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| プロフィール | |||||||||
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| 別名義 | AHN MIKA | ||||||||
| 愛称 | アンちゃん | ||||||||
| 生年月日 | 1972年3月25日 | ||||||||
| 現年齢 | 53歳 | ||||||||
| 出身地 | |||||||||
| 血液型 | O型 | ||||||||
| 公称サイズ(2014年時点) | |||||||||
| 身長 /体重 | 171cm /―kg | ||||||||
| スリーサイズ | 88 - 65 - 93 cm | ||||||||
| 靴のサイズ | 24.5 cm | ||||||||
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| 活動 | |||||||||
| ジャンル | モデル・タレント ジュエリーデザイナー、ファッションプロデューサー、化粧品プロデューサー、俳優、歌手、 | ||||||||
| 他の活動 | 日本化粧品協会プレミアムアンバサダー(2021年 - ) VOLVOアンバサダー(2016年 - ) 野菜ソムリエ協会アンバサダー(2016年 - ) 日本化粧品協会アンバサダー(2016年 - ) 大阪マラソンチャリティーアンバサダー(2014年 - ) 韓国観光名誉広報大使(2009年 - ) 阪南大学特任教授(2010年度、2011年度) 初代大阪観光大使(2013年 - ) 神都高千穂観光大使(2023年 - ) | ||||||||
| 事務所 | テンカラット | ||||||||
| モデル:テンプレート -カテゴリ | |||||||||
アン ミカ(AHN MIKA、安美佳[1]、1972年3月25日 - )は、テンカラット所属の女性ファッションモデル。本名(韓国名):アンミガ(안미가)[2]。
1990年、大阪府立住吉高等学校を卒業[3]。フランス・パリへ渡り、1993年モデルとしてビューティビースト、アラカワシンイチロウなどのパリ・コレクション(パリコレ)に初参加した。2002年4月から1年間、韓国延世大学校韓国語学堂に留学[4]。2009年韓国名誉広報大使となり、2012年アメリカ人の実業家と結婚。2013年初代大阪観光大使に就任した。
現在[いつ?]、モデル業のほか、テレビ・ラジオ出演、ジュエリー・ファッションデザイナー、化粧品プロデュース、エッセイ執筆や講演、シンガー女優業など、様々な方面で活動している。世界標準マナーのEPMプロトコールアドバイザーなど様々な美容関連の民間資格を持ち、それらを生かし活躍している。
両親は大韓民国・済州島出身[5][6]。大阪市生野区・阿倍野区育ち[注 1]。いずれも年子である5人兄弟(姉妹)の次女で、兄・姉・弟・妹がいる[注 2]。
貧しい長屋で育ったことや、幼少期に口元にケガを負ったこと[6]がコンプレックスとなり引っ込み思案な時期もあった。また、実家が二度火事にあうなどの災難にも遭ったが、成長してからはそれらを乗り越えて明るい性格を取り戻し、活動的な学生時代を送る。学生時代は陸上部に所属し[6]、早朝の新聞配達やパン店でのアルバイトなど、学業と並行して兄弟姉妹で助け合い、家計を支えていた。大阪府立住吉高等学校在学中(15歳時[6])に、コンプレックスを克服する教えをくれた実母が死去。これをバネとしてモデル事務所へ応募し、書類審査で落ちていたモデル事務所だったが、電話を掛けて対面で審査を受けるもまたも不合格、しかし、レッスン生にキャンセルが出たことで、アンミカが繰り上げ参加となった。
その後トップモデルを目指し高校卒業後に単身パリへ渡る。住吉高校が進学校だったため、親からは大学に行くものだと思われていたが、条件付きで認めてもらった。高校卒業後に初めて風呂のある家に住んだ。
18歳でイギリスのファッション誌『i-D』に写真が掲載されたことを契機に、1993年に20歳でパリコレクションへ初参加。以降は、日本・韓国を中心にファッションショー、広告、CM、映画などへ登場していた。アメリカのモデルエージェンシーに所属し活動、ヨーロッパのファッション誌でモデルを務める。"狂わせたいの"、“オーマイキー”等を手掛けた石橋義正監督の“バミリオン・プレジャー・ナイト”に出演。「主婦マニア」「演歌クッキング」等“AHN”の芸名で歌やダンスを披露している。
