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ジンギスカン (曲)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ドイツの旗 "Dschinghis Khan"
ユーロビジョン・ソング・コンテスト1979エントリー曲
歌手
  • スティーヴ・ベンダー
  • エディナ・ポップ
  • レスリー・マンドキ
  • ルイス・ヘンドリック・ポトギター
  • ヴォルフガング・ハイヒェル
  • ヘンリエッテ・ハイヒェル
歌手名義
言語
作曲者
作詞者
指揮者
結果
決勝順位
4位
決勝ポイント
86ポイント
エントリー曲年表
◄ "Feuer" (1978)   
"Theater" (1980) ►
「ジンギスカン(Dschinghis Khan)」
ジンギスカンシングル
初出アルバム『Dschinghis Khan
A面Dschinghis Khan
B面Sahara
リリース
時間
レーベルJupiter Records
作詞ベルント・マイヌンガー
作曲ラルフ・ジーゲルドイツ語版
ジンギスカン シングル 年表
-ジンギスカン
(1979年)
めざせモスクワ
(1979年)
テンプレートを表示
音楽・音声外部リンク
試聴
Dschinghis Khan - Jupiter Records提供のYouTubeアートトラック

ジンギスカンドイツ語:Dschinghis Khan)は、西ドイツの音楽グループ・ジンギスカンの楽曲。

概要

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→「ジンギスカン (グループ) § 1979-1985年 / オリジナルグループ」も参照

楽曲『ジンギスカン』は作曲家のラルフ・ジーゲル英語版と、作詞家のベルント・マイヌンガーによって企画されたものであり、同名の音楽グループ「ジンギスカン」のデビュー曲である[1][2][3]

この楽曲の誕生は1978年の秋[2]。ジーゲルは1979年のユーロビジョン・ソング・コンテストに出場するための楽曲制作に取り組むこととなり、友人のマイヌンガーと相談する中でいくつか生み出されたアイディアの1つが『Dschinghis Khan(ジンギスカン)』であった[2]。ヨーロッパ人にとって残虐なイメージのあるチンギス・カンモチーフとした楽曲を制作した裏側には、1978年にボニーMがリリースしたグリゴリー・ラスプーチンをモチーフとした『Rasputin怪僧ラスプーチンドイツ語版)』からインスパイアを受けたことに加えて[3]、国際コンクールの舞台で多国籍の観衆が理解できることを狙ったものであった[1][2]。ジーゲルは自ら歌ったデモ音源で予備審査にエントリーし、「この楽曲は“ジンギスカン”という名のグループによって歌われるだろう」と書いた手紙も送付した[1][2]

手紙の効果もあり、1978年の年末までに国内予選への出場が認められる[1][2]。1979年1月末、3月の国内予選まで6週間となった頃にジーゲルはグループのメンバー選考を開始する[2]。2週間のうちに15人と面談し、予選の5週間弱前には6人のメンバーが決定したが、残された時間は十分とは言えず各分野の専門家も召集された[2]

迎えた1979年3月17日の国内予選では、一番最初に『ジンギスカン』が披露された[2]。予選が進むにつれ順位は変動したが、1位の『ジンギスカン』は不動のまま予選は終了し、エルサレムで行われる本選への進出が決定する[2]。3月31日の本選では4位であったが、コンテストの様子は欧州18か国に生中継されており、クセになる楽曲や風変わりなビジュアルのインパクトで話題となる[1][3]

ジュピターレコードからシングルがリリースされるとドイツ国内で50万枚を売り上げ[2]、4週にわたりチャート1位を獲得した。当時は世界的にディスコブームが到来していたこともあり世界的にヒットし、日本ではリリース前からディスコでは定番となり[3]、リリース後はオリコン洋楽シングルチャートで1979年8月6日付から5週連続1位を獲得した。

オリジナルのドイツ語版と同年に英語に翻訳したレコードもリリースされており、英詞への翻訳はジンギスカンメンバーのスティーヴ・ベンダーが担当した。

ジンギスカンは1985年に解散したが2005年に再結成、2007年に正式に活動再開するとともにリリースしたアルバム『7 Leben』で『ジンギスカン』をセルフカバーしている。

