トウシキミ (唐樒、学名 :Illicium verum ) はマツブサ科 のシキミ属 に属する常緑性 高木 の1種であり、芳香をもつ。多数の花被片 をもつ赤い花をつけ、その果実を乾燥したものは香辛料 や生薬 として広く利用されている。中国 南東部からベトナム 北東部原産とされ、また中国南部やインド 南部、インドシナ半島 などで広く栽培されている。
別名として、八角茴香 ( はっかくういきょう ) や大茴香 ( だいういきょう ) ともよばれ、また特にその果実 は八角 ( はっかく ) やスターアニス とよばれる (→#人間との関わり )。ウイキョウ (茴香)やアニス はセリ科 の草本 でありトウシキミとは縁遠いが、共通の精油 成分としてアネトール をもつ。
八角は中華料理 に使われる代表的な調味料である。
常緑性 の小高木から高木 であり、高さは最大15メートル (m) に達する[ 6] [ 7] (下図2a)。葉 は枝先にややまとまってつき、葉柄 は長さ0.8–2センチメートル (cm)、葉身 は卵形から楕円形で 5-15 × 2-5 cm、革質、葉先は突形から鋭先形、葉脚は漸尖形からくさび形[ 7] (下図2b, c)。葉脈 の中央脈は向軸側 (表側) でやや凹んでおり、側脈は5–8対だがときに不明瞭[ 7] 。
花期は3–5月および8–10月 (中国の場合)、花 は葉腋から生じ、花柄は長さ 1.5-4 cm[ 7] 。花被片 は7–12枚、ピンク色から暗赤色、広楕円形から広卵形、0.9-1.2 × 0.8-1.2 cm[ 6] [ 7] (図1)。雄しべ は11〜20個 (ふつう13–14個)、1.8-3.5ミリメートル (mm)[ 7] 。雌しべ は離生心皮 、7–11個、2.5-4.5 mm、花柱 は子房 より長い[ 7] 。
果期は9–10月および3–4月 (中国の場合)、果実 は集合袋果で直径 3–3.5 cm、熟すと木質化し茶褐色、それぞれの袋果 は茶色で光沢がある扁球形の種子 を1個ずつ含む[ 6] [ 7] [ 8] (下図2d, e)。集合果 はそのまま、または粉末にして使用される[ 8] (→#人間との関わり )。染色体 数は 2n = 28[ 7] 。
3a .アネトール トウシキミの果実 には5パーセントから10パーセントの精油 が含まれ、その主成分はアネトール (図3a) であり、精油成分の80パーセントから90パーセントを占める[ 9] 。その他に、エストラゴール 、メチルカビコール 、シネオール 、リモネン 、フェランドレン 、ピネン などが含まれる[ 9] 。
3b .シキミ酸 またシキミ に由来する名をもつシキミ酸 (図3b) は植物に広く存在する物質であるが、特にトウシキミなどシキミ属 の果実に多い。このシキミ酸は、インフルエンザ 治療薬オセルタミビル (商品名はタミフル) の合成原料の1つとして使用されている (2006年現在)[ 10] 。ただし、シキミ酸はあくまでも合成原料となる物質であり、シキミ酸自体には (つまりトウシキミの果実を食べても) インフルエンザに効果は無い[ 11] 。なお、2005年には遺伝子組み換え大腸菌 によってシキミ酸を生産する方法が開発され[ 12] [ 13] [ 14] 、2006年にはタミフル製造に用いるシキミ酸の3分の1がこの方法で生産されるようになり[ 6] 、さらに2012年にはシキミ酸生産にトウシキミはほとんど用いられなくなった[ 15] 。
中国 南東部からベトナム に自生するとされ、またフィリピン やインドシナ半島 、インド 南部などでも栽培されている[ 1] [ 9] 。古くから栽培されているため、原産地は必ずしも明らかではない[ 1] 。平均気温 20–22℃、年間降水量が 1,200–1,500 mm の地域に生育する[ 6] 。
トウシキミの果実は、ふつう8つの角をもつ星形をしているため八角 とよばれ[ 16] 、またその風味がアニス (セリ科 ) とも似ているため、スターアニス (star anise)ともよばれる[ 17] [ 6] 。またこの風味はウイキョウ (茴香、セリ科)にも似ているため、果実または植物そのものは八角茴香 [ 3] や大茴香 ともよばれる[ 4] [ 6] 。ウイキョウやアニスは系統的にはトウシキミと縁遠いが、精油 としてアネトール をもつ点で共通している[ 18] [ 19] 。
トウシキミの枝葉や果実 から蒸留された精油 は、ダイウイキョウ油 (star anise oil) とよばれる[ 8] 。日本薬局方 では、トウシキミまたはセリ科 のウイキョウ (茴香、小茴香) の果実から得られる精油 を、区別なくウイキョウ油 としている[ 20] 。
