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上野由岐子

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曖昧さ回避上野友紀子」とは別人です。
上野 由岐子
Yukiko Ueno
ビックカメラ高崎ビークイーン #7
基本情報
国籍日本の旗日本
出身地福岡県福岡市
生年月日 (1982-07-22)1982年7月22日(43歳)
身長・体重174cm
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
選手経歴
国際大会
代表チーム 日本
五輪200420082021
世選/W杯200220062012201420182023/24
アジア大会200220062010201420182023


上野由岐子
YouTube
チャンネル
活動期間2023年 -
ジャンルソフトボール
登録者数1.77万人
総再生回数391万回
チャンネル登録者数・総再生回数は
000000002023-11-24-00002023年11月24日時点。
テンプレートを表示
日本代表の上野由岐子 (2006年7月17日、USAワールドカップ)
ビックカメラ高崎東口店。上野の写真が大きく掲げられている(2023年撮影)

上野 由岐子(うえの ゆきこ、1982年7月22日 - )は、福岡県福岡市出身の女子ソフトボール選手(投手)。ビックカメラ高崎ビークイーン所属。ソフトボール日本代表。2004年アテネオリンピック銅メダリスト、2008年北京オリンピック金メダリスト、2021年開催の東京オリンピック金メダリスト。愛称は「うえぴー」[1]。「ソフトボール界のレジェンド」の異名を持つ[2]

経歴

小学校3年生からソフトボールを始め、ピッチャーとして活動。小学校で県大会優勝、福岡市立柏原中学校で全国制覇[3]

1999年、九州女子高等学校(現・福岡大学附属若葉高等学校)2年の時に最年少で参加した世界ジュニア選手権エースとして優勝に貢献[4]。ジュニア離れした速球(球速は高校生時で107km/h、日本人最速を記録していた)でオリエンタル・エクスプレスの異名を取った[4]

シドニーオリンピック候補にも名前が挙がったが、高校の体育の授業中に怪我(走り高跳び背面跳びの授業でマットのない地面に落ち、腰椎骨折)をし、シドニー行きを断念[5]。医者に普通の生活も送れなくなるかもしれないと言われる程の大怪我だったが、奇跡的な回復を遂げた。

2001年に高校を卒業後、日立高崎(現・ビックカメラ高崎ビークイーン)に入団[3]。史上初の2試合連続完全試合を達成し、2001年の新人王に選ばれた[3]。実業団入りと同時に代表チームにも招集され、アトランタシドニーでは開幕投手を務めた高山樹里、シドニー世代の石川多映子増淵まり子に代わって代表のエースとしても活躍を始める[3]

2002年、世界大会デビュー戦となった世界選手権アテネオリンピックの出場権がかかった中国戦で完全試合を達成した。

2004年アテネオリンピックでは実質的なエースとして開幕戦のオーストラリア戦を任されたが、4回3失点KOで敗れる[6]。負ければ1次リーグ敗退が決まる予選最終戦の中国戦でオリンピック史上初の完全試合を達成[7][8]、3位で予選通過し、勝てばメダルが確定する決勝トーナメント準決勝の中国戦で再び登板してタイブレーカー8回を完封勝利するも、勝てば決勝進出のかかる3位決定戦のオーストラリア戦では登板機会はなく、敗れて銅メダルに終わった[3]。3位決定戦で登板がなかったことについて、まだ監督に信頼されるピッチャーになれていなかった自分が悔しかったと語っている[9]。またこの大会中、風邪を引くなど体調を崩したこともあり、これ以降自分の体調管理に対して深く意識するようになる[10]日本リーグでは4月25日伊予銀行戦で完全試合達成。

2005年10月16日の大鵬薬品戦で完全試合達成。

2006年北京で開催された世界選手権では準決勝で世界一のアメリカ代表を封じ込めたものの、決勝では逆にKOされ銀メダルに終わった。12月14日にドーハで行われたアジア大会決勝の台湾戦では5回をパーフェクトに抑え(コールド勝ちのため参考記録)、優勝した。日本リーグでは4月22日の大鵬薬品戦、10月22日シオノギ製薬戦で完全試合達成。

