オホーツクは、北海道旅客鉄道(JR北海道)が札幌駅 -網走駅間を函館本線・宗谷本線・石北本線経由で運行する特別急行列車である。
本項では旭川駅 - 網走駅間で運行される特別快速列車大雪(たいせつ)、快速列車きたみ、その他石北本線で運行されていた優等列車およびそれを補完する速達列車の沿革についても記述する。
列車名は北海道北東部に広がるオホーツク海に由来する。日本国有鉄道・JRを通じ、唯一ロシア語を由来とする名称が愛称となっている列車である[注 2]。
愛称の初出は1959年(昭和34年)9月に旭川駅 - 網走駅間で運行を開始した準急列車で、1960年(昭和35年)7月に札幌発着に変更、1961年(昭和36年)10月のダイヤ改正で急行列車に格上げされて函館発着となった。1964年(昭和39年)10月の改正で札幌発着に戻されたが、1968年(昭和43年)10月の改正からは名寄本線経由(旭川駅 -遠軽駅 -興部駅 -名寄駅間)の急行列車として運行されるようになった。
現在の列車種別・運行経路となったのは、1972年(昭和47年)10月2日のことで、当時函館駅 - 網走駅間で運転されていた特急「おおとり」の補完として、札幌駅 - 網走駅間の急行「大雪」のうち1往復を特急列車(31D/32D)に格上げするにあたり、「オホーツク」の名称が転用された。当時北海道内の特急列車は青函連絡船との接続を重視して函館駅発着で設定されていた中にあって、函館駅を発着しない特急列車の設定は異例であった[注 3]。
これ以降、特急「オホーツク」は急行「大雪」の格上げおよび特急「おおとり」の札幌駅系統分割[注 4]によって増発され、ピークの1992年(平成4年)3月には昼行4往復・夜行1往復の5往復となった。
しかし、夜行便は2006年(平成18年)3月17日に定期運転を終了(臨時運行は2008年(平成20年)3月16日発まで運行)、2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正では4往復のうち日中の2往復を旭川駅で系統分割し[JR北 1]、以降時刻の変更はあるものの2往復の運転が続いている。
特別料金不要の特別快速列車であるが、停車駅は「オホーツク」とほぼ同一であり(後述)、「オホーツク」が運転されない時間帯を補完する。
列車名は北海道中央部にそびえる大雪山に由来し、石北本線系統の列車として断続的に起用が続いている。
愛称の初出は1951年(昭和26年)4月に函館駅 - 網走駅間(小樽駅経由)の夜行急行列車「大雪」(旭川駅 - 網走駅間は普通列車)である。1961年(昭和36年)10月までは函館駅 - 旭川駅間を小樽駅経由で結ぶ列車という性格が強く、石北本線への直通はたびたび廃止され、直通していた時期も石北本線内は普通列車扱いとなっていた。1961年(昭和36年)10月から1963年(昭和38年)6月までは運行区間が函館駅 - 札幌駅間(小樽駅経由)に短縮されていた。
1963年(昭和38年)6月からは札幌駅 - 網走駅間の気動車急行が「大雪」となり、以降石北本線系統の急行列車名として定着した。1968年(昭和43年)10月1日ダイヤ改正(ヨンサントオ)では、石北本線経由の急行の列車名をすべて「大雪」に統合したため、釧網本線を経て釧路駅へ直通する列車や夜行客車列車なども含む全6往復の体制となった。
その後は「オホーツク」への格上げ等により、1985年(昭和60年)3月14日には昼行の1・2号(旭川駅 -名寄駅 - 遠軽駅 - 名寄駅間、名寄本線経由)、夜行の3・4号(札幌駅 - 網走駅間)の2往復、翌1986年(昭和61年)11月には夜行1往復のみとなり、1992年(平成4年)3月14日ダイヤ改正で特急「オホーツク」の夜行便として編入されて41年に渡って起用された愛称の使用が一時終了した[2]。
再起用は25年後の2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正であった。この改正では「オホーツク」4往復のうち、日中の2往復を旭川駅で系統分割することとなり、このうち旭川駅 - 網走駅間に設定した特急列車が「大雪」となった[JR北 1]。しかし、利用が振るわないことから2021年(令和3年)3月13日ダイヤ改正以降、閑散期に曜日運休が設定されるようになり[JR北 2][JR北 3]、2025年(令和7年)3月15日のダイヤ改正で特急としては廃止され、代わって設定された毎日運行の特別快速列車2往復の愛称が「大雪」となった[JR北 4]。
「大雪」同様「オホーツク」を補完する役割を担うが、特別快速である「大雪」より停車駅が多いため快速列車として運転されている。
出自は現行の「大雪」と異なり、国鉄末期から臨時列車として日中の旭川駅 - 北見駅間に運転されていた急行「大雪」の臨時便を出自とし、並行する都市間バス「特急石北号」への対抗上、1988年(昭和63年)3月より停車駅などはそのまま、急行料金不要の特別快速列車と改めた際に、当時は夜行急行「大雪」1往復がまだ運転されていたため、別愛称の「きたみ」と名付けられたことが始まりである[3]。この列車は好評を博し、ほどなく毎日運転の臨時列車となり、同年11月3日のダイヤ改正で定期列車となった[4]。
以降停車駅の増加や通過駅の廃止により実質的に各駅停車となる区間が増えつづけ、2025年(令和7年)3月15日のダイヤ改正では北見駅 - 網走駅間の普通列車を吸収して運行区間が旭川駅 - 網走駅間となり、各駅停車区間が存在しない特別快速「大雪」との区別のため、種別を快速に変更した[JR北 4]。
