽水は第一期の黄金時代を迎える。
この間、次作『二色の独楽』や『断絶』などの過去アルバムもチャートの上位を独占するなど[6]、それまでのシングル・レコードを寄せ集めたアルバムではなく[6][29]、吉田拓郎や小椋佳などとともに、シンガーソングライターによる良質なアルバム中心の時代に移行する先駆けとなった[6][29]。
ポリドール時代には理由は諸説あるが殆どテレビに出演せず、外見が一般の目に触れる機会はレコードのジャケット写真がもっとも多くを占めていた。シングル「人生が二度あれば」からアルバム『氷の世界』までのジャケットでは、髪型がアフロヘアー、サングラスはなしで写っている。しかし『氷の世界』のインナースリーブにある写真の一枚ではサングラスをかけており、サングラスなしの写真は1975年のシングル「御免」以降、著書『綺麗ごと』のために撮られたものなど少数の例外を除き見られなくなる。テレビ拒否の理由について多賀は、1975年1月22日付けの日刊スポーツの取材に答え、「拒否しているわけではありません。学芸会でないものが出来ればという条件付きでです」と述べ[7]、当の陽水は「積極的に出ていけるような広い心を持ちたいです」などと話し[7]、芸能週刊誌をたくさん読み漁って、「自分のことがどう書かれているか興味深い」などと話した[7]。
前年友人から紹介された熊本県杖立温泉の旅館の娘と[30][31]、1974年1月17日、福岡県庄内町のマンションで結婚式を挙げる[7][30][32]。これを機に中野南台の四畳半アパートから[7]、世田谷三軒茶屋の3DKのマンションに引っ越す[7]。
1974年は5枚のアルバムだけで売り上げ150万枚[7]、金額にして34億1,000万円(オリジナルコンフィデンス誌調べ)を売り上げ[7]、年収は3~4億円と推定された[7]。"テレビ嫌い"とも評され[7]、歌謡番組からワイドショーから相当数の出演交渉を全て断っていたが[7]、陽水名となって初めてのテレビ出演とされる1974年12月に東京12チャンネル(テレビ東京)で陽水、小椋佳、遠藤賢司の3人のコンサート実況がフィルム構成で放送されている[7]。この年大晦日の第16回日本レコード大賞は、日本レコード大賞を森進一の「襟裳岬」が受賞したため、作曲者の吉田拓郎が授賞式にジーンズで登壇し物議を醸した。陽水も企画賞を受賞していたが欠席した[7]。
1975年、陽水・吉田拓郎・泉谷しげる・小室等が中心となって、フォーライフ・レコードを発起する。また、後に結婚する石川セリと出会う。
1976年2月、離婚。同年にフォーライフからリリースした『招待状のないショー』は9週連続1位を獲得。1977年、石川のアルバム『気まぐれ』に「ダンスはうまく踊れない」ほか2曲を提供する。「ダンスはうまく踊れない」は、陽水の部屋に遊びに来たセリの目の前で30分ほどで作られたという。
1977年9月10日、大麻所持容疑で逮捕され、「自分は酒が飲めないので、くつろぐためにマリファナを吸った」と自供した。9月22日に保釈され、10月11日には懲役8か月、執行猶予2年の判決を受ける。この逮捕に関して、当時朝日新聞記者だった筑紫哲也が、「マリファナは日本では違法であるが、これと絡めて井上陽水の歌まで否定する一部の意見は間違っている」と発言し、擁護を行っている[33][34]。1978年7月、上記の事件後(執行猶予中)にリリースされたアルバム『"white"』はオリコンチャートの3位を獲得した。
1978年8月30日、30歳の誕生日に石川と再婚、同年12月16日には長男が産まれている。
1979年のアルバム『スニーカーダンサー』では高中正義が5曲の編曲を務め、1980年のアルバム『EVERY NIGHT』では星勝が編曲から外れるなど、この時期にはサウンドが大きな転換を遂げている。さらに1981年のアルバム『あやしい夜をまって』から編曲に加わった川島裕二は、その後BANANAなどの名義で陽水の作品に多数携わり、星勝と並んで重要な位置を占めるようになる。上述の通りセールスは伸びなかったが、この時期の作品には「なぜか上海」「海へ来なさい」「ジェラシー」「とまどうペリカン」「カナリア」「リバーサイドホテル」など、その後のライブやコンピレーション作品で頻繁に取り上げられる楽曲が多数含まれている。
1981年1月、『ばらえてい テレビファソラシド』にゲスト出演。7月『夜のヒットスタジオ』に「ジェラシー」で出演[35]。8月『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」コーナーに「ジェラシー」で出演[35]。
1982年、バックバンドを務めていた安全地帯がデビューし、1983年には自身作詞による「ワインレッドの心」をヒットさせる。さらに1984年には安全地帯に歌詞を提供した「恋の予感」、中森明菜に歌詞と曲を提供した「飾りじゃないのよ涙は」、そして自身の「いっそセレナーデ」がヒットする。12月10日付のチャートでは「飾りじゃ〜」が2位、「恋の予感」が3位、「いっそ〜」が4位と、陽水の手がけた作品が上位を占める。同月21日にはこれらのヒット曲をはじめとする提供曲を、自身が自ら歌ったアルバム『9.5カラット』がリリースされ、翌1985年にかけてヒットする。『9.5カラット』は1985年のアルバム年間売り上げ1位を獲得し、陽水にとっては『氷の世界』以来自身2作目のミリオンセラーとなる。このヒットにより第27回日本レコード大賞で作曲賞とアルバム賞を獲得する。
1986年8月にはライブアルバム『クラムチャウダー』がリリースされ、9月には同じ題名のライブビデオも発売される。さらに8月20日から2日間、安全地帯とのジョイントで「STARDUST RENDEZ-VOUS」と題したコンサートを明治神宮野球場で行う。このコンサートで「夏の終りのハーモニー」を初披露、6万人の聴衆を動員しテレビ中継のほか、ライブアルバム、ライブビデオにも収録された。
1988年9月1日、日産自動車より新発売されたセフィーロ(初代・A31型)のCMに「今夜、私に」を提供。陽水自身も出演し、アドリブで「みなさん、お元気ですか?……失礼しまーす」と声を出す。ところがこのCMが公開されて間もなく、病床に臥した昭和天皇が危篤になったため、声はカットされた[36][37]。いしいひさいちは団欒中の家族に、窓を開けた陽水が「皆さんお元気ですか」と言うと一気にしらける、イラク軍の捕虜にこのCMを見せた途端、それまで騒がしかった捕虜たちが脱力しておとなしくなる、という作品を描いている[38]。それから間もない10月、フジテレビ系のドラマ『ニューヨーク恋物語』の主題歌に使われた「リバーサイドホテル」がヒットする(11位)。「リバーサイドホテル」は1982年に発表されていた作品だが、リリースから6年を隔ててのヒットとなった。
翌1990年から1991年にかけて、映画『少年時代』の主題歌として作られた「少年時代」(作曲は平井夏美との共作)がヒットする。リリース直後は穏やかなチャートアクションだったが、1991年、ソニーのビデオカメラ「ハンディカム・CCD-TR105」のCMに使われてから売上を伸ばし、ロングセラーとなった。当初は藤子不二雄Aの作詞という話であったが、出来上がってみると藤子の歌詞はまったく使われていなかった[39]。陽水は「安孫子さん[注 3] の心をもらった」とコメントしており、藤子不二雄Aもイメージ通りの曲だとして出来栄えに満足した[40]。実際に使われなかったオリジナルの歌詞全文は藤子不二雄Aの著書に何度か記載されている[41]。
