アルフレッド・ジェームズ・パチーノ (Alfredo James Pacino;[p ə ˈ tʃ iː n oʊ ] ;イタリア語: [paˈtʃiːno] ;1940年 4月25日 - )は、アメリカの俳優である。
20世紀の最も影響力の強い俳優の一人に数えられ、アカデミー賞 1回、トニー賞 2回、プライムタイム・エミー賞 2回を含む数々の賞を受賞し、演技の三冠 を達成した数少ない俳優の一人となった。2001年にはセシル・B・デミル賞 、2007年にはAFI生涯功労賞 、2011年には国民芸術勲章 、2016年にはケネディ・センター名誉賞 を受賞した[ 2] [ 3] [ 4] [ 5] 。
HBスタジオとアクターズ・スタジオ で学んだメソッド俳優 であり、チャーリー・ロートンとリー・ストラスバーグ に師事した。パチーノは『セント・オブ・ウーマン/夢の香り 』(1992年)の演技でアカデミー主演男優賞 を受賞した。他に『ゴッドファーザー 』(1972年)、『セルピコ 』(1973年)、『ゴッドファーザー PART II 』(1974年)、『狼たちの午後 』(1975年)、『ジャスティス 』(1979年)、『ディック・トレイシー 』(1990年)、『摩天楼を夢みて 』(1992年)、『アイリッシュマン 』(2019年)でアカデミー賞にノミネートされた。 その他の作品には主に『哀しみの街かど 』(1971年)、『喝采の陰で 』(1982年)、『スカーフェイス 』(1983年)、『ゴッドファーザー PART III 』(1990年)、『カリートの道 』(1993年)、『ヒート 』(1995年)、『フェイク 』(1997年)、『ディアボロス/悪魔の扉 』(1997年)、『インサイダー 』(1999年)、『インソムニア 』(2002年)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド 』(2019年)、『ハウス・オブ・グッチ 』(2021年)などがある。
テレビでは、パチーノは『エンジェルス・イン・アメリカ 』(2003年)やジャック・ケヴォーキアン の伝記ドラマ『死を処方する男 ジャック・ケヴォーキアンの真実 』(2010年)を含む複数のHBO 製作に出演し、それぞれプライムタイム・エミー賞 主演男優賞(リミテッド・シリーズ/テレビ映画部門)を受賞した。パチーノはAmazon Prime Video シリーズ『ナチ・ハンターズ 』(2020年~現在)にも出演している。彼はまた、舞台においても幅広いキャリアを持っている。『Does a Tiger Wear a Necktie?』(1969年)ではトニー賞 演劇助演男優賞、『The Basic Training of Pavlo Hummel』(1977年)では演劇主演男優賞 を受賞したことで2度トニー賞に輝いている。
パチーノはドキュメンタリー『リチャードを探して 』(1996年)で映画製作デビューを果たした。パチーノは1977年に舞台でリチャード3世 役を演じていた。パチーノは2004年のフィーチャー映画版 と2010年の舞台作品『ヴェニスの商人 』でシャイロックを演じた。パチーノは『Chinese Coffee』(2000年)、『Wilde Salomé』(2011年)、『Salomé』(2013年)で監督と出演を兼任した。1994年以来、パチーノはアクターズ・スタジオの共同代表である。
アルフレッド・ジェームズ・パチーノは1940年4月25日、ニューヨーク 、マンハッタン のイースト・ハーレム 地区に生まれた。イタリア系アメリカ人 の両親ローズ・ジェラルディとサルヴァトーレ・パチーノの一人息子であった[ 6] :xix [ 7] :2 。パチーノが2歳の時に両親は離婚した[ 8] [ 7] :2 。その後彼は母親に連れられてサウス・ブロンクス で母親の両親ケイトとジェームズ・ジェラルディと暮らした。祖父母はコルレオーネ からのイタリア移民であった[ 9] [ 7] :1–2 。パチーノの父親はサン・フラテッロ 出身で保険セールスマン、レストラン店主として働くためにカリフォルニア州 コヴィナに移った[ 8] [ 10] 。
10代の頃、パチーノは友人たちから「ソニー」と呼ばれた[ 6] :xix 。彼は野球 選手になる夢を抱き「俳優」というあだ名も付けられた[ 6] :xix 。パチーノはハーマン・ライダー中学校に在籍したが[ 11] 英語以外のほとんどのクラスで落第した。彼は続いてオーディションに合格してハイ・スクール・オブ・パフォーミング・アーツに入学した[ 12] 。母親は彼の選択に不満を持ち、口論ののちパチーノは家を去った。演技の勉強のため、パチーノはメッセンジャー、給仕助手、ビルの管理人、郵便局員[ 8] 、また「Commentary」の郵便室など、低賃金の仕事を掛け持ちした[ 13] 。
パチーノは9歳の時から喫煙と飲酒を始め、13歳で大麻 を常用したがハード・ドラッグ には手を出さなかった[ 6] :9 。彼の親しい友人ふたりが薬物乱用 で19歳と30歳で死亡している[ 6] :8 。サウス・ブロンクスで育ったパチーノは時折ケンカをし、学校ではトラブルメーカーとして扱われていた[ 6] :6 。彼はニューヨークの地下劇場で舞台に出演したが、10代であったためアクターズ・スタジオ から拒否されている[ 6] :xix 。パチーノはHBスタジオに入り、演技講師のチャーリー・ロートンに出会った[ 注釈 1] 。ロートンはパチーノの師となり親友になった[ 6] :xix 。この時期、パチーノは仕事が見つからずホームレス状態でいることが多かった。時として路上、劇場、友人宅で眠った[ 6] :14 [ 9] 。
1962年、パチーノの母親が43歳でこの世を去った[ 6] :10 。翌年、母方の祖父も他界した[ 8] 。パチーノはこの時期を人生のどん底であると回想し「22歳で最も影響を与えてくれた人たちがいなくなってしまった。それからどん底に落ちた」と述べた[ 10] 。
HBスタジオで4年勉強したのち、パチーノはアクターズ・スタジオのオーディションに合格した[ 6] :xix 。アクターズ・スタジオはマンハッタンのヘルズ・キッチン 地区にあるプロの俳優、劇場監督、劇作家のメンバーシップ組織である[ 14] 。パチーノはメソッド演技法 を勉強した[ 8] 。のちに『ゴッドファーザー PART II 』と『ジャスティス 』で共演することになる演技コーチ、リー・ストラスバーグ に師事した[ 9] 。
のちのインタビューで、パチーノはストラスバーグとスタジオのキャリアへの影響を話している。「アクターズ・スタジオは私の人生でとても大切なものだ。リー・ストラスバーグは過小評価されている。チャーリーに次いで私を出発させてくれた。本当だ。私の生涯で顕著な転換点だった。おかげであらゆる仕事を辞めて演技に集中することが出来るようになった」[ 6] :15 。別のインタビューでは「彼(リー・ストラスバーグ)のために働くことはとても刺激的だった。シーンや人々について話すときの彼はとても興味深かった。彼がただ話すのを聞きたいと思うはずだ。彼が言うことは今まで聞いたこともないことだ。彼は深く理解していた。演技をとても愛していた」と付け加えた[ 15] 。
2000年、パチーノはエレン・バースティン やハーヴェイ・カイテル とともにアクターズ・スタジオの共同代表となった[ 14] 。
1967年、パチーノはボストン のチャールズ・プレイハウスでクリフォード・オデッツ の『醒めて歌え』(初めての高い給料、週125USドル)とジャン=クロード・ヴァン・イタリーの『America Hurrah』に出演した。彼はこの劇で女優ジル・クレイバーグ と出会った。ふたりは5年の恋愛関係を築き、一緒にニューヨークに戻った[ 7] 。
1968年、パチーノはアクター・プレイス劇場で、イスラエル・ホロヴィッツの『The Indian Wants the Bronx』に出演しストリートのチンピラ、マーフを演じた。この劇は1968年1月17日に開演し177回公演された。これはホロヴィッツの『It's Called the Sugar Plum』(クレイバーグ出演)と2本立てであった。パチーノはオビー賞 の主演男優賞を受賞し、ジョン・カザール は助演男優賞、ホロヴィッツは新脚本賞を受賞した[ 16] 。劇を観たマーティン・バーグマンがパチーノのマネージャーとなり、のちに『ゴッドファーザー 』、『セルピコ 』、『狼たちの午後 』への出演を勧めることでパチーノのキャリアを加速させた[ 17] 。舞台キャリアについて、パチーノは「マーティン・バーグマンが私を見つけてくれた。私は26か25だった。彼が私を見つけてマネージャーになった。だから今こうしていられる。マーティには本当に恩がある」と話した[ 18] 。
パチーノはスポレート のドゥエ・モンディ祭で演じるため『The Indian Wants the Bronx』製作をイタリアに持ち込んだ。パチーノの初めてのイタリア行きであった。「イタリアの観客のために演じるのは素晴らしい経験だった」とのちに述懐している[ 7] 。パチーノとクレイバーグは1968年11月12日に初放送されたABC テレビシリーズ『NYPD特捜刑事』のエピソード『Deadly Circle of Violence』にキャスティングされた。当時、クレイバーグはソープ・オペラ 『Search for Tomorrow』でグレース・ボルトン役を演じていた。彼女の父親は生活を助けるため毎月ふたりに仕送りを送った[ 19] 。
1969年2月25日、パチーノはベラスコ劇場においてドン・ピーターセンの『Does a Tiger Wear a Necktie?』に出演しブロードウェイ デビューを果たした。A&Pの相続人ハンティントン・ハートフォードの製作であった。1969年3月29日、39公演後に終演となったが、パチーノの演技が絶賛され1969年4月20日にトニー賞 を受賞した[ 7] 。パチーノは1970年代に入っても舞台出演を続け、『The Basic Training of Pavlo Hummel』で2度目のトニー賞を受賞し『リチャード三世 』ではタイトル・ロール を演じた[ 8] 。1980年代、パチーノはデヴィッド・マメット の『アメリカン・バッファロー』に出演してドラマ・デスク・アワード にノミネートされることで舞台で再評価された[ 8] 。1990年代以降、パチーノはユージン・オニール の『ヒューイー』、オスカー・ワイルド の『サロメ 』、2005年のライル・ケスラーの『オーファンズ』といったリヴァイヴァルに出演している[ 20] 。
1983年、パチーノはローレンス・ロックフェラーからの助成金を得て、ダスティン・ホフマン やポール・ニューマン とともにザ・ミラー・シアター・リミテッドの主要な寄付者となった[ 21] 。ストラスバーグの義理の娘サブラ・ジョーンズがザ・ミラーの創設者であり製作美術監督であったことから、彼らはリー・ストラスバーグとの関係で寄付を決意した。 1985年、パチーノはこの会社にユージン・オニールの『ヒューイー』製作をオファーしたが、会社は少ないキャストで作ることが出来なかった[ 21] 。