2025年(令和7年)3月15日改正以降、特急「オホーツク」が札幌駅 - 網走駅間に1日2往復運転され、それを補完する形で旭川駅 - 網走駅間に特別快速「大雪」が1日2往復、快速「きたみ」が1往復運転されている[JR北 4]。「大雪」「きたみ」は旭川駅で特急「カムイ」「ライラック」と接続して札幌方面へのアクセスを確保している。
列車番号は「オホーツク」が70D+号数[5][注 5]、「大雪」が3591 - 3594D、「きたみ」が3583D・3582Dである。
いずれも括弧書きの駅は一部列車のみ停車する。停車駅の変遷は後節も参照。
札幌駅 -岩見沢駅 - (美唄駅) - (砂川駅) -滝川駅 -深川駅 -旭川駅 -上川駅 -白滝駅 -丸瀬布駅 -遠軽駅 -生田原駅 -留辺蘂駅 -北見駅 -美幌駅 -女満別駅 -網走駅
- 2号(72D)のみ美唄駅・砂川駅を通過する。
- かつて運行されていた夜行便は江別駅・当麻駅にも停車した。
旭川駅 -上川駅 -白滝駅 -丸瀬布駅 - (瀬戸瀬駅) -遠軽駅 -生田原駅 -留辺蘂駅 -北見駅 -美幌駅 -女満別駅 -網走駅
- 基本的に「オホーツク」と同一の停車駅であるが、夜間の上り1本(3594D)のみ瀬戸瀬駅に停車して普通列車を代替する。
旭川駅 -(下り列車のみこの間の各駅に停車) -当麻駅 -上川駅 -白滝駅 -丸瀬布駅 -遠軽駅 -安国駅 -生田原駅 -留辺蘂駅 - (この間は各駅に停車)-網走駅
- もともと旭川駅 - 北見駅間で運行され、停車駅は現行の特急列車に準じていたが、通過駅の廃止や一部区間の各駅停車化によって、現在では上川以東の通過駅は瀬戸瀬駅と西留辺蘂駅のみとなっている。後から延伸された北見駅 - 網走駅間も、削減された普通列車を代替するため全駅に停車している。
- 当麻駅は2006年(平成18年)改正で停車を開始した[JR北 5][JR北 6]。
- 下り網走行(3583D)のみ、旭川駅 - 当麻駅間も各駅停車となっている。これは2019年(平成31年)3月16日に先行の当麻行き普通列車が削減され統合が行われたためである[JR北 7][6][注 6]。
2025年3月15日現在の編成図| オホーツク・大雪・きたみ |
← 遠軽 札幌・旭川・網走 → |
|
- 凡例
- 指=普通車指定席
- ()=バリアフリー対応車
- 自=普通車自由席
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「オホーツク」は苗穂運転所に所属するキハ283系気動車を使用している[JR北 8]。3両編成での運転を基本とし、繁忙期には最大5両編成まで増結される[7]。グリーン車は連結しない(詳細は後述)[JR北 8]。
「大雪」「きたみ」はH100形の2両編成が所定であり、ワンマン運転を実施している。
かつてはキハ54形気動車、またはキハ150形気動車1両を充当していた。
キハ183系がオホーツク・大雪にて、現役で運用されていた年である2020年には(令和2年)10月24日・25日の運用で、キハ261系5000番台「はまなす編成」のデビューと北海道鉄道140周年記念に伴い、「オホーツク」1号と「大雪」4号に同車が運用に充当された[JR北 9]。指定席3両、自由席1両で運用され、1号車はフリースペースのはまなすラウンジ(特急オホーツク1号運用時は遠軽駅 - 網走駅間はダイニングカープランの予約客のみ利用可能)、2 - 4号車は普通指定席、5号車は普通自由席であった[JR北 9]。
2021年(令和3年)5月15日・16日には、キハ261系5000番台「ラベンダー編成」のデビューに伴い、「オホーツク」1号と「大雪」4号に対し、北海道推進のキャッチコピー「HOKKAIDO LOVE!」を掲げ、同車を使用した「HOKKAIDO LOVE! オホーツク」1号と「HOKKAIDO LOVE! 大雪4号」が運行された[JR北 10][JR北 11]。指定席3両、自由席1両で運転され、1号車はフリースペース、2 - 4号車は普通指定席、5号車は普通自由席であった[JR北 11]。2022年(令和4年)1月18日から2月26日にかけて、一部のオホーツク・大雪にキハ261系5000番台「ラベンダー編成」が充当された。このほか、キハ283系の代走として不定期に充当されることがある[8]。
2023年3月17日まではキハ183系気動車が使用されていた。長らく基本番台を中心とする初期型の車両およびその改造車を中心に運転されており、3号車にはグリーン席・普通席合造車のキロハ182形が充当された[注 7]。2009年(平成21年)10月1日以降は「とかち」から捻出された後期型の車両(500・1500番台と550・1550番台およびその改造車、いわゆるN・NN183系)が投入されるようになり、2018年(平成30年)には初期型は運用を終了した。長らく4両編成での運転を基本としており、末期は2号車がグリーン車指定席、1号車と3号車1番 - 9番(旭川駅基準で遠軽方に当たる客室内半分)が指定席、そのほかは普通車自由席であった。
キハ80系特急「オホーツク」(1986年)
初期型のキハ183系による特急「オホーツク」(1985年8月)
先頭車がキハ183系900番台の「オホーツク」(1990年)