2007年9月には日本人初の「1000奪三振」を達成[11]

2008年8月20日北京オリンピック準決勝のアメリカ戦、同日夕刻の決勝進出決定戦の豪州戦と2試合続けて登板、いずれも延長戦となり合計318球を投げ完投(準決勝は敗戦、決勝進出決定戦は勝利)した。そして翌21日のアメリカとの決勝戦も先発して7回完投勝利、2日間3試合413球を投げ抜き[12]、球技としてはモントリオールオリンピックの女子バレーボール以来となる日本の金メダルに大きく貢献した。この連戦連投で最終的に勝利を収めたその活躍ぶりは、かつての日本プロ野球の大投手稲尾和久になぞらえて、一部の新聞紙では「神様、仏様、上野様」と言う見出しが出る程になった[13]。またこの年の新語・流行語大賞で「上野の413球」が審査員特別賞を受賞した[14]

2009年4月1日から、ミズノとソフトボール関連アドバイザリースタッフ契約が締結[15]。2009年10月5日日本リーグレギュラークラス(デンソー他)の選手を揃える愛知を退け、トキめき新潟国体(新潟県上越市高田公園ソフトボール場)で優勝。貫禄のピッチングだった。特に宮城戦では3回をパーフェクトに抑え、外野フライさえも許さなかった。10月18日日本リーグ山口大会で時速120km/hを超えるストレートを連発し、球速121km/hで自己最速および世界最速を記録。11月8日には日本リーグ決勝トーナメントを制し、リーグ史上初の2年連続3冠(日本女子1部リーグ・全日本総合選手権大会国民体育大会)を達成した。

2010年4月25日日本リーグ豊田大会でタイブレーク延長8回、2アウトから自身初アーチとなる決勝2ランを放った。同年11月26日広州アジア大会決勝戦、ストレートに加え、切れのある変化球で中国打線を翻弄し一安打完封で優勝。2002年2006年に続くアジア大会三個目の金メダルを獲得した。球速は国際大会世界最速の121km/hを記録した。

2012年世界選手権では、7月16日予選の台湾戦で7回までパーフェクトに抑えるも0-0で延長戦に入ったため完全試合はならなかったが、延長10回タイブレークで1-0で勝利しノーヒットノーラン達成[16]。決勝トーナメントでは7月21日準決勝アメリカ戦に登板するが延長8回タイブレークの末3-1で敗れ、翌日22日の敗者復活戦でオーストラリアに2-0で勝利、同日1時間後に行われた決勝も連投し、延長10回タイブレークの末2-1で勝利し優勝。北京での2日間で3連投を上回り、予選最終戦から3日間で4連投、決勝トーナメントを1人で投げ抜き、42年ぶり2度目の世界選手権優勝に大きく貢献した[17]

2013年6月1日戸田中央総合病院戦でわずか68球で通算7度目となる完全試合達成[18]8月31日のペヤング戦で3回からリリーフ登板し5回をパーフェクトで抑える好投で勝利し、リーグ史上単独最多となる173勝目を挙げ、ミッシェル・スミス(元豊田自動織機)が持つリーグ最多勝利記録を更新し歴代1位となる[19]。翌日9月1日太陽誘電戦で通算81回目の完封勝利で今季10勝目を挙げ、自らが持つリーグ最多記録を更新する174勝目[20]、また入団以来13年連続の2桁勝利達成となった。

2016年5月7日豊田自動織機戦で左ふくらはぎに軽い肉離れを起こし、戦線を離脱[21]。日米対抗戦も欠場し[22]世界選手権での復帰を目指していたが、リハビリの過程で古傷の左膝の前十字靭帯周辺にも軟骨の骨挫傷が見つかったためメンバーから外れた[23]9月10日NECプラットフォームズ戦(ベイコム野球場)で通算200勝を達成[24][25][26]

2019年4月27日デンソー戦でピッチャーライナーを左顎に受け救急搬送。上野がマウンド上で打球が当たって負傷するのは初めてとみられる。5月1日に開幕のアジアカップ英語版は欠場[27][28]。診断の結果、下顎骨骨折で全治3カ月、4月30日に緊急手術を行い、無事成功したと発表[29]

