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いしだあゆみ

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曖昧さ回避歌手の「石田亜佑美」とは別人です。
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(2025年3月)
いしだ あゆみ
いしだ あゆみ
『映画情報』1965年6月号(国際情報社)から
本名石田 良子いしだ よしこ
別名義石田 良子
(1960年 - 1964年3月)
生年月日 (1948-03-26)1948年3月26日
没年月日 (2025-03-11)2025年3月11日(76歳没)
出生地日本の旗長崎県佐世保市
出身地日本の旗大阪府池田市
死没地日本の旗東京都
身長163cm[1]
血液型B型[2]
職業歌手俳優
ジャンル歌手:歌謡曲
女優:テレビドラマ映画
活動期間1960年 - 2025年
配偶者萩原健一(1980年 - 1984年)
著名な家族
事務所芸映プロダクション(1967年 - )
渡辺プロダクション( - 1979年)
イザワオフィス(1979年 - 2025年)
公式サイトプロフィール
主な作品
テレビドラマ
悪女の仮面
松本清張ドラマスペシャル・夜光の階段
窓の中の殺人
女ざかり
雨の日の訪問者
雪の朝に
松本清張スペシャル・疑惑
映画
時計 Adieu l'Hiver
マンハッタン・キス
野獣刑事
火宅の人
受賞
日本アカデミー賞
最優秀主演女優賞
1987年火宅の人』『時計 Adieu l'Hiver
ブルーリボン賞
その他の賞
報知映画賞
助演女優賞
1977年『青春の門 自立篇』
主演女優賞
1986年『火宅の人』『時計 Adieu l'Hiver』
キネマ旬報ベスト・テン
助演女優賞
1987年『火宅の人』
毎日映画コンクール
女優主演賞
1987年『火宅の人』『時計 Adieu l'Hiver』
ヨコハマ映画祭
主演女優賞
1983年野獣刑事
ほか受賞歴参照
備考
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いしだ あゆみ1948年昭和23年〉3月26日[1][3][4][5] -2025年令和7年〉3月11日[6][7][8])は、日本歌手俳優フィギュアスケート選手。イザワオフィス所属[1]大阪府池田市出身[9]。本名・旧芸名石田 良子(いしだ よしこ)。

来歴

生い立ち

4人姉妹の次女として[9]長崎県佐世保市で誕生[5]。難産の末に生まれ、生後2か月の時に肺炎にかかって生死の境を彷徨い、佐世保の米軍基地の病院でペニシリンを投与され助けられたという。大阪府池田市で育つ[注釈 1]

5歳からフィギュアスケートを始め、選手として活躍したほか、児童劇団でも活動し、「ともだち劇場」で同期生の中山千夏らとともに[10]泉田行夫の指導を受けた。1961年(昭和36年)、東宝取締役の松岡辰郎の紹介で、梅田コマ劇場で歌手として初舞台を踏む[5]。1962年(昭和37年)、14歳で上京して作曲家・いずみたくに師事[9]。4月20日にソノブックス社から「夢みる恋(原題:Walkin' Back To Happiness)」をリリースし、その後もソノシートで数曲を発表した。デビュー前は赤坂ナイトクラブで歌っていた[10]。1966年(昭和41年)、上野学園高等学校を卒業。

歌手として芸能界デビュー

1964年(昭和39年)4月、本名から芸名いしだ あゆみに代えた。名付け親は永六輔[11]。同年、日本ビクター(音楽レコード事業部、現:ビクターエンタテインメント)から「ネェ、聞いてよママ」を発表した[5]。『おしゃれ作戦』『パント・ポップショー』などでテレビ番組デビューすると[10]、1965年(昭和40年)にかけて『七人の孫』に森繁久彌の孫役で出演するなど[4]劇団出身の演技力を活かして歌手俳優を掛け持ちした。

4年間で通算23枚のシングルを発表したものの、歌手としては2作目のシングル「サチオ君」(1963年)が5万枚程度の売上を記録したのが最高で[12]、大きなヒット曲に恵まれなかった[13]。この期間、テレビドラマや他の仕事が忙しく歌手としての宣伝に協力できなかったと述べている[12]