収録曲

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【 】は邦題。

原版
#タイトル作詞作曲時間
1.「Dschinghis Khan
【ジンギスカン】」
マイヌンガージーゲル英語版
2.「Sahara
【砂漠の国サハラ】」
マイヌンガージーゲル
合計時間:
インターナショナル盤
#タイトル作詞作曲その他時間
1.「Genghis Khan」マイヌンガージーゲル 
2.「Desert Land」マイヌンガージーゲルドルナウス英語版
ヘルタドイツ語版
合計時間:

チャート

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週間チャート

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チャート(1979年)最高順位
オーストリア (Ö3 Austria Top 40)[4]8
ベルギー (Ultratop 50 Flanders)[5]20
フィンランド (Suomen virallinen lista)[6]5
ノルウェー (VG-lista)[7]3
スイス (Schweizer Hitparade)[8]3
西ドイツ (GfK Entertainment charts)[9]1

年間チャート

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チャート(1979年)順位
西ドイツ (Official German Charts)[10]6

カバー・影響など

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ジンギスカン自身によるドイツ語・英語のほかに、各国のアーティストによってフィンランド語日本語スウェーデン語など多数の言語に翻訳されてカバーされている。

フレデリクによるカバー

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Tsingis Khan
フレデリク英語版楽曲
初出アルバム『Tsingis Khan』
リリース1979年
録音1979年
時間3:00
レーベルFinnlevy
作詞・作曲ベルント・マイヌンガー
ユハ・ヴァイニオ(訳詞)
作曲ラルフ・ジーゲル
ミュージックビデオ
"Tsingis Khan" -YouTube

フィンランドの歌手・フレデリク英語版は、1979年のアルバム『Tsingis Khan』の中で「Tsingis Khan」のタイトルでカバーしている。このアルバムはフィンランドのシングルチャートで最高14位となり、ゴールド認定を受けている。

フィンランド語の訳詞はユハ・ヴァイニオによる。ジーゲルはフレデリクによるカバーを気に入っており、後にジンギスカンの3枚目のシングル『Hadschi Halef Omar』のカバーも自ら提案し、1980年に『Sheikki Ali Hassan』のタイトルでリリースされた[11]

Berryz工房によるカバー

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「ジンギスカン」
Berryz工房シングル
初出アルバム『5 (FIVE)
B面ダーリン I LOVE YOU(Berryz工房 Ver.)
リリース
規格マキシシングル
録音日本の旗日本
ジャンルJ-POP
時間
レーベルPICCOLO TOWN/
UP-FRONT WORKS
プロデュースつんく♂
チャート最高順位
Berryz工房 シングル 年表
付き合ってるのに片思い
(2007年)
ジンギスカン
(2008年)
行け 行け モンキーダンス
(2008年)
ミュージックビデオ
「ジンギスカン」
- YouTube
テンプレートを表示

日本の女性アイドルグループBerryz工房は、2008年3月12日にリリースした16枚目のシングルで『ジンギスカン』をカバーした。同曲の日本語カバーはこれ以前にも複数存在しており訳詞も複数存在するが、本作では山本伊織によるものを採用している。

初回生産限定盤には「ジンギスカン (Dance Shot Ver.)」を収録したDVDが付属している。カップリングの『ダーリン I LOVE YOU』は℃-uteとの競作で、℃-ute Ver.は同グループ9枚目のシングル「涙の色」に収録。

この楽曲は、日本国内の『ジンギスカン』のカバーとしては最高位となるオリコン5位を記録し、これを受けて本家ジンギスカンとBerryz工房のスプリット盤シングル『ジンギスカン タルタルミックス』が企画される[13]

#タイトル作詞作曲編曲時間
1.「ジンギスカン」マイヌンガー
山本伊織(訳詞)
ジーゲルダンス☆マン
2.「ダーリン I LOVE YOU(Berryz工房 ver.)」つんくつんく酒井ミキオ
3.「ジンギスカン (Instrumental)」   
合計時間:

ジンギスカン タルタルミックス

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「ジンギスカン タルタルミックス」
ジンギスカン×Berryz工房シングル
初出アルバム『完熟Berryz工房 The Final Completion Box
リリース
規格マキシシングル
ジャンルJ-POP
時間
レーベルPICCOLO TOWN/
UP-FRONT WORKS
作詞Bernd Meinunger
山本伊織(訳詞)
作曲Ralph Siegal
プロデュースつんく♂
チャート最高順位
ジンギスカン×Berryz工房 シングル 年表
-ジンギスカン
タルタルミックス

(2008年)
-
Berryz工房 シングル 年表
行け 行け モンキーダンス
(2008年)
ジンギスカン
タルタルミックス

(2008年)
MADAYADE
(2008年)
テンプレートを表示

ジンギスカン×Berryz工房」の名義で2008年9月17日にアップフロントワークスから発売されたコンピレーションCD[14]である。

同年3月12日、ジンギスカンが1979年に発売した楽曲「ジンギスカン」をBerryz工房がカバーし、シングル盤として発売(詳細はジンギスカンを参照)。同曲がオリコン最高5位を記録するなど想定以上にヒットしたため、オリジナルの「ジンギスカン」とのスプリット・シングルが企画された。オリジナル盤の発売元であるビクターエンタテインメントの了承が得られ、さらにリミックス用のマルチデータの貸し出しも成立したことにより、本盤が制作された[15]

タイトルチューン「ジンギスカン タルタルミックス」は、Berryz工房がカバーした「ジンギスカン」と、ジンギスカンの歌う元祖「ジンギスカン」のリミックス曲である。

収録曲

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  1. ジンギスカン タルタルミックス [4:02]
    歌:ジンギスカン×Berryz工房
    作詞:Bernd Meinunger 訳詞:山本伊織 作曲:Ralph Siegal 編曲:大久保薫
  2. ジンギスカン [3:08]
    歌:Berryz工房
    作詞:Bernd Meinunger 訳詞:山本伊織 作曲:Ralph Siegal 編曲:ダンス☆マン
  3. DSCHINGHIS KHAN [3:06]
    歌:ジンギスカン
    作詞:Bernd Meinunger 作曲:Ralph Siegal

ジンギスカンだらけ

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ジンギスカン×Berryz工房『ジンギスカン タルタルミックス』の制作に続いて、各国のカバー曲を集めたコンピレーション・アルバムが企画される[13]。発売日は2008年11月26日[16]。全20曲収録[16]

楽曲名アーティスト名訳詞[17]
1DSCHINGHIS KHANジンギスカン1979ドイツ-
2DSCHINGHIS KHANマルコ・ポーロ1979ドイツ-
3ジンギスカン川﨑麻世1979日本山本伊織
4ジンギスカン原たかし&バットマンズ1979日本Christian Dorn[注釈 1]
5ジンギスカン渋谷哲平1979日本浅川佐記子
6ジンギスカン PartIザ・モンゴルズ1979日本浅川佐記子
7ジンギスカン PartIIザ・モンゴルズ1979日本浅川佐記子
8ジンギスカンイノウエ1999日本イノウエ
9ジンギスカンULTRAS+ワッキー(ペナルティ)+レイザーラモンHG2006日本-
10ジンギスカンMoody★Rudy2006日本ソンハ、フク
11ジンギスカンBerryz工房2008日本山本伊織
12DSCHINGHIS KHANタンカード1996ドイツ-
13DSCHINGHIS KHANドナルド・ダークドイツ語版1997ドイツ-
14DSCHINGHIS KHANレニングラード・カウボーイズ1997フィンランド-
15DSCHINGHIS KHANDie Viel-Harmoniker2000ドイツ-
16DSCHINGHIS KHANPerle°2006ドイツ-
17DSCHINGHIS KHANロッキング・サン2006ドイツ-
18DSCHINGHIS KHANウィグワム2006ノルウェー-
19ジンギスカン タルタルミックスジンギスカン×Berryz工房2008-山本伊織
20ジンギスカン ピストン西沢 Two Turntable Remixジンギスカン×Berryz工房 Remixed byピストン西沢2008-山本伊織