先頭車がキハ183系100番台の「オホーツク」(1990年)
先頭車がキハ183系500番台の「オホーツク」(1990年)
「オホーツク」に連結されていた14系寝台車(2008年)
3号車にキロ182-9が充当され、2号車と3号車の間に増結3号車(普通車)が連結された編成
(函館本線美唄 - 光珠内間)
先頭車がキハ183系100番台の「オホーツク」(2009年)
後期型のキハ183系による特急「オホーツク」(2022年9月)
運行中に車両不具合などが発生し車両を修理する際、折り返し列車や翌日の列車に同型の車両が用意できない場合、列車を運休し、同区間・同停車駅で臨時列車(普通列車)を運転することがある[新聞 1][新聞 2]。車両は同線の普通列車用の車両であるH100形が使用される。かつてはキハ40系やキハ54系も使用されていた。
「流氷特急オホーツクの風」に使用されていた「ノースレインボーエクスプレス」(2012年2月)冬季の流氷観光シーズンには、2015年までリゾート車両による臨時特急「オホーツク流氷」、「流氷特急オホーツクの風」などが札幌駅 - 網走駅間で1往復運行されていた。車両は苗穂運転所に所属するキハ183系5200番台「ノースレインボーエクスプレス」が使用され、同編成が検査に入った場合にはオホーツク用の183系気動車が充当された。停車駅は「オホーツク」と同じ。
1964年(昭和39年)10月のダイヤ改正で旭川駅 -網走駅間の準急列車として登場。1966年(昭和41年)3月に急行列車に格上げされ、1968年(昭和43年)10月に「大雪」に統合される形で列車名は消滅した。1990年(平成2年)9月に登場した遠軽駅 - 網走駅間の快速列車として列車名が復活するも、1995年(平成7年)3月に列車は廃止された。列車名は目的地である旧網走支庁や網走市が由来となっている。
1964年(昭和39年)10月に函館駅 - 網走駅・釧路駅間(滝川駅で分割併合)の特急列車として登場。1970年(昭和45年)10月からは釧路駅発着編成を特急「おおぞら」に分離し、函館駅 - 網走駅間単独の運行となる。1988年(昭和63年)3月のダイヤ改正で札幌駅 - 網走駅間が「オホーツク」、函館駅 - 札幌駅間が「北斗」に分割されて列車名は消滅した。登場から廃止まで1日1往復体制を維持し続けた。「オホーツク」とともに在来線昼行列車では、最後まで食堂車を営業していた列車として鉄道史にその名を残している[9]。列車名の由来は、いわゆる鳳凰など架空の大きい鳥類を意味する言葉であり、列車愛称の制定時に存在した「特別急行列車は鳥類にちなむ」という国鉄の規定による。なお、「おおぞら」に続く北海道内第二の特別急行列車であり、「雄大さ」という点は共通するものの、当初は東京駅 - 名古屋駅間特別急行列車の列車名に用いられていた。そのため、列車名としては2代目である。なお、東京駅 - 名古屋駅間の特急「おおとり」は1964年(昭和39年)10月の東海道新幹線開業を受けて廃止されているため、「おおとり」の列車名は一夜にして東海道から北海道へ引き継がれたことになる。
1958年(昭和33年)10月、函館駅 - 網走駅間(小樽駅経由、函館駅 - 札幌駅間および北見駅 - 網走駅間は普通列車[10])の夜行準急列車に命名された。前身となる夜行準急列車(503・504列車)は1949年(昭和24年)9月から運行されていたものである。「大雪」およびその前身となる急行列車は石北本線内では普通列車として運行されていたため、503・504列車が石北本線初の優等列車である。1961年(昭和36年)10月に運行区間が札幌駅 - 網走駅間に変更される[10][注 8]。1966年(昭和41年)3月に急行への格上げとともに函館駅乗り入れが復活(小樽駅経由、函館駅 - 札幌駅間は普通列車)。1968年(昭和43年)10月に「大雪」に統合されて列車名は消滅したが、「石北」に始まる石北本線系統夜行列車は急行「大雪」、特急「オホーツク」へと引き継がれ、2006年(平成18年)3月まで存続した。列車名は経由路線である石北本線にちなんだもので、沿線地域の旧国名「石狩国」と「北見国」が由来となっている。
1962年(昭和37年)5月に興部駅 - 網走駅間の準急列車(名寄本線・石北本線経由)として登場。1966年(昭和41年)3月に急行への格上げと同時に網走行き列車が名寄駅発に延長(名寄駅 - 興部駅間は普通列車)。1980年(昭和55年)10月に廃止。列車名は網走市内にそびえる天都山が由来となっている。
函館駅 - 網走駅間(小樽駅経由、北見駅 - 網走駅間は普通列車)の夜行準急列車(509・510列車)に命名されたのが始まりである。1961年(昭和36年)10月に札幌駅 - 網走駅間1往復、旭川駅 - 網走駅間1往復の急行列車に変更される。1962年(昭和37年)5月に旭川駅発着列車が札幌駅発着となり、札幌駅 - 網走駅間2往復体制となる。1963年(昭和38年)6月に小樽駅 - 網走駅間1往復となり、1968年(昭和43年)10月には「大雪」に統合されて列車名は消滅した。列車名は本州中部以北の海岸に自生するバラ科の落葉低木「ハマナス」が由来となっている。なお、この名称はのちに青森駅 - 札幌駅間を結ぶ夜行急行列車の愛称として使用された。こちらの列車についてははまなす (列車)を参照のこと。
かつて、土曜・休日に旭川駅 - 北見駅間を1日1往復運転していた臨時快速列車。季節臨時特急「オホーツク81・82号」(札幌駅 - 網走駅)のダイヤを流用し、運転がない日の土休日に運転した[11][12]。