2021年東京オリンピック日本代表に選出された。決勝のアメリカ戦では前回の北京五輪と同様に胴上げ投手となり、日本の「13年越しの五輪連覇」に貢献した。11月24日には群馬県民栄誉賞を受賞[30]。東京オリンピックで金メダルを獲得した功績を称え、JR高崎駅西口に記念のゴールドポスト(第16号)が12月1日に設置された(ゴールドポストプロジェクト[31])。

2024年7月に開催されたワールドカップファイナルステージでは、3試合に登板して9.2イニングを無失点(10奪三振)に抑えた。7月20日アメリカとの決勝戦では、先発の後藤希友を5回からリリーフし、3イニングを無失点(ノーヒット)で試合を締めて、日本ワールドカップ10年ぶりの優勝に貢献した[注 1]。同大会で上野はMVPを受賞した[32]

選手としての特徴

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出典検索?"上野由岐子" – ニュース ·書籍 ·スカラー ·CiNii ·J-STAGE ·NDL ·dlib.jp ·ジャパンサーチ ·TWL
(2018年6月)

121km/hを記録した世界最速といわれるストレートは、世界屈指の投手として認められてきた上野の真骨頂とされている。そのスピードは野球での体感速度160-170km/hに匹敵し、投球後にキャッチャーミットに入るまでに0.3秒と極めて短く、その球威は金属バットをへし折ったこともあるほどである。しかしながら、そのストレートだけではなく、シュートなどの多彩な変化球も投げることができるようになり、力で押す投球よりも相手に合わせて粘り強く投げるスタイルを取り入れている[33]

実際に北京オリンピック決勝のアメリカ戦においては、連投による疲れから110km/h以上の速球を投げないように指示された中において、変化球を使いこなした投球を見せ、アメリカの強力打線を封じている。また、コントロールに関しても「上野選手の凄さって、ストレート球は世界一ですが、それだけではなくて、コントロールも世界一だと思います」と宇津木麗華監督が評するように、ストレートや変化球のコントロールも抜群で、どの球種でもほぼ同じタイミング・同じフォームで投げ分けることができる[34]

2009年シーズンからピッチャーとしてだけでなく打者として打席にも立っている。飛距離はチーム一とも言われ、パワフルなスイングが持ち味。2009年開幕戦(西武ドーム)の初打席でいきなり痛烈な当たりの二塁打を放った。「打撃だけさせるなら四番打者」とはルネサス高崎(当時)の宇津木監督の言葉である。

人物・エピソード

上野が413球を投じた2008年の北京オリンピックは、ソフトボールが正式競技として行われる最後の大会となることが決まっていた中で行われた。このため、メダル授与後、銀・銅のチームを加え、2016年の夏季オリンピックでソフトボールが再び正式競技として復活するよう、ボールを並べて願いを込めた。その後も上野は、ソフトボール界の代表として、日本リーグでのプレーのみならず、あらゆる場面においてソフトボールの五輪での復活に向けた活動に尽力した。

だが、そうした関係者の努力も空しく、2009年8月13日国際オリンピック委員会は、2016年夏季オリンピックで競技に加える候補として、ゴルフ7人制ラグビーの2つに絞り込み、ソフトボールは野球とともに復活が叶わなかった。落選決定後、上野は報道各社の取材に、「ソフトボールにとって五輪は最高の舞台。子供たちの夢が断ち切られ残念」という趣旨のコメントを述べた[35]

上野の413球

北京オリンピックの決勝トーナメントにおいて、上野は2日間で準決勝・3位決定戦・決勝の3試合に登板し、一人で計413球(延長戦2試合を含む計28イニング)を投げ抜きソフトボール日本代表オリンピック初優勝の原動力となった。

準決勝(8月20日・デーゲーム)

国・地域123456789RHE
アメリカ合衆国アメリカ合衆国000000004460
日本日本000000001130
  1. 延長9回 (147球)

3位決定戦(8月20日・ナイトゲーム)