歌手に専念するため、1968年(昭和43年)4月に日本コロムビアへ電撃移籍、同年6月10日に移籍第1弾(通算24作目)シングルとして発売された「太陽は泣いている」が転機となり、同年12月25日に移籍第3弾(通算26作目)シングルとして発売された「ブルー・ライト・ヨコハマ」は累計150万枚のミリオンセラーを記録し[14]、代表曲となった[4][5][13]。同年2月10日にはオリコンチャート週間1位にランクインし[13]、年間チャートでは第3位にランクインし、歌手としての地位を確立[13]横浜市ご当地ソングとして長く歌い継がれ[15]、多くの歌手によってカバーもされている。『NHK紅白歌合戦』には、1969年(昭和44年)の第20回に初出場、1973年(昭和48年)の第24回、1993年(平成5年)の第44回と、同曲で合計3回出場している。

→詳細は「ブルー・ライト・ヨコハマ」を参照

1970年(昭和45年)の「あなたならどうする」がオリコン最高2位、1971年(昭和46年)の「砂漠のような東京で」がオリコン最高3位にランクインするなどヒットを連発、紅白歌合戦には通算10回出場している。

1977年(昭和52年)、ティン・パン・アレーと共同制作したアルバム『アワー・コネクション』を「いしだあゆみ &ティン・パン・アレイ・ファミリー」名義でリリース[3]、当時全盛期だったニューミュージックのテイストを取り入れた都会的なサウンドで繊細な歌声を聴かせた。

1981年(昭和56年)11月にアルファレコード(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)へ移籍し、シングル「赤いギヤマン」、および松任谷由実呉田軽穂名義)や岩谷時子作詞を、PARACHUTEのメンバーが演奏を担当した、セルフタイトルのアルバム『いしだあゆみ』を発売[3]、歌手としても新境地を拓いた。これらのアルバムはシティ・ポップブームの中で再評価され、2013年(平成25年)に『Our Connection』が紙ジャケットリマスター盤で再発売、2017年(平成29年)には『いしだあゆみ』が初CD化され、隠れた名盤としてファンに愛されている[3]。また、1986年(昭和61年)には渡哲也とのデュエットシングル「わかれ道」をトーラスレコード(現:ユニバーサルミュージックLLC)から発売、同年12月11日放送の『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」コーナーに出演した。

1967年(昭和42年)から芸映プロダクションに所属していたが、「ブルー・ライト・ヨコハマ」のヒットの後、渡辺プロダクションに移籍した。渡辺プロダクションでは野田義治が7年ほどマネージャーについた。1979年(昭和54年)、渡辺プロダクションから分社化したイザワオフィスへ、ザ・ドリフターズなどと共に移籍した。

俳優業へシフト

1973年(昭和48年)、『日本沈没』で演技力が高く評価され[5]、1977年(昭和52年)には『青春の門 自立篇』で報知映画賞助演女優賞を受賞。実力派女優としての地位を確立し、歌手より女優としての活動が主力となっていく[3]

1981年(昭和56年)の『駅 STATION』では高倉健の妻を演じた。1982年(昭和57年)の『野獣刑事』ではヌードが話題となり、『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』との両作品で第6回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。1986年の(昭和61年)『火宅の人』では報知映画賞とブルーリボン賞第10回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞などを受賞。同年の『時計 Adieu l'Hiver』では経験を活かしてフィギュアスケートのコーチを演じた。

テレビドラマでも、1977年(昭和52年)『祭ばやしが聞こえる』、1979年(昭和54年)『阿修羅のごとく』、1981年(昭和56年)『北の国から』、1983年(昭和58年)『金曜日の妻たちへ』などに出演。1989年(平成元年)『青春家族』のヒロイン清水美砂とともに務め、放送時点41歳で当時としてはヒロイン史上最年長だった。2003年(平成15年)『てるてる家族』の登場人物である岩田夏子のモデルになっており、自らもクラブ歌手役として出演した。たびたび倉本聰脚本作品に起用され、石井ふく子プロデュース作品の常連でもあった。