キハ150形気動車によって運転されていた[13]。1994年(平成6年)時点での停車駅は以下の通り[12]。
旭川駅 -上川駅 -遠軽駅 -生田原駅 -留辺蘂駅 -北見駅
- 1949年(昭和24年)9月:函館駅 -旭川駅間の夜行急行列車である1・2列車の運行区間を石北本線網走駅まで延長。旭川駅以東は普通列車とした[14]。また、函館駅 - 網走駅間に夜行準急列車503・504列車が運行開始。この503・504列車は当初夜行区間となる札幌駅 -北見駅のみが準急列車として運行された(石北本線初の優等列車)。
- 1951年(昭和26年)4月1日:1・2列車に「大雪」(たいせつ)の列車愛称が与えられる[15]。
- 1955年(昭和30年)6月:函館駅 - 網走駅間(小樽駅経由、北見駅 - 網走駅間は普通列車)を運行する夜行準急列車が運行開始(509・510列車)。これに伴い、「大雪」は旭川駅 - 網走駅間を分離し、函館駅 - 旭川駅間の運行になる。
- 1956年(昭和31年)11月:「大雪」の運行区間を再び函館駅 - 網走駅間に変更。ただし、石北本線内は普通列車として運行。
- 1958年(昭和33年)10月:503・504列車に「石北(せきほく)」、509・510列車に「はまなす」の列車名を与える。
- 1959年(昭和34年)9月22日:旭川駅 - 網走駅間で準急「オホーツク」が運行開始[16]。「大雪」の旭川駅以東乗り入れを廃止。
- 1960年(昭和35年)7月1日:「オホーツク」が札幌駅発着になる。なお、札幌駅 - 旭川駅間は稚内駅発着の「宗谷」と併結していた[16]。
- 1961年(昭和36年)10月:ダイヤ改正により以下のように変更。
- 「オホーツク」が函館駅発着の急行列車に変更。根室本線に直通する釧路駅発着の「摩周」と、宗谷本線に直通する稚内駅発着の「宗谷」も連結し、3階建て列車になる[16]。
- 「はまなす」を札幌駅 - 網走駅間1往復、旭川駅 - 網走駅間1往復の急行列車に変更。なお、札幌駅 - 滝川駅間は根室本線経由で釧路行きの「狩勝」、札幌駅 - 旭川駅間は天北線経由で稚内行きの「天北」と併結運行していた。
- 「石北」の始発駅を函館駅から札幌駅に変更。下りは札幌駅で分割され、函館駅 - 札幌駅間は独立した普通列車(123レ)となった[10]。上りの札幌駅 - 函館駅間は「石北」から普通列車(124レ)に変更されて函館駅に直通する[10]。
- 1962年(昭和37年)5月:「はまなす」の旭川駅発着列車を札幌駅発着に延長。2往復とも札幌駅発着の単独運行になる。
- 1963年(昭和38年)6月:「はまなす」の1往復を小樽駅発着とし、札幌駅発着の1往復を「大雪」(たいせつ)に変更。
- 1964年(昭和39年)10月1日:ダイヤ改正に伴い、以下のように変更される。
- 函館駅 - 網走駅間で特急「おおとり」が運行開始。キハ82系(キハ80系)5両(「おおぞら」の網走駅発着編成)による運転であった[17][10][18][注 9]。全車指定席。最高速度100 km/hで函館駅 - 網走駅間を10時間35分で結んだ。途中停車駅は洞爺駅、東室蘭駅、登別駅、苫小牧、札幌駅、岩見沢駅、滝川駅、富良野駅、帯広駅、池田駅(以上釧路編成)、および旭川駅、上川駅、遠軽駅、北見駅(以上網走編成)であった。
- 急行「オホーツク」は札幌駅発着となり[16]、札幌駅 - 深川駅間は「はぼろ」、札幌駅 - 旭川駅間は「紋別」を併結。
- 旭川駅 - 網走駅間で準急「あばしり」が運行開始。
- 1965年(昭和40年)10月1日:「石北」の下り列車始発駅を函館駅に変更(函館駅 - 札幌駅間は普通列車)[10][注 10]。
- 1966年(昭和41年)3月:準急列車制度廃止に伴い、「あばしり」・「石北」が急行列車に変更。
- 1968年(昭和43年)10月1日:ダイヤ改正に伴い、石北本線経由の急行「大雪」・「石北」・「あばしり」・「はまなす」・「オホーツク」が「大雪」に統合。「オホーツク」は名寄本線経由(旭川駅 - 遠軽駅 - 興部駅 - 名寄駅間)の急行列車(興部駅 - 名寄駅間は普通列車)になる。
- 1970年(昭和45年)10月1日:ダイヤ改正により次のように変更。
- 「おおとり」の釧路駅発着編成を「おおぞら」に分離し、函館駅 - 網走駅間の単独運転になる[17]。キハ82系6両編成で食堂車は連結されていない[18]。
- 急行「オホーツク」の名寄本線内は普通列車となる。
キハ80系特急「おおとり」(1986年)
14系急行「大雪」(1986年)- 1972年(昭和47年)
- 3月15日:「おおとり」(15D/16D)に食堂車を連結開始[19][18]。
- 10月2日:「オホーツク」を札幌駅 - 網走駅間の特急列車へ変更(31D/32D)。北海道内では函館駅を発着しない初の特急列車となる[9][20][21]。食堂車を連結したキハ82系7両による運転であった[新聞 3]。ヘッドマークはこの「オホーツク」のみ赤字で描かれた。旧「オホーツク」は「大雪」に編入し、名寄駅 - 遠軽駅間を普通列車として運行。なお、函館駅 - 旭川駅間を小樽経由で運転する「北海」が、多客期において網走駅までの延長運転も設定された[20]。
- 1978年(昭和53年)10月2日:「おおとり」のほか、「おおぞら」や「北斗」に自由席を設定する[19]。