1993年、フジテレビ系のドラマ『素晴らしきかな人生』の主題歌に使われた「Make-up Shadow」(2007年にはトヨタ・ブレイドのTVCFソングとしても使われた)がオリコン最高2位、売上80万枚超のヒットを記録。第35回日本レコード大賞の金賞を受賞する。
このころからリリースのペースが落ち始める。1994年にアルバム『永遠のシュール』を発表してから、次のアルバム『九段』(1998年)までには3年半のブランクがある。また、この時期はライブ活動もほとんど行わず、1994年末から1999年9月までの約5年間は全国ツアーを一度も行っていない。
1996年、PUFFYのデビュー曲として歌詞を提供した「アジアの純真」がヒットする。「アジアの純真」の作曲は、以前から交流のあった奥田民生(1994年には「月ひとしずく」(小泉今日子)を共作している)。同じく陽水作詞、民生作曲でPUFFYに提供した「渚にまつわるエトセトラ」もヒットする。続いて「井上陽水奥田民生」と名義で1997年にリリースしたシングル「ありがとう」、アルバム『ショッピング』がいずれもヒットし、復活を遂げる。「ありがとう」はリリース同年にサッポロビール「黒ラベル」のCMに使われたことも手伝ってオリコン最高2位、約25万枚の売上を記録した。
1999年、アンドレ・カンドレとしてのデビューから30周年になることを記念して、2枚組のベスト・アルバム『GOLDEN BEST』がリリースされる。『GOLDEN BEST』は自身3作目のミリオンセラーとなった後も売上を伸ばし続ける。このヒットを受け、『GOLDEN BEST』のリリースからちょうど1年後には「裏ベスト」として『GOLDEN BAD』、『GOLDEN BEST』の売上が200万枚を突破した2003年にはその記念として『GOLDEN BEST SUPER』が発売された。
2001年、「コーヒー・ルンバ」「花の首飾り」のカバーがヒット。これに続いてリリースしたカバーアルバム『UNITED COVER』は80万枚を売るヒットとなり、その期間のライヴ映像はDVD『UNITED TOUR』として発売される。
2002年には4年振りの新作『カシス』と、ジャズ・アレンジを施したセルフカバー・アルバム『Blue Selection』をリリース。1999年から2006年までに、2004年を除いて毎年全国ツアーを開催した。
2006年にはツアーの合間を縫って制作された4年振りの新作『LOVE COMPLEX』をリリース。翌年はツアーの他、「井上陽水奥田民生」としてシングル「パラレル・ラブ」、アルバム『ダブルドライブ』を発表。2008年もツアー活動を行いつつ、ベスト・アルバム『弾き語りパッション』と『BEST BALLADE』の2作を発表している。2009年にはデビュー40周年を迎え、12月には15年振りとなる日本武道館公演を行い、その模様を収録したDVD『40th Special Thanks Live in 武道館』をリリース。翌2010年には4年半振りとなるオリジナル・アルバム「魔力」をリリースしている。
2014から2015年にかけて、「井上陽水 氷の世界ツアー」を行う。40年前に発売されたアルバム「氷の世界」を全曲歌う、という内容のツアーだった。
2015年、40年ぶりにポリドールの流れを組むユニバーサル・ミュージックに復帰することが発表された[42]。復帰後、ユニバーサル・ミュージックからアルバム「UNITED COVER 2」とシングル「care」を発売している。
2019年に50周年記念ツアーを敢行して以降は、音楽活動を行っておらず[43]、2020年10月に公式ホームページ上にてビデオメッセージを公開したのを最後に公の場からも姿を消している[44]。東京都内の事務所等も引き払い、2020年11月頃からは福岡市内に居住している[44]。また、代表を務めてきた個人事務所の「キャンプ」と「ファイヤー音楽出版」の代表取締役も2021年末に辞任し、長男に譲った。
文壇との交際が広い。文壇を含む文化人との交流は麻雀がきっかけ[45][46][47]。1976年に『青空ふたり旅』として出版された五木寛之との対談をきっかけに、まず「話の特集」の矢崎泰久がベトナムに行く時の壮行麻雀大会に五木に連れて行かれ、そこで矢崎、ばばこういち、阿佐田哲也に会い、この後、長谷川和彦と知り合い、長谷川に近代麻雀に出ないかと誘われて田村光昭に会い、その繋がりで長門裕之、黒鉄ヒロシ、畑正憲らと知り合った[45][48][49]。
世代的に上の人との付き合いが多い理由について、「吉田拓郎なんかは、自分がリーダーシップを取って周りの人間を引っ張っていくタイプでしょう。僕はそういうの不得意なんです。高校時代、タテ関係が希薄で女性も多い弓道部にいたせいかもしれないけど、下の世代に対する訓練ができていないんですよ」と、40代のころは話していた[46]。同年代およびそれ以下との交流として、沢木耕太郎は歌詞集『ラインダンス』に、村上龍は『綺麗ごと』に寄稿し、町田康は「新しい恋」を作詞している。活動分野は違ってくるが、三谷幸喜は『You Are The Top〜今宵の君』の劇中歌である「You are the top」を作詞している。
また、同郷のタモリとはタモリのオールナイトニッポンにゲスト出演したことをきっかけに親しくなり、「テレフォンショッキング」には計11回、また「ミュージックステーション」、「タモリ倶楽部」、「ヨルタモリ」などにも、前述の通り殆どテレビに出演しないものの「タモリさんの番組なら」としてゲスト出演がある。さらに「ブラタモリ」のテーマ曲に「MAP」「女神」「瞬き」と書き下ろし曲を提供している。
水谷豊にも多くの楽曲を提供したが、初対面のレコーディングの際はほとんど会話が無かったという。それにもかかわらず「今日家に来ない?」と持ちかけ、水谷はその不思議な雰囲気に戸惑いながらも応諾する。翌日、水谷は勧められるまま、鰻丼を食べたり近所の公園でキャッチボールをしたという[50]。
大麻所持で逮捕された際、自身を擁護する声明をしたことから筑紫哲也との親交が生まれ、のちに筑紫がテレビに進出し初のメインキャスターを務めた『日曜夕刊!こちらデスク』の最終回(1982年9月26日)では陽水がゲスト出演し持ち歌を3曲歌唱、報道番組では異例の全編生歌で番組を締めくくった。筑紫は初めて番組を持つことになった時、『傘がない』の「テレビではわが国の将来の問題を 誰かが深刻な顔をしてしゃべってる」というくだりが頭に浮かんだ、と回想している[51]。その後、1989年に筑紫が新聞社を退社してスタートした『筑紫哲也 NEWS23』では、筑紫からの要請で初代のオープニングとエンディング曲(『最後のニュース』)を陽水が担当した[52]。
桑田佳祐の息子と娘の依布サラサが同じ学校であった縁から桑田と親しい。