2008年(平成20年)1月に『ラジオ深夜便』のコーナー「深夜便のうた」の1曲として久々の新曲「オアシス」を発表(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)。同番組で同年3月まで流された。「オアシス」は、NHKサービスセンターが刊行している『ラジオ深夜便年鑑2008』の付属CDと「深夜便のうた」のオムニバスCDで聴くことができるのみである。

2019年(平成31年)、『やすらぎの刻〜道』に出演した。

2020年(令和2年)には文化庁長官表彰[16]、2021年(令和3年)には旭日小綬章受章[17][18]。旭日小綬章受章にあたっては「身に余る光栄でございます」とコメントしている[18]

死去

2025年(令和7年)3月に入り、急激に体調が悪化し入院していたが、同月11日4時48分、甲状腺機能低下症のため、妹に看取られて東京都内の病院で死去した。76歳没。訃報は同月17日に所属事務所のイザワオフィスから公表された。既に近親者による葬儀を終えており、故人の意思によりお別れの会などの実施はされないとしている[6][7][8]

韓国でも20社以上の報道機関がこの訃報を伝えた[19][20]。いしだの代表曲でもある「ブルー・ライト・ヨコハマ」は発表当時日本の大衆文化流入が厳しく制限されていた韓国でも海賊版などを通じて人気があった[21][22]

2025年12月30日、第67回日本レコード大賞にて特別功労賞を受賞。[23]

人物

大阪学芸大学附属池田小学校[24]上野学園高等学校卒業[25]

実家は池田栄町商店街 “サカエマチ1番街”で3代続いた喫茶店「フジヤ」とパン屋を営んでいた。母親は福岡県大牟田市出身[25]。姉は石田治子。妹は石田ゆり、義弟はなかにし礼。池田小学校の同級生に安藤宏基がおり、「(いしだと)何度かアイススケートに行き、私はへたくそだったので、いろいろ手を取って教えてもらった[24]。両親(安藤百福安藤仁子)は愛犬と五月山へ散歩に行った帰り、「フジヤ」でクリームソーダを飲むことを楽しみにしていた[24]」と証言している。千葉真一の熱狂的ファンで、仕事の合間を縫いながら必ず『キイハンター』を観ており、千葉に会うと「大ファンです」と直に伝えている[26]。1979年(昭和54年)『闇の狩人』では一緒のシーンは無いものの同じ作品に出演し、1987年(昭和62年)の主演作『雪の朝に』では恋人役として念願の共演を果たした。

1969年(昭和44年)2月24日に生放送された『夜のヒットスタジオ』の「コンピューター恋人選び」コーナーでは、恋人と噂された森進一が公表され、その後に森の眼前で「ブルー・ライト・ヨコハマ」を歌唱中、動揺した影響からか途中で突如泣き崩れ、歌えなくなってしまった[27][28]篠木雅博は初めて会った時の印象を「実に存在感があり、きれいな人」と述べている。篠木が一気に企画内容を話したが、黙って聞いた後、いい悪いの答えではなく「あっ、これからサンマ買いに行かなきゃ」と述べただけで終わり、実にあっけらかんとした打ち合わせだったと回想している[29]

1980年(昭和55年)に『祭ばやしが聞こえる』で共演したショーケンこと萩原健一との結婚を発表したが、入籍はせず事実婚状態だった。[注釈 2]同年、萩原が大麻取締法違反容疑で逮捕され執行猶予の身となり、萩原が仕事を出来ない期間はいしだが生活を支えていた。1984年(昭和59年)に萩原の執行猶予期間が終わったが、直後に萩原が交通事故を起こし、その末に二人は離婚を発表した。2019年(平成31年)3月26日、萩原の訃報を知り、「ご冥福をお祈りします」と追悼している[31]

大阪出身だが標準語で喋るように心がけていた。冗談交じりであったようだが大阪弁を使う知人との会話では自身も大阪弁にならないようにも心掛けていたという[32]