トウシキミは古くから利用され、紀元前2,000年頃から栽培が行われてきたと考えられている[ 1] [ 6] 。中国 南部やインド 南部、インドシナ半島 で広く栽培されており、2009年現在では、中国が全世界の生産量の80パーセント (65,000トン) を占めていた[ 1] [ 9] [ 6] 。
実生 または挿し木 から栽培される[ 15] 。播種する種子 は、採取後3日以内または低温 (5度) 保存1年以内のものを用いる[ 15] 。植栽後、9–10年後から80年生頃まで収穫される[ 15] 。中国 では1年に2回、9–10月と3–4月に収穫される[ 15] (下図4a)。成木の場合、1シーズンで8–12キログラム (kg) の果実が収穫される (乾燥重量は4–5分の1)[ 15] 。果実は、精油量が最も多くなる熟す直前に収穫される[ 15] 。
トウシキミの果実 (八角、八角茴香、大茴香、スターアニス) は香辛料 として広く用いられており(下図4b)、八角を用いたよく知られた料理として、東坡肉 、北京ダック 、杏仁豆腐 などがある[ 17] [ 21] [ 22] (上図4c)。中華料理の代表的な香辛料である五香粉 は、八角を含む[ 9] [ 20] 。中華料理 以外にも、インド料理 、マレーシア料理 、インドネシア料理 、ベトナム料理 、タイ料理 などでも用いられる[ 6] (上図4d)。チャーイェン (タイティー) やチャイ など飲用にも使われる[ 6] 。また、ガリアーノ やサンブーカ 、アニゼット 、パスティス などのリキュール 製造にも使われることがある[ 1] [ 15] 。
トウシキミの果実 は、生薬 や医薬品原料としても利用されている。生薬名は大茴香 (だいういきょう) であり、芳香性健胃薬、駆風薬、鎮痛薬として用いられる[ 9] [ 20] [ 23] 。大茴香と杜仲 、木香 を配合した思仙散は、腰痛に用いる漢方薬である[ 9] [ 20] 。またトウシキミの果実から抽出されるシキミ酸 は、インフルエンザ 治療薬オセルタミビル (商品名はタミフル) の合成原料ともされた (上記参照 )。
果実から抽出した香料は、香水 や石鹸 、歯磨き粉 、タバコ に使用されることがある[ 1] [ 15] 。またトウシキミの樹皮を香料として利用することもある[ 1] 。
果実は、その形状を活かして、クリスマスリース などにも利用されることがある[ 6] 。また果実は芳香をもつため、ポプリ の材料とされることもある[ 1] 。
熱帯地方では、香りを楽しむ観賞植物として栽培されることもある[ 1] 。
シキミ属 には、北米 南東部や西インド諸島 になど新世界 に約6種、東アジア から東南アジア の旧世界 にトウシキミを含む約31種が知られている[ 24] 。日本にはトウシキミは自生していないが、シキミ (本州 から沖縄諸島 ) とヤエヤマシキミ (先島諸島 ) の2種が分布している[ 25] 。
シキミ の花 の花被片 は細長く黄白色であり[ 25] (図5a)、トウシキミとは異なる。果実はトウシキミのものに酷似するが (図5b)、やや小型で、先端が鋭く尖る[ 26] 。またトウシキミの果実が甘い香りなのに対して、シキミの果実は抹香の匂いがする[ 26] 。シキミの果実は猛毒のアニサチン を含むため、食すと死に至る可能性がある[ 25] [ 26] 。そのため「毒八角」ともよばれ[ 27] 、また植物としては唯一、毒物及び劇物取締法 において劇物 に指定されている[ 28] 。日本において、シキミは仏事に広く使われている[ 29] 。
シキミはジャパニーズ・スターアニス(Japanese star anise)とよばれるのに対して、これと区別するためにトウシキミをチャイニーズ・スターアニス(Chinese star anise)とよぶこともある[ 30] [ 31] 。
シキミ属 には有毒種が多く、シキミ 以外にもアメリカシキミ やI. parviflorum (“イエローアニス”) も有毒であることが知られている[ 32] 。