この節に雑多な内容が羅列されています。 事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または整理・除去する必要があります。(2009年7月) |
| リリースリスト | ||
|---|---|---|
| ↙スタジオ・アルバム | 24 | |
| ↙ライブ・アルバム | 5 | |
| ↙コンピレーション・アルバム | 1 | |
| ↙ベスト・アルバム | 20 | |
| ↙シングル | 50 | |
| ↙映像作品 | 6 | |
| ↙トリビュート&カバーアルバム | 2 | |
1969年9月1日に『カンドレ・マンドレ』でデビューして以降、2010年頃までは継続的に作品を発表した。2010年以降は発表の間隔が長くなるが、2019年にデビュー50周年を記念したライブを収録した映像作品『井上陽水50周年記念ライブツアー『光陰矢の如し』〜少年老い易く 学成り難し〜』を2020年9月1日に発表した。
自らの作品のほか、多くの楽曲をほかの歌手に提供している。経歴で挙げた例のほかには、沢田研二のアルバム『Mis cast.』の全曲を作詞作曲した例がある。また一青窈は自ら陽水のファンと称しており、アルバム『一青想』のうち2曲は陽水の作曲による。
また、曲をカバーした歌手には、「夢の中へ」の斉藤由貴、TRICERATOPS、「心もよう」の中森明菜、南沙織、「氷の世界」の筋肉少女帯、工藤静香、「傘がない」の中森明菜、柏原芳恵、斉藤和義、「東へ西へ」の本木雅弘、中村あゆみ、iri、「神無月にかこまれて」の香坂みゆき、「Make-up Shadow」の上原多香子、「いつのまにか少女は」の持田香織、「ジェラシー」の髙橋真梨子、「結詞」の高橋真梨子、中村あゆみ、「夏の終りのハーモニー」の中村あゆみ、MOOMIN、「最後のニュース」の奥田民生、「カナリア」に英語の歌詞を付けて歌ったジェーン・バーキン、「桜三月散歩道」をカヴァーしたキンモクセイなどがいる。
本職の歌手でないところでは、お笑い芸人の友近が「Tokyo」を、THE IDOLM@STER RADIOにおいて今井麻美・たかはし智秋が「少年時代」をカバー、また2019年発売の「井上陽水トリビュート」によっても多数の歌手がカバーした。
| 発売日 | タイトル | 収録曲 | レーベル | 備考 | 最高位 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 1969年9月1日 | カンドレ・マンドレ | カンドレ・マンドレ | CBS・ソニー | - | |
| 終りがないのは | ||||||
| 2nd | 1969年12月5日 | ビューティフル・ワンダフル・バーズ | ビューティフル・ワンダフル・バーズ | CBS・ソニー | - | |
| 闇の中で | ||||||
| 3rd | 1970年10月1日 | 花にさえ、鳥にさえ | 花にさえ、鳥にさえ | CBS・ソニー | - | |
| さあ、おぬぎ |
| 発売日 | タイトル | 収録曲 | レーベル | 備考 | 最高位 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 1972年3月1日[注 4] | 人生が二度あれば | 人生が二度あれば | ポリドール・レコード | - | |
| 断絶 | ||||||
| 2nd | 1972年7月1日 | 傘がない | 傘がない | ポリドール・レコード | 69位 | |
| 感謝知らずの女 | ||||||
| 3rd | 1973年3月1日[注 4] | 夢の中へ | 夢の中へ | ポリドール・レコード | 17位 | |
| いつのまにか少女は | ||||||
| 4th | 1973年9月21日[注 4] | 心もよう | 心もよう | ポリドール・レコード | 7位 | |
| 帰れない二人 | ||||||
| 5th | 1974年4月1日 | 闇夜の国から | 闇夜の国から | ポリドール・レコード | 11位 | |
| いつもと違った春 | ||||||
| 6th | 1974年9月1日 | 夕立 | 夕立 | ポリドール・レコード | 15位 | |
| ゼンマイじかけのカブト虫 | ||||||
| 7th | 1975年6月21日 | 御免 | 御免 | ポリドール・レコード | 29位 | |
| 旅から旅 | ||||||
| 8th | 1975年11月25日 | 青空、ひとりきり | 青空、ひとりきり | フォーライフ・レコード | アルバムとは編集の異なるシングルバージョン。 | 8位 |
| Flight | ||||||
| 9th | 1976年2月25日 | Good, Good-Bye | Good, Good-Bye | フォーライフ・レコード | 関西テレビ放送「さんまのまんま」エンディングテーマで使用された時期あり。 | 13位 |
| 子供への唄 | ||||||
| 10th | 1977年5月25日 | 夏願望 | 夏願望 | フォーライフ・レコード | - | |
| 青空、ひとりきり | アルバムとは編集の異なるシングルバージョン。 | |||||
| 招待状のないショー | ||||||
| 子供への唄 | ||||||
| 11th | 1978年8月10日 | 青い闇の警告 | 青い闇の警告 | フォーライフ・レコード | 100位 | |
| 映画に行こう | ||||||
| 12th | 1978年10月21日 | ミスコンテスト | ミスコンテスト | フォーライフ・レコード | - | |
| 八月の休暇 | シングルバージョンはここでしか聞けない。 | |||||
| 13th | 1979年8月5日 | なぜか上海 | なぜか上海 | フォーライフ・レコード | 87位 | |
| 娘がねじれる時 | ||||||
| 14th | 1980年7月5日 | BRIGHT EYES(英語版) | BRIGHT EYES | フォーライフ・レコード | アート・ガーファンクルのカバー。 歌詞は日本語で、訳詞は陽水本人による。 | - |
| 答えはUNDERSTAND | ||||||
| 15th | 1980年11月21日[注 5] | クレイジーラブ | クレイジーラブ | フォーライフ・レコード | 山口百恵への提供曲(アルバム『This is my trial』収録)のセルフカバー。 | - |
| 空はブルーエンジェル | 再発盤ではカップリングが「答えはUNDERSTAND」になっている。 | |||||
| 16th | 1981年6月21日[注 6] | ジェラシー | ジェラシー | フォーライフ・レコード | 14位 | |
| 夏星屑 | ||||||
| 17th | 1981年11月21日 | 風のエレジー | 風のエレジー | フォーライフ・レコード | 55位 | |
| 海はどうだ | ||||||
| 18th | 1982年7月5日[注 6] | リバーサイドホテル | リバーサイドホテル | フォーライフ・レコード | 11位 | |