受賞

1977年

1978年

1982年

1983年

1986年

1987年

1997年

2020年

2021年

2026年

ディスコグラフィ

シングル

#発売日曲順タイトル作詞作曲編曲オリコン
最高順位
レーベル規格品番
11964年
4月5日
A面ネエ、聞いてよママ岡田教和いずみたく-ビクターSV-13
B面初恋
21964年
6月5日
A面サチオ君SV-31
B面17才になりたいの山上路夫
31964年
8月
B面
[注釈 3]
だれだって一人じゃないやなせたかしSV-57
4A面
[注釈 4]
東京の夜は更けて宮川哲夫SV-75
51964年
9月
A面先生を好きでした桜井保SV-89
B面あゆみの子守唄青木一徳
6A面
[注釈 5]
サミーのマーチ漣健児T.CaryいずみたくSPV-23
71964年
11月15日
A面
[注釈 6]
ブーベの恋人C.RustichelliSPV-25
81965年
2月5日
A面みどりの乙女岩谷時子いずみたくSV-166
B面渚の想い出
91965年
3月25日
A面アッちゃん前田武彦SV-180
B面真珠パールの指輪岩谷時子
101965年
8月5日
A面愛さなければよかったSV-256
B面歌え太陽藤田敏雄
111965年
9月25日
A面
[注釈 7]
ガムとチョコ山上路夫SV-273
121965年
11月5日
A面わたしのことだけ淡の圭一SV-308
B面湖に雨が降るとき北田守大野正雄竹村次郎
131965年
12月15日
A面若い野ばら岩谷時子いずみたくSV-328
B面さびしさに涙して
141966年
4月5日
A面夢見る17才睦正子H.Korn川口真SPV-64
B面ソー・ロング・ベイブ室生恵L.Hazlewood
151966年
5月15日
A面愛のマーチ山上路夫いずみたくSV-391
B面忘れたいのよ片岡政子淡の圭一
161966年
6月25日
A面
[注釈 8]
さいはての湖鈴木道明寺岡真三SV-424
171966年
7月25日
A面パイナップル・ラブ井田誠一寺岡真三SV-424
B面赤いバラ宮川哲夫いずみたく
181967年
3月5日
A面黄色いハンカチ八木輝寿郎中村八大SV-534
B面緑のおめめ佐伯孝夫服部克久
191967年
4月25日
A面恋のシャドーなかにし礼鈴木邦彦SV-552
B面あふれる幸せ
201967年
8月25日
A面こまらせたいの有馬三恵子鈴木淳大西修SV-606
B面夜を忘れたい
211968年
1月25日
A面小雨の思い出志賀太郎SV-658
B面星のタンバリン
221968年
6月10日
A面太陽は泣いている橋本淳筒美京平18位コロムビアLL-10058-J
B面夢でいいから林春生
231968年
9月25日
A面ふたりだけの城橋本淳-LL-10070-J
B面あふれる愛に
241968年
12月25日
A面ブルー・ライト・ヨコハマ1位LL-10081-J
B面明日より永遠に
251969年
4月15日
A面涙の中を歩いてる10位LL-10092-J
B面恋はそよ風
261969年
8月1日
A面今日からあなたと7位LL-10102-J
B面ある日街角で
271969年
11月20日
A面喧嘩のあとでくちづけをなかにし礼中村泰士森岡賢一郎7位LL-10116-J
B面天使の足音
281970年
3月25日
A面あなたならどうする筒美京平2位LL-10127-J
B面今夜は帰って三木たかし高見弘
291970年
7月15日
A面昨日のおんな井上忠夫森岡賢一郎8位LL-10146-J
B面誘惑的な午後橋本淳筒美京平
301970年
10月1日
A面何があなたをそうさせたなかにし礼12位LL-10151-J
B面恋人と呼んで川口真森岡賢一郎
311971年
2月10日
A面止めないで井上忠夫20位LL-10155-J
B面待っている女田辺信一
321971年
5月10日
A面砂漠のような東京で橋本淳中村泰士森岡賢一郎3位LL-10164-J
B面24時間の恋
331971年
8月25日
A面おもいでの長崎筒美京平10位LL-10172-J
B面ひとり歩きもできないくせに
341972年
1月25日
A面さすらいの天使18位LL-10186-J
B面白いしあわせ
351972年
7月25日
A面まるで飛べない小鳥のように中村泰士高田弘45位LL-10195-J
B面いつもなら私は
361972年
11月10日
A面生まれかわれるものならば筒美京平43位LL-10204-J
B面愛よ行かないで
371973年
2月25日
A面愛愁尾中美千絵平尾昌晃竜崎孝路51位LL-10212-J
B面あなたからどうぞ山上路夫
381973年
6月10日
A面渚にて阿久悠中村泰士森岡賢一郎52位LL-10217-J
B面破局
391973年
9月10日
A面愛の氷河井上忠夫高田弘42位P-301
B面私のラストショー
401974年
1月25日
A面幸せだったわありがとうなかにし礼加瀬邦彦42位P-329
B面何も言いっこなし
411974年
4月25日
A面恋は初恋森岡賢一郎54位P-342
B面不思議なの
421974年
8月1日
A面美しい別れ74位P-362
B面ラスト・シーン石原信一中村泰士あかのたちお
431974年
12月1日
A面家路橋本淳筒美京平-P-388
B面幸せのあとで
441975年
4月1日
A面待ちわびてもなかにし礼筒美京平森岡賢一郎P-401
B面別れの鏡安井かずみ加瀬邦彦
451975年
11月10日
A面時には一人で喜多條忠筒美京平83位P-441
B面冬の微笑
461976年
5月1日
A面とまどい石原信一あかのたちお-P-457
B面どうすればいいの
471977年
4月1日
A面ちょっと淋しい春ですね橋本淳筒美京平森岡賢一郎PK-50
B面夢のかけら
481977年
11月1日
A面港・坂道・異人館喜多條忠大野克夫馬飼野康二PK-84
B面誘惑者
491978年
7月1日
A面今夜は星空吉田拓郎PK-117
B面カシミヤの手ざわり山口洋子大野克夫
501978年
10月1日
A面大阪のひと橋本淳中村泰士小杉仁三PK-123
B面うわの空
511979年
6月10日
A面MILD NIGHT仲畑貴志宇崎竜童小野寺忠和86位PK-157
B面漂流記小林和子大野克夫
521980年
6月25日
A面マイルド・ロマン・ロック仲畑貴志船山基紀-AK-675
B面あの人は風の中糸井重里
531981年
11月21日
A面赤いギヤマン岩谷時子滝沢洋一井上鑑ALFAAK-675
B面波になって呉田軽穂戸塚省三
541985年
9月21日
A面羽衣天女阿木燿子中崎英也78位CBS
ソニー
07SH-1688
B面囁きのリフレイン玉置浩二
552015年
4月18日
A面私自身[注釈 9]橋本淳細野晴臣-コロムビアHMJA-103
B面ひとり旅[注釈 9]細野晴臣細野晴臣
萩田光雄
562022年
11月3日
A面私自身[注釈 9]細野晴臣HMJA-165
B面バイ・バイ・ジェット[注釈 9]細野晴臣細野晴臣
萩田光雄

