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メサ・ヴェルデ

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(2019年9月)
世界遺産メサ・ヴェルデ国立公園
アメリカ合衆国
クリフ・パレス
クリフ・パレス
英名Mesa Verde National Park
仏名Parc national de Mesa Verde
登録区分文化遺産
登録基準(3)
登録年1978年
公式サイト世界遺産センター(英語)
地図
メサ・ヴェルデの位置
使用方法表示

メサ・ヴェルデ国立公園 (メサ・ヴェルデこくりつこうえん、Mesa Verde National Park) は、コロラド州南西部に位置するプエブロインディアンアナサジ族の残した断崖をくりぬいた一連の集落遺跡群で、現在国立公園になっている。また、世界遺産にも登録されている。スペイン語で「緑の台地」という意味であるメサ・ヴェルデは 81.4 mi² (211 km²) の地域を占めている。この入口はCortez の町の東約9マイル (15km) に位置している[1]

研究略史

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メサ・ヴェルデ遺跡の存在は、1874年には知られていたが、本格的な考古学的調査の契機になったのは、1888年に当地の牧場主リチャード・ウェザーリルによって「クリフ・パレス」が発見されて以来、ウェザーリル兄弟が一般調査で108ヶ所に及ぶ断崖をくりぬいた集落を確認してからである。1891年に、考古学者であるジェズ・ウオルター・ヒュークス(J.W.Fewkes)とスウェーデン出身の地質学者グスタフ・ノルデンショルド[2] によって初めて本格的な発掘調査がされた。

この地域は1906年7月29日に国立公園として制定された。w:National Park Serviceによって管理されているすべての歴史的地域と同じく、この公園は1966年10月15日w:National Register of Historic Placesの一覧に記載された。ここは1978年9月6日世界遺産 (文化遺産) に登録された。

メサ・ヴェルデ管理地区1987年5月29日アメリカ合衆国国定歴史建造物に指定された。

概要

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1世紀ごろから、この地に農耕民であるアナサジ族が住み始めたと推測されている。アナサジ族は、8世紀ころまでバスケット・メーカー文化と呼ばれる独特なかご作りで知られる文化を築いていたが、9世紀ころからキヴァという儀式を行う施設を伴う日干し煉瓦の壁によって区画された集落を築くようになる。これをプエブロ文化と呼び、12世紀頃になると、外敵の襲来に備えた、本格的な「岩窟住居」を作り、そこに住み始めたと考えられている。同時期の遺跡としては、ニュー・メキシコ州北西部の半円形の壮大なプエブロ・ボニート遺跡を中心とするチャコ・キャニオンの遺跡群が知られている。その他にも、ユタ、コロラド、アリゾナ、ニュー・メキシコ4州の州境が1点に集まるフォー・コーナーズ周辺にはコロラド州のメサ・ヴェルデをはじめとして、アリゾナ州のキャニオン・デ・シェイ、ユタ州のホヴンウィープなど数多くの遺跡群が見られる。ユタ州側にあるホヴンウィープ国定公園の遺跡群は極浅い谷あるいは涸れ沢の縁の平地に散在する形をとる。メサ・ヴェルデの住居遺跡がメサ上に少ないのは保安のための他に農耕に適したメサ(台地)上を農耕に優先したとのこともある。アナサジ族のこのような日干し煉瓦による壮大な建物が建てられた時期はプエブロIII期と呼ばれる。14世紀になると、とつぜん放棄されたと推測されており、謎となっている。なお、アナサジとは、アナサジ族が消滅もしくは移住した後に同地域に流入し、現在も居住する先住民であるナバホ族の言葉で「古(いにしえ)の敵」あるいは「古の人々」を意味するが、現在は「先プエブロ[3]」を意味する英語の "the Ancestral Puebloan" という表現を使う方向にある。

クリフ・パレスといわれる「岩窟住居」による集落が公園内最大の遺跡である。200室ほどあり、一番高いところの高さは、4階建て相当にもなる。さながら高級マンションのようでもある。クリフ・パレス、ロング・ハウスなど主要な遺跡コンプレックスへの立入りは公園レンジャーの引率によるツアー(有料)のみで許されている。シーズン中は混雑するので朝一番にビジター・センターで申し込む必要がある。

ニューメキシコ州とコロラド州に住むプエブロ族は、現在もこのような巨大集団住居からなる大集落を有している。

登録基準

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この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。


登録基準に基づく評価内容は以下の通り。[4]

  • (3)
    • 紀元後6世紀頃の竪穴建物段階から13世紀の断崖住居期に至るまで、先祖代々のプエブロ(アナサジ)文化の定住・建築・儀礼の連続的発展を一地域で体系的に示していること。
    • 砂岩・木梁・泥漆喰を組み合わせた石造技術、塔状建築や多室住居、通風・採光・貯蔵を考慮した平面計画が卓越した保存状態で残り、居住技術と共同体運営の成熟度を具体に伝えること。
    • キヴァや大キヴァ、サン・テンプルに具現化された宇宙観・儀礼体系が、宗教と社会組織の関係を読み解く物証として例証性が高いこと。
    • 乾燥高地における貯水・水配分・段畑などの環境適応策が多様な遺構として残存し、農耕生産と定住の持続性を支えた知恵を示すこと。
    • 木材年輪年代学・岩面刻画・工芸遺物(織物・籠・土器など)と建築遺構が相互補完し、時間軸に沿う生活文化像を高い解像度で再構成できること。
    • 断崖住居群が自然地形と一体的に配置され、景観・防衛・気候制御の観点から高度な立地選択と施工技術を反映していること。
    • 大規模群落(クリフ・パレス等)から小規模家族単位の住居までスケールが多層に残り、地域ネットワークと社会階層の構造を立体的に示すこと。

ギャラリー

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  • ロング・ハウス
    ロング・ハウス
  • オーク・ツリー・ハウス
    オーク・ツリー・ハウス
  • スプルース・ツリー・ハウス
    スプルース・ツリー・ハウス
  • スクウェア・タワー・ハウス
    スクウェア・タワー・ハウス

脚注

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  1. ^ビジターズセンター (w:visitor center) は入口から15マイル (24 km) にあり、チップインメサ (最も有名な地域) はビジターズセンターを通りすぎ6マイル (10 km) 地点になる。"Cortez" の町から、コロラド、ユタ、アリゾナ、ニュー・メキシコ4州の州境が1点に出会うフォー・コーナーズまでは西南に僅かに 39.4マイル(63キロメートル)である。 なお、公園内のホテルとキャンプ場以外の宿泊設備は Cortez が最寄となるが少々遠い
  2. ^w:Gustaf Nordenskiöld (極地探検家アドルフ・エリク・ノルデンショルドの息子)
  3. ^元来プエブロ "Pueblo" とはスペイン語で「村」を意味し、前述の、ニュー・メキシコ州の遺跡プエブロ・ボニートとはスペイン語で「美しい村」を意味する。
  4. ^Centre, UNESCO World Heritage. “Mesa Verde National Park” (英語). UNESCO World Heritage Centre. 2025年10月4日閲覧。

関連項目

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ウィキメディア・コモンズには、メサ・ヴェルデに関連するメディアおよびカテゴリがあります。

外部リンク

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アメリカ合衆国の世界遺産
文化遺産
世界遺産
アメリカ合衆国の旗
自然遺産
複合遺産
ウィキメディア・コモンズには、アメリカ合衆国の世界遺産に関するカテゴリがあります。

座標:北緯37度11分2秒西経108度29分19秒 / 北緯37.18389度 西経108.48861度 /37.18389; -108.48861

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