- 1980年(昭和55年)10月1日:旭川発釧路行きと網走発旭川行きの「大雪」1往復が廃止。網走駅 - 釧路駅間は「しれとこ」に編入。
- 1981年(昭和56年)10月1日:札幌駅 - 釧路駅間(釧網本線経由)の「大雪」1往復が廃止され、「オホーツク」に格上げ[22]、「オホーツク」は2往復体制となる。網走駅 - 釧路駅間は「しれとこ」に変更。
- 1982年(昭和57年)
- 1984年(昭和59年):地上設備の改良工事が行なわれ、車両の改良と相まって「オホーツク」において、5分程度の所要時間短縮が図られた[24]。
- 1985年(昭和60年)3月14日:「大雪」の1往復が「オホーツク」に格上げ[23][22]。「オホーツク」は3往復体制となる。昇格分の「オホーツク」5・2号は、「おおとり」の間合いの都合により、食堂車を連結したキハ82系で運転された。食堂車付きのこの編成は好評を博した[25]。「大雪」は名寄本線経由の1・2号、夜行の3・4号の2往復となる。
キハ80系末期のおおとり| おおとり |
← 函館・遠軽 札幌・網走 → |
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |  | | |  | | | | | | | 自 | 自 | 自 | 指 | G | 食 | 指 | 指 | 指 |
|
- 札幌駅と遠軽駅で進行方向が変わる
- 3号車は日によって指定席となっていた。
- 指定席車の増結は当時の定期列車と同様の措置だった。
- 8号車・9号車は函館 - 北見間のみの連結。
- 凡例
- G=グリーン車座席指定席
- 食=食堂車
- 指=普通車座席指定席
- 自=普通車自由席
|
- 1986年(昭和61年)
- 9月14日:夜行列車「大雪」の3段寝台が2段化される[新聞 4]。
- 10月31日:翌日のダイヤ改正を控え、「オホーツク5号」が車両運用の都合により、一足早くキハ183系で運転される[26]。
- 11月1日:国鉄最後のダイヤ改正に伴い、以下のように変更。
- 夜行列車を除く「大雪」が「オホーツク」に格上げされ、「大雪」は夜行列車のみになる[27]。
- 「おおとり」がキハ183系7両編成に変更。同時に「おおとり」「オホーツク」の食堂車連結が終了[28][9]。
- 使用車両に新キハ183系(N183系)が初めて投入された。
- 札幌駅 - 旭川駅間が従来の100 km/hから120 km/hに引き上げられた[29][注 11]。「おおとり」は函館駅 - 網走駅間において、所要時間は9時間21分(上り)で、車両性能の向上に伴ない[25][注 12]、前年と比較して58分もの大幅な短縮が図られた。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により各列車をJR北海道に引き継ぎ。
特別快速「きたみ」当初はヘッドマーク付で、3両での運転も行われた(1988年6月)1988年(昭和63年)- 3月13日:青函トンネル開通に伴う大幅なダイヤ改正に伴い次のように変更。
- 「おおとり」を札幌駅を境に系統分割され、函館駅 - 札幌駅間を「北斗」として分離、「オホーツク」が4往復体制となる。
- 臨時列車[注 13]として特別快速「きたみ」を設定(3月19日から同年4月4日までの期間)[3]。乗客数によっては1988年(昭和63年)夏以降に定期列車化も検討するとしていた[31]。
- 4月22日:臨時特別快速「きたみ」のゴールデンウィーク期間の運行開始予定を1週間前倒し、旭川発は同日より、北見発は4月23日より再運行。臨時列車としての扱いながら毎日運転となる。
- 特別快速化後最初の運行期間の乗車人員が130人の定員に対し、平均約100人と好調であった。そのため予定より早く、同年4月22日から毎日運転となっている[31]。
- 当初はキハ54形のうち、502 - 504を専用車として2両編成で使用した[31]。「ペパーミントシティ北見」のマスコット「ミントくん」(ハッカの葉を咥えたエゾリス)をデザインしたヘッドマークも掲げられていた。
- 8月15日:北見駅での臨時特別快速「きたみ」の乗降客が1万人を突破[32]。
- 11月3日:同日のダイヤ改正で次のように変更。
- 石北本線新旭川駅 - 上川駅間の、東旭川駅・桜岡駅・当麻駅・伊香牛駅・安足間駅で地上設備の改良工事がこの日までに行なわれた[注 14]。これにより駅構内の通過速度が向上し、「オホーツク」の旭川駅 - 網走駅間にて最大7分の所要時間短縮が図られた[33]。また、札幌駅 - 旭川駅間の軌道改良も同時に実施され、優等列車の速度向上が図られた。
- 特別快速「きたみ」定期列車に変更[4]。企画乗車券「特別快速きたみクーポン」を発売開始[34][注 15]。
- 1989年(平成元年)6月10日 - 10月10日[35]・1990年(平成2年):札幌駅 - 北見駅間でキハ59系の臨時特急「ペパーミントエクスプレス」運行[35]。
- 1990年(平成2年)9月1日:遠軽駅 - 網走駅間で快速「あばしり」が運行開始。
- 1992年(平成4年)