デュエット・シングル

発売日デュエット曲順タイトル作詞作曲編曲レーベル規格品番
1964年
7月5日
森繁久彌A面素敵なパパ森繁久彌いずみたくビクターSV-67
-B面小さな幸福しあわせ
(歌:いしだあゆみ)
永六輔
1964年
12月25日
松島アキラA面赤い花びら飛んでゆく井田誠一SV-161
-B面みんなでサイクリング
(歌:いしだあゆみ)
1986年
11月21日
渡哲也A面
[注釈 10]
わかれ道水木かおる杉本真人竜崎孝路トーラス07TR-1141

アルバム

オリジナル・アルバム

発売日タイトルレーベル規格規格品番
1965年3月5日いしだあゆみ ステレオハイライトビクターLPSJV-90
2008年12月17日CDVICL-63179
1969年4月25日ブルー・ライト・ヨコハマコロムビアLPYS-10060-J
1970年11月25日何があなたをそうさせた
いしだあゆみヒット・アルバム
YS-10087-J
1971年6月10日砂漠のような東京でYS-10095-J
1972年3月10日スクリーン・ラヴ・テーマYS-10117-J
1972年12月10日ファンタジーYS-10133-J
2013年7月24日CDCOCP-38116
1974年8月25日美しい別れLPJDX-7033
2011年5月23日CDCORR-10712
1977年4月25日アワー・コネクション[注釈 9]LPPX-7023
1990年1月21日CDCA-4478
2007年4月18日COCA-71127
2013年7月24日COCP-38117
2022年1月26日UHQCDCOCP-41696
1981年11月21日いしだあゆみALFALPALR-28032
2017年9月6日GT musicCDMHC7-30051