| 俺の事務所はCAMP | ||||||
| 19th | 1982年10月21日 | とまどうペリカン | とまどうペリカン | フォーライフ・レコード | 69位 | |
| Music High | 水谷豊への提供曲のセルフカバー | |||||
| 20th | 1983年2月5日 | 愛されてばかりいると | 愛されてばかりいると | フォーライフ・レコード | アルバム『LION & PELICAN』に収録されたものとはアレンジが違う。 | 35位 |
| 背中まで45分 | 沢田研二への提供曲のセルフカバー | |||||
| 21st | 1983年12月5日 | 誘惑 | 誘惑 | フォーライフ・レコード | アルバムバージョンよりエンディングのフェードアウトが短くなっており、ここでしか聞けない。 | - |
| Frozen Eyes | ||||||
| 22nd | 1984年7月21日 | 悲しき恋人 | 悲しき恋人 | フォーライフ・レコード | 長戸大幸が「パインジュースの缶」名義で作曲を担当。 | - |
| ダンスのチャンス | ||||||
| 23rd | 1984年10月24日[注 6] | いっそ セレナーデ | いっそ セレナーデ | フォーライフ・レコード | 4位 | |
| Speedy Night | ||||||
| 24th | 1986年5月21日[注 7] | 新しいラプソディー | 新しいラプソディー | フォーライフ・レコード | 25位 | |
| ダメなメロン | ||||||
| 25th | 1987年11月21日 | WHY | WHY | フォーライフ・レコード | 63位 | |
| 揺れる花園 | ||||||
| 26th | 1988年9月7日 | 今夜、私に | 今夜、私に | フォーライフ・レコード | 43位 | |
| 恋は自分勝手に | ||||||
| 27th | 1989年4月11日 | 夢寝見 | 夢寝見 | フォーライフ・レコード | 37位 | |
| 紅すべり | ||||||
| 28th | 1989年12月21日 | 最後のニュース | 最後のニュース | フォーライフ・レコード | 57位 | |
| BACK SIDE | ||||||
| 29th | 1990年9月21日[注 8] | 少年時代 | 少年時代 | フォーライフ・レコード | 4位 | |
| 荒ワシの歌 | ||||||
| 30th | 1991年3月21日 | Tokyo | Tokyo | フォーライフ・レコード | 76位 | |
| 夢の背中 | 野田秀樹が手掛けた芝居『野田版 国性爺合戦』の劇中歌のセルフカバー。 | |||||
| 31st | 1992年10月21日 | 結詞 | 結詞 | フォーライフ・レコード | 再録。セルフカバーアルバム『ガイドのいない夜』に収録されたものと同じ。 | 33位 |
| 野イチゴ | 再録で、CD-BOX『ReMASTER』に収録された。 | |||||
| 32nd | 1993年3月19日 | 5月の別れ | 5月の別れ | フォーライフ・レコード | 27位 | |
| Be-Pop Juggler | ||||||
| 33rd | 1993年7月21日[注 9] | Make-up Shadow | Make-up Shadow | フォーライフ・レコード | 2位 | |
| プレゼント | ||||||
| 34th | 1993年11月3日 | カナディアン アコーデオン | カナディアン アコーデオン | フォーライフ・レコード | 35位 | |
| 引き揚げ者の唄 | ||||||
| 35th | 1994年4月10日 | 愛は君 | 愛は君 | ポリドール・レコード | 45位 | |
| あこがれ | ||||||
| 36th | 1994年10月21日 | 移動電話/カミナリと風 | 移動電話 | フォーライフ・レコード | 36位 | |
| カミナリと風 | ||||||
| 37th | 1995年12月6日 | 嘘つきダイヤモンド | 嘘つきダイヤモンド | フォーライフ・レコード | 32位 | |
| OVER TIME | ||||||
| 38th | 1997年3月5日 | 太陽の町 | 太陽の町 | ポリドール・レコード | - | |
| 眠りにさそわれ | ||||||
| 39th | 1998年2月21日 | TEENAGER | TEENAGER | フォーライフ・レコード | 60位 | |
| 積み荷のない船 | ||||||
| HAWAIIAN LOVE SONG(リリウオカラニ女王に捧ぐ) | ||||||
| 40th | 2001年1月24日 | コーヒー・ルンバ | コーヒー・ルンバ | フォーライフ・レコード | アルパ奏者のウーゴ・ブランコ (Hugo Blanco) のカバー。歌詞は西田佐知子が初めて歌った日本語のもの。 | 19位 |
| 星のフラメンコ | 西郷輝彦のカバー | |||||
| ドミノ | ペギー葉山のカバー | |||||
| 旅人よ | 加山雄三のカバー | |||||
| 41st | 2001年4月1日 | 花の首飾り | 花の首飾り | フォーライフ・レコード | ザ・タイガースのカバー | 12位 |
| お嫁においで | 加山雄三のカバー | |||||
| 42nd | 2001年11月21日 | この世の定め | この世の定め | フォーライフ・レコード | 60位 | |
| 毛ガニ | コンサートで即興演奏した楽曲 | |||||
| 名古屋食べ物事情 | ||||||
| 43rd | 2002年4月3日 | Final Love Song | Final Love Song | フォーライフミュージックエンタテイメント | 43位 | |
| ヤギのミルク | ||||||
| 44th | 2002年8月21日 | 森花処女林 | 森花処女林 | フォーライフミュージックエンタテイメント | - | |
| 決められたリズム (Single Version) | ||||||
| 45th | 2002年10月23日 | 飾りじゃないのよ涙は | 飾りじゃないのよ涙は | フォーライフミュージックエンタテイメント | 再録。セルフカバーアルバム『Blue Selection』に収録された。 | 93位 |
| 決められたリズム | アルバム『カシス』に収録されたものと同じ。 | |||||
| 46th | 2004年4月1日 | 歌に誘われて | 歌に誘われて | ピンジャックレーベル | 型番 PJCF-0001 売価500円(税込)。発売元:ピンジャックレコード 販売元:株式会社西鉄エージェンシー。8センチCD。西鉄グループである株式会社インキューブ西鉄が運営する「雑貨屋 インキューブ」のみの販売だった。福岡県限定販売ながら、約2万枚を売り上げた[59]。 販売当時、西鉄バスイメージCMソングとして主に路線バスで使用された。ジャケットは二つ折りの厚紙に印刷され、表側はタイトル曲名(「誘」は赤色)とともにバスに揺られるセーラー服の女性と、夕方で曇りがかった博多区中洲をバックに走る西鉄バスの写真。内側は淡い空色で曲名と作詞・作曲の井上陽水のクレジットと歌詞の印字がされている(若干長い明朝体を使用し、要所で二周り程大きく、濃淡の付いた形式)。 | |
