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リーゼントまたはリーゼント・スタイル(英語:Regent style)とは、ヘアワックスやポマードなどの整髪料を利用し、両側頭部から髪を撫で付け後頭部でIの字型にぴったりと合わせる髪型(ダックテール)と、前髪を前方と上方に膨らませてボリュームを持たせる髪型(ポンパドール)を組み合わせた髪型のことである。
現在では、『リーゼント』と言えばボリュームのある特徴的な前髪だけを指すことも多い。
このリーゼントは、ダックテールともポンパドールとも無関係で、襟足がV字型になるようバリカンで整え、整髪料を使って前髪をオールバックもしくは横分けにし、側頭部の髪を後ろに流して後頭部で合わせるというものだった[1]。
日本には、イギリス人のポール・グラウスが、1933年6月と1936年3月の二回にわたり、大日本美髪会の機関誌『美髪』上においてリーゼントを紹介した[2]。
銀座ユタカ調髪所の理容師である増田英吉は、日本人の頭部の形に適するよう、いちど前髪を膨らませてから後ろに撫でつけるリーゼントを考案したと主張している[3][4]。1936年10月刊の雑誌『スタア』に掲載された広告には「銀座ユタカ調髪所創案のリーゼントスタイルをお薦めします」と書かれている[5]。
1936年の「日本理容通信」にも時のイギリス摂政皇太子(プリンス・リーゼント)だったエドワード8世の写真とともに紹介されているという[6]。
このようなリーゼントは「イギリス紳士の髪型」あるいは「ハリウッド俳優の髪型」として一時的に流行したが、日中戦争の長期化にしたがってポマードが贅沢品とみなされるようになり退潮した。

一方、ダックテールは、フィラデルフィアの理髪師 Joe Cirello が「Duck's Ass」として1939年に考案したものが初期の記録として残っている[7]。
また、男性のポンパドールも1930年代から見られるようになっている。1925年の小説グレート・ギャッツビーの主人公ジェイ・ギャッツビーは、10代の頃は(当時は女性の髪型だった)ポンパドールにしていたという記述がある。
1930年代半ばから40年代を通じて、ロサンゼルスのメキシコ系アメリカ人のパチューコ (Pachuco) /女性はパチューカと呼ばれた不良グループは、すでにポンパドールの髪型を始めており、40年代半ばにはダックテールとポンパドールを組み合わせた髪型も始めている[8]。ズート・スーツ (Zoot suit) を着て、ポンパドールにセットするのが彼らのファッションだった[9]。
また白人の映画俳優の間でも、1930年代から当時流行のオールバックに前髪を長めにしてボリュームを持たせるスタイルが始まっており(クラーク・ゲーブルなど)、1940年代にはさらにボリュームのある前髪も見られる[10]。
1940年代のアメリカでは、すでに多くの若者がポンパドールの髪型をしている写真の記録が残っている[11]。グリーサーズ (Greaser) と呼ばれた不良の若者たちも、ポマードでガチガチに固めた髪型をしていた(グリーサーの名前の通り、グリース(潤滑油)を塗ったようなテカテカの頭をしていた)。彼らの中にはダックテールにしているものもいた。
1950年代、アメリカでは頭頂部を短く平らに刈り込んだスタイル「フラットトップ(角刈り)」にし、後頭部を「ダックテール」にするというような手の込んだ形状のデザイナーズスタイルが流行した(ザ・デトロイトと呼ばれた)。
また、ロックンローラーやロカビリアン達の間でも、後頭部をダックテールにし、前髪をポンパドールにした合わせ技に人気があった。これは、80年代のパンクの影響を受けたサイコビリーのような直線的なものと異なり、いかに櫛で美しく色気のある曲線に梳かし立てるかを競うものであった(1955年頃のエルヴィス・プレスリーのポンパドールは明確に曲線である)。曲線的なものをロカビリー・ポンプ、直線的なものをサイコビリー・ポンプと呼び分ける場合もある。
カリフォルニアでは、後髪のダックテールに加えて長めの前髪をウェーブのかかったポンパドールにする「ブレーカー (Breaker)」と呼ばれる髪型が流行った。
同時期のイギリスでも、後髪をダックテールにし、ボリュームのある前髪を頭頂部に集めるクイッフと呼ばれるスタイルが、テッズやロッカーズの間で流行となった。
終戦直後、日本の若者のあいだでリーゼントの人気が復活したが、これは駐日アメリカ兵のカジュアルな服装を真似た「リーゼントとアロハシャツ」というスタイルで[12]、戦前のようなイギリス紳士の髪型という印象は薄れていった。
リーゼント 男子の頭髪型で前髪をたてるとともに左右の横髪を後頭部で合致するように刈つた型. 終戦後若い町の兄ちやんたちが好んでやつた. — 『最新時事新語辞典 1949年版』
この時期にはパーマネントウェーブと組み合わせたリーゼントなども登場して多様化している[2]。
1950年代後半、ロカビリーブームに乗って「ダックテール+ポンパドール」スタイルが日本でも流行すると、「前髪を膨らませて横髪をなでつける」という共通点から、「リーゼント」と「ダックテール+ポンパドール」が同一視されるようになった。
70年代の日本では、ハンブルク時代のビートルズのスタイルを真似たキャロルや、その後に結成されたクールスによって、「不良の髪型」=「ダックテール+ポンパドール」=「リーゼント」という認識が定着した。
80年代にも、竹下通りにたむろするロックンローラー族(ローラー族)の若者などが、クールスらの影響を受けてダックテール+ポンパドールを愛好したが[13]、90年代には衰退し、現在では一部の愛好家の間で見られるのみとなっている。

リーゼントという名称の由来には、諸説ある:
イギリスの首都ロンドンのウエストエンド地区にある左右双子の大通り「リージェント・ストリート (Regent Street)」に由来するという説。両サイドの髪を撫で付けた髪型を頭上から見た流れが、膨らんで合流する(左右二手に分裂し中間で膨らみ再び合流する)この大通りの軌道に似ているからだという。
他の説としては、実際に1930年代のリージェント街で流行っていたからだという説。
さらには、1930年代にイギリスの摂政皇太子(英語でプリンス・リーゼント)だったエドワード8世に由来しているという説もある。
日本にリーゼントを紹介したポール・グラウスは、1931年に出版されたイギリスの理容師向けの技術書『The Art And Craft Of Hairdressing』において「The Regent」の項を執筆しているが、「リーゼントは長年にわたり紳士たちに愛好されてきた」「当初は長い髪によく似合う髪型だったが、筆者がより短くカットすることを決めた」と書いている[1]。
日本でリーゼントの考案を主張している者に、銀座ユタカ調髪所の理容師である増田英吉がいる(#歴史の節を参照)。
RCC中国放送の調査では、現在の日本で見られるリーゼントスタイル[どれ?]は、1949年に尾道市の理容師・小田原俊幸(1922年 -2011年8月18日[14])によって確立されたものだという[15]。
ダックテールは、フィラデルフィアの理髪師 Joe Cirello が「Duck's Ass」として1939年に考案している(#歴史の節を参照)。
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