| グッドデザイン賞 | |
|---|---|
| 受賞対象 | 有形無形の全ての優れたデザイン[1] |
| 国 | |
| 主催 | 公益財団法人日本デザイン振興会 |
| 初回 | 1957年[2] |
| 公式サイト | www |
グッドデザイン賞(グッドデザインしょう、GOOD DESIGN AWARD)は、公益財団法人日本デザイン振興会の主催で、毎年デザインが優れた物事に贈られる賞であり、日本で唯一の総合的デザイン評価・推奨の仕組みである[1]。
工業製品からビジネスモデルやイベント活動など幅広い領域を対象とし、これまでの総受賞対象数は5万件以上にのぼる[1]。2024年(令和6年)の応募総数は5,773点であり[1]、毎年の授賞点数はおよそ700点から1,400点になる。デザイン盗用問題を背景に通商産業省(現・経済産業省)が1957年(昭和32年)に創設したグッドデザイン商品選定制度を前身とする[2]。この賞の受賞率は30%を越えており、第三者からの推奨ではなく当事者による出費を伴う応募製品の中から選定される賞である。

この賞は、生活や産業ひいては社会全体の発展を目的としているため、新しさや高度さ、価値観の創造や社会貢献などで評価を得る必要がある。地球環境などに特別に配慮したものには、サステナブルデザイン賞などの特別賞が用意されている。毎年、投票によって最も優れたものを決定し、投票数の最も多かった対象にグッドデザイン大賞が贈られる。
元々は審査員のみによる投票で選ばれていたが、2011年(平成23年)度より一般の投票も受け付けるようになった。グッドデザイン大賞は、2007年(平成19年)度より『内閣総理大臣賞』と位置付けられ、政府から授与される形式をとっているため、得票数が多くても日本国政府の承認が無ければ認められず、政府が授与を拒否すれば2013年(平成25年)度のように該当無しとなる場合もある[3]。
1次審査に応募するためには1万円が必要であり、それを通過すれば5万5千円の審査料も必要となる。2次審査を通過し、晴れて受賞となれば展覧会への出展で11万5千円、年鑑への掲載料が3万円と定められている(いずれも消費税別、2014年費用)[4]。
審査員はデザイナーや建築家などが務め、審査の中心となる2次審査は東京国際展示場で行う。また、審査終了後には会場をグッドデザイン・プレゼンテーション展示会として一般公開する。2006年(平成18年)には、3日半で学生や家族連れを含め約4万1000人が来場した[5]。
受賞率は約30%ほどであり、2005年(平成17年)の公式記録では3,010件の審査対象に対して、受賞数が1,158件となっている。特徴としては、特別賞や金賞が審査によって選ばれるのに対し、「大賞」は投票によって選ばれる。グッドデザイン大賞は、2005年(平成17年)度以降2010年(平成22年)度まではベスト15の中から選ばれ、大賞に漏れた場合は金賞となっていた。
社会全体の発展に対する活動の一環として、2007年(平成19年)度より受賞情報に対しクリエイティブ・コモンズを導入している。
2012年(平成24年)より、グッドデザイン賞の関連の賞として「明日を切り拓く力を持ったデザイン」および「未来を示唆するデザイン」として高く評価された物および人物に対して、グッドデザイン特別賞の位置付けである「グッドデザイン・ベスト100」が新設された[6]。
当初は審査員が自らデザインの優れた商品を探し集めていたが、1963年(昭和38年)には公募形式になり、受賞点数が初めて百点を越えた。また、当初は一部の工業製品のみが対象だったが、1984年(昭和59年)にはすべての工業製品が対象になり、受賞点数が初めて千点を越えた。その後も次第に枠を広げ、建築や公共分野など幅広い領域を取り扱うようになっていった。
| 年数 | 受賞者名 |
|---|---|
| 43年 | 富士フイルム |
| 42年 | ヤマハ発動機、ヤマハ、タニタ、アネックスツール |
| 41年 | オムロン、パナソニック |
| 35年 | ミサワホーム |
| 29年 | テルモ |
| 28年 | 山本光学 |
| 23年 | 野村不動産、ポラスグループ |
| 21年 | 三菱地所レジデンス |
日本商工会議所は1968年(昭和43年)にGマーク認知率調査を実施、認知率64%(東京・広島地区 / 678世帯)。1978年(昭和53年)には、Gマーク消費者認識度調査を実施。認知率66%(東京地区 / 376世帯)。
| 年度 | 受賞対象 | 企業 | プロデューサー・ディレクター・デザイナー |
|---|---|---|---|
| 1980年[8] | レコードプレーヤーSL-10 | 松下電器産業 (現・パナソニック) | 松下電器産業 (現・パナソニック) |
