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井上純

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
曖昧さ回避この項目では、元プロ野球選手について記述しています。漫画「咲-Saki-」の登場人物の同名の人物については「咲-Saki-#登場人物」をご覧ください。
曖昧さ回避井上順」、「井上淳」、あるいは「井之上潤」とは別人です。
井上 純
横浜コーチ時代
(2010年8月8日横浜スタジアムにて)
基本情報
国籍日本の旗日本
出身地宮城県仙台市太白区
生年月日 (1970-06-08)1970年6月8日(55歳)
身長
体重
182 cm
76 kg
選手情報
投球・打席左投左打
ポジション外野手
プロ入り1988年 ドラフト3位
初出場1990年5月29日
最終出場2006年8月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 横浜ベイスターズ
    横浜DeNAベイスターズ (2007 - 2012)
  • 楽天イーグルスアカデミー (2013 - 2023)
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手  テンプレート

井上 純(いのうえ じゅん、1970年6月8日 - )は、宮城県仙台市太白区出身の元プロ野球選手外野手、左投左打)。引退後はコーチ、小学生対象のベースボールアカデミーコーチを経て、東北楽天ゴールデンイーグルスのチーム統括本部に在籍しスカウトをしている。

経歴

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プロ入り前

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小学生時代から足が早く、中学校ではバレー部だった。東陵高校時代は大会屈指のスラッガーとして、3年生時の1988年夏の甲子園宮城県予選決勝の東北高戦では3点本塁打を放ち、同校の初優勝に貢献。同年夏の甲子園に初出場した。本戦では、初戦の福井商業高に敗退した。

打撃力と俊足を評価され、1988年のプロ野球ドラフト会議横浜大洋ホエールズから3位指名を受け入団。

横浜時代

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入団当初「屋鋪要よりも速い」と評されたほどの俊足や、高校通算打率3割・38本塁打の打撃で期待されたが、プロの壁は厚くレギュラー争いに食い込めず。

1995年キャンプでの打撃フォーム改造が奏功し、9月にプロ初本塁打。その後は徐々に打撃技術が向上し、代打の切り札として一軍に定着。

1998年波留敏夫の欠場もあり前半戦は中堅手として大いに活躍する。打席数こそ少ないものの打率.330の好成績を残した。西武との日本シリーズ第5戦、8番DHスタメン出場し活躍。チームは38年ぶりのリーグ優勝・日本一。

1999年も打率3割を記録し、プロ入り後最多の4本塁打を放った。

2001年も3割をクリアするなど、少ない出場機会の中で確実に成績を残した。

2002年は腰痛や足の故障、若手の台頭により出場機会が激減。年齢的な面もありシーズンオフに戦力外通告を受けた。

ロッテ時代

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2003年にはロッテのテストを受け入団。花粉症の影響で、オープン戦やシーズン開幕直後は極度の不振。そのため当初は期待外れと酷評されたが、シーズン中盤からは大車輪の活躍。9月には3番スタメン出場が定着していた。8月19日に故郷仙台での西武戦で森慎二投手より本塁打を打ったが、これは高校3年の県大会の決勝で打った本塁打(前述)と同様のコース、同様の直球、同様のスウィングで打ったものだった。 この年はプロ入り後最高の成績を収めた。

2004年は春先に受けた死球の影響で調子を落とすものの、復活後はベテランらしい活躍を見せる。前年同様に主軸として活躍し、自己最高の24打点を記録した。

2005年はかつての所属球団である横浜とのセ・パ交流戦で古巣横浜スタジアムのレフトスタンドに本塁打を放つ。この年は打率が1割台と苦しんだが、プレーオフ第2ステージ第5戦で、8回裏から左翼手の守備に着き、リーグ優勝のウイニングボールを捕球。チームは阪神との日本シリーズも制し、31年ぶりのリーグ優勝・日本一を手にした。

2006年アジアシリーズでの1試合4三振などの屈辱をバネにフォームを改造。これが功を奏し、絶好調な状態で開幕を迎え5番を打ったこともあったが、夏に近づくにつれ調子を落とし、10月2日に戦力外通告を受け、現役を引退。