- 3月14日:夜行急行列車「大雪」を「オホーツク」9・10号に編入[2]、「大雪」が廃止される。この夜行の「オホーツク」は昼行の「オホーツク」4両編成にB寝台車(スハネフ14形)が中央に組み込まれた5両編成で[36]、全国初の特急型気動車に客車寝台車を混結した列車であった[36][注 16]。需要があるからではなく動力を確保するためではあるが、夜行の「おおぞら」とは異なりグリーン車も連結していた[9]。最高速度は客車寝台車組み込みの183系の場合、速度の遅い客車寝台車に合わせた95 km/hとなるが、石北本線内では75 km/hに引き下げられる[30]。
- 9月28日:キハ82系を使用したさよなら団体列車「さよならキハ80『6変化の旅』」を運転、美幌駅から旭川駅では「オホーツク」、アンカーである旭川駅 - 札幌駅間では「おおとり」のヘッドマークを揚げて最後の力走を見せた[22][25]。
- 1995年(平成7年)3月16日:同日のダイヤ改正で次のように変更。
- 快速「あばしり」廃止。
- 特別快速「きたみ」は運行時間の近接する遠軽駅 - 北見駅間の普通列車を吸収する形で、同駅間の生野駅を除く各駅に停車開始(当時は西留辺蘂駅は未開業)。所要時間を約20分延長。
- 1996年(平成8年)5月18日 - 8月9日:函館本線納内駅 -伊納駅間の神居トンネル内の軌道修繕工事のため、同日発車の下り夜行「オホーツク9号」の滝川駅 - 旭川駅間を根室本線及び富良野線に迂回運行、網走駅到着が大幅繰り下げとなった。通過する深川駅の利用者は列車代行バスで輸送[37][38]。なお上り夜行「オホーツク10号」は迂回運行せず、旭川駅前後の時刻繰り下げて対応したため、札幌駅到着は所定時刻であった[37]。
- 1998年(平成10年):臨時列車「オホーツク流氷号」・「オホーツク夏休み号」が運行開始。
2006年3月18日以降の9・10号編成図| オホーツク |
← 遠軽 札幌・網走 → |
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- 全車両禁煙
- 指定席車の増結は当時の定期列車と同様の措置だった。
- 自由席車の増結は基本編成で2両連結されるため行われなかった。
- 凡例
- G=グリーン車座席指定席
- B=B寝台
- 指=普通車座席指定席
- 自=普通車自由席
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- 2015年(平成27年)
- 2016年(平成28年)
- 3月26日:ダイヤ改正に伴い次のように変更。
- 11月8日:遠軽駅構内で、札幌発網走行きの特急「オホーツク7号」が進行方向を変える際、運転席にある運転方向を示す表示灯が点灯しないトラブルが発生。列車は同駅で運転を打ち切り、乗客は臨時列車に乗り換えて網走駅まで向かった。翌9日は折り返しの特急「オホーツク4号」を運休し、代替として網走発旭川行きの臨時列車を運転した[新聞 7]。
- 2017年(平成29年)
- 3月4日:ダイヤ改正により以下の運用に変更[JR北 1]。
- 札幌駅 - 網走駅間の特急「オホーツク」4往復を次のように変更。
- 日中運転の2往復(旧:下り3・5号、上り4・6号)の運転区間を旭川駅 - 網走駅間に短縮し[新聞 8][新聞 9]、愛称を「大雪」(1 - 4号、列車番号81D - 84D)に変更[新聞 10]。全列車札幌駅 - 旭川駅間の特急「ライラック」と同一ホームで接続[新聞 9]。
- 残存する「オホーツク」の号数と列車番号を整理(1 - 4号、列車番号71D - 74D)
- 「オホーツク2号」は砂川駅・美唄駅を再び通過とする。
- 札幌駅 - 網走駅間の特急列車を旭川駅で途中下車せずに乗り継ぐ場合に限り、通しの料金で乗車できる乗り継ぎ料金制度を設ける。
- 4月1日:同年9月30日までの予定で毎週金・土・日曜日の夜間に「きたみ」と同一の区間を走行する下り臨時快速 8585D(愛称なし)の運行を開始[JR北 24]。運転期間はその後随時延長[JR北 25][JR北 26][JR北 27][JR北 28]。
- 利用促進目的での増発であった[42]。上川以東の下り最終列車となる、特急「オホーツク3号」(札幌発17:30)の1時間後(18:30)に札幌駅を発車する特急「ライラック35号」から旭川駅で接続するダイヤとしており、丸瀬布駅 - 北見駅間の各停車駅からの札幌方面滞在時間を拡大した。
- 停車駅:旭川駅 → 当麻駅 → 上川駅 → 丸瀬布駅 → 遠軽駅 → 留辺蘂駅 → 東相内駅 → 西北見駅 → 北見駅
- 2017年(平成29年)12月16日 - 2018年(平成30年)2月4日:特急「オホーツク1号」の遠軽駅 - 網走駅間、特急「大雪4号」の遠軽駅 - 美幌駅間にて、年末年始を除く土曜・日曜・祝日限定で、沿線自治体などによる特産品販売を実施[JR北 29]。
- 2020年(令和2年)
- 2021年(令和3年)
- 3月13日:ダイヤ改正により、以下の運用に変更[JR北 2][JR北 3][6][47]。
- 「大雪」全便を定期列車から閑散期(4・5・10・11月)の火・水・木曜運休に変更。
- これに伴い「大雪」の列車番号を80D+号数から6080D+号数に変更された。
- この時点でJR北海道は利用客が回復してくれば、地元自治体と協議しながら運休を取りやめるか判断するとしていた[48]。
- 「オホーツク1号」を丸瀬布駅、「オホーツク4号」を白滝駅に新規停車。
- 「きたみ」は通過していた北日ノ出駅が廃止されたことで、下り列車の旭川駅 - 当麻駅間が完全に各駅停車となる。また、通過していた生野駅が廃止となり、上川駅 - 北見駅間の通過駅が瀬戸瀬駅・西留辺蘂駅のみとなった。