2002年10月、パチーノはナショナル・アクターズ・シアターとコンプリシティでベルトルト・ブレヒト の『アルトロ・ウィの抑え得た興隆』に出演した[ 22] 。サイモン・マクバーニー が監督を務め、出演者にはジョン・グッドマン 、チャールズ・ダーニング 、トニー・ランドール 、スティーヴ・ブシェミ 、チャズ・パルミンテリ 、ポール・ジアマッティ 、ジャクリーン・マッケンジー 、ビリー・クラダップ 、ロテール・ブリュトー 、ドミニク・キアネーゼ 、スターリング・K・ブラウン など多くのハリウッド有名人が名を連ねた[ 23] 。企画は批評的に成功し、「パチーノははち切れる寸前の巻きばねのように注目をさらった。彼は思慮深く脅威的でワニのようなしかめっ面で、不安になるほど不吉な歓喜をもってトップに邁進している」とされた[ 24] 。
2010年夏、シェイクスピア・イン・ザ・パーク製作の『ヴェニスの商人 』におけるシャイロック役でパチーノは舞台に復帰した[ 25] 。高い評価を得て10月にはブロードウェイのブロードハースト劇場で上演され、最初の週に100万USドルを稼いだ[ 26] [ 27] 。この劇で彼はトニー賞 演劇主演男優賞 にノミネートされた[ 28] 。
2012年10月から2013年1月20日にかけて、パチーノはデヴィッド・マメット の『グレンギャリー・グレン・ロス』30周年記念ブロードウェイ・リヴァイヴァルに出演した[ 29] 。2015年12月5日から2016年1月21日まで、パチーノはマメットが彼のために書いた『China Doll』に97公演のブロードウェイ出演をした[ 30] 。プレビューは2015年10月に行われた[ 31] 。
アクターズ・スタジオで勉強中、パチーノは演技の面白さに気づき、自分に才能があることを理解した。しかし初期の出演作品では高い報酬は得られなかった[ 9] 。舞台での成功後、パチーノは1969年のパティ・デューク 出演のインデペンデント映画 『ナタリーの朝 』の端役で映画デビューを果たした[ 32] 。1970年、パチーノはタレント・エージェンシー、Creative Management Associates(CMA)と契約を結んだ[ 7] 。
パチーノとジェームズ・カーン 、1972年頃 『哀しみの街かど 』(1971年)におけるヘロイン中毒者の役がフランシス・フォード・コッポラ の目に留まり、ブロックバスター ・マフィア 映画となる『ゴッドファーザー 』(1972年)にマイケル・コルレオーネ 役で抜擢された[ 33] 。ジャック・ニコルソン 、ロバート・レッドフォード 、ウォーレン・ベイティ 、無名時代のロバート・デ・ニーロ が候補に上がっていたが、コッポラはパチーノを選び、有名俳優の起用を望んでいたスタジオの重役たちを失望させた[ 9] [ 34] 。
パチーノはその演技によりアカデミー賞 ノミネートを受け、『Halliwell's Film Guide』によって「激しい」や「きつく握りしめられた」などと表現される初期キャリアのスタイルの典型を確立した。パチーノは共演者で主演男優賞 を受賞したマーロン・ブランド よりも出演時間が長いにもかかわらず助演男優賞 にノミネートされたことを侮辱と感じてアカデミー賞授賞式 をボイコットした。マーロン・ブランドも別の理由で授賞式をボイコットしていた[ 35] 。
1973年、フランク・セルピコ役のパチーノ 1973年、パチーノは『スケアクロウ 』でジーン・ハックマン と共演しカンヌ国際映画祭 でパルム・ドール を受賞した。同年、パチーノは同僚警官の汚職 を暴いたニューヨークの警官フランク・セルピコの実話を基にした『セルピコ 』でアカデミー主演男優賞にノミネートされた[ 35] 。1974年、パチーノは『ゴッドファーザー PART II 』でマイケル・コルレオーネを再び演じた。この作品は初めてアカデミー作品賞 を受賞した続編となった。パチーノはアカデミー賞3度目のノミネートとなった(このときは主演カテゴリで、コルレオーネ役で2回目)[ 35] 。『ニューズウィーク 』は『ゴッドファーザー PART II』におけるパチーノの演技を「心の死を描いた映画史上最高の演技であると言える」と表現した[ 36] 。
1975年、銀行強盗であるソニー・ウォルツィックの実話に基づいた『狼たちの午後 』でもパチーノの躍進は続き[ 9] 、同作でもパチーノは主演男優賞にノミネートされた[ 37] 。同年12月[ 38] 、フランシス・フォード・コッポラは東映 に「千葉真一 とアル・パチーノの共演による映画を作りたい」と申し入れをしている[ 39] 。しかし岡田茂 はこのオファーを断り[ 40] 、コッポラが望む映画製作 は実現しなかった。
1977年、パチーノはシドニー・ポラック 監督の『ボビー・デアフィールド 』でレースカー・ドライバーを演じ、そのタイトル・ロール 演技でゴールデングローブ賞 映画部門 主演男優賞 (ドラマ部門) ノミネートを受けた。次の作品は法廷ドラマ『ジャスティス 』で、パチーノの幅広い演技力が批評家に絶賛され、4度目のアカデミー主演男優賞ノミネートを受けた[ 37] 。この年、パチーノは自身が断った役である『クレイマー、クレイマー 』のダスティン・ホフマン に敗れた[ 37] 。
1970年代、パチーノは『セルピコ』、『ゴッドファーザー PART II』、『狼たちの午後』、『ジャスティス』における演技で4度アカデミー主演男優賞にノミネートされた[ 9] 。
1980年代前半、パチーノのキャリアはスランプに陥った。ニューヨークのゲイ・コミュニティからの抗議を巻き起こした問題作『クルージング 』に出演し[ 41] 、コメディドラマ『喝采の陰で 』は批評家に酷評された[ 8] 。しかしブライアン・デ・パルマ 監督の『スカーフェイス 』(1983年)での演技はキャリアのハイライトとなり代表作の一つとなった[ 9] 。公開後、暴力的な内容から批評家に酷評されたがのちに絶賛されるようになった[ 42] 。この作品は興行的には成功しアメリカ国内で4500万USドルの収益を上げた[ 43] 。パチーノはこのキューバ の麻薬王トニー・モンタナ役の演技でゴールデングローブ賞 にノミネートされた[ 44] 。
1985年、パチーノは個人企画としてイングランドの作家ヒースコート・ウィリアムズによる1969年のオフ・ブロードウェイ 戯曲『不名誉なローカル 』に取り組んだ。パチーノは劇に出演し、デヴィッド・ウィーラー監督とシアター・カンパニー・オブ・ボストンによる50分の映画版に出演した。しかしこの映画は劇場で公開されることはなく、2007年に『Pacino: An Actor's Vision』ボックスセットに収録された[ 9] 。
アメリカ独立戦争 中に毛皮を取る罠師を描いた1985年の映画『レボリューション めぐり逢い 』は商業的にも批評的にも失敗に終わり、パチーノは性急な製作を非難した[ 45] 。結果、彼は4年間映画から離れることなった。この時期、パチーノは舞台に戻っていた。『Crystal Clear』、『National Anthems』といった劇のワークショップ制作に勤しんだ。他に1988年にプロデューサー、ジョセフ・パップのニューヨーク・シェイクスピア・フェスティバルで『ジュリアス・シーザー 』にも出演した。パチーノは映画からの休養を「'74年、'75年、あらゆることが起きていたのを覚えている。舞台で『The Resistible Rise of Arturo Ui』をやりながら私の映画キャリアが終わりに近づいているから舞台に戻ったと読んだ!これはある種のエートス で、残念ながら舞台がそのように見られているのだ」と表現した[ 46] 。パチーノは1989年の映画『シー・オブ・ラブ 』で映画に復帰し[ 9] 、新聞の広告で独身男性を見つけ出すシリアルキラー を追う刑事を演じた[ 47] 。
1990年、パチーノは興行的ヒット作『ディック・トレイシー 』でビック・ボーイ・キャプリスを演じアカデミー賞にノミネートされた。ロジャー・イーバート はパチーノを「シーンを支配する」と表現した[ 48] 。同年、『ゴッドファーザー PART III 』で自身の当たり役であるマイケル・コルレオーネを再演した[ 9] 。この作品は脚本の書き直しや製作開始直前に出演者が降板するなどプリプロダクション に問題があり、賛否両論の評価を受けた[ 49] 。
1996年カンヌ国際映画祭 におけるパチーノ1991年、『恋のためらい/フランキーとジョニー 』でパチーノは『スカーフェイス』の共演者ミシェル・ファイファー と再び共演した。パチーノは職場のダイナーでウェイトレス(ファイファー)と恋に落ちる、仮釈放されたコックを演じた。この作品はテレンス・マクナリーのオフ・ブロードウェイ戯曲『月の光の中のフランキーとジョニー』(1987年)の映画化であり、そちらにはケネス・ウェルシュ とキャシー・ベイツ が出演していた。賛否両論となったが、パチーノはのちにこの役を楽しんだと述べた[ 50] 。『ニューヨーク・タイムズ 』のジャネット・マスリンは「『狼たちの午後』時代以来、ミスター・パチーノがこれほど魅力的だったことはなく、ジョニーのフランキーに対する絶え間ない求愛を素晴らしいものにしている。ミス・ファイファーとのシーンは批判される映画の感傷的な側面を正確で正直に保っている」と書いた[ 51] 。
マーティン・ブレスト の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り 』(1992年)における短気な盲目 のフランク・スレード米陸軍中佐の演技で[ 9] 、パチーノは翌年のアカデミー主演男優賞を受賞した。翌年、パチーノは『摩天楼を夢みて 』で助演男優賞にもノミネートされ、同じ年に2つの映画で2つの演技賞ノミネートを受けた史上初の男性俳優となった[ 9] 。
パチーノは1993年、『カリートの道 』でショーン・ペン と共演し、腐敗した弁護士(ペン)によって釈放され裏稼業から足を洗おうとするカリート・ブリガンテ役を演じた[ 52] 。パチーノはマイケル・マン の『ヒート 』に出演し、初めてロバート・デ・ニーロと同じ画面で共演した(2人とも『ゴッドファーザー PART II』に出演しているが、共演シーンはない)[ 9] [ 53] 。
1996年、パチーノはウィリアム・シェイクスピア の『リチャード三世 』の一部シーンを描き、大衆文化におけるシェイクスピアの続く役割とつながりを分析した演劇ドキュドラマ『リチャードを探して 』に出演した。 演技パートの出演者にはアレック・ボールドウィン 、ケヴィン・スペイシー 、ウィノナ・ライダー たちがいた[ 54] 。パチーノは超自然スリラー『ディアボロス/悪魔の扉 』(1997年)でサタン を演じキアヌ・リーヴス と共演した。この作品は興行的に成功し全世界で1億5000万ドルを売り上げた[ 55] 。『シカゴ・サンタイムズ 』においてロジャー・イーバートは「サタンのキャラクターはパチーノによって歓喜に近い持ち味をしている」と書いた[ 56] 。