| 47th | 2006年3月29日 | 新しい恋/長い猫 | 新しい恋 | フォーライフミュージックエンタテイメント | 50位 | |
| 長い猫 | 作詞は長女の依布サラサとの共作 | |||||
| 48th | 2009年4月29日 | Love Rainbow | Love Rainbow | フォーライフミュージックエンタテイメント | 62位 | |
| LOVE LILA | ||||||
| 49th | 2017年2月15日 | 夢の中へ(初回限定盤) | 夢の中へ | ユニバーサルミュージック | 36位 | |
| 女神 | ||||||
| 瞬き | ||||||
| ミス コンテスト(ライブ・パフォーマンス 井上陽水 コンサート2016秋「UNITED COVER 2」より) | Bonus Track | |||||
| Make-up Shadow(ライブ・パフォーマンス 井上陽水 コンサート2016秋「UNITED COVER 2」より) | ||||||
| バレリーナ(ライブ・パフォーマンス 井上陽水 コンサート2016秋「UNITED COVER 2」より) | ||||||
| 氷の世界(ライブ・パフォーマンス 井上陽水 コンサート2016秋「UNITED COVER 2」より) | ||||||
| 海へ来なさい(ライブ・パフォーマンス 井上陽水 コンサート2016秋「UNITED COVER 2」より) | ||||||
| 夏の終りのハーモニー(ライブ・パフォーマンス 井上陽水 コンサート2016秋「UNITED COVER 2」より) | ||||||
| 夢の中へ(通常盤) | 夢の中へ | ユニバーサルミュージック | ||||
| 女神 | ||||||
| 瞬き | ||||||
| 50th | 2018年7月25日 | care | care | ユニバーサルミュージック | ピアノにOfficial髭男dismの藤原聡が参加している。 | 99位 |
| MUSIC PLAY | ギター、ベース、ドラムに奥田民生が参加している。 |
| 名義 | 発売日 | タイトル | 収録曲 | レーベル | 備考 | 最高位 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 井上陽水・安全地帯 | 1986年9月25日 | 夏の終りのハーモニー/俺はシャウト! | 夏の終りのハーモニー | Kitty Records | 6位 | |
| 俺はシャウト! | ||||||
| 忌野清志郎 with 井上陽水 | 2005年7月27日 | 愛を謳おう | 愛を謳おう | ユニバーサルミュージック | 『妖怪大戦争 オリジナル・サウンドトラック』にはCinema Versionを収録 | - |
| 教えてジィジ |
| 枚 | 発売日 | タイトル | レーベル | 規格品番 | 備考 | 最高位 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 1972年5月1日 | 断絶 | ポリドール・レコード | UPCY-7586 | 8位 | |
| 2nd | 1972年12月10日 | 陽水II センチメンタル | ポリドール・レコード | UPCY-7587 | 10位 | |
| 3rd | 1973年12月1日 | 氷の世界 | ポリドール・レコード | UPCY-7589 | 日本初のミリオンセラー・アルバム。 ジャケット撮影は大学生時代に、全共闘運動に共感、「べ平連」に参加しデモを撮影していた中村冬夫が抜擢された[60]。 | 1位 |
| 4th | 1974年10月1日 | 二色の独楽 | ポリドール・レコード | UPCY-7590 | ||
| 5th | 1976年3月25日 | 招待状のないショー | フォーライフ・レコード | FLCF-5069 | 井上にとってフォーライフ設立後、初アルバム | |
| 6th | 1978年7月25日 | "white" | フォーライフ・レコード | FLCF-5071 | 3位 | |
| 7th | 1979年9月21日 | スニーカーダンサー | フォーライフ・レコード | FLCF-5072 | ||
| 8th | 1980年12月5日 | EVERY NIGHT | フォーライフ・レコード | FLCF-5073 | 28位 | |
| 9th | 1981年11月21日 | あやしい夜をまって | フォーライフ・レコード | FLCF-5074 | 11位 | |
| 10th | 1982年12月5日 | LION & PELICAN | フォーライフ・レコード | FLCF-5075 | 井上自身多く言及、ライブで歌う曲も多い。 | 13位 |
| 11th | 1983年12月5日 | バレリーナ | フォーライフ・レコード | FLCF-5076 | 25位 | |
| 12th | 1987年12月16日 | Negative | フォーライフ・レコード | FLCF-5078 | 5位 | |
| 13th | 1990年10月21日 | ハンサムボーイ | フォーライフ・レコード | FLCF-5079 | タイアップ曲多数収録。 | 2位 |
| 14th | 1993年9月15日 | UNDER THE SUN | フォーライフ・レコード | FLCF-5081 | 1位 | |
| 15th | 1994年10月21日 | 永遠のシュール | フォーライフ・レコード | FLCF-5082 | 7位 | |
| 16th | 1998年3月18日 | 九段 | フォーライフ・レコード | FLCF-5083 | 23位 | |
| 17th | 2002年7月24日 | カシス | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-5085 | 12位 | |
| 18th | 2006年6月28日 | LOVE COMPLEX | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-5087 | 17位 | |
| 19th | 2010年11月17日 | 魔力 | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-5088 | 22位 |
| タイプ | 発売日 | タイトル | レーベル | 規格品番 | 備考 | 最高位 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| セルフカバー | 1984年12月21日 | 9.5カラット | フォーライフ・レコード | FLCF-5077 | 井上自身2作目のミリオンセラー | 1位 |