引退後

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2006年10月16日に古巣の横浜ベイスターズ二軍、湘南シーレックスの外野守備走塁コーチに就任。背番号90。

2010年からは一軍外野守備走塁コーチを務めた。

2011年は再び二軍外野守備走塁コーチを務めた。8月16日に行われたイースタン・リーグのロッテ戦で審判員に暴行したとして退場処分を受けた[1]

2012年は一軍打撃コーチを務め打率リーグ最下位、得点5位と低迷し同年退団[2]

2013年から地元宮城で楽天イーグルスのベースボールスクールジュニアコーチに就任[3]。2014年頃からJ SPORTSプロ野球中継の楽天主催試合(球団制作映像)の一部や東北放送ラジオの中継で同ジュニアコーチ複数名が解説者を兼任するようになり、井上も解説を行うことがあった。

2024年1月にチーム統括本部への異動が発表され、スカウトに転身した。

選手としての特徴・人物

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俊足・巧打を誇る外野手。横浜時代は主に代打の切り札として活躍。ロッテ移籍後は一時レギュラーとしてクリーンナップ担い、その後も準レギュラーとして活躍した[4]

1998年に横浜の38年ぶりの日本一、2005年にロッテの31年ぶりの日本一と、セ・パ両リーグで30年以上優勝から遠ざかっていたチームのリーグ優勝、日本シリーズ制覇(日本一)を経験するという珍しい経歴の持ち主。

ロッテ移籍後、選手名コールや千葉マリンスタジアムでのスコアボードの表記は、2003年は同姓の井上貴朗が在籍していたため、「井上純」と表記されていたが、井上貴朗が退団した2004年以降のスコアボード表記は「井上」に変わった。一方選手名コールのフルネーム呼びは継続され、2003年(怒髪天『サスパズレ』)・2004年(ソウル・フラワー・ユニオン『殺人狂ルーレット』)に作られた応援歌は共に「純!」の合いの手を連呼するものだった。

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1990大洋
横浜
4440100011000000030.250.250.250.500
19915660100010000000010.167.167.167.333
19932133291410051011030090.138.219.172.391
199541373659101132111000090.250.250.361.611
199660716211182102267320710190.290.362.355.717
19975274678120201655113201180.179.205.239.444
19987111710910367104590320600291.330.365.413.778
1999648479142450441131010400230.304.337.519.856
20006167629151001643001410250.242.284.258.542
2001838580162441133102310400193.300.333.413.746
20021214131200151000010050.154.214.385.599
2003ロッテ74276254347219461172342711301552.283.320.461.780
200480249225376519531032453221703455.289.344.458.802
2005284843671021450000401111.163.250.326.576
20063060554121001310100500140.218.283.236.520
通算:15年686122511241563026114184451052818187702628512.269.313.396.709
  • 大洋(横浜大洋ホエールズ)は、1993年に横浜(横浜ベイスターズ)に球団名を変更

年度別守備成績

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外野












1993大洋
横浜
13101001.000
199517122011.000
199618151001.000
199725300001.000
19982539110.976
199914190001.000
2000880001.000
200152372001.000
2002310001.000
2003ロッテ64102160.945
20047193020.979
200514120001.000
200620230001.000
通算344401891.981

記録

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背番号

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  • 32(1989年 - 2002年)
  • 47(2003年 - 2006年)
  • 90(2007年 - 2012年)

脚注

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  1. ^【横浜】暴行退場の井上コーチに制裁金 - プロ野球ニュース : nikkansports.com 2011年8月17日
  2. ^来季のコーチ契約について 横浜DeNAベイスターズ 2012年10月10日
  3. ^【ベースボールスクール】ジュニアコーチに関して 東北楽天ゴールデンイーグルス 2013年1月27日
  4. ^井上純」『VICTORY ALL SPORTS NEWS』。2021年8月20日閲覧

関連項目

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外部リンク

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