- 5月15日・5月16日:北海道推進のキャッチコピー「HOKKAIDO LOVE!」を掲げて、キハ261系5000番台「ラベンダー」編成が「オホーツク1号」と「大雪4号」の運用に充当し、「HOKKAIDO LOVE! オホーツク1号」および「HOKKAIDO LOVE! 大雪4号」として運転[JR北 10][JR北 11]。
- 2022年(令和4年)
キハ283系による特急「大雪」2023年(令和5年)- 3月18日:同日のダイヤ改正より次の通り変更[JR北 8]。
- 「オホーツク」「大雪」全便をキハ283系に置き換え。
- グリーン車の連結を取りやめ、基本編成を全車普通車の指定席2両、自由席1両の3両編成で運転。
- 置き換えに伴い、札幌駅 - 網走駅間にて平均2分(最大5分)、旭川駅 - 網走駅間にて平均4分(最大7分)所要時間を短縮。
- 4月9日:キハ183系のさよなら運転を実施、札幌駅 - 網走駅間を臨時列車「キハ183系オホーツク」として1往復(復路は翌日)運行された[JR北 52]。途中停車駅は旭川駅、遠軽駅、北見駅で、ヘッドマークは流氷が描かれた往時のデザインが使用された。キハ183系5両編成[注 20]で、グリーン車は前例のない3両連結となり、3月25日の「キハ183系北斗」から始まるキハ183系のラストランの大トリを締めくくった[JR北 52]。なお、「おおとり」は既述の通りN183系で運転された実績はあったが、今回のラストランでリバイバル運転とはならなかった。
- 2024年(令和6年)3月16日:同日のダイヤ改正で「きたみ」にH100形気動車を投入(石北本線の全普通列車と同様)、併せて編成を1両編成から2両編成に変更[JR北 53]。
- 2025年(令和7年)
- 3月15日:ダイヤ改正により次のように変更[JR北 4][50]。なお、この改正ではかつての夜行「オホーツク」の札幌駅 - 旭川駅間の代替列車の流れを汲む特急「カムイ47号」「ライラック2号」の運転が終了している。
- 特急「大雪」全便の運転を終了。
- 旭川駅での石北本線方面への特急料金の通算制度廃止。
- 下り「オホーツク3号」は札幌駅発車を17時台から15時台に約2時間繰り上げ、旭川駅以遠は旧「大雪3号」の時間帯に運転。
- 上り「オホーツク2号」は網走駅発車を5時台後半から6時台後半へ約1時間繰り下げ。網走駅 - 遠軽駅間は代替として網走駅5時台に普通列車遠軽行を新設[注 21]。
- 上り「オホーツク4号」は網走駅発車を17時台から15時台に約2時間繰り上げ、旭川駅までは旧「大雪4号」の時間帯に運転。
- 旧「大雪1号」「大雪2号」「オホーツク3号」「オホーツク4号」の石北本線内の代替として、旭川駅 - 網走駅間で同時間帯にH100形2両編成・全車自由席の特別快速「大雪」(号数なし、3591D~3594D、2往復、毎日運転)を新設。全列車旭川駅で特急「ライラック」と接続。
- 特急「オホーツク」、特別快速「大雪」は旭川駅 - 網走駅間の基本停車駅を統一し、白滝駅・丸瀬布駅通過便が消滅。ただし、上り「大雪」のうち夜間の1本(3594D)は普通列車削減の代替として瀬戸瀬駅に追加で停車。
- 特別快速「きたみ」(3583D/3582D)は普通列車削減の代替として運転区間を網走駅まで延長(北見駅 - 網走駅間は各駅停車)して、快速「きたみ」となる。旭川駅 - 北見駅間は停車駅変更なし。
- 12月11日:同日より特別快速「大雪」にH100形座席改良改造車(着席定員増加・座り心地改善)を順次投入[51]。
- 2026年(令和8年)3月14日:特急「オホーツク」が全車指定席となる予定[52][53]。
「オホーツク」「大雪」は、北海道旅客鉄道が商標として登録している[54][55]。
オホーツク| 登録項目等 | 内容等 |
|---|
| 商標 | オホーツク |
| 称呼 | オホーツク |
| 出願番号 | 商願平04-270860 |
| 出願日 | 1992年(平成4年)9月29日 |
| 登録番号 | 第3124808号 |
| 登録日 | 1996年(平成8年)2月29日 |
| 権利者 | 北海道旅客鉄道株式会社 |
| 役務等区分 | 39類(旅客車による輸送) |
大雪| 登録項目等 | 内容等 |
|---|
| 商標 | 大雪 |
| 称呼 | オーユキ,タイセツ,ダイセツ |
| 出願番号 | 商願2016-139821 |
| 出願日 | 2016年(平成28年)12月13日 |
| 登録番号 | 第5948545号 |
| 登録日 | 2017年(平成29年)5月19日 |
| 権利者 | 北海道旅客鉄道株式会社 |
| 役務等区分 | 39類(鉄道による輸送) |
- ^abただし、気動車を使用。
- ^ただし、ロシア語で単に「オホーツク」といった場合、ふつうはハバロフスク地方にある同名の町を指す。
- ^札幌駅中心の輸送体系に転換したのは、1980年(昭和55年)10月1日改正以降。
- ^特急「北斗」と「オホーツク」に分割。
- ^2016年(平成28年)3月25日までは10D+号数。
- ^2021年(令和3年)に廃止された北日ノ出駅は統合された普通列車も通過していたため、当初より通過駅であった。