^a b c d e f g h i j k l “Illicium verum ”. Plants of the World online . Kew Botanical Garden. 2021年7月31日閲覧。 ^ 「唐樒 」『動植物名よみかた辞典 普及版』。https://kotobank.jp/word/%E5%94%90%E6%A8%92 。コトバンク より2022年7月27日閲覧 。 ^a b 「八角茴香 」『動植物名よみかた辞典 普及版』。https://kotobank.jp/word/%E5%85%AB%E8%A7%92%E8%8C%B4%E9%A6%99 。コトバンク より2022年7月27日閲覧 。 ^a b 「ダイウイキョウ 」『日本大百科全書(ニッポニカ)』。https://kotobank.jp/word/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%A7%E3%82%A6 。コトバンク より2021年8月7日閲覧 。 ^a b c GBIF Secretariat (2021年). “Illicium verum ”. GBIF Backbone Taxonomy . 2021年7月31日閲覧。 ^a b c d e f g h i j k l “3.5 トウシキミ(ミャンマー) ”. 農林水産省. 2020年1月26日閲覧。 ^a b c d e f g h i Flora of China Editorial Committee (2010年). “Illicium verum ”. Flora of China . Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2021年7月31日閲覧。 ^a b c 植田邦彦, 堀田満, 星川清親, 緒方健, 新田あや, 飯島吉晴 (1989). “シキミ属”. In 堀田満ほか. 世界有用植物事典 . 平凡社. pp. 550–551. ISBN 9784582115055 ^a b c d e f g 後藤實「生活の中の生薬166:大茴香」『活』第41巻第6号、財団法人日本漢方医学研究所、東京、1999年、p85。 ^ 『抗インフルエンザ薬『タミフル』の純化学的製造法 』(プレスリリース)『東京大学広報・情報公開記者発表一覧』東京大学の公式webページ、2006年3月1日。http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_180301_j.html 。2009年1月13日閲覧 。 ^ “【大森病院東洋医学科・三浦於菟教授】八角 新型インフル予防に効くって本当?(5/12 日刊ゲンダイ) ”. メディア掲載情報 . 東邦大学 キャンパスポータルサイト. 2010年9月14日閲覧。 “三浦教授によると、八角の効能は血の巡りや消化を良くすることであり、新型インフルエンザには効かないとのこと。” ^ Bradley, D. (Dec 2005). “Star role for bacteria in controlling flu pandemic?”. Nature Reviews Drug Discovery 4 (12): 945–946. doi :10.1038/nrd1917 . ISSN 1474-1776 . PMID 16370070 . ^ Krämer, M.; Bongaerts, J.; Bovenberg, R.; Kremer, S.; Müller, U.; Orf, S.; Wubbolts, M.; Raeven, L. (2003). “Metabolic engineering for microbial production of shikimic acid”. Metabolic Engineering 5 (4): 277–283. doi :10.1016/j.ymben.2003.09.001 . PMID 14642355 . ^ Johansson, L.; Lindskog, A.; Silfversparre, G.; Cimander, C.; Nielsen, K. F.; Lidén, G. (Dec 2005). “Shikimic acid production by a modified strain ofE. coli (W3110.shik1) under phosphate-limited and carbon-limited conditions”. Biotechnology and Bioengineering 92 (5): 541–552. doi :10.1002/bit.20546 . ISSN 0006-3592 . PMID 16240440 . ^a b c d e f g h i “トウシキミ由来のシキミ酸 ”. 途上国森林ビジネスデータベース . 国際緑化推進センター. 2022年7月28日閲覧。 ^ 「八角 」『デジタル大辞泉』。