国・地域123456789101112RHE
オーストラリアオーストラリア100000100010372
日本日本000200000011x4111
  1. 延長12回サヨナラ (171球)

決勝(8月21日・ナイトゲーム)

国・地域1234567RHE
日本日本0011001350
アメリカ合衆国アメリカ合衆国0001000152
  1. (95球)

詳細情報

[36]

年度別投手成績





































W
H
I
P
2001ルネサス高崎13103.76979.1363348711097.680.790.49
200217122.857110.135312514701189.330.510.43
200321173.850138.1541711562657.900.250.44
200421154.789132.052016115731278.330.370.52
200520163.842139.15426218611289.350.400.43
200619134.765117.15107315911169.490.360.49
200719133.813114.2422521410878.610.430.41
200822182.900141.1790116153115117.580.540.64
200919144.778118.0614142133314137.890.770.64
201017122.85796.1411821160978.460.510.51
201113111.91781.045193811877.000.600.67
201219133.813110.260113312601467.970.380.66
201318152.82299.15047612621268.880.420.57
20141384.66772.150511381121167.841.550.84
2015ビックカメラ高崎18103.76997.058614999320157.141.080.74
20161182.80056.13839260113127.461.490.83
2017171301.000100.044220610021387.000.560.64
201813102.83368.1402758521188.710.820.69
2019751.83335.213391372777.261.370.62
2020732.60034.02746437112117.622.260.97
20211041.80037.1123100420667.881.130.59
20232021.66740.017280511558.930.880.63
20241561.85752.2313152521846.910.530.87
通算成績36924853.8242069.199055227722412292581928.160.650.59
  • 2024年度シーズン終了時
  • 表中の太字は各年度のリーグ最高、赤太字はリーグ歴代最高記録

タイトル

  • 新人賞(投手部門)(2001年)
  • 最高殊勲選手賞(2002年・2003年・2005年・2008年・2009年・2013年・2015年・2017年)
  • 最多勝利投手賞(2003年・2004年・2007年・2008年・2011年・2012年・2013年・2017年)
  • 最優秀投手賞(2004年・2006年・2007年・2008年・2009年・2017年)
  • ベストナイン(投手部門)(2004年・2006年・2007年・2008年・2009年・2017年)
  • リーグ特別表彰(2016年)
  • Wow! Experience賞(2024年

記録

  • 日本リーグ通算勝利数242勝(歴代1位)
  • 完全試合:7回(日本リーグ)、2回(世界大会)
節目の記録

背番号

  • 27(2001 - 2007)
  • 17(2008 - 2014)
  • 7(2015 - )