- ^ただし、検査時に予備車である全室グリーン車のキロ182形(キロ182-9)が連結される場合があり、この時は無くなる3号車の普通指定席の代替として、2号車と3号車の間に増3号車が連結されていた。
- ^正確には上りは札幌駅で「石北」から普通列車124レに変更されて函館駅に直通した[10]。
- ^「おおとり」は「おおぞら」の増発を兼ねており、編成の半数を滝川駅で分割し、根室本線釧路駅まで直通していた。また、食堂車は釧路駅発着編成(キハ82系7両)に連結された。
- ^札幌駅で22分間停車後、準急「石北」に変更して運転。なお、それまでは下りは函館駅 - 札幌駅間は普通123レを運転し、1時間13分の待ち合わせで「石北」に接続していた。そのとき上りは従来通り札幌駅で普通列車に変更され、函館駅行き普通124レとして運転していた[10]。
- ^これにより781系で運転されるエル特急「ホワイトアロー」が札幌駅 - 旭川駅間で120 km/h運転を開始しているが、同時に「オホーツク」および「おおとり」の最高速度が110 km/hに引き上げられたかどうかは不明だが、所要時間の変化から濃厚と考えられる。なお、函館方面では「北斗」および「おおとり」が同年同日に函館・室蘭・千歳線の各一部で110 km/h運転を開始している。
- ^常紋・石北峠の25 ‰上り勾配において、82系の性能では30 km/h程度がやっとであった[30]。一方のキハ183系基本番台車では半径300メートルの曲線が連続する中、制限速度の65 km/hで余裕を持って登坂することができた[30]。
- ^旭川発は同日から4月3日まで、北見発は3月20日から4月4日までの臨時列車だった。
- ^主に駅構内の一線スルー化など。
- ^北見駅 - 旭川駅間の普通列車自由席、旭川駅 - 札幌駅間の特急列車自由席が利用できる4枚綴りの回数券。北見駅、留辺蘂駅、遠軽駅など10駅で発売された。2019年(令和元年)現在、すでに販売を終了した。
- ^すべての気動車にまで範囲を広げると、急行利尻がオホーツクに先行して1991年にJR北海道キハ400形気動車を使用して同様の編成を組んでいた。
- ^なお、同日より、特急「スーパー北斗」「北斗」(上下24本)の列車番号が「5000D+号数」から「D+号数」へ変更された。
- ^当時札幌駅 - 旭川駅間を走行していた特急列車は列車により指定席・自由席の位置が異なっており、L特急に出自を持つ「カムイ」が編成の札幌方(5両編成の4号車、旭川方が1号車、以下同様)が指定席となっていたのに対し、「ライラック」や「宗谷」では、編成の旭川方(「ライラック」では基本6両編成の1・2号車)に連結されており、「オホーツク」「大雪」は前者に合わせていた。
- ^もともと北日ノ出駅は通過列車が設定されている駅であり、統合前の普通列車も北日ノ出駅通過であった。
- ^実際は普通車2両を増結した7両編成。
- ^改正前に「オホーツク2号」に続行の形で運転されていた生田原駅 - 遠軽駅間の普通列車を延長の扱い。
- 『鉄道ピクトリアル』電気車研究会 2006年2月号 No.772 特集:キハ181・183・185系
- 「函館本線で夜行列車を一部う回運転(RAIL NEWS)」『鉄道ファン』第36巻第7号(通巻423号)、交友社、1996年7月1日。
- 伊藤久巳「JR北海道・キハ183系の底力」『鉄道ファン』第44巻8号(通巻第520号)、交友社、2004年8月1日、68 - 73頁。
- 「- 激動の時代の風雲児 - キハ183系特急形気動車」『鉄道ファン』第47巻8号(通巻第556号)、交友社、2007年8月、94 - 103頁。
- 『鉄道ジャーナル』第21巻第1号(通巻241号)、鉄道ジャーナル社、1987年1月、48頁、ISSN 0288-2337。
- 三浦 衛「特別企画 さよならキハ80「6変化の旅」から 北の大地を駆けた31年に敬礼」『鉄道ジャーナル』第26巻第12号(通巻314号)、鉄道ジャーナル社、1992年12月1日、34-53頁、ISSN 0288-2337。
- 『JR時刻表』、交通新聞社、2016年3月19日。
- 『北海道時刻表』第62巻第3号(通巻735号)、交通新聞社、2021年2月25日、pp.66-68。
- 北見現代史編集委員会『北見現代史』(2007年)
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札幌・小樽・旭川・ 新千歳空港・室蘭方面 | |
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| 札幌・旭川 - 稚内方面 | |
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| 札幌・旭川 - 網走方面 | |
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| 札幌 - 帯広・釧路方面 | |
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| 札幌 - 函館方面 | |
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道内 - 本州方面 ( 北海道新幹線) | |
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廃止・改名された列車は各列車沿革についての記事を参照 |