実父が死去した際、両親の墓を建てるべく生まれ故郷の済州島へ、兄弟姉妹で初めて訪れた。それを機に自身のルーツをさらに探るべく、2002年(平成14年)4月から2003年3月まで、故郷・韓国の延世大学校韓国語学堂に留学[4][6]。その後は、AHN MIKA名義で、エッセイの執筆、女性のための講演会の開催、トークショーへの出演など、活動の範囲をモデル業以外にも拡大している。『あん!』(毎日放送)や『4時です 上方倶楽部』(NHK大阪放送局)にキャスターで出演した。2004年頃から、在阪局制作の番組を中心に、テレビ番組でMC、コメンテーター、リポーターをたびたび担当。2009年には、韓国観光公社から「韓国観光名誉広報大使」に任命された。活動の拠点を地元・大阪から東京へ移した2010年以降も、阪南大学で特任教授を務めるなど、関西や韓国で活動する機会は変わらず多い。2013年より大阪観光局より初代の大阪観光大使に任命される。
大阪観光局が、大阪は「東京、京都のようなブランド力が足りない」として、知名度の向上へ米国ニューヨーク州観光局の「I Love New York」キャンペーンに倣い、「ASIAN GATEWAY OSAKA」を展開。そのCMに、アンが起用され、忍者姿で御堂筋や道頓堀のかに道楽、グリコ看板の前などを走り抜ける設定。中国やインドなどアジアなど30ケ国で放送された[8]。
2012年2月14日オンエアのフジテレビ『歌うま女王は誰だ!?歌がうまい王座決定戦魂の大激突スペシャル』では、初出場で初優勝。両親が教会で聖歌を歌っていたため、コンプレックスだった低めの声を生かし、幼少期より歌に親しんでいたことも明かしている。これを機に、CMの名曲をカバーしたアルバム「Bittersweet Memories」で2012年にユニバーサルミュージックよりCDデビュー[9]。2013年には伝統あるグレンミラーオーケストラに参加。名古屋、東京公演にて歌声を披露した[10]。2023年3月2日放送の『熱唱!ミリオンシンガー』(日本テレビ系)にて、歌唱した7曲すべてで合格点以上の得点を叩き出し、100万円を獲得した。
さらに、NARDアロマアドバイザー、ASIACT認定オーラソーマプラクティショナー、ジュニア・ベジタブル&フルーツマイスター、EPMプロトコールなど、20以上の民間資格を取得[11]。その一方で、パリコレクションなどでの経験を基に、肩甲骨を締める運動で褐色脂肪細胞の燃焼効率を高める「肩甲骨ダイエット」を提唱している。この他に韓国料理店のプロデュース、QVCジャパンにて韓国化粧品「エスプリーナ」、ファッションブランド「アネラ☆リュクス」、ジュエリーブランド「Grossé(グロッセ)」、国内ファクトリーブランドバッグ「ペレボルサ」、ドライフルーツやナッツをセレクトした「VeanusBeauty8・VeanusHealthy8」などのプロデュースも手掛けている[12]。
また、テレビアニメ『僕とロボコ』(テレビ東京系)では、自身を模したキャラクターである『アンミカ姉さん』役として声を担当している。
プライベートでは、過去にレギュラー出演していた『魔女たちの22時』(日本テレビ系)で国際的スパイと付き合ってしまった失敗談などを明かしていたが、2012年7月17日、制作会社エンパイア・エンターテインメント・ジャパン最高経営責任者(CEO)の米国人セオドール・ミラー(1971年生まれ)と結婚。ミカ・アン・ミラーとなる。セオドール・ミラーの兄は、米アカデミー賞受賞作品『マネーボール』や『カポーティ』監督の、ベネット・ミラーである[13]。
『酒のツマミになる話』で、物の何でも良いところを探すのが好きだというアンミカに「そのタオルも褒めれます?」と手元の白いタオルを褒めるよう求めると、アンミカは間髪入れずにこう切り出した。
これに出演者たちは身体をよじらせて爆笑し、脚光を浴びた[14]。
2022年7月4日、右手首の手術を受ける[15]。約2年前から手首にある豆状骨が石灰化し、尖った石灰が腱や他の神経を刺激し、指にしびれや痛みが起こっていたことによるもの[15]。同年8月15日、1回目の手術の術後の経過が思わしくないため再手術を受けたことを報告[16]。
太字は、2025年度現在出演中
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