https://kotobank.jp/word/%E5%85%AB%E8%A7%92 。コトバンク より2021年8月7日閲覧 。 ^a b 「スターアニス 」『日本大百科全書(ニッポニカ)』。https://kotobank.jp/word/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B9 。コトバンク より2021年7月31日閲覧 。 ^ 遠藤由美. “スターアニス/八角/Star anise ”. エスビー食品. 2022年7月26日閲覧。 ^ 飯島陽子 (2014). “香辛料・ハーブとその香り~香気生成メカニズムとその蓄積”. におい・かおり環境学会誌 45 (2): 132-142. doi :10.2171/jao.45.132 . ^a b c d 古尾屋不二、ほか「漢方から見るハーブ・スパイスの生理活性」『月刊フードケミカル』第12号、食品化学新聞社、1994年、p69、ISSN 09112286 。 ^ “中国料理に欠かせない香り際立つスパイス「八角」 ”. 養命酒製造株式会社 (2014年2月). 2021年7月31日閲覧。 ^ 遠藤由美. “スターアニス/八角を使いこなそう! ”. エスビー食品. 2021年7月31日閲覧。 ^ “大茴香 ”. 民族薬物データベース . 富山大学和漢医薬学総合研究所. 2021年8月3日閲覧。 ^ “Illicium ”. Plants of the World online . Kew Botanical Garden. 2021年7月24日閲覧。 ^a b c 大橋広好 (2015). “シキミ属”. In 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編). 改訂新版 日本の野生植物 1 . 平凡社. pp. 49–50. ISBN 978-4582535310 ^a b c 東京都薬用植物園 . “トウシキミ(八角)とシキミ(有毒) ”. 東京都健康安全研究センター . 2021年7月23日閲覧。 ^ 「毒八角 」『中日辞典 第3版』。https://kotobank.jp/word/%E6%AF%92%E5%85%AB%E8%A7%92 。コトバンク より2021年7月30日閲覧 。 ^ “毒物及び劇物指定令(昭和四十年政令第二号)第2条: 劇物 第1項第39項 ”. e-Gov (2019年6月19日). 2019年12月21日閲覧。 “2019年7月1日施行分” ^ 「シキミ 」『日本大百科全書 (ニッポニカ)』。https://kotobank.jp/word/%E3%82%B7%E3%82%AD%E3%83%9F 。コトバンク より2021年7月24日閲覧 。 ^ Howes, Melanie-Jayne R.; Geoffrey C. Kite and Monique S. J. Simmonds (6 2009). “Distinguishing Chinese Star Anise from Japanese Star Anise Using Thermal Desorption−Gas Chromatography−Mass Spectrometry” . J. Agric. Food Chem. (American Chemical Society ) 57 (13): 5783–5789. doi :10.1021/jf9009153 . https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jf9009153 2010年7月16日閲覧。 . ^ “Press Releases: Herbal Science Group Clarifies Safety Issue on Star Anise Tea” (Press release) (英語). American Botanical Council. 12 September 2003. 2010年7月16日閲覧 .^ “Illicium ”. The North Carolina Extension Gardener Plant Toolbox . 2021年7月31日閲覧。 アニス (セリ科 ) … このアニスに似た風味をもつため、トウシキミに「スターアニス」の名がついた。ウイキョウ (セリ科) … このウイキョウ (茴香) に似た風味をもつため、トウシキミは「大茴香」や「八角茴香」ともよばれる。トウシキミの別名である大茴香に対して、小茴香ともよばれる。シキミ … 果実はトウシキミとは異なり有毒である。