アルカリ (蘭 :alkali )とは一般に、水 に溶解 して塩基性 (水素イオン指数 (pH) が7より大きい)を示し、酸 と中和 する物質の総称。
典型的なものにはアルカリ金属 またはアルカリ土類金属 の水酸化物 (塩 )があり、これらに限定してアルカリと呼ぶことが多い。これらは水に溶解すると水酸化物イオン を生じ、アレニウス の定義による酸と塩基 の「塩基」に相当する。一方でアルカリをより広い「塩基 」の意味で用いることもある。
アラビア語 :القلي al-qily ,القالي al-qālī に由来し、元来は植物の灰 を意味する。ジャービル・イブン=ハイヤーン の命名による(カリウム も同語源)。これらを水に溶かした際に示す性質(例えば鹸化 など)がアルカリという概念の始まりである。なお植物灰の主成分は炭酸カリウム 、炭酸ナトリウム などであり、アルカリ性を示すが狭義のアルカリではない(下記参照)。
ブレンステッド とローリー による酸と塩基 の定義以後、一般には、アルカリ金属およびアルカリ土類金属の水酸化物(塩)など、水に溶解すると水酸化物イオンを生じる物質を限定してアルカリと呼び、これらはアレニウスの定義による塩基に相当する。他にテトラアルキルアンモニウム の水酸化物などもこのアルカリに当たり、化学式は一般に M(OH)n (M は陽イオン Mn + となり、n は1以上の整数である)と表される。またこれらの水溶液をアルカリと呼ぶこともある。特に、塩基解離定数 がほぼ pK b < 0(Kb > 1)で、水酸化物イオンを定量的に生成するものを強アルカリまたは強塩基 と呼ぶ。
水溶液に関しては、pH 7 より大きい塩基性のことをアルカリ性ともいう。農学 では土壌 に関して、おおむね pH 7.3 以上の場合をアルカリ性という。
また水に溶かした場合に弱塩基性を示すアンモニア やアミン 、あるいはアルカリ金属の炭酸塩 や燐酸塩 などをアルカリに含めることもある。これらはそれ自体が水酸化物イオンを生じるわけではなく、その意味ではアルカリではないが、水分子からプロトン を奪うため結果的に水酸化物イオンを生じる。これらはブレンステッド・ローリーの定義による塩基に含まれる。
このほか、アルカリをブレンステッド・ローリーの定義による塩基の同義語として広く用いることもあるが、上記の性質を示さない塩基が多い。例えばアルカロイド (アルカリに由来する名前)や核酸 の構成成分である塩基は、強酸 とは塩 を形成するが、水溶液で塩基性を示さない。
さらに、アルカリ金属・アルカリ土類金属の酸化物 は水に入れると反応し水酸化物つまりアルカリを形成する。これら自体は基本的にはアルカリではないが、アルカリと呼ぶこともある。
岩石学 では組成として酸化ナトリウム ・酸化カリウム を多く含む火成岩 を、アルカリ岩 と分類する。
アルカリは、中濃度(濃度 10 mM 以上)の水溶液では pH 10 以上となる。高濃度水溶液は腐食性があり、また脂肪 を鹸化 し、タンパク質 を変性 させさらに加水分解 する。アルカリ水溶液は触れるとヌルヌルした感触(石鹸に類する)があるが、これは皮膚の脂肪の鹸化などによる。低濃度では一般に苦味 を呈する。一般には水に溶解するが、アルカリ土類金属水酸化物(水酸化カルシウム など)には溶解度の低いものもあり、これらはアルカリ金属水酸化物ほど強いアルカリとはならない。
Seidlitzia rosmarinus 日本において「アルカリ」という言葉の使用が文献上確認できる最古の例は、江戸時代後期の『厚生新編 』(1811 - 1840年)という蘭学書 である[ 1] [ 2] 。より詳しくは、alkali の語が「亜爾加里塩」と音訳された[ 2] 。『厚生新編』は大槻玄沢 ら当時の蘭学者がDictionnaire œconomique というフランス語の百科事典を、そのオランダ語訳版から重訳したものである[ 1] [ 2] 。フランス語のalcali や英語のalkali などは、直接的には中世ラテン語のalcali に由来する語彙である[ 3] 。中世後期 のヨーロッパ・キリスト教圏は、中東・北アフリカやイベリア半島などのイスラーム教圏から、多くのアラビア語で記述された錬金術関連文献をラテン語に翻訳した。中世ラテン語のalcali という語は、アラビア語のal-qiliy というものの音訳である[ 3] 。