FBI潜入捜査官ドニー・ブラスコ(ジョニー・デップ )と内部からマフィアを崩壊させた彼の実話を基にした1997年の『フェイク 』でパチーノはギャングスター、"レフティー"を演じた[ 57] 。1999年、パチーノは複数のアカデミー賞ノミネートを受けた『インサイダー 』で『60ミニッツ 』のプロデューサー、ローウェル・バーグマン役を演じラッセル・クロウ と共演し、オリヴァー・ストーン の『エニイ・ギブン・サンデー 』にも出演した[ 58] [ 59] 。
パチーノは2000年以降ゴールデングローブ賞を3度受賞した。1度目は2001年のセシル・B・デミル賞 で、映画界における生涯功労賞として贈られた[ 60] 。
2000年、パチーノは映画祭で公開されたアイラ・ルイスの戯曲『Chinese Coffee』の低予算映画版に出演し、ジェリー・オーバック と共演した[ 61] 。ほとんどメインキャラクター同士の一対一の対話である本作は完成までに3年を要し、制作費はパチーノによる資金提供のみで賄われた[ 61] 。『Chinese Coffee』は『不名誉なローカル』、『リチャードを探して』と並んでパチーノが製作にも関わった珍しい作品であり、2007年発売の『Pacino: An Actor's Vision』と題されたスペシャルDVDセットに収録された[ 62] 。
パチーノはゲーム版『ゴッドファーザー 』におけるマイケル・コルレオーネ役の再演オファーを断った。その結果、エレクトロニック・アーツ はパチーノの顔や声を使用することが出来なかったが、キャラクター自体は登場した[ 63] 。その一方で、1983年の『スカーフェイス』の続編的ゲーム作品『Scarface: The World is Yours』では顔の使用を許可した[ 64] [ 65] 。
パチーノは『インソムニア 』(同名のノルウェー映画のリメイク)でクリストファー・ノーラン 監督と組み、ロビン・ウィリアムズ と共演した。『ニューズウィーク 』は「彼(パチーノ)は小さな役でも大きな役と同じように見事に演じることができ、外側だけでなく内側にも爆発できる」と述べた[ 66] 。この作品とパチーノの演技は高い評価を受けウェブサイトRotten Tomatoes の集計では93%の支持を集めている[ 67] 。興行的にも適度に成功し全世界で1億1300万ドルを稼いだ[ 68] 。しかし次作『シモーヌ 』は批評的な賞賛も興行的な成功も得られなかった[ 69] 。
2004年ヴェネツィア国際映画祭 におけるパチーノパチーノは小作品『ニューヨーク 最後の日々 』でパブリシストを演じ演技は高い評価を受けたが、あまり注目されなかった[ 70] 。有名になってから助演をすることはほとんどなかったが、2003年にはマーティン・ブレスト監督のために批評的にも興行的にも失敗した『ジーリ 』で脇役を演じた[ 70] [ 71] 。2003年公開の『リクルート 』ではCIAリクルーターを演じコリン・ファレル と共演した。この作品は賛否両論となり[ 72] 、パチーノは「個人的について行けない」ものだと表現した[ 70] 。パチーノは次に2003年HBO ミニシリーズ『エンジェルス・イン・アメリカ 』で弁護士ロイ・コーン を演じた。これはトニー・クシュナー によるピューリッツァー賞 受賞の同名戯曲を原作としている[ 9] 。2004年、パチーノはこの演技によりプライムタイム・エミー賞 主演男優賞(リミテッド・シリーズ/テレビ映画部門)を受賞した[ 73] 。
パチーノはマイケル・ラドフォード による2004年の映画版『ヴェニスの商人 』にシャイロック役で出演した。従来、悪の擬人化のように演じられてきたキャラクターに共感と深みを持たせたとして批評家はパチーノを賞賛した[ 74] 。『トゥー・フォー・ザ・マネー 』ではスポーツ・ギャンブリング・エージェントでマシュー・マコノヒー の助言者を演じ、レネ・ルッソ とも共演した。この作品は2005年10月8日に公開され賛否両論を受けた[ 75] 。『ワシントン・ポスト 』のデッソン・トムソンは「アル・パチーノは助言者を何度も演じているからキングメーカー の賞を受けるべきだ。ハリウッドの償還のため、善と悪の戦いに囚われているように感じる」と書いた[ 76] 。
2006年10月20日、アメリカン・フィルム・インスティチュート は第35回AFI生涯功労賞の受賞者にパチーノを指名した[ 77] 。2006年11月22日、トリニティ・カレッジ の大学哲学学会はパチーノを学会の名誉総裁に任命した[ 78] 。
パチーノはスティーヴン・ソダーバーグ の『オーシャンズ13 』でジョージ・クルーニー 、ブラッド・ピット 、マット・デイモン 、エリオット・グールド 、アンディ・ガルシア らと共演した。パチーノはダニー・オーシャンと仲間たちに狙われる悪役でカジノの大物ウィリー・バンクを演じた[ 79] 。
『88ミニッツ 』は2007年に多くの国で公開されたのち、2008年4月18日にアメリカで公開された。この作品にはアリシア・ウィット も出演していた。批評的に失敗した[ 80] が、批評家が批判したのはプロットの欠点でありパチーノの演技ではなかった[ 81] 。パチーノは『ボーダー 』でロバート・デ・ニーロと共演し、殺人犯を追うニューヨークの刑事を演じた。この作品は2008年9月12日に劇場公開された。ふたりのスターの再共演であったが、批評家からの評価は芳しくなかった[ 82] 。『ニューヨーク・ポスト 』のルー・ルメニックは『ボーダー』に星4つ中、一つ星を与え、「アル・パチーノとロバート・デ・ニーロは『ボーダー』で退屈させる意図で高い報酬を受け取った。展開が遅く、他の誰かが主演であればブロックバスター の売れ残り置き場に直行するような馬鹿馬鹿しい警察スリラーだ」と述べた[ 83] 。
パチーノは2010年4月初放送の『死を処方する男 ジャック・ケヴォーキアンの真実 』と題されたHBOフィルムズの伝記ドラマでジャック・ケヴォーキアン を演じた。この作品は医者による死の幇助 を提唱するケヴォーキアンの人生と仕事を描いている。パチーノはこの演技で2度目のプライムタイム・エミー賞[ 84] 主演男優賞(リミテッド・シリーズ/テレビ映画部門)[ 85] と4度目のゴールデングローブ賞(このときは男優賞 ミニシリーズ・テレビ映画部門)を受賞した[ 86] 。2011年のコメディ『ジャックとジル 』では本人役で出演した。この作品は批評家に酷評され、パチーノは第32回授賞式 においてゴールデンラズベリー賞 最低助演男優賞 を受賞した[ 87] 。
2014年トロント国際映画祭 におけるパチーノ2011年9月4日、パチーノは『Wilde Salome』(パチーノが監督、脚本、出演を兼任した2011年のドキュメンタリー・ドラマ映画)プレミア前に監督・ばんざい!賞 を受賞した[ 88] [ 89] 。2012年3月21日のアメリカプレミアはオスカー・ワイルドのサンフランシスコ 訪問130周年を記念し、カストロ通り のカストロ劇場1,400席が満員となった。 このイベントはGLBT歴史協会の利益のためであった[ 90] [ 91] [ 92] 。映画でヘロデ を演じたパチーノは「これまでで最も個人的な企画」と表現した[ 89] 。2012年2月、バラク・オバマ 大統領 はパチーノに国民芸術勲章 を授与した[ 93] [ 94] 。
パチーノは2013年のレコード・プロデューサー、フィル・スペクター の殺害裁判を描いたHBO伝記映画『Phil Spector』に出演した[ 95] 。彼はコメディ・ドラマ『Dearダニー 君へのうた 』でダニー・コリンズ役を演じた。この作品で年老いていくロック・スターを演じたパチーノはゴールデングローブ賞 映画部門 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門) にノミネートされた[ 96] 。2016年、パチーノはケネディ・センター名誉賞 を受賞した[ 97] 。この賞にはかつての共演者たちであるショーン・ペン・ケヴィン・スペイシー、ボビー・カナヴェイル 、クリス・オドネル からのコメントが添えられた[ 98] 。
2012年9月、『Deadline Hollywood 』は、パチーノがスポーツライター、ジョー・ポスナンスキーによる2012年の伝記を原作としたテレビ映画『ジョー・パターノ 堕ちた名将 』で元ペンシルベニア州立大学 フットボール コーチ、ジョー・パターノ を演じることを報道した[ 99] 。この作品は2018年4月7日にHBOで初放送された[ 100] 。
パチーノは2019年7月26日公開のクエンティン・タランティーノ によるコメディ・ドラマ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド 』でブラッド・ピット やレオナルド・ディカプリオ と共演した[ 101] 。その後同年、パチーノはマーティン・スコセッシ によるNetflix 映画『アイリッシュマン 』でチームスターズ・チーフ、ジミー・ホッファ を演じてロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシ と共演した。この作品はチャールズ・ブラントによる2004年の本『I Heard You Paint Houses』を原作としている。パチーノがスコセッシ監督と組んだのはこれが初めてであり、アカデミー助演男優賞 ノミネートを受けた[ 102] 。パチーノの演技は高く評価され、ピーター・ブラッドショー (英語版 ) は『ガーディアン 』で「輝かしい」と表現した[ 103] 。ジャスティン・チャンは「デ・ニーロ、ペシ、パチーノは絶好調だ。その理由のひとつとして以前に演じたアイコン的ギャングスター・タイプを単に再演しているだけではないことが挙げられる」と書いた[ 104] 。
2020年2月、パチーノはAmazon Video シリーズ『ナチ・ハンターズ 』で架空のナチ・ハンター 、マイヤー・オファーマンを演じた[ 105] 。『エンジェルス・イン・アメリカ』以来のテレビシリーズであり、『ナチ・ハンターズ』は2020年8月に第2シーズンとしてリニューアルされた[ 106] 。この年、新型コロナウイルスに感染し、一時、心肺停止状態に陥った[ 107] 。
2021年、パチーノはリドリー・スコット の『ハウス・オブ・グッチ 』でアルド・グッチを演じた[ 108] 。この作品は賛否両論から好評価を得て、パチーノの演技はレディー・ガガ やジャレッド・レト のそれとともに傑出していると強調された。同年、パチーノは『American Traitor: The Trial of Axis Sally』で弁護士を演じた。
2022年8月、パチーノがジョニー・デップやバリー・ナヴィディと共同プロデュースでアメデオ・モディリアーニ を描く映画を製作することが発表された[ 109] 。この作品はデニース・マッキンタイヤーの戯曲を原作としており、2004年に映画化 されている[ 109] 。主要撮影 は2023年に開始される[ 109] 。
2024年、回顧録『ソニーボーイ』を出版[ 110] 。
