シドニーの南、ジョージ川河口に広がるリアス海岸。
舞鶴湾のリアス海岸
英虞湾(画像横幅約15km。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成)
対馬浅茅湾の拡大空中写真(画像横幅約2.5km。出典:同上)リアス海岸(リアスかいがん、ガリシア語:Ría、英:ria coast)は、せまい湾が複雑に入り込んだ沈水海岸のこと。リアス式海岸[1]、あるいはスペイン語でリア(単数形)、またリアの複数形を用いてリアスともいう[2]。
谷が沈降してできた入り江を、溺れ谷(おぼれだに、drowned valley)という。もともと海岸線に対して垂直方向に伸び、河川により侵食されてできた開析谷が溺れ谷になり、それが連続して鋸の歯のようにギザギザに連なっているような地形をリアス海岸という。海岸線に対して平行な開析谷が沈水した場合は、ダルマチア式海岸と呼ばれる。海岸線に直角な隆伏の激しい地形が沈水するとリアス式海岸になり、さらに沈水が進むと多島海になる。元々、これらの沈水は谷の周辺の沈降によって起きたと考えられていたが、気候変動などの研究が進み、最終氷期が終わったことによる世界的な海水面の上昇によるものと考えられるようになった。
リアス式海岸の鋸の歯のように複雑に入り組んだ入り江内は、波が低く水深が深いため、港として古くから使われた。溺れ谷に河川が流れ込み続けるなど、汽水域としての環境もあり、沿岸漁業や養殖などの漁業が中心として営まれるほか、周辺の離島が障害になって敵軍艦に攻撃されにくいことから軍港が立地されることも多い。
しかし、陸地は起伏が多く、急な傾斜の山地が海岸にまで迫ることもあり、平地が少ないため、陸路での移動は不便になりやすい。このため、長らく船以外に外部との交通手段がない陸の孤島となっていた場所もある。
リアス式海岸は、海岸線に対して垂直に開き、湾口に較べて奥の方が狭く浅くなっている入り江なので、沖合では低い津波も波高が急激に高くなり、大きな被害をもたらすことがある[3][4]。そのため、津波を防ぐための高い防潮堤を設けるなどの対策が取られている。また、湾内では一度押し寄せた津波が反射波となり対岸同士を繰り返し襲い、津波の継続時間が長いことも知られている。また、平地が狭隘で海に迫っているため、交通網が寸断している可能性が高く、津波が去った後の救助・支援活動にも障害がある。
リアス式海岸という名称は、スペイン北西部のガリシア地方で多く見られる入り江に由来する。ドイツの探検家であり近代地形学の草分けであるフェルディナント・フォン・リヒトホーフェンは1886年に『研究旅行者への手引き』を発行し、この中でガリシア語等で「入り江」を意味する単語であるリアあるいは、入り江の多い地方の名前を元に命名した[5]。ただしリヒトホーフェンは、海岸線と垂直な方向に伸びる溺れ谷の連続する複雑な形の海岸線をリアス式海岸と定義していた。
1919年にアメリカの地形学者のジョンソンは、より広い言葉として沈水海岸を定義し、リヒトホーフェンの定義したリアス式海岸のうち、河川の侵食によってできた開析谷が沈水して溺れ谷となっている場合をリアス式海岸、氷河の侵食によってできたU字谷が元になっている場合をフィヨルドと定義し、これが定着した。
リアスは複数形であるが、オットー・シュリューターは1924年、フィヨルドのように単数形を用いたリア式海岸と呼ぶ方が妥当と論じた[6]。岡田武松の1933年の論文によれば、「リア」と「リアス」の2つの言い方が、(日本の)地形学者の間でも一定しておらず混在している[6]。
日本語では「リアス式海岸」と「リアス海岸」の2つが混用される[7]。古くは1927年の教員や一般地理研究者向けの雑誌に「リアス式海岸」の記載があることが確認できるほか[8]、帝国書院の教材では昭和30年(1955年)代から「リアス式海岸」と表記している[9]。一方で教育出版の教材では2006年から、帝国書院の教材では2008年から「リアス海岸」の語を用いるよう変更された[7][9]。
これらの地域は、リアス海岸が見られる代表的な地域として知られている。
ウィキメディア・コモンズには、
リアス式海岸に関連するカテゴリがあります。