その他のカバー例

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前述したように日本語では、原盤と同じ1979年に山本伊織や浅川佐記子による訳詞が誕生した。他の訳者による訳詞も含めて無数のカバー楽曲が生まれており、前述の『ジンギスカンだらけ』に収録されておらず、レコードCDに収録されたものとしては以下が存在する。

アーティスト名訳詞楽曲名備考出典
19795カラット山本伊織ジンギスカンシングルでリリース。
1979少年探偵団カルメンジンギスカンシングルでリリース(B面の3曲目)。
1990M's-QUEENジンギスカンアルバムに収録。
1996女王様S中野-シングル収録のメドレー楽曲の1つとして。
1996おたっしゃクラブジンギスカンアルバムに収録。
2004東京佼成ウインドオーケストラ-ジンギスカンアルバムに収録。 吹奏楽バージョンとして天野正道が編曲。
2005ウルトラス・ニッポン成吉思汗 〜ドイツへ行こうシングルでリリース。[18]

原盤と同じ1979年には、日本語以外の言語での翻訳カバー楽曲も誕生しており、前述したフレデリクのフィンランド語版以外に以下の例が存在する。

またジンギスカンのメロディに、無関係な歌詞を付けた楽曲も存在している。

その他の日本でのトピックス

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アーティストによるカバーではレコードやCDでリリースされていなくとも、ライブやコンサートの演目としてカバーされることもあり、その例として米米CLUB(1991年5月2日、有明コロシアム)、SMAP(1999年ツアー“BIRDMAN”)が挙げられる。

スポーツなどの応援に使用される例もみられる。上記した『成吉思汗 〜ドイツへ行こう』は、2006年のドイツワールドカップアジア最終予選に合わせて、サポーター集団のウルトラス・ニッポン名義でCDがリリースされたものである[26]。サッカー以外のプロスポーツでは北海道日本ハムファイターズ日本プロ野球)や仙台89ERS(プロバスケットボールBリーグ)の応援の1つに『ジンギスカン』のダンスが採用されており[27][28]、アマチュアでも神村学園高等部など日本の高校野球の応援歌としての採用例もある[29]

その他、テレビCMのBGMとして使用される例もみられる。2003年にはドラマウォーターボーイズ』の挿入歌としても使用された[30]

2000年1月26日に発売されたモーニング娘。の『恋のダンスサイト』のモチーフとして『ジンギスカン』が挙げられており、同年の5月24日には『ジンギスカン』が日本でシングルCDとして再発された[31]

2005年に『めざせモスクワMoskau)』が空耳ソング「もすかう」として話題になると、インディーズからリリースされた「もすかう」のカップリングとして『ジンギスカン』も収録された。

2026年1月17日から放送が開始された、サントリーパーフェクトサントリービールのテレビCMに、同曲のカバー音源(替え歌)が使用されている。

脚注

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[脚注の使い方]

注釈

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  1. ^シングル盤(規格品番:SV-6607)では訳詞者は「カルメン」とクレジットされている。