al-qiliy のうち、al- はアラビア語の定冠詞である。qiliy は、qilā ,qilw [ 注釈 1] あるいはshabb al-‘usfur ,shabb al-asākifa とも呼ばれ[ 4] [ 5] 、ヤークート やファフルッディーン・ラーズィー によるとこれは衣料の洗濯に使えるものであり、イブン・バイタール やイブン・クタイバ などの本草学や医術に詳しい学者によれば、これはレプラ などの皮膚病や切り傷、サソリ の毒に効くものであるとされる[ 4] [ 5] 。マスウーディー によると、これを砂と酸化マグネシウム に混ぜて溶かしたものがガラス の主原料であるという[ 4] [ 5] 。
このqiliy は、アルカリ性植物を焼いた残りの灰から生成する鉀塩(炭酸カリウム )やソーダ灰(炭酸カルシウム )を指す言葉と考えられている[ 4] 。qiliy の語はさらに、そうした草木灰そのものや、そのあく汁をも指す言葉としても混同して使用されるようになった[ 4] 。なお、中世イスラーム圏の科学においては、炭酸カリウムと炭酸カルシウムとの区別はついていない[ 4] 。
qiliy をとるのによく使われる草は、rimt͟h というHaloxylon 属の草や、ḥamḍ というChenopodium 属の草であった[ 4] 。アブー・ハニーファ・ディーナワリー は、もっとも良質なqiliy を得られる草は「染屋のキリー」と呼ばれる草(Seidlitzia rosmarinus )であると記している[ 4] 。ヨルダンのアンマンあたりの砂漠に生える「染屋のキリー」は、非常に古い時代からここに住む人々に利用されており、10世紀の医者タミーミー (英語版 ) によると、「染屋のキリー」から製造したアンマンの洗剤は、パレスチナやエジプトなどへの輸出品であった[ 6] 。
^ قلى ; 読み方は Ullmann に依拠する[ 4] [ 5] 。qaliy と読む文献もある。^a b “葵文庫に見る辞典・辞書の系譜「厚生新編」 70巻 68冊 (31,32 欠) ”. 2020年4月7日閲覧。 ^a b c 徐, 克偉 (2016-06). “『厚生新編』にみる蘭学音訳語とその漢字選択” . 或問-WAKUMON 29 : 83-93. http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~shkky/wakumon/no-29/07_xu01.pdf 2020年4月7日閲覧。 . ^a b Définitionslexicographiques etétymologiques de « alcali » duTrésor de la langue française informatisé , sur le site duCentre national de ressources textuelles et lexicales ^a b c d e f g h i Ullmann, M. (1986). “AL-ḲILY”. InBosworth, C. E. [英語版] ;van Donzel, E. [英語版] ;Lewis, B. ;Pellat, Ch. [英語版] (eds.).The Encyclopaedia of Islam, New Edition, Volume V: Khe–Mahi . Leiden: E. J. Brill.ISBN 90-04-07819-3 . ^a b c d Ullmann, Manfred (2016). Rüdiger Arnzen. ed. Aufsätze zur arabischen Rezeption der griechischen Medizin und Naturwissenschaft . Scientia Graeco-Arabica vol. 15. Walter de Gruyter GmbH & Co KG. p. 314. ISBN 9781614518457 . https://books.google.co.jp/books?id=4N_VDAAAQBAJ&pg=PAPA314 ^ Amar, Zohar & Serri, Yaron,The Land of Israel and Syria as Described by Al-Tamimi (Jerusalem Physician of the 10th Century), Bar-Ilan University: Ramat-Gan, 2004, pp. 61–66; 111–113ISBN 965-226-252-8 (Hebrew)