受賞歴

受賞

受章

関連情報

書籍

著書

関連書籍

関連映像

メディア出演

テレビ

CM

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^当時の大会名は「世界選手権」。

出典

  1. ^ソフトボール選手・上野由岐子の両親 上野正通(まさみち)さん 京都(みやこ)さん:3 高2で大けが「由岐子は変わった」 - 天才の育て方 - 教育”. asahi.com (2008年12月16日). 2023年12月6日閲覧。
  2. ^女子ソフトボール界のレジェンド上野由岐子の公式YouTubeチャンネルがスタート|プレスリリース”. 沖縄タイムス+プラス (2023年4月12日). 2023年12月6日閲覧。
  3. ^abcde『ソフトボールの上野由岐子選手の生い立ちや功績をご紹介”. SPAIA (2017年3月3日). 2023年12月6日閲覧。
  4. ^ab上野由岐子選手 WBSC ゴールデン・ダイヤモンド賞を受賞”. 公益財団法人日本ソフトボール協会. 2023年12月6日閲覧。
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  6. ^“日本まさかの黒星、上野被弾&無安打…”. サンケイスポーツ. (2004年8月14日). http://www.sanspo.com/athens2004/softball/news/0814/sb2004081402.html 2014年10月15日閲覧。 
  7. ^“五輪初の「完全」、上野は22日中国再打倒だ”. サンケイスポーツ. (2004年8月21日). http://www.sanspo.com/athens2004/softball/news/0821/sb2004082102.html 2013年9月6日閲覧。 
  8. ^“五輪史上初!上野が完全試合達成”. 日刊スポーツ. (2004年8月21日). http://athens2004.nikkansports.com/f-ol-tp0-040821-0031.html 2013年9月6日閲覧。 
  9. ^オリンピアンの人間力”. 日本オリンピアンズ協会. 2014年10月15日閲覧。
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  12. ^遂にオリンピックで復活するソフトボール、日本代表の現在地”. 【SPAIA】スパイア (2016年12月9日). 2020年11月16日閲覧。
  13. ^“ソフト上野に県民栄誉賞『神様、仏様、上野様』”. サンケイスポーツ. (2008年8月26日). http://www.sanspo.com/beijing2008/news/080826/oax0808261605000-n1.htm 2013年9月6日閲覧。 
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  40. ^上野由岐子リーグ史上初の通算2000奪三振を達成
  41. ^JDリーグ ビックカメラ上野由岐子が通算250勝の快挙!
  42. ^紫綬褒章の受章者”. 47NEWS (2008年11月2日). 2015年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月7日閲覧。
  43. ^『官報』第250号、令和3年11月4日
  44. ^令和3年秋の褒章受章者(東京都)” (PDF). 内閣府. p. 2 (2021年11月3日). 2024年7月29日閲覧。
  45. ^“『情熱力。アスリート「上野由岐子」からの熱いメッセージ』 上野由岐子(著)”.三省堂書店. 三省堂書店. 2023年11月24日閲覧.
  46. ^“文春新書『女子ソフトはなぜ金メダルが獲れたのか 宇津木魂』宇津木妙子 - 新書”.文藝春秋BOOKS. 文藝春秋社. 2023年11月24日閲覧.
  47. ^“サムライ・ハート 上野由岐子”.一般社団法人 日本トップリーグ連携機構. 2023年11月24日閲覧.
  48. ^“アスリートの夢 26人のアスリート×きむ”.いろは出版 for Teachers. いろは出版. 2023年11月24日閲覧.
  49. ^“スポーツスーパースター伝(3)上野由岐子”.BBM@BOOK CART. ベースボール・マガジン社. 2023年11月24日閲覧.
  50. ^北京オリンピック 栄光への道 ソフトボール日本代表”. 2016年3月21日閲覧。
  51. ^熱投 413球 女子ソフト・金メダルへの軌跡”. 2016年3月21日閲覧。
  52. ^“第(8)球 封印された幻の変化球”.ドラマ24「初森ベマーズ」. テレビ東京. 2015年. 2023年11月24日閲覧.

関連項目

外部リンク

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JOCスポーツ賞最優秀賞
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代