出典

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  1. ^abcdeDschinghis Khan: Deutscher Mongolen-Pop beim ESC” (英語). ユーロビジョン・ソング・コンテスト. 2004年7月16日閲覧。
  2. ^abcdefghijkWie alles begann...” (ドイツ語). STEPPENWIND - Offizielle Dschinghis Khan Fanseite. 2024年7月16日閲覧。
  3. ^abcdディスコの定番曲、ジンギスカンが歌う「ジンギスカン」一度聴いたら忘れない!”. Re:minder (2022年4月10日). 2024年7月16日閲覧。
  4. ^"Austriancharts.at – Dschinghis Khan – Dschinghis Khan" (ドイツ語).Ö3 Austria Top 40.
  5. ^"Ultratop.be – Dschinghis Khan – Dschinghis Khan" (オランダ語).Ultratop 50.
  6. ^Pennanen, Timo (2021). “Dschinghis Khan” (Finnish). Sisältää hitin - 2. laitos Levyt ja esittäjät Suomen musiikkilistoilla 1.1.1960–30.6.2021. Helsinki: Kustannusosakeyhtiö Otava. p. 68. https://musiikkiarkisto.fi/oa/_tiedostot/julkaisut/sisaltaa-hitin.pdf#page=68 2022年6月21日閲覧。 
  7. ^"Norwegiancharts.com – Dschinghis Khan – Dschinghis Khan".VG-lista.
  8. ^"Swisscharts.com – Dschinghis Khan – Dschinghis Khan".Swiss Singles Chart.
  9. ^"Offiziellecharts.de – Dschinghis Khan – Dschinghis Khan".GfK Entertainment charts.
  10. ^Top 100 Single-Jahrescharts” (ドイツ語). Offizielle Deutsche Charts (1979年). 2021年10月29日閲覧。
  11. ^Bio” (フィンランド語). 2018年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月23日閲覧。
  12. ^「ジンギスカン」Berryz工房(ORICON STYLE)2013年12月12日閲覧。
  13. ^abジンギスカンだらけ('08年11月号)”. Rooftop (2008年11月1日). 2024年7月16日閲覧。
  14. ^公式サイトでもBerryz工房とは別名義で扱われており、Berryz工房のディスコグラフィには含まれない。
  15. ^ジンギスカンだらけ('08年11月号)、Rooftop、2008年11月1日。
  16. ^abボッサからメタルまで!ジンギスカン縛りコンピ”. 音楽ナタリー (2008年10月24日). 2024年7月16日閲覧。
  17. ^ジンギスカンだらけ”. ハロー!プロジェクト. 2024年7月16日閲覧。
  18. ^ULTRAS/成吉思汗(ジンギスカン)~ドイツへ行こう”. 2024年7月23日閲覧。
  19. ^Kramgoa låtar / Vikingarna” (スウェーデン語). 2024年7月23日閲覧。
  20. ^ジョージ・ラム - トピック.Ivan - Sin Amor (Aplauso (TVE)).YouTube. 2024年7月23日閲覧.
  21. ^German Classics: Dschinghis Khan - The Royal Sprites” (英語). 2024年7月23日閲覧。
  22. ^IvanOficialVEVO.Ivan - Sin Amor (Aplauso (TVE)).YouTube (スペイン語). 2024年7月23日閲覧.
  23. ^From Yoni’s Desk: The only Yiddish word I needed to know” (英語). 2024年7月23日閲覧。
  24. ^Uras Prodüksiyon.GRUP VİTAMİN - HAYRİYE [Official Music].YouTube. 2024年7月23日閲覧.
  25. ^GRUP VİTAMİN - Aşkın Gözyaşları” (英語). 2024年7月23日閲覧。
  26. ^成吉思汗(ジンギスカン)-ドイツへ行こう 【Copy Control CD】”. 2024年7月23日閲覧。
  27. ^ジンギスカンの曲に乗って踊ろう!応援しよう!新応援具「成吉思汗(ジンギスカン)バリン」発売!”. 2024年7月23日閲覧。
  28. ^仙台89ERS”. 2024年7月23日閲覧。
  29. ^“神村学園の進撃支えた「ジンギスカン」の美音 吹奏楽部も経験に感謝”. 朝日新聞デジタル. (2023年8月21日). https://www.asahi.com/articles/ASR8P6KPSR8NTLTB001.html 2024年7月23日閲覧。 
  30. ^【ドラマ】大ヒット青春ドラマ、ウォーターボーイズで利用された曲を一挙ご紹介!”. 2024年7月23日閲覧。
  31. ^ジンギスカン”. CDJournal. 2024年7月16日閲覧。

外部リンク

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ジンギスカン(Dschinghis Khan)
アルバム
シングル
関連人物
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