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ケメ子の歌

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(2017年7月)
「ケメ子の歌」
ザ・ダーツシングル
B面ブーケをそえて
リリース
規格シングルレコード
録音日本の旗日本
ジャンルポップス
レーベル日本コロムビア
作詞・作曲馬場祥弘
チャート最高順位
ザ・ダーツ シングル 年表
-ケメ子の歌
(1968年)
いつまでもスージー
(1968年)
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「ケメ子の唄」
ザ・ジャイアンツシングル
初出アルバム『アングラ・カーニバル』
B面豚のしっぽ
リリース
規格レコード
録音日本の旗日本
ジャンルポップス
レーベルビクターレコード
作詞・作曲馬場祥弘
チャート最高順位
ザ・ジャイアンツ シングル 年表
-ケメ子の唄
(1968年)
どうしても女に勝てなかった悲しい男の唄
(1968年)
テンプレートを表示

ケメ子の歌」(けめこのうた、ケメ子の唄、ミス・ケミッ子)は、作詞・作曲:馬場祥弘(小森豪人)、採譜・補作:浜口庫之助による楽曲。

編曲は、浜口庫之助(ザ・ダーツ盤)・寺岡真三 (ザ・ジャイアンツ盤)。

概要

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馬場祥弘によると、この曲の歌詞は自身が中学3年生のときのクラスメイトに捧げる詩として書き、『赤鶸』(あかひわ)という同人誌に発表したものが発端で、浪人時代、その詩に曲をつけて自ら歌っていたという[1]。そのクラスメイトのあだ名が「ケミッ子」であり(化学が得意だったのでケミカルをもじって付けたという)、「ケメ子」はもともとは「ケミッ子」だったという[1]

ザ・ダーツの浅井隆によると、1967年当時の京都で作者不詳の曲として流布していたという[2]。『朝日新聞be on saturday掲載の「サザエさんをさがして」では当初、浅井の証言を基に「本来のタイトルは『愛なんて』で、レコードになるまで3番の歌詞もなかった」と記載されたが、その後、本来のタイトルが「ミス・ケメッ子」〔ママ〕に、「馬場祥弘によると最初から3番の歌詞もあった」と訂正された[2]

ザ・ダーツ(「ケメ子の」、1968年2月1日発売、日本コロムビア)と、ザ・ジャイアンツ(「ケメ子の」、1968年1月25日発売、ビクターレコード)デビューシングルとして競作でシングル盤が発売。ザ・ダーツ盤がオリコンチャート2位(累計売上60万枚[3])、ザ・ジャイアンツ盤がオリコンチャート6位を記録した。当初から「本命盤」と表示して売り出したザ・ジャイアンツ盤に対し、ザ・ダーツ盤は後になってジャケットに「オリジナル盤」と表示している。

発売当時、日本コロムビア・ビクター・東芝の大手レコード会社3社による競作となり、その累計売上は、1969年時点で推定240万枚に達している[1]

レコード発売当時は、作者は不詳とされており、1968年2月9日の新聞紙上で馬場祥弘が自ら名乗り出た[1]。アート音楽出版社からの申請に基づく1969年3月〜4月の日本音楽著作権協会の審査により、「ケメ子の歌(唄)」が馬場が作詞・作曲した「ミス・ケミッ子」と同一曲であると判定[4]、同年6月、文化庁に馬場が著作権者として登録された[1]。曲に関しては、メロディーこそ基本的に同じだが、詞の細部やアレンジは双方で大きく異なっている。

ザ・ダーツの「ケメ子の歌」については、曲の最初の方で、ニール・セダカの曲「可愛いあの子英語版」(1962年、全米チャート第5位)の出だしのスキャットが使われている。

「ケメ子」は、フジテレビお笑いタッグマッチ』のボケ役回答者で売れた柳家小せん (4代目)が、同番組で使用して流行語となった[5]

ザ・ジャイアンツ版は1968年6月発売のオムニバス・アルバム『アングラ・カーニバル』にも収録されている。

収録曲

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ザ・ダーツ

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  1. ケメ子の歌 (KEMEKO NO UTA)
  2. ブーケをそえて (MEMORIES OF BOUQUET)
    • 作詞:堀井正次、作曲:土森勝則

ザ・ジャイアンツ

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  1. ケメ子の唄
  2. 豚のしっぽ
    • 作詞・作曲:浜口庫之助、編曲:寺岡真三

カバー

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本作が使用された作品

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  • ハロー!モーニング。』ハロモニ劇場『バスがくるまで』、『駅前交番物語』ほか
  • 九重佑三子主演『コメットさん』第55話『出たぞ!チビッコ・ギャング』
  • 2003年度下半期のNHK連続テレビ小説『てるてる家族』(NHK大阪放送局製作)の総集編第5回で、上野樹里が歌っていた。
  • 2008年放送のテレビアニメ『ケメコデラックス!』第5話の劇中歌として上述のケメコ役の斎藤千和のカバーを使用。
  • 当時『朝日新聞』朝刊に連載されていた『サザエさん』(1968年3月27日掲載話)の中でも、サザエとマスオが寿司屋に入り、サザエが「じゃあ、ケメコでね」と寿司屋の主にいう話があり、サザエの注文した握りの数が、この歌の通り出ている[2]

アンサーソング

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劇場版

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1968年3月16日に、ザ・ジャイアンツ盤をモチーフとした映画「ケメ子の唄」が松竹系にて公開された。白黒作品。ザ・ジャイアンツのメンバーも出演している。

スタッフ

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キャスト

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脚注

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  1. ^abcde小森豪人「『ケメ子の歌』始末記」『文藝春秋』1969年7月号、338-342頁。
  2. ^abc「サザエさんをさがして ケメ子 好きになれない大切な曲」『朝日新聞』2010年1月30日付、be on saturday、3面。(2010年2月13日付の同面に訂正あり)
  3. ^富澤一誠『フォーク名曲事典300曲〜「バラが咲いた」から「悪女」まで誕生秘話〜』ヤマハミュージックメディア、2007年、31頁。ISBN 978-4-636-82548-0
  4. ^『音楽年鑑 昭和45年版』音楽之友社、1970年、25頁。NDLJP:2526523/47
  5. ^『朝日新聞』2006年10月11日付夕刊、東京本社版、15面。柳家小せんの訃報記事
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