20: 中止 • 21:髙木美帆 • 22:橋本大輝 • 23:北口榛花 • 24:堀米雄斗

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第75回
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
2025
大賞
受賞
日経WOMAN特別賞
  • 北口榛花(パリ五輪「女子やり投げ」金メダル)
2024
大賞
受賞
日経WOMAN創刊35周年特別賞
2023
大賞
受賞
2022
大賞
世界に希望を紡ぐ科学者賞
理系の新・ロールモデル賞
思いやり経営賞
子育てダイバーシティ賞
  • 北川聡子(社会福祉法人 麦の子会 理事長・総合施設長)
心の揺らぎサポート賞
  • 櫻本真理(cotree/コーチェット 代表取締役)
途上国の自立支援に貢献賞
循環型社会へのイノベーター賞
  • 坂野晶(一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパン 代表理事)
2021
大賞
受賞
2020
大賞
準大賞
受賞
特別賞
2019
大賞
再出発サポート賞
新・事業承継モデル賞
世界の子供を守る賞
ブレイクドラマ制作賞
イノベーティブ起業家賞
日本を伝えるメディア賞
子育て支援サポート賞
  • 高塚清佳(新生企業投資 インパクト投資チーム シニアディレクター)
  • 黄春梅(新生企業投資 インパクト投資チーム シニアディレクター)
特別賞
2018
大賞
人生100年時代のロールモデル賞
働き方改革サポート賞
超高齢化社会の希望賞
共感型プロモーション賞
  • 和気洋子ヤフー コーポレートコミュニケーション本部 ブランドマネジメント室リーダー)
「アストロウーマン」の道開拓賞
特別賞
2017
大賞
  • 弭間友子東宝 映像本部 映像事業部 アニメ事業グループ 宣伝プロデューサー)
デザインものづくり賞
「ドボジョ」キャリア開拓賞
食ビジネス革新賞
イノベーティブものづくり賞
子育て家庭応援ビジネス賞
チーム2017賞
2016
大賞
メガヒットメーカー賞
次世代ものづくり賞
ベストマーケッター賞
未来をつくるサイエンティスト賞
  • 髙橋政代理化学研究所 多細胞システム形成研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー・眼科医)
情熱経営者賞
チェンジメーカー賞
2015
大賞
準大賞〈リーダー部門〉
準大賞〈キャリアクリエイト部門〉
  • 山上遊LIXIL総合研究所 新事業創造部グローバル環境インフラ研究室 主幹)
入賞〈リーダー部門〉
入賞〈キャリアクリエイト部門〉
入賞〈ヒットメーカー部門〉
2014
大賞<キャリアクリエイト部門>
準大賞<リーダー部門>
準大賞<ヒットメーカー部門>
入賞<リーダー部門>
入賞<ヒットメーカー部門>
入賞<キャリアクリエイト部門>
2013
大賞<リーダー部門>
準大賞<ヒットメーカー部門>
準大賞<リーダー部門>
リーダー部門入賞
入賞<ヒットメーカー部門>
入賞<キャリアクリエイト部門>
2012
大賞
準大賞
  • 森本千絵(goen゜主宰 コミュニケーションディレクター アートディレクター)
準大賞
リーダー部門入賞
リーダー部門入賞
ヒットメーカー部門入賞
ヒットメーカー部門入賞
キャリアクリエイト部門入賞
ヒットメーカー部門入賞
特別賞
2011
大賞 1位
  • 福島理恵子東芝 研究開発センターマルチメディアラボラトリー 主任研究員兼エコテクノロジー推進室参事)
2位
3位
4位
  • 日置真世北海道大学大学院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター助手/NPO法人地域生活支援ネットワークサロン理事兼事務局顧問)
5位
6位
7位
8位
9位
  • 熨斗麻起子(中国・深圳 可宝得環保技術有限公司 総経理)
10位
  • 小林麻美(日本コカ・コーラ マーケティング本部 ウォーターカテゴリーウォーターグループマネジャー)
ヒットメーカー部門
キャリアクリエイト部門
  • 白木夏子(株式会社HASUNA 株式会社HASUNA 代表取締役)
  • 高橋啓子(米国サンフランシスコのフランス料理店「EL PASEO」エグゼクティブ・シェフ)
2010
大賞 1位<リーダー部門>
  • 西郷真理子(都市計画プランナー/株式会社まちづくりカンパニー・シープネットワーク代表取締役)
2位<リーダー部門>
3位<キャリアクリエイト部門>
4位<リーダー部門>
5位<ヒットメーカー部門>
6位<キャリアクリエイト部門>
7位<リーダー部門>
8位<ヒットメーカー部門>