| 1981年[9] | カメラXA2 | オリンパス光学工業(現・オリンパス) | オリンパス光学工業 |
| エレクトロニックフラッシュ A11 | |||
| 1982年[10] | ビデオテープレコーダ HR-C3 | 日本ビクター | 日本ビクター |
| ビデオカメラ GZ-S3 | |||
| ビデオモニター TM-P3 | |||
| 1983年[11] | カメラT50 | キヤノン | キヤノン |
| 1984年[12] | 小型乗用車シビック 3ドアハッチバック | 本田技研工業 | 本田技術研究所 |
| 1985年[13] | ビデオモニターαTUBE TH28-DM03 | 松下電器産業 (現・パナソニック) | 松下電器産業 (現・パナソニック) |
| 1986年[14] | 平机 Trygon TJ-1-128他 | 稲葉製作所 | 稲葉製作所 |
| 移動式キャビネット Trygon TJ-C2 | |||
| 1987年[15] | オーバーヘッドプロジェクター OHP313R | リコー | リコー |
| 1988年[16] | 小型乗用車シルビア Q's | 日産自動車 | 日産自動車 |
| 1989年[17] | ビデオ付テレビカメラHandycam CCD-TR55 | ソニー | ソニー |
| 1990年[18] | パーソナルコンピュータNeXT MODシステム | NeXT Computer | frogdesignHartmut Esslinger |
| 1991年[19] | モジュラー型ステレオ Beosystem 2500 | Bang & Olufsen | Bang & Olufsen Lab |
| リモートコントローラー Beolink 5000 | |||
| 1992年[20] | 鉄道車両京王8000系 | 京王帝都電鉄 (現・京王電鉄) | 京王帝都電鉄 |
| 1993年[21] | パーソナルコンピュータThinkPad 710T | 日本アイ・ビー・エム | 日本アイ・ビー・エム |
| パーソナルコンピュータ PS/55 T22SX | |||
| パーソナルコンピュータThinkPad 220 | |||
| 1994年[22] | 普通乗用車Volvo850 Estate Series | Volvo Car | Lars Erik Lundin |
| 1995年[23] | スーパーコンピュータSX-4モデル32 | 日本電気 | NECデザイン |
| 1996年[24] | 工業化住宅 GENIUS 蔵のある家 | ミサワホーム | ミサワホーム |
| 1997年[25] | 金沢市民芸術村 | 金沢市 水野一郎 金沢計画研究所 | 水野一郎 金沢計画研究所 松本・斎藤建設工事JV 本田工務店 稲元工務店 |
| 1998年[26] | 自転車 トランジット T20SCX | ブリヂストンサイクル | ブリヂストンサイクル |
| 1999年[27] | エンタテインメントロボットAIBO ERS-110 | ソニー | 空山基 ソニーデジタルデザイン |
| 2000年[28] | 素材技術から出発した新しい商品デザインのあり方の提案 A-POC | 三宅デザイン事務所 | 三宅一生 藤原大 |
| 2001年[29] | せんだいメディアテーク | 伊東豊雄建築設計事務所 仙台市 | 伊東豊雄建築設計事務所 |
| 2002年[30] | モエレ沼公園 | 札幌市役所 | イサム・ノグチ イサム・ノグチ財団 ショージ・サダオ アーキテクトファイブ |
| 2003年[31] | 乗用車プリウス | トヨタ自動車 | トヨタ自動車 テクノアートリサーチ |
| 2004年[32] | こども向けテレビ番組 「ドレミノテレビ」 | 日本放送協会 | 日本放送協会 |
| こども向けテレビ番組 「にほんごであそぼ」 | 日本放送協会 | 日本放送協会 佐藤卓デザイン事務所 | |
| 2005年[33] | インスリン用注射針ナノパス33 | テルモ | テルモ |
| 2006年[34] | 軽乗用車i(アイ HAL(パワードスーツ) | 三菱自動車工業 | 三菱自動車工業 デザイン本部 |
| 2007年[35] | ニッケル・水素蓄電池eneloop universe products | 三洋電機 | 三洋電機 |
| 2008年[36] | 乗用車iQ | トヨタ自動車 | トヨタ自動車 |
| 2009年[37] | 岩見沢複合駅舎 | 北海道旅客鉄道 | ワークヴィジョンズ 岩見沢レンガプロジェクト事務局 |
| 2010年[38] | エアマルチプライアー | ダイソン | ジェームズ・ダイソン |
| 2011年[39] | 東日本大震災でのインターナビによる取り組み「通行実績情報マップ」 | 本田技研工業 | 本田技研工業 インターナビ事業室 |
