インディーズ(Indies、Indipendent music)は、主にある業種において大手に属さない、独立性の高い状態を指す言葉。インディー(indie)とも呼称される。
インディーズは、無名なものをマイナーと称するように、メジャーと資本関係や人的交流などを深く持たず、系列化されていない独立性の高いものなどを指している。
「インディーズ」の語源は「独立した」を意味する英語の「independent」である。英語では「independent」が単数形の語を形容する場合の略称は「indie music」や「indie」のように使われ、複数形の語を形容する場合は「indie labels」または「indies」のように使われる[1][2]。
ある業種や芸術などにおいて寡占が進むと、大衆に有名なものを「メジャー」、その他を「マイナー」や「インディーズ」と区分する傾向がある。音楽におけるインディーズの特徴は、メジャー・レーベルに比べてアーティストが、はるかに創造的な自由をコントロールできる点にある。[3]
欧米の映画業界における「インディーズ」とは、ハリウッドのメジャー映画スタジオ5社(ディズニー、ソニー・ピクチャーズ、パラマウント映画、ユニバーサル映画、ワーナー・ブラザース)の傘下に属していない会社を指す音楽産業・映画産業のような新しいもの、新鮮なものを消費者が常に求める業種においては、メジャーの音楽・映画のみが市場を100%独占することは難しい。映画におけるインディーズとして、興行成績のトップに立ったことがあるメルヴィン・ヴァン・ピープルズの「スウィート・スウィート・バックス・バッドアス・ソング」がある。[8]
大企業のレコード会社やその系列会社はメジャー・レーベル、中小企業のレコード会社はインディーズ・レーベルと呼称される。世界の音楽業界における「メジャー・レーベル」とは、一般的に世界の音楽市場の売上高で、全体のシェアの70%(アメリカ市場では85%)を占め[9]、「ビッグ・スリー」と呼ばれるユニバーサルミュージック(34%+旧EMI7%)、ソニー・ミュージックエンタテインメント(28%)、ワーナー・ミュージック・グループ(16%)の3大レーベルを「メジャー・レーベル」と呼び指し、それ以外のレコード会社を「インディーズ・レーベル」と呼ぶことが多い。1990年代ではワーナーミュージックグループ、EMI、ソニー、BMG、ユニバーサル・ミュージック・グループ、ポリグラムの6大レーベルが世界的なシェアを占めていたが、その後合併や買収などを繰り返し、現在の三大レーベルとなった。アメリカにおけるインディーズ・レーベルの歴史で重要な会社に、アトランティック・レコードやチェス・レコード[10] がある。黒人向けのレイス・ミュージック(人種の音楽)としてメジャー・レーベルが避けていたリズム・アンド・ブルースや、ロックンロールなどの音楽を積極的に取り上げ、アメリカ全土でポピュラー音楽としての地位を固めることに成功した。アトランティックには、ルース・ブラウンらが、チェスにはチャック・ベリーやマディ・ウォーターズなどがいた。他にもスタックス・レコード、モータウン・レコードをはじめとするインディーズ・レーベルが、多くのヒット曲をリリースした。[11]
この後も欧米ではエルヴィス・コステロらが在籍したスティッフ・レコードやスペシャルズらが在籍した2トーン・レコードなど有力なインディーズ・レーベルが誕生した。1980年代にはカレッジ・ラジオの支援を受けたREMやU2が人気バンドになった。[12]後にラップ/ヒップホップのインディーズが台頭し、シュガーヒル・レコード、コールド・チリン・レコード、デフ・ジャム・レコード、ルースレス・レコード、デスロウ・レコードが人気レーベルとなった。IFPIの報告によると、インディーズ・レーベルによる音楽関連の売上高は全体の28.4%に達している(2005年8月)。
日本の音楽業界における「インディーズ・レーベル」とは、日本レコード協会に加盟する「メジャー・レーベル」のレコード会社と対比する形で、同協会に加盟していない独立系レーベルを指す[注釈 1]。
戦前から日本コロンビアやテイチクなどのレコード会社が存在し、戦後はこれらが大手レーベルとして業界に君臨していた。その音楽界を革新し、インディーズ・スピリットを持っていたのが、1960年代後半のテンプターズ[13]やタイガース[注釈 2]、スパイダース、ゴールデン・カップス[注釈 3]、モップスなどのグループ・サウンズだった。ただ、GSはフィリップスなどからリリースされており、そのブームは数年で終了した。1968年には「ザ・フォーク・クルセダーズ」が自主制作で出していたアルバム『ハレンチ』に収録されていた「帰って来たヨッパライ」が、ラジオの深夜放送で頻繁にオンエアされ、EMIミュージックジャパン(当時の東芝音楽工業)が『ハレンチ』収録のオリジナルマスターでシングル盤を発売し、同グループが1年間の期限付きではあったが、メジャーデビューした。インディーズの音源がそのまま、メジャーで発売された例である。1960年代後半から1970年代前半には、アルバムをインディーズから出すフォーク、ロックのアーティストが増加し始めた。当時のフォークの代表的なインディーズ・レーベルとしては、URCレコード[注釈 4]やベルウッド・レコード、エレック・レコード[注釈 5]などがあげられる。
インディーズ・レーベルがメジャーに依頼して、メジャー・レーベルが販促、営業、流通機能を担う場合がある。その場合、レーベルがインディーズ扱いであっても「メジャー流通」と呼ばれる場合がある[注釈 6]。
日本ではロックミュージックの分野において、ヴイジュアル系とされるジャンルが存在する。1990年代のヴィジュアル系のブームは、X(現・X JAPAN)のエクスタシーレコードや、COLOR(パンク・バンド)のフリーウィルをモデルケースとした、多くのヴィジュアル系専門インディーズ・レーベルの存在が背景にあった。また、フリーウィル所属のDIR EN GREYのシングルでは、「予感」が人気投票1位になっている。[14]ヴィジュアル系以外では、2001年にMONGOL800が発表した『MESSAGE』が、280万枚のセールスを記録した。[15]その後、HYやDef Tech、ELLEGARDEN、Aqua Timezなどのインディーズ・アーティストが相次いでヒットを記録している。[注釈 7]
インディーズの音楽家は2種類存在し、好きな音楽やアートを追求し続ける者と、有名でないアーティストが属するメジャーへの踏み台と考える者がいる。音楽は基本的には文化やアートの一分野の側面があり、難解な音楽、実験的な音楽、ルーツミュージックなどの音楽を志向するアーティストも数多く存在する。しかし、これらの音楽はその評価とは裏腹に商業的な成功には恵まれないことが多く、資本の最大化を主眼としているメジャーの音楽会社においては、これらの売れないアーティストがその傘下で音楽を作ることを許されるのは稀な例である[16]。
これらのアーティストはアンダーグラウンドにおいてインディーズ・レーベルに所属し、その創作活動を続ける場合が多い。これらの背景から、インディーは「メジャーへの踏み台」としてではなく、「個性的な」音楽を志向するアーティストが存在し得る場」として、一つの唯一的な地位を有している[17]。
※日本国内のレコード会社については、[18]を参照。掲載しないもの;大手レコード会社、音楽以外の大企業、アイドル系、アニメ系、デジタルディストリビューターは掲載しない。※ネットレーベルは、関連項目を参照。
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