  • 呉裕利子花王 ファブリック&ホームケア事業ユニット ファブリックケア事業グループ シニア開発マネージャー)
9位<リーダー部門>
10位<ヒットメーカー部門>
今年の顔
  • 福島みずほ(内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全、少子化対策、男女共同参画)
  • 湊かなえ(作家)
2009
大賞 1位<ヒットメーカー部門>
2位<リーダー部門>
3位<ヒットメーカー部門>
4位<キャリアクリエイト部門>
5位<キャリアクリエイト部門>
6位<ヒットメーカー部門>
7位<リーダー部門>
8位<リーダ-部門>
9位<リーダー部門>
10位<ヒットメーカー部門>
キャリアクリエイト部門
特別賞
話題賞
2008
大賞 1位<リーダー部門>
2位<リーダー部門>
3位<リーダー部門>
4位<キャリアクリエイト部門>
5位<ヒットメーカー部門>
  • 海老澤香織花王 ビューティケア事業ユニット プレミアム・ヘアケアグループ インバスグループ)
6位<ヒットメーカー部門>
7位<リーダー部門>
8位<リーダ-部門>
9位<ヒットメーカー部門>
10位<キャリアクリエイト部門>
特別賞
2007
大賞 1位<リーダー部門>
2位<リーダー部門>
3位<リーダー部門>
4位<キャリアクリエイト部門>
5位<ヒットメーカー部門>
6位<リーダー部門>
7位<キャリアクリエイト部門>
8位<リーダ-部門>
  • 清岡久幸(株式会社タケックス・ラボ 代表取締役)
9位<ヒットメーカー部門>
  • 鈴木里佳三洋電機 パワーグループ モバイルエナジーカンパニー マーケティング部 マーケティング課 主任)
10位<ヒットメーカー部門>
特別賞
2006
大賞 1位<リーダー部門>
2位<キャリアクリエイト部門>
3位<リーダー部門>
4位<ヒットメーカー部門>
5位<リーダー部門>
6位<リーダー部門>
7位<リーダー部門>
8位<リーダ-部門>
9位<ヒットメーカー部門>
10位<ヒットメーカー部門>
  • 高橋美由紀日産自動車 マーケティング本部マーケティングダイレクターオフィス マーケティング・ダイレクター)
特別賞
話題賞
2005
大賞 1位<リーダー部門>
2位<ヒットメーカー部門>
3位<リーダー部門>
4位<リーダー部門>
5位<リーダー部門>
  • 内出幸美(気仙デーサービスセンターグループホーム「ひまわり」総所長)
6位<リーダー部門>
  • 関幸子(まちづくり三鷹 事業部企画事業 グループマネジャー)
7位<リーダー部門>
8位<ヒットメーカー部門>
9位<ヒットメーカー部門>
  • 齋藤未来ナムコ チームナンジャ「自由が丘スイーツフォレスト」ストアディレクター)
10位<キャリアクリエイト部門>
2004
大賞 1位<リーダー部門>
2位<リーダー部門>
3位<リーダー部門>
4位<ヒットメーカー部門>
5位<リーダー部門>
6位<リーダー部門>
  • 名取美和(タイ・チェンマイHIV感染孤児施設「バーンロムサイ」代表)
7位<キャリアクリエイト部門>
8位<ヒットメーカー部門>
9位<ヒットメーカー部門>
10位<今年の顔>
  • 杉山愛(プロテニスプレーヤー)
2003
大賞 1位<リーダー部門>
2位<リーダー部門
3位<キャリアクリエイト部門>
  • 堀木エリ子(堀木エリ子&アソシエイツ代表 和紙プロデューサー)
4位<ヒットメーカー部門>
5位<ヒットメーカー/リーダー部門>
6位<リーダー部門>
7位<今年の顔>
8位<リーダー部門>
  • 飯田桂子(シグノシステムジャパン代表取締役社長)
9位<リーダー部門>
  • 藤井絢子(菜の花プロジェクトネットワーク代表)
10位<今年の顔>
特別賞<今年の顔>
2002
大賞 1位<リーダー部門>
2位<ネット部門>
3位<リーダー部門>
4位<ヒットメーカー部門>
5位<リーダー/ネット部門>
6位<ヒットメーカー部門>
7位<ネット部門>
8位<カルチャー部門>
9位<キャリアクリエイト部門>
10位<カルチャー部門>
2001
大賞 1位<ヒットメーカー部門>
2位<リーダー部門>
3位<リーダー部門>
4位<脱・事務部門>
5位<カルチャー部門>
6位<ネット部門/リーダー部門>
7位<リーダー部門>
8位<ヒットメーカー部門>
9位<ネット部門>
10位<カルチャー部門>
2000
大賞 1位<ヒットメーカー部門>
2位<キャリア・起業家部門>
3位<ヒットメーカー部門>
4位<カルチャー部門>
5位<キャリア・起業家部門>
6位<ヒットメーカー部門>
7位<脱・事務部門>
8位<カルチャー部門>
9位<キャリア・起業家部門>
10位<ヒットメーカー部門>
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