1930年代後半、アッティラ・ザ・フン(Attila the Hun)、ロアリング・ライオン(Roaring Lion)、ロード・インベーダー(Lord Invader)らがカリプソ歌手として世界中に知られるようになった。カリプソニアンの名前がこのように派手なものが多いのは、カリプソ・テントにおいて、自分がどれだけすごいかを誇示したり、相手をこき下ろしたりする過激な内容の歌詞で歌われたためだ。
1970年代半ば、女性はカリプソの男性志向の分野に参入した。カリプソ・ローズは、1977年のトリニダード・ロード・マーチ・コンペティションで「Gimme More Tempo」という曲で女性として初めて優勝した。翌年の「Come Leh We Jam」では、女性として初めての「Calypso King」コンペティションで優勝。コンペティションのタイトルは、彼女に敬意を表してカリプソモナークに変更された。カリプソのスタイルがよりダンサブルな傾向を増してきたのは、マイティ・スパロウの登場が大きく寄与している。一方で、第二次世界大戦で大量に放置されたドラム缶を用いたスティールパンが登場し、より大規模なスティール・バンドが活躍しはじめたのも時期を同じくしている。さらに1970年代には、ドラムマシンやシンセサイザーが導入された。これらの要因によって、1980年代のソカ(ソウルとカリプソを合わせた言葉)への道筋が作られた、と考えられる。