ライブ・アルバム

発売日タイトルレーベル規格規格品番
1970年1月10日いしだあゆみ リサイタルコロムビアLPYS-10075-J
1973年3月25日あゆみ オン・ステージ
(1972年 新宿ムーランドール)
YS-10149-J
1973年7月25日あゆみ オン・ステージ
(1973年 帝国劇場)
PSS-10068〜69
2004年6月2日ブルー・ライト・ヨコハマ
いしだあゆみリサイタル1974
キングレコードCDKICS-2457

ベスト・アルバム

発売日タイトルレーベル規格規格品番
1985年12月21日いしだあゆみ ベスト・ヒットコロムビアCD32C31-7740
1989年12月21日あなたならどうするCA-4388〜89
1993年9月21日いしだあゆみ ベスト・セレクションCOCA-11041
1998年1月21日いしだあゆみ 筒美京平 ウルトラ・ベスト・トラックスCOCA-14812〜13
2003年1月1日コロムビア音得盤シリーズ いしだあゆみCOCA-70371
2004年4月21日いしだあゆみ・しんぐるこれくしょんCOCP-32665〜66
2006年6月28日ドーナツ盤メモリー いしだあゆみCOCA-71098
2008年8月20日GOLDEN☆BEST いしだあゆみCOCP-35125
2017年7月26日UHQCDCOCP-40051
2014年4月23日いしだあゆみ・せれくしょん〜シングル・ヒッツ&モアCDCOCP-38481〜82

CD-BOX

発売日タイトルレーベル規格品番
2002年9月1日いしだあゆみ・これくしょん〜さすらいの天使コロムビアCOCP-31925〜30

タイアップ曲

楽曲タイアップ
1964年だれだって一人じゃない東京12チャンネル系ドラマ『ハローCQ』主題歌
1965年アッちゃんNTV系ドラマ『アッちゃん』主題歌
わたしのことだけ朝日放送クレハ・ホームソング』挿入歌
若い野ばら映画『若い野ばら』主題歌
1975年「崖」主題歌[注釈 11]NHK銀河テレビ小説『崖』主題歌
1985年羽衣天女カメリアダイヤモンド』CMソング

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回曲目出演順対戦相手備考
1969年/第20回ブルー・ライト・ヨコハマ02/23千昌夫紅白歌合戦・初出場
1970年/第21回2あなたならどうする19/24舟木一夫
1971年/第22回3砂漠のような東京で16/25村田英雄
1972年/第23回4生まれかわれるものならば09/23青い三角定規
1973年/第24回5ブルー・ライト・ヨコハマ(2回目)02/22西郷輝彦
1974年/第25回6美しい別れ21/25春日八郎
1975年/第26回7渚にて21/24春日八郎(2)
1976年/第27回8時には一人で12/24橋幸夫歌詞の「男なんて女なんて」を「男なんて男なんて」「白なんて白なんて」と変えて歌唱
1977年/第28回9港・坂道・異人館16/24フランク永井紅白歌合戦・9年連続出場で一旦ストップ
1993年/第44回10ブルー・ライト・ヨコハマ(3回目)08/26渡哲也第1部トリ、紅白歌合戦・16年振りに復帰出場

(注意点)

  • 対戦相手の歌手名の( )内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。

出演

テレビドラマ

NHK
日本テレビ系
テレビ朝日系
TBSテレビ系
テレビ東京系
フジテレビ系

映画

舞台

バラエティほか

CM

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^イザワオフィスの本人プロフィールでは「出身地:大阪府」と記載されている[1]。資料によっても「池田市生まれ」と記述している[4]
  2. ^ただし、この結婚は婚姻届けが出されていなかったとも言われている[30]
  3. ^A面は田辺エイコの「三人三羽」。
  4. ^B面は北村英治とクインテットの「東京の夜は更けて(軽音楽)」。
  5. ^B面は伊藤アイコの「ハートでキッス」。
  6. ^B面はロイヤルナイツの「夢見るバラの乙女」。
  7. ^B面は伊藤アイコの「メリー・ゴー・ランド」。
  8. ^B面は松尾和子の「くちづけ」。
  9. ^abcdeいしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリー名義。
  10. ^B面は渡哲也の「海鳴り」。
  11. ^2002年発売のCD-BOX『いしだあゆみ・これくしょん〜さすらいの天使』収録。
  12. ^福岡発地域ドラマで2011年5月5日に全国放送。
  13. ^ ※テレビドラマ遺作
  14. ^映像作品としては最後の出演作となった。