| 2012年[40] | テレビ番組 「デザインあ」 | 日本放送協会 | 岡本健(佐藤卓デザイン事務所) 阿部洋介 (tha) 岡崎智弘 (swimming) ミズヒロ |
| 2013年[41] | 該当なし[3] | ||
| 2014年[42] | 産業用ロボット 「医療医薬用ロボット VS050 SII」 | デンソー デンソーウェーブ | 折笠弦(デンソー デザイン部) |
| 2015年[43] | パーソナルモビリティ 「WHILL Model A」 | WHILL | 杉江理(WHILL 共同創業者) |
| 2016年[44] | 世界地図図法「オーサグラフ世界地図」 | 慶応義塾大学 政策・メディア研究科 鳴川研究室 オーサグラフ株式会社 | 慶応義塾大学政策・メディア研究科 鳴川肇(オーサグラフ株式会社)・星鉄矢(株式会社ビーグルサイエンス) |
| 2017年[45] | カジュアル管楽器[Venova][46] | ヤマハ株式会社 | ヤマハ株式会社 デザイン研究所 川田学、勝又良宏 ヤマハ株式会社 デザイン研究所 辰巳恵三 |
| 2018年[47] | 貧困問題解決に向けてのお寺の活動 [ おてらおやつクラブ ] | 特定非営利活動法人おてらおやつクラブ | 特定非営利活動法人おてらおやつクラブ 松島靖朗 |
| 2019年[48] | 診断キット [結核迅速診断キット] | 富士フイルム | プロデューサー:富士フイルム株式会社 メディカルシステム事業部 ディレクター:富士フイルム株式会社 デザインセンター長 堀切和久 デザイナー:富士フイルム株式会社 デザインセンター 大野博利 池上彰彦 |
| 2020年[49] | WOTA BOX [自律分散型水循環システム] | WOTA株式会社 | プロデューサー:WOTA株式会社 前田瑶介 ディレクター:WOTA株式会社 山田諒、奥寺昇平 デザイナー:WOTA株式会社 竹村健司、江村祐美、株式会社346 三枝守仁、菅野秀 |
| 2021年[50] | 遠隔就労・来店が可能な分身ロボットカフェ [遠隔勤務来店が可能な「分身ロボットカフェDAWN ver.β」と分身ロボットOriHime(オリヒメ)] | オリィ研究所 | オリィ研究所 共同創設者 代表取締役CEO吉藤オリィ(プロデューサー) オリィ研究所 分身ロボットカフェプロジェクト プロジェクトマネジャー 鈴木メイザ(ディレクター) オヤマツデザインスタジオ デザイナー/代表取締役 親松実(デザイナー) |
| 2022年[51] | 地域で子ども達の成長を支える活動 [まほうのだがしやチロル堂] | アトリエe.f.t. 合同会社オフィスキャンプ 一般社団法人無限 | 吉田田タカシ 坂本大祐 株式会社コーバ(デザイナー) |
| 2023年[52] | 老人デイサービスセンター [52間の縁側] | 有限会社オールフォアワン 株式会社山﨑健太郎デザインワークショップ | プロデューサー:NPO法人わっか 宮本亜佳音 + ナノ・アソシエイツ 浅 雄一 デザイナー:山﨑健太郎デザインワークショップ 山﨑健太郎、中村健児 + 多田脩二構造設計事務所、多田脩二、深澤大樹 + 稲田ランドスケープデザイン事務所 稲田多喜夫 + ぼんぼり光環境計画 角舘まさひで、竹内俊雄 |
| 2024年[53] | 遊具研究プロジェクト [RESILIENCE PLAYGROUND プロジェクト] | 株式会社ジャクエツ | プロデューサー:株式会社ジャクエツ德本達郎 ディレクター:医師 / オレンジキッズケアラボ代表 紅谷浩之 デザイナー:株式会社ジャクエツ スペースデザイン開発課 田嶋宏行 |
グッドデザイン賞を受賞した製品等にはGマークを表示および刻印することができる。ただし、主催者保有の商標のため販促活動に使用する際には使用料が必要である。使用料は、企業・団体の規模や販売価格ごとの設定に応じた措置はあるものの、最低20万円を支払わなければPOPやパンフレットに使用することはできない(受賞発表後の1か月間を除く。受賞後10年目以降は無料[4])。
公式サイトに掲載された2020年(令和2年)の国内調査によると、Gマークの認知率は81.0%にのぼり、1億人以上の日本人に知られていることとなる[54][55]。また、61.5%の生活者がグッドデザイン受賞企業を「センスの良い企業」として購入時の選択に影響を受けていることもわかり、宣伝効果は高いようである[54]。さらに、商品の販売促進だけではなく、受賞した企業自体の社会的価値の向上にも寄与し、好イメージをもたらす効用もあり、企業と生活者とをつなぐコミュニケーションの役割を果たしている[54]。
なお、Gマークは1958年(昭和33年)に亀倉雄策によって描かれたものである[54]。