パチーノには4人の子供がいる。長女ジュリー・マリー(1989年生まれ)は演技講師ジャン・タラントとの娘である。他に女優ビヴァリー・ダンジェロ との間に双子の、息子アントン・ジェームズと娘オリヴィア・ローズ(2001年1月25日生まれ)、ノア・アルファラとの間に息子ロマン(2023年6月生まれ)[ 111] がいる。パチーノとダンジェロは1997年から2003年まで交際していた。パチーノは結婚したことがない[ 112] [ 113] 。
パチーノは『ゴッドファーザー』三部作で共演したダイアン・キートン と交際していた。ふたりは交際と破局を繰り返し、『ゴッドファーザー PART III』撮影終了後に恋愛関係を絶った。キートンはパチーノについて「アルは単純に一番楽しい人。私にとっては、最も美しい顔。ウォーレン(・ベイティ)もとてもハンサムだけどアルの顔はまるでワオという感じ。殺し屋の顔」と話した[ 114] 。パチーノはチューズデイ・ウェルド 、ジル・クレイバーグ 、マルト・ケラー 、キャスリーン・クインラン 、リンドール・ホッブスとも交際経験がある[ 62] [ 115] 。パチーノはアルゼンチン人女優ルシア・ポラックと2008年から2018年までの10年間、交際していた[ 116] 。
パチーノはキャリアの初期にドラッグやアルコールを乱用していたことを認めている。『ゴッドファーザー』で突然得た名声に対処できていなかったことが理由の一つであると話している[ 117] [ 118] 。1977年に禁酒に成功した[ 117] 。
ディアボロスには、カズ・ヒロ こと辻一引 が関わっており[ 119] 、オーシャンズ13には、力士の曙 と[ 120] 、ミチ・ヤマト (山際道則)が出演している。
※太字 表記は主演。
主に担当しているのは、以下の二人である[ 122] 。
野沢那智 従来よりパチーノの担当声優として吹き替えを長年に渡り担当した。フィックス (専属)と評されるように[ 123] [ 124] 最も多く吹き替えており、各年代のパチーノの代表作のほとんどを手がけている[ 125] 。 パチーノの出世作である『ゴッドファーザー 』(日本テレビ 版)のマイケル・コルレオーネ 役が初担当であり、ここでの演技が視聴者に高く評価されたことで[ 126] [ 127] 、以降は3部作すべてを担当。2022年発売の『ゴッドファーザー トリロジー 50thアニバーサリー4KUltraHD+ブルーレイセット』にて、三部作全てを野沢の吹替で視聴可能となっている[ 128] 。 本人と対面はしていないものの、ニューヨーク のブロードウェイ でアル・パチーノ本人の出演する『アメリカン・バッファロー 』の舞台を鑑賞したという。その際、野沢はパチーノの凄まじいマシンガントークと肺活量に脱帽し、それからは「一作一作が闘い」もしくは「その人の演技との真剣勝負」という意識で気を引き締めてアフレコに挑んでいたとのこと[ 129] (詳細は野沢のページを参照)。 2022年からU-NEXT でオンデマンド配信されている『ゴッドファーザー 』のパラマウント 映画の製作について描かれたアメリカの伝記ドラマ 『ジ・オファー / ゴッドファーザーに賭けた男 』にはアンソニー・イッポリート 演ずる若き日のパチーノが登場しており、吹替版では野沢をリスペクトする形で実の息子である野沢聡 がパチーノ役に起用されている[ 130] 。 山路和弘 上記の野沢の次に多く吹き替えており、当初は『スカーフェイス 』など旧作のビデオソフト収録用の新録を主に務めていたが、野沢の没後は新作も多く担当するようになった[ 122] 。 このほかにも、羽佐間道夫 、菅生隆之 、樋浦勉 、小川真司 、有本欽隆 なども複数回、声を当てている。
受賞 1993年 アカデミー主演男優賞 :『セント・オブ・ウーマン/夢の香り 』ノミネート 1973年 アカデミー助演男優賞 :『ゴッドファーザー 』1974年 アカデミー主演男優賞:『セルピコ 』1975年 アカデミー主演男優賞:『ゴッドファーザー PART II 』1976年 アカデミー主演男優賞:『狼たちの午後 』1980年 アカデミー主演男優賞:『ジャスティス 』1991年 アカデミー助演男優賞:『ディック・トレイシー 』1993年 アカデミー助演男優賞:『摩天楼を夢みて 』 2020年 アカデミー助演男優賞:『アイリッシュマン 』受賞 1976年 主演男優賞 :『狼たちの午後 』、『ゴッドファーザー PART II 』ノミネート 1973年 新人賞:『ゴッドファーザー 』1975年 主演男優賞:『セルピコ 』1991年 助演男優賞 :『ディック・トレイシー 』2019年 助演男優賞:『アイリッシュマン 』受賞 1974年 主演男優賞 (ドラマ部門) :『セルピコ 』1993年 主演男優賞 (ドラマ部門):『セント・オブ・ウーマン/夢の香り 』2001年 セシル・B・デミル賞 2004年 男優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門) :『エンジェルス・イン・アメリカ 』2011年 ミニシリーズ・テレビ映画演技賞:『死を処方する男 ジャック・ケヴォーキアンの真実 』ノミネート 1973年 主演男優賞 (ドラマ部門):『ゴッドファーザー 』1975年 主演男優賞 (ドラマ部門):『ゴッドファーザー PART II 』1976年 主演男優賞 (ドラマ部門):『狼たちの午後 』1978年 主演男優賞 (ドラマ部門):『ボビー・デアフィールド 』1980年 主演男優賞 (ドラマ部門):『ジャスティス 』1983年 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門) :『喝采の陰で 』1984年 主演男優賞 (ドラマ部門):『スカーフェイス 』1990年 主演男優賞 (ドラマ部門):『シー・オブ・ラブ 』1991年 主演男優賞 (ドラマ部門):『ゴッドファーザー PART III 』1991年助演男優賞 :『ディック・トレイシー 』 1993年 助演男優賞:『摩天楼を夢みて 』 2014年 ミニシリーズ・テレビ映画演技賞:『Phil Spector 』2020年 助演男優賞:『アイリッシュマン 』2021年 ドラマシリーズ演技賞: 『ナチ・ハンターズ 』ノミネート 1974年 主演男優賞 :『セルピコ 』1976年 主演男優賞:『狼たちの午後 』1992年 主演男優賞:『セント・オブ・ウーマン/夢の香り 』受賞 1972年 助演男優賞 :『ゴッドファーザー 』1973年 男優賞 :『セルピコ 』受賞 1994年 栄誉金獅子賞 2011年 クィア獅子賞 :『ワイルド・サロメ 』受賞 2004年 主演男優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門):『エンジェルス・イン・アメリカ 』2010年 主演男優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門):『死を処方する男 ジャック・ケヴォーキアンの真実 』ノミネート 2013年 主演男優賞 (ミニシリーズ・テレビ映画部門):『Phil Spector 』受賞 1969年 助演男優賞 (演劇部門) :『Does a Tiger Wear a Necktie? 』1977年 主演男優賞 (演劇部門) :『The Basic Training of Pavlo Hummel 』ノミネート 2011年 主演男優賞 (演劇部門):『The Merchant of Venice 』受賞 2007年 生涯功労賞^ イギリスの俳優チャールズ・ロートン とは別人。 ^ シネマトゥディ・第62回エミー賞発表 ^ “Ready for My deMille: Profiles in Excellence - Al Pacino, 2001 ”. Golden Globe Awards . 2023年1月1日閲覧。 ^ “Pacino ‘overwhelmed’ by AFI honor ”. The Hollywood Reporter . 2023年1月1日閲覧。 ^ “Al Pacino accepts National Medal of Arts at White House ”. BBC News . 2023年1月1日閲覧。 ^ “Kennedy Center Honors: Al Pacino, The Eagles, James Taylor Among Those Feted ”. The Hollywood Reporter . 2023年1月1日閲覧。 ^a b c d e f g h i j k l Grobel, Lawrence (2006). Al Pacino: The Authorized Biography . London: サイモン&シュスター . ISBN 9780743294973 . https://archive.org/details/alpacinoauthoriz0000grob_j1y5/ 2022年11月21日閲覧。 ^a b c d e f g Yule, Andrew (1992). Al Pacino : Life on the Wire . Time Warner Books. ISBN 0751500488 . オリジナル のNovember 14, 2020時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20201114145048/https://books.google.com/books?id=QGloPgAACAAJ 2020年10月30日閲覧。 ^a b c d e f g h “Al Pacino Biography ”. The Biography Channel. 2014年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年3月10日閲覧。 ^a b c d e f g h i j k l m n o アクターズ・スタジオ・インタビュー . シーズン12. Episode 20. 2 October 2006. Bravo. ^a b Cohen, Francine (2015年4月25日). “Al Pacino: 'It's never been about money. I was often unemployed'” . ガーディアン . オリジナル の2017年5月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170501144800/https://www.theguardian.com/film/2015/apr/25/al-pacino-this-much-i-know 2017年10月19日閲覧。 ^ Bradley, Betsy (1990年12月11日). “Herman Ridder Junior High School (Public School 98) ”. Landmarks Preservation Commission. p. 10. 2016年3月3日時点のオリジナル よりアーカイブ。2016年8月15日閲覧。 ^ Okun, Stacey."Fire Destroys Former Performing Arts High School," Archived April 7, 2017, at theWayback Machine .New York Times (February 14, 1988). ^ “Al Pacino Biography ”. 2014年5月12日時点のオリジナル よりアーカイブ。2014年5月10日閲覧。 ^a b Pogrebin, Robin (2000年6月20日). “Pacino, Burstyn and Keitel To Lead the Actors Studio” . The New York Times . オリジナル の2020年11月14日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20201114145103/https://www.nytimes.com/2000/06/20/theater/pacino-burstyn-and-keitel-to-lead-the-actors-studio.html 2020年9月30日閲覧。 ^ Lipton, James.Inside Inside , Dutton (2007) ^ Grobel; p. 200 ^ Grobel; p. 16 ^ Al Pacino and the cast and crew talk Scarface | | South Africa Archived March 17, 2014, at theWayback Machine .. Filmcontact.com (August 26, 2011). Retrieved May 22, 2014.^ Smith, Kyle (December 13, 1999). “Scent of a Winner” . People 52 (23). ISSN 0093-7673 . オリジナル のJanuary 10, 2011時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110110030406/http://www.people.com/people/archive/article/0,,20130044,00.html 2019年11月23日閲覧。 . ^ “Al Pacino to Headline Lyle Kessler's Orphans on Broadway ”. Broadway Official Website (2005年8月12日). 2012年3月15日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年9月28日閲覧。 ^a b Nemy, Enid (1984年12月6日). “BROADWAY” . The New York Times . オリジナル の2017年12月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171202214030/http://www.nytimes.com/1984/12/07/arts/broadway.html 2017年1月10日閲覧。 ^ “Playbill ” (2002年10月3日). 2018年2月13日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2018年2月13日閲覧。 ^ “Variety Review ”. 2018年2月13日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2002年10月21日閲覧。 ^ Holden, Joe (2002年10月24日). “The Guardian – Review 10/23/2002” . The Guardian . オリジナル の2018年2月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180213080044/https://www.theguardian.com/film/2002/oct/24/theatre.artsfeatures ^ Brantley, Ben (2010年7月1日). “Railing at a Money-Mad World” . ニューヨーク・タイムズ . オリジナル の2010年7月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100705013054/http://theater.nytimes.com/2010/07/01/theater/reviews/01merchant.html 2010年8月16日閲覧。 ^ “Next Showing, The Merchant of Venice ”. New York City Theatre Website. 2010年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年8月16日閲覧。 ^ Cox, Gordon (2010年10月30日). “'Merchant of Venice' sells briskly thanks to Al Pacino's name” . Variety . https://www.variety.com/article/VR1118026619.html?categoryid=1282&cs=1 2010年10月30日閲覧。 ^ Jones, Kenneth (2011年5月3日). “2011 Tony Nominations Announced; Book of Mormon Earns 14 Nominations” . Playbill . オリジナル の2011年9月14日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110914233343/http://www.playbill.com/news/article/150437-2011-Tony-Nominations-Announced-Book-of-Mormon-Earns-14-Nominations 2011年5月5日閲覧。 ^ Gans, Andrew. “David Mamet's Glengarry Glen Ross, Starring Al Pacino, Ends Limited Broadway Run Jan. 20 ”. Playbill . 2013年5月7日時点のオリジナル よりアーカイブ。2013年4月27日閲覧。 ^ Viagas, Robert (2016年1月21日). “David Mamet's China Doll, Starring Al Pacino, Turns a Profit ” (英語). Playbill . 2020年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月16日閲覧。 ^ Viagas, Robert (2015年11月5日). “With More Work Needed, David Mamet Drama China Doll, Starring Al Pacino, Delays Opening ” (英語). Playbill . 2017年6月1日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月16日閲覧。 ^ Grobel; p. xx ^ Colaciello, Robert (1971年8月19日). “Turn-offs that turn on” . The Village Voice . オリジナル の2016年3月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160312084758/https://news.google.com/newspapers?nid=1299&dat=19710819&id=V8lHAAAAIBAJ&sjid=7YsDAAAAIBAJ&pg=6534,2997416 2014年10月21日閲覧。 ^ “'Godfather' role still defines Pacino” . Kentucky New Era . (1997年4月18日). オリジナル の2016年3月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160312084857/https://news.google.com/newspapers?nid=266&dat=19970418&id=IvErAAAAIBAJ&sjid=0mkFAAAAIBAJ&pg=6291,4152266 2014年10月21日閲覧。 ^a b c Grobel; p. xxi ^ Grobel; p. xxii ^a b c Grobel; p. xxiii ^ 文化通信社 編「1975年(昭和50年)12月 映像多角化の縦深展開で収益拡大」『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』指田洋・渡邉裕二・大川仁志(初版)、ヤマハミュージックメディア 、2012年6月15日、62頁。ISBN 4636885198 。OCLC 820774816 。 ^ 文化通信社 編「『新幹線』も海外で人気」『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』指田洋・渡邉裕二・大川仁志(初版)、ヤマハミュージックメディア、2012年6月15日、68頁。ISBN 4636885198 。OCLC 820774816 。 ^ “【復刻・日曜のヒーロー】待っていて下さい 必ずや ハリウッドの千葉真一 ”. nikkansports.com . 日曜日のヒーロー . 日刊スポーツ新聞社 (2021年8月20日). 2021年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2022年4月4日閲覧。 ^ Lee, Nathan (2007年8月27日). “Gay Old Time” . The Village Voice (New York). オリジナル の2010年5月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100502130629/http://www.villagevoice.com/2007-08-28/film/gay-old-time/ 2010年7月26日閲覧。 ^ Snyder, S. James (November 19, 2008). “Scarface Nation” . Time . オリジナル のFebruary 6, 2011時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110206172532/http://www.time.com/time/arts/article/0,8599,1859898,00.html 2011年4月4日閲覧。 . ^ “Scarface (1983) Box Office ”. Box Office Mojo . 2007年9月30日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2007年12月25日閲覧。 ^ “Al Pacino Golden Globe History ”. Golden Globes Official Website. 2006年5月20日時点のオリジナル よりアーカイブ。2010年7月28日閲覧。 ^ Grobel; p. xiv ^ Lovece, Frank (1989年9月17日). “Pacino re-focuses on film career: After five-year absence, actor returns to the big screen” . Los Angeles Times . オリジナル の2014年11月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141112225858/http://articles.latimes.com/1989-09-17/entertainment/ca-518_1_al-pacino 2014年10月21日閲覧。 ^ Grobel; p. xxv ^ Roger Ebert (1990年6月15日). “Dick Tracy Review” . Chicago Sun-Times . オリジナル の2008年12月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20081226062708/http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=%2F19900615%2FREVIEWS%2F6150301%2F1023 ^ “Is The Godfather Part III really that bad? ” (英語). Den of Geek (2013年4月30日). 2020年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月7日閲覧。 ^ Grobel; p. xxvii ^ Maslin, Janet (1991年10月11日). “Short-Order Cookery And Dreams of Love” . The New York Times . オリジナル の2013年9月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130918013705/http://movies.nytimes.com/movie/review?res=9C04EED7123AF932A25753C1A967958260 ^ Fordy, Tom (2018年11月13日). “A gangster movie with heart: how Al Pacino and Brian De Palma made the criminally underrated Carlito's Way” (英語). The Daily Telegraph . ISSN 0307-1235 . オリジナル の2020年2月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200217082222/https://www.telegraph.co.uk/films/0/making-carlitos-way-al-pacino-brian-de-palmas-underrated-gangster/ 2020年4月10日閲覧。 ^ Alexander, Bryan (2017年5月27日). “Al Pacino, Robert De Niro discuss their famed 'Heat' face-off” (英語). USA Today . オリジナル の2020年2月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200225013429/https://www.usatoday.com/story/life/movies/2017/05/27/al-pacino-robert-de-niro-discuss-their-famed-heat-face-off/102229228/ 2020年4月10日閲覧。 ^ Turan, Kenneth (1996年10月25日). “'Looking for Richard' but Finding Only Pacino” (英語). The Los Angeles Times . オリジナル の2020年4月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200410180526/https://www.latimes.com/archives/la-xpm-1996-10-25-ca-57361-story.html 2020年4月10日閲覧。 ^ “The Devils Advocate Box Office ”. Box Office Mojo . 2010年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年8月1日閲覧。 ^ Ebert, Roger (1997年10月17日). “Devil's Advocate Review” . Chicago Sun-Times . オリジナル の2011年11月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20111125080648/http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=%2F19971017%2FREVIEWS%2F710170302%2F1023 2010年8月1日閲覧。 ^ Travers, Peter (February 28, 1997). “Donnie Brasco” (英語). Rolling Stone . オリジナル のOctober 21, 2019時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20191021025419/https://www.rollingstone.com/movies/movie-reviews/donnie-brasco-118576/ 2020年4月10日閲覧。 . ^ Ebert, Roger (1999年11月5日). “The Insider movie review & film summary (1999) ” (英語). 2020年2月15日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月10日閲覧。^ Lawrence, Derek (January 22, 2020). “'We were at war in South Beach': An oral history of 'Any Given Sunday'” (英語). Entertainment Weekly . オリジナル のJanuary 23, 2020時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200123135122/https://ew.com/movies/2020/01/22/any-given-sunday-oral-history/ 2020年4月10日閲覧。 . ^ “Cecil B. DeMille Award ”. Golden Globes Official Website. 2006年4月30日時点のオリジナル よりアーカイブ。2010年7月26日閲覧。 ^a b Duke, Paul F. (2000年8月6日). “Searchlight buys 'Coffee' with Pacino ”. Variety . 2012年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2011年4月4日閲覧。 ^a b Grobel; p. xxxviii ^ Smith, David (2005年4月17日). “Godfather's conversion into video game angers Coppola” (英語). The Guardian . ISSN 0261-3077 . オリジナル の2020年4月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200410175753/https://www.theguardian.com/technology/2005/apr/17/games.film 2020年4月10日閲覧。 ^ Shen, Maxine (2005年4月21日). “PACINO GETS HIS GAME ON ” (英語). ニューヨーク・ポスト . 2020年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月10日閲覧。 ^ “Pacino joins Hollywood game celebs ” (英語). CNET . 2020年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月10日閲覧。 ^ Grobel; p. xxxiv ^ “Insomnia (2002) ”. Rotten Tomatoes . 2010年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年8月5日閲覧。 ^ “Insomnia Box Office ”. Box Office Mojo . 2010年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年8月5日閲覧。 ^ Grobel; p. xxxiii ^a b c Grobel; p. xxxv ^ “Pacino inks for 'Gigli' cameo ” (英語). Variety (2002年1月24日). 2020年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月10日閲覧。 ^ “The Recruit ”. Metacritic . 2011年2月21日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2011年4月4日閲覧。 ^ “Golden Globe Award History, Al Pacino ”. Golden Globes Official Website. 2008年2月18日時点のオリジナル よりアーカイブ。2010年7月26日閲覧。 ^ Grobel; p. xxxvi ^ “Two for the Money ”. Metacritic . 2011年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2011年4月4日閲覧。 ^ Thomson, Desson (2005年10月7日). “Hedging Its Bets, 'Two For the Money' Loses Big” . The Washington Post . オリジナル の2012年11月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121111180519/http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/06/AR2005100600679.html 2010年7月28日閲覧。 ^ “AFI Lifetime Achievement Award: Al Pacino ”. 2010年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年7月20日閲覧。 “Al Pacino is an icon of American film. He has created some of the great characters in the movies — from Michael Corleone to Tony Montana to Roy Cohn. His career inspires audiences and artists alike, with each new performance a master class for a generation of actors to follow. AFI is proud to present him with its 35th Life Achievement Award.” ^ “Award Winning Actor, Al Pacino Visits Trinity College” . Trinity College Dublin. (2006年11月22日). オリジナル の2016年10月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20161011041320/http://www.tcd.ie/news_events/articles/award-winning-actor-al-pacino-visits-trinity-college/303 2016年8月17日閲覧。 ^ “Ocean's Thirteen on Rotten Tomatoes ”. Rotten Tomatoes . 2010年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年7月28日閲覧。 ^ “88 Minutes on Rotten Tomatoes ”. Rotten Tomatoes . 2010年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年7月28日閲覧。 ^ “88 Minutes on Metacritic ”. Metacritic . 2009年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年7月28日閲覧。 ^ “Righteous Kill ”. Metacritic . 2011年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2011年4月4日閲覧。 ^ Lumenick, Lou (2008年9月12日). “Righteous Kill Review” . New York Post . オリジナル の2009年3月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090306125703/http://www.nypost.com/seven/09122008/entertainment/movies/al__bobs_frown_fest_128666.htm 2010年10月30日閲覧。 ^ “Al Pacino Emmy Award Winner ”. Emmys.com. 2013年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2013年4月19日閲覧。 ^ “Lead Winners at 62nd Primetime Emmys ”. Emmys Official Website (2010年8月29日). 2010年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2010年8月30日閲覧。 ^ “Winners and Nominees: Al Pacino ”. Goldenglobes.com . 2019年2月18日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2019年1月12日閲覧。 ^ Vary, Adam B. (April 2, 2012). “Adam Sandler's 'Jack and Jill' sweeps the 2011 Razzie Awards” . Entertainment Weekly . オリジナル のOctober 11, 2016時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20161011083632/http://www.ew.com/article/2012/04/02/adam-sandler-jack-and-jill-razzies 2016年9月13日閲覧。 . ^ “Al Pacino to receive special award at Venice Festival ”. BBC News (2011年5月6日). 2011年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2011年5月6日閲覧。 ^a b “Al Pacino to receive special award at Venice Festival ”. BBC (2011年5月5日). 2011年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2011年5月5日閲覧。 ^ Friedman, Roberto (2012年3月1日). “The second coming of Oscar” . Bay Area Reporter . オリジナル の2012年3月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120305141709/http://www.ebar.com/arts/art_article.php?sec=outthere&article=361 2012年3月2日閲覧。 ^ “Castro Theatre Film Premiere With Al Pacino:Wilde Salomé to Benefit GLBT Historical Society” . History Happens . (2012年3月). オリジナル の2012年3月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120325022634/http://archive.constantcontact.com/fs029/1101960178690/archive/1109395567575.html 2012年3月2日閲覧。 ^ Sanchez, Don (2012年3月21日). “Al Pacino in San Francisco for documentary premier ”. ABC 7 News (KGO TV) . 2013年9月18日時点のオリジナル よりアーカイブ。2012年3月22日閲覧。 ^ “Al Pacino honoured at White House” (英語). BBC News . (2012年2月14日). オリジナル の2020年6月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200616044134/https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-17025115 2020年4月13日閲覧。 ^ “Al Pacino ” (英語). National Endowment for the Arts (2012年12月10日). 2019年9月6日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月13日閲覧。 ^ “See Al Pacino As Phil Spector on the Set of HBO's Movie” . New York . (2011年5月8日). オリジナル の2011年9月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110924105920/http://nymag.com/daily/entertainment/2011/08/post_35.html 2011年10月3日閲覧。 ^ “The Golden Globes: Full List of Winners and Nominees ”. NBC News (2016年1月10日). 2016年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2016年9月13日閲覧。 ^ “Martha Argerich, Eagles, Al Pacino, Mavis Staples, James Taylor To Receive 39th Annual Kennedy Center Honors” (PDF) (Press release). Kennedy Center Honors. 23 June 2016. 2017年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ (PDF) . 2017年12月20日閲覧 .^ McGlone, Patty (2016年12月4日). “The Kennedy Center Honors: How sweet it is to be loved by the nation” . The Washington Post . オリジナル の2020年1月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200101060457/https://www.washingtonpost.com/lifestyle/style/how-sweet-it-is-to-be-loved-by-the-nation/2016/12/04/6e6d737a-ba57-11e6-94ac-3d324840106c_story.html ^ Fleming, Mike Jr. (2012年9月8日). “Al Pacino To Play Joe Paterno In Movie On Penn State Gridiron Scandal ” (英語). Deadline Hollywood . 