出典

  1. ^abcdいしだあゆみ プロフィール -イザワオフィス. 2021年10月30日閲覧。
  2. ^いしだあゆみのプロフィール(身長、生年月日、出身地 など)”. ORICON NEWS. オリコン (2025年3月18日). 2025年3月29日閲覧。
  3. ^abcde濱口英樹.本日3月26日はいしだあゆみの誕生日、古希を迎える 大人のMusicCalendar、2018年3月26日、2021年10月30日閲覧。
  4. ^abcde東宝特撮映画全史 1983, p. 527, 「怪獣・SF映画俳優名鑑」
  5. ^abcdef東宝特撮女優大全集 2014, p. 137, 文・馬飼野元宏「いしだあゆみ」
  6. ^abいしだあゆみ 永眠のお知らせ”. イザワオフィス 公式サイト. イザワオフィス (2025年3月17日). 2025年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月17日閲覧。
  7. ^abいしだあゆみさん、甲状腺機能低下症で死去 76歳 - ORICON NEWS(oricon ME). 2025年3月17日. 2025年3月17日閲覧。
  8. ^abいしだあゆみさん 事務所も驚く体調急変…入院は今月に入ってから 昨年公開「室井慎次…」出演 -Sponichi Annex(スポーツニッポン新聞社). 2025年3月17日. 2025年3月18日閲覧。
  9. ^abc内外人気スターからバレー選手まで 決定版STアイドル名鑑 いしだあゆみ」『週刊セブンティーン』1972年3月14日号、集英社、108頁。 
  10. ^abc週刊平凡』1963年10月17日号「この人は?」
  11. ^『近代映画』1964年8月号「私の生いたち物語」いしだあゆみ。
  12. ^ab「フレッシュ・タレント招待席 コロムビア専属第一弾《太陽は泣いている》で歌手専門にイメージ・チェンジを計った行動派のお嬢さんタレント」『映画情報』1968年9月号。NDLJP:10339811/59
  13. ^abcd榊ひろと.48年前の今日、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」がオリコンチャート1位を獲得。この曲の魅力とは? - 大人のMusicCalendar、2017年2月10日、2020年3月9日閲覧。
  14. ^AERA』1990年3月27日号。
  15. ^「街の灯りがとてもきれいね♪ 横浜ご当地ソング堂々1位」『朝日新聞』2008年5月29日付
  16. ^ab令和二年度文化庁長官表彰名簿 (3ページ)(PDF) -文化庁. 2020年12月3日閲覧。
  17. ^ab官報』号外第99号、令和3年4月30日
  18. ^abcいしだあゆみ、旭日小綬章を受章「身に余る光栄でございます」”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社. 2021年5月1日閲覧。
  19. ^연예, iMBC (2025年3月17日). “'블루라이트요코하마' 이시다 아유미, 76세 나이로 사망”. MBC NEWS. 2025年3月19日閲覧。
  20. ^韓国メディア20社以上もいしだあゆみさんの死を報道「ブルー・ライト・ヨコハマの歌手死去」”. 日刊スポーツ (2025年3月18日). 2025年3月19日閲覧。
  21. ^三宅麻希 (2025年1月7日). “昭和歌謡がつなぐ日韓 “文化交流”新時代へ”. NHKニュース. 日本放送協会. 2025年3月19日閲覧。
  22. ^いしだあゆみさんを一躍有名にした「ブルー・ライト・ヨコハマ」、韓国では違法に大ヒット”. 産経新聞 (2025年3月17日). 2025年3月19日閲覧。
  23. ^『第67回 輝