| 1992年11月20日 | ガイドのいない夜 | フォーライフ・レコード | FLCF-5080 | 「Just Fit」は沢田研二に提供した楽曲 | 7位 | |
| カバー | 2001年5月30日 | UNITED COVER | フォーライフ・レコード | FLCF-5084 | 「手引きのようなもの」のみセルフカバー | 2位 |
| セルフカバー | 2002年11月20日 | Blue Selection | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-5086 | 全曲にジャズアレンジが施されている。 | 20位 |
| カバー | 2015年7月29日 | UNITED COVER 2 | ユニバーサルミュージック | UPCH-7591 | 「氷の世界」のみセルフカバー。オリジナルの新曲2曲あり。シリーズ第1弾より足掛け15年振りの続編。 | 16位 |
| 枚 | 発売日 | タイトル | レーベル | 規格品番 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 1973年7月1日 | 陽水ライヴ もどり道 | ポリドール・レコード | UPCY-7588 | |
| 2nd | 1976年12月5日 | 東京ワシントンクラブ | フォーライフ・レコード | FLCF-5070 | CD単体発売も左記品番で予定されていたが、諸事情により発売中止。後述のCD-BOX『YOSUI BOX Remastered』で初CD化。 |
| 3rd | 1982年4月5日 | 陽水ライブ<ジェラシー> | フォーライフ・レコード | 33C-1 | カセットテープのみの発売。 |
| 4th | 1986年8月27日 | クラムチャウダー | フォーライフ・レコード | FLCF-5009 | キャッチコピーは「冷めないうちに」。 |
| 5th | 2014年9月10日 | 氷の世界ツアー2014 ライブ・ザ・ベスト | ユニバーサルミュージック | UMCK-9701 | SHM-CD使用。 |
| 発売日 | タイトル | レーベル | 規格品番 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1975年7月21日 | GOOD PAGES | ポリドール・レコード | MR-5060 | 初のベスト・アルバム。 |
| 1976年10月21日 | GOOD PAGES 2 | ポリドール・レコード | MR-3026 | 全12曲収録。ポリドール音源ベスト・アルバム第2弾。歌詞カードには各曲ごとの楽譜付。 |
| 1980年9月21日 | 井上陽水ベスト20 | フォーライフ・レコード | 36C-1 | カセットテープのみの独自企画。A面全てのライブ音源と、B面「傘がない」の弾き語りスタジオ新録音源は当商品のみ。 |
| 1981年3月21日 | 井上陽水メタル・スペシャル | フォーライフ・レコード | 33C-5002 | カセットテープのみの独自企画。メタルテープを使用したベストアルバム。 |
| 1982年3月5日 | SO | ポリドール・レコード | 25MX-9030 | ポリドールおよびフォーライフで発表した曲を収録したベストアルバム。 |
| 1982年3月5日 | MUCH | フォーライフ・レコード | 25K-2 | ポリドールおよびフォーライフで発表した曲を収録したベストアルバム。 |
| 1985年3月1日 | 明星 | ポリドール・レコード | 25MS-0072 (LP) | ポリドール音源を集めた陽水自身の選曲によるベストアルバムだが、諸事情により、初版はキティレコードからリリース。後述のフォーライフ音源を集めた「平凡」と同時期に発売。LPは10曲、CDは16曲と、収録曲数が異なる。CDのみ聴ける6曲は「夏まつり」「東へ西へ」「人生が二度あれば」「傘がない」「感謝知らずの女」「小春おばさん」。 |
| POCH-1591 (CD) | ||||
| 1985年3月5日 | 平凡 | フォーライフ・レコード | 28K-83 (LP) | 上記の『明星』と同時期に発売。「招待状のないショー (New Take)」収録は、当作品のみ。「青空、ひとりきり」「愛されてばかりいると」「Good, Good-Bye」はシングルバージョンで収録。 |
| 35KD-5 (CD) | ||||
| 1987年7月21日 | Re-View | フォーライフ・レコード | 33KD-106 | 「愛されてばかりいると」はシングルバージョン、「青空、ひとりきり」「なぜか上海」は別ミックス。CDのみの発売。 |
| 1987年9月1日 | YOSUI SINGLE COLLECTIONS | ポリドール・レコード | POCH-1592 (CD) | CD・カセットテープのみ。 ポリドールの音源のシングル7枚、全14曲を収録。 |
| (CT) | ||||
| 1993年8月6日 | 心もよう | ポリドール・レコード | POCH-1275 | 全15曲収録。 |
| 1994年12月1日 | 全曲集 | ポリドール・レコード | POCH-1434 | 全20曲収録。カセットテープ同時発売。 |
| 1997年11月19日 | ベスト・コレクション | ポリドール・レコード | POCH-1660 | 全19曲収録。ポリドール楽曲16曲、フォーライフ楽曲3曲。 |
| 1999年5月26日 | 夢の中へ -井上陽水ベストアルバム- | ポリドール・レコード | POCH-1797 | 全19曲収録。 |
| 1999年7月28日 | GOLDEN BEST | フォーライフ・レコード | FLCF-3761 | 初の公式2枚組ベスト。200万枚以上のセールスを記録。 |
| 2000年7月28日 | GOLDEN BAD | フォーライフ・レコード | FLCF-3800 | B面曲、アルバム収録曲より陽水自身が選んだ通称「裏ベスト」。 |
| 2003年6月25日 | GOLDEN BEST SUPER | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-3965 | 既発の『GOLDEN BEST』に、新たに『GOLDEN BEST SUPER Disc3』を加えて3枚組とした限定盤(Disc3はCD単体発売無し)。『Disc3』収録のライブバージョンの一部は、期間限定でネット配信された。 |
| 2003年11月5日 | 井上陽水 プラチナ・ベスト 〜アーリー・タイムズ〜 | ユニバーサルミュージック | UICZ-4085 | 全20曲収録。陽水の既発楽曲18曲、井上陽水・安全地帯による86年のシングル「夏の終わりのハーモニー」、カップリング曲「俺はシャウト!」を収録。 |
| 2008年7月16日 | 弾き語りパッション | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-4240 | 2007年ツアーから初期の楽曲を中心に収録された弾き語りベスト・アルバム。当初は2008年ツアー会場のみでの限定販売であったが、反響の多さでメジャー流通でも発売された。 |
| 2008年12月10日 | BEST BALLADE | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-4269 | バラードベスト |
| 2010年3月3日 | 井上陽水 傘がない〜東へ西へ | ユニバーサルミュージック | DCI-85904 | 全15曲収録。一般のCDショップルートに並ばないCD。 |
| 井上陽水 氷の世界〜夢の中へ | ユニバーサルミュージック | DCI-85905 | 全16曲収録。一般のCDショップルートに並ばないCD。 |
| 発売日 | タイトル | レーベル | 規格品番 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1986年12月5日 | 井上陽水 1975〜 | フォーライフ・レコード | 190KD-66 | フォーライフ移籍以降の全曲集(アルバム『東京ワシントンクラブ』とオムニバス収録曲、ライヴ音源を除く)。シングルバージョンは「青空、ひとりきり」のみ。 |
| 1988年11月25日 | YOSUI 4 ORIGINAL ALBUMS | ポリドール・レコード | H96P-20201/4 | ポリドール時代の4枚をBOX化したもの。 『氷の世界』の1曲目に「夢の中へ」を追加収録(当商品のみ) |
| 1991年12月11日 | NO SELECTION 井上陽水全集 | フォーライフ・レコード | FLC3-84122 | ポリドール時代4枚とフォーライフ時代10枚の計14枚のアルバムとシングル曲集2枚『SPECIAL EDITION 1』『SPECIAL EDITION 2』を加えた16枚BOX。 『SPECIAL EDITION1』にアンドレ・カンドレ時代6曲を収録。 特典で、非売品VHS『SELECTION』が付属。「傘がない」、「夏まつり」「夢の中へ」、「心もよう」、「青空、ひとりきり」、「最後のニュース」のプロモーションビデオが収録。 |
| 1996年3月25日 | COMPLETE YOSUI IN POLYDOR DAYS 5 ALBUMS+2 SINGLES | ポリドール・レコード | POCH-1555/9 | 5枚組BOX。ユニバーサルミュージックHPの井上陽水ディスコグラフィーは、BOX紹介ではなく5枚単品扱い紹介されている。(各作品の収録内容は、このBOXのみに適用。永久通常仕様のオリジナル5枚各々の収録内容とは異なる) |
| 1999年12月1日 | GOLDEN YEARS 1972-1974 | ポリドール・レコード | POCH-9018/22 | 5枚組BOX。全54曲収録。 |
| 2001年5月30日 | 井上陽水 ReMASTER | フォーライフ・レコード | FLCF-3860 | フォーライフ時代15枚とシングル曲集2枚『Re MASTER extra-1』『Re MASTER extra-2』を加えた17枚BOX。 ボーナストラック「少年時代」ライブバージョンが当商品のみ収録。 |
| 2019年1月30日 | YOSUI BOX Remastered | ユニバーサルミュージック | UPCH-7461 | 当初2018年12月19日発売予定が、製造スケジュール都合により発売延期。全スタジオアルバム24作をリマスタリングしてパッケージしたスペシャルBOX。1976年に発表されたライブアルバム『東京ワシントンクラブ』が初CD化。 |
| 発売日 | タイトル | レーベル | 規格品番 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2004年11月10日 | YOSUI TRIBUTE | フォーライフミュージックエンタテイメント | FLCF-4038 | |
| 2019年11月27日 | 井上陽水トリビュート | ユニバーサルミュージック | UPCH-2198 |
| 発売日 | タイトル | レーベル | 規格品番 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1975年7月29日 | 陽水生誕 | Kaleidoscope | KL-0002 | ライブ音源やアンドレカンドレの楽曲など、ここでしか聴けないトラックを含んでいるが、陽水の同意を得ずにリリースされたため発売停止となった。 |
いくつかの曲でPVが制作されている。
以下が1991年「NO SELECTION 井上陽水全集」の特典VHSに収録された。その他にも、
などが制作されている。また、「傘がない」は2008年の『弾き語りパッション』発売時、新規に制作され、俳優のオダギリジョーが主演を務めた。陽水本人も一瞬だけ出演した。
| 楽曲 | タイアップ |
|---|---|
| 夢の中へ | 映画『放課後』主題歌 |
| JR東日本カシオペアCMソング | |
| auCDMA 1X WINCMソング | |
| EZフラットCMソング | |
| 映画『すずめの戸締まり』挿入歌 | |
| 愛は君 | 日活ロマンポルノ『感じるんです』挿入歌 |
| TBS系ドラマ『スチュワーデスの恋人』主題歌 | |
| BRIGHT EYES | 映画『ウォーターシップダウンのうさぎたち』主題歌 |
| とまどうペリカン | 日本テレビ系スペシャルドラマ『季節が変わる日』エンディングテーマ |
| 映画『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』劇中歌 | |
| いっそセレナーデ | サントリー角瓶CMソング |
| 新しいラプソディー | |
| サッポロ<生>黒ラベルCMソング | |
| 日清カップヌードルCMソング | |
| ANACMソング | |
| サッポロビールCMソング | |
| WHY | 日立製作所AV用品CMソング |
| We are 魚 | ホンダ・トゥデイCMソング |
| 今夜、私に | 日産・セフィーロCMソング |
| リバーサイドホテル | フジテレビ系ドラマ『ニューヨーク恋物語』テーマ曲 |
| 最後のニュース | TBS系列『筑紫哲也 NEWS23』エンディングテーマ |
| キノフィルムズ映画『だれかの木琴』主題歌 | |
| 少年時代 | 東宝映画『少年時代』主題歌 |
| 1991年ソニー8mmビデオCMソング | |
| KIRIN・ラガービールCMソング | |
| Tokyo | サントリーローヤルCMソング |
| 結詞 | JR東日本「その先の日本へ」テーマソング |
| 5月の別れ | '93キリンラガービール「日本の恵みシリーズ」CMソング |
| Make-up Shadow | フジテレビ系ドラマ『素晴らしきかな人生』主題歌 |
| トヨタ・ブレイドCMソング | |
| カナディアン・アコーデオン | NHK連続テレビ小説『かりん』テーマ曲 |
| 移動電話 | TBS系ドラマ『夢見る頃を過ぎても』主題歌 |
| カミナリと風 | TBS系ドラマ『夢見る頃を過ぎても』挿入歌 |
| 嘘つきダイヤモンド | フジテレビ系『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』エンディングテーマ |
| 太陽の町 | 東映映画『機関車先生』テーマ曲 |
| 積み荷のない船 | テレビ朝日系ドラマ『深夜特急』主題歌 |
| HAWAIIAN LOVE SONG (リリウオカラニ女王に捧ぐ) | ハワイ観光局CMソング |
| TEENAGER | 日本テレビ系ドラマ『三姉妹探偵団』エンディング曲 |
| 最新伝説 | MBS-TBS系テレビ番組『世界ウルルン滞在記』4・5月エンディングテーマ曲 |
| クレイジーラブ | フジテレビ系ドラマ『アフリカの夜』挿入歌 |
| 映画『かもめ食堂』エンディング曲 | |
| この世の定め | キリンビバレッジ聞茶CMソング |
| Final Love Song | |
| 森花処女林 | フジテレビ系『ランチの女王』挿入歌 |
| 決められたリズム | 松竹映画『たそがれ清兵衛』主題歌 |
| 歌に誘われて | 西鉄バス CMソング |
| 新しい恋 | ザ・サントリーオールドCMソング |
| Love Rainbow | 資生堂「ザ・コラーゲン」CMソング |
| MAP | NHK『ブラタモリ』第1 - 3シリーズエンディングテーマ |
| 赤い目のクラウン | 映画『今度は愛妻家』主題歌 |
| 覚めない夢 | NHKドラマ『さよなら、アルマ〜赤紙をもらった犬〜』主題歌 |
| 女神 | NHK『ブラタモリ』第4シリーズオープニングテーマ |
| 瞬き | NHK『ブラタモリ』第4シリーズエンディングテーマ |
| care | 大塚製薬『ポカリスエット』CMソング |
1969年のデビューから殆どテレビ・ラジオに出演することは多くなく、親交が深いタモリや筑紫哲也などの冠番組、一部の音楽番組の出演などが大半を占める。
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| 大貫亜美 -吉村由美 | |||||||||
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| スタジオ・アルバム | DANGER (どくとる梅津バンド & 清志郎) - DANGER II (DANGER) -RAZOR SHARP - THE TIMERS (THE TIMERS) -日本の人 (HIS) -Memphis -GO GO 2・3's (忌野清志郎 & 2・3'S) -Music From POWER HOUSE (忌野清志郎 & 2・3'S) -Hospital (Kiyoshiro meets de-ga-show) -Groovin' Time (忌野清志郎 Little Screaming Revue) -Rainbow Cafe (忌野清志郎 Little Screaming Revue) -RUFFY TUFFY -冬の十字架(忌野清志郎 Little Screaming Revue) -夏の十字架 (ラフィータフィー) -秋の十字架(ラフィータフィー) -ちんぐろ (LOVE JETS) -KING -GOD -夢助 -Baby #1 |
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| ライブ・アルバム | HAPPY HEADS (忌野清志郎 & The Razor Sharp) -HAVE MERCY! (忌野清志郎 + Booker T. & THE MG's) -GLAD ALL OVER (忌野清志郎 &仲井戸麗市) -復活!! The Timers (THE TIMERS) -不死身のタイマーズ (THE TIMERS) -忌野清志郎 完全復活祭 日本武道館 -WANTED TOUR 2003-2004 KIYOSHIRO IMAWANO |
| コンピレーション・アルバム | |
| シングル | い・け・な・いルージュマジック (忌野清志郎+坂本龍一) - S.F. (忌野清志郎 ,JOHNNY, LOUIS & CHAR) - AROUND THE CORNER 曲がり角のところで - E-JAN -デイドリーム・ビリーバー (THE TIMERS) - ロックン仁義 (THE TIMERS) -パパの歌 - 夜空の誓い (HIS) - パパのカラオケ (トーサンズ) -日本の人 (HIS) - 世間知らず -パパの手の歌 (忌野清志郎 & 2・3'S) - いつか観た映画みたいに (忌野清志郎 & 2・3'S) - お兄さんの歌 (忌野清志郎 & 2・3'S) - プライベート (忌野清志郎 & 2・3'S) - サラリーマン - サヨナラはしない (THE TIMERS) - 君にだけわかる言葉 - Good Lovin' - 世界中の人に自慢したいよ - パーティーをぬけだそう! (忌野清志郎と篠原涼子) - メロメロ (忌野清志郎 Little Screaming Revue) - サンシャイン・ラブ (忌野清志郎 Little Screaming Revue) - QTU - 水の泡 (ラフィータフィー) -ブーアの森へ -ガンバレ日本 (木梨憲武+忌野清志郎) - 青い星 (LOVE JETS) -強烈ロマンス (ミツキヨ) - 宇宙大シャッフル (LOVE JETS) - UFO神社 (LOVE JETS) - ONABE (サルサガムテープ with 忌野清志郎) - JUMP - 雨上がりの夜空に35 (忌野清志郎 feat.RHYMESTER) - 愛を謳おう (忌野清志郎 with井上陽水) - 仕草 - 走れ何処までも - RUN寛平RUN -Oh! RADIO |
| 映像作品 | HAPPY HEADS LIVE IN JAPAN (忌野清志郎 & The Razor Sharp) - HAVE MERCY! (忌野清志郎 + Booker T. & THE MG's) - Screaming Revue - GLAD ALL OVER (忌野清志郎 & 仲井戸麗市) - 不死身のタイマーズ (THE TIMERS) - RESPECT! - ドラムレス ラフィータフィー (ビリ井バンバン) - 不確かなメロディー - WANTED - ONE MAN SHOW - LOVE JETS 生 (LOVE JETS) - 2005★GOD Presents ROMANCE GRAY35 -忌野清志郎 完全復活祭 日本武道館 - ブルーノートブルース 忌野清志郎 LIVE at Blue Note TOKYO - 忌野清志郎 LIVE at SPACE SHOWER TV~THE KING OF ROCK SHOW~ |
| 関連人物・グループ | |
| 関連項目 | EMIミュージック・ジャパン - POLYDOR - SWIM RECORDS - JET BRA -ユニバーサルミュージック |