2019年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月13日閲覧。 ^ Rivera, Joshua (2018年3月30日). “What's New on HBO: April 2018 ” (英語). Vulture . 2018年10月31日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年4月13日閲覧。 ^ Kroll, Justin (2018年6月7日). “Al Pacino Joins Quentin Tarantino's Manson Movie (Exclusive) ”. Variety . 2018年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2019年1月12日閲覧。 ^ “Martin Scorsese's The Irishman: Netflix release date, cast, plot, spoilers – Radio Times ”. 2019年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2019年3月22日閲覧。 ^ Bradshaw, Peter (2019年10月13日). “The Irishman review – Martin Scorsese's finest film for 30 years” (英語). ガーディアン . ISSN 0261-3077 . オリジナル の2020年2月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200226153909/https://www.theguardian.com/film/2019/oct/13/the-irishman-review-martin-scorseses-finest-film-for-30-years 2020年4月13日閲覧。 ^ Chang, Justin (2019年10月31日). “De Niro, Pesci And Pacino Are At The Top Of Their Game In 'The Irishman'” (英語). オリジナル の2020年3月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200304122546/https://www.npr.org/2019/10/31/775044876/de-niro-pesci-and-pacino-are-at-the-top-of-their-game-in-the-irishman 2020年4月13日閲覧。 ^ Zaltzman, Lior (2019年11月6日). “Al Pacino Is a Badass Jewish Nazi Hunter in This Upcoming Amazon Series ” (英語). Kveller . 2019年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2019年11月10日閲覧。 ^ Petski, Denise (2020年8月3日). “'Hunters' Renewed For Season 2 By Amazon ” (英語). Deadline Hollywood . 2020年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2020年8月27日閲覧。 ^ “俳優アル・パチーノさん、新型コロナ感染で一時心肺停止に ”. CNN (2024年10月8日). 2024年10月15日閲覧。 ^ Fleming, Mike Jr. (2019年11月1日). “Lady Gaga, Ridley & Giannina Scott Team On Film About Assassination Of Gucci Grandson Maurizio; Gaga To Play Convicted Ex-Wife Patrizia Reggiani ”. Deadline Hollywood . 2020年8月23日閲覧。 ^a b c Ntim, Zac. “Johnny Depp To Direct 'Modigliani', His First Directorial Effort in 25 Years; Al Pacino Co-Producing ”. Deadline Hollywood . 2022年8月15日閲覧。 ^ “84歳アル・パチーノさん、新たな子どもが生まれたのは「小さな奇跡」 ”. CNN (2024年10月11日). 2024年10月15日閲覧。 ^ “83歳アル・パチーノさんに第4子男児 29歳恋人が出産” . AFPBB News (株式会社クリエイティヴ・リンク). (2023年6月16日). https://www.afpbb.com/articles/-/3468512 2023年6月16日閲覧。 ^ “Pacino's Bambinos ”. People (2001年2月12日). 2011年1月9日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2019年11月23日閲覧。 ^ “Twin Pique ”. People (2003年2月24日). 2011年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2019年11月23日閲覧。 ^ The Barbara Walters Special, February 29, 2004 ^ “Irresistible allure of Pacino” (英語). independent . オリジナル の2020年6月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200616041605/https://www.independent.ie/woman/celeb-news/irresistible-allure-of-pacino-26826087.html 2020年4月13日閲覧。 ^ “Septuagenarian Pacino's girlfriend thinks of having his baby ”. CTV News (2012年2月7日). 2020年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ 。2019年5月21日閲覧。 ^a b Lohr, John (September 8, 2014). “Caught in the Act” . The New Yorker . https://www.newyorker.com/magazine/2014/09/15/caught-act 2022年5月4日閲覧。 . ^ Wareing, Charlotte (2015年5月23日). “Al Pacino on drink and fame: 'I'm sorry, but I don't remember much of the 70s'” . The Daily Mirror . https://www.mirror.co.uk/3am/celebrity-news/al-pacino-drink-fame-im-5746821 2022年5月4日閲覧。 ^ 辻一弘 著、福原顕志 編『顔に魅せられた人生』宝島社、2018年7月13日。ISBN 978-4800284761 。 NCID BB26589819。 ^ https://www.imdb.com/title/tt0496806/fullcredits/?ref_=tt_cst_sm ^ “アル・パチーノとアンソニー・ホプキンス初共演のサスペンス、2017年1月公開” . 映画ナタリー . (2016年9月26日). https://natalie.mu/eiga/news/203081 2016年9月26日閲覧。 ^a b “ナレーションは前途多難!? 山路和弘『ムービープラス「プレミア・ナビ」』インタビュー ”. 2021年1月16日閲覧。 ^ “The Godfather 徹 底 解 剖 ”. 洋画専門チャンネル ザ・シネマ. 2024年4月19日閲覧。 ^ “#17 演出家 小林守夫インタビュー ”. 吹替の帝王 . 20世紀フォックス . 2018年10月28日時点のオリジナル よりアーカイブ。2021年7月10日閲覧。 ^ <野沢那智さん追悼放送企画>『セント・オブ・ウーマン/夢の香り吹き替え版』11月25日(木) 21:00〜23:45 放送決定 ^ “男たちのシネマ愛②愛すべき、味わい深い吹き替え映画(6) ”. ザ・シネマ. 2024年4月10日閲覧。 ^ 日曜洋画劇場 コラム | 2011/12/4 放送 「ノウイング」 (2017年3月18日時点のアーカイブ )^ ゴッドファーザー トリロジー 50th アニバーサリー 4K Ultra HD+ブルーレイセット コレクターズ・エディション - NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン ^ ふきカエルインタビュー 【第2回】 野沢那智(2008年4月9日収録) - インタビュアー:水落幸子 (2022年12月20日時点のアーカイブ )^ “《故・野沢那智さんの息子・野沢聡さんほか豪華声優陣が集結!》海外ドラマ『ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男』(全10話)TV初放送! ”. 朝日新聞デジタル. 2022年9月19日閲覧。 ウィキメディア・コモンズには、
アル・パチーノ に関連するカテゴリがあります。
1973-1980 1981-2000 2001-2020 2021-2040
1928–1940 1941–1960 1961–1980 1981–2000 2001-2020 2021-現在
1980-2000 2001-2020 2021-2040
1943–1960 1961–1980 1981–2000 2001–2020 2021–現在
1994–2000 2001–2020 2021–2040
1966 -1980年 1981 - 2000年 2001 -2020年 2021 - 現在
1975–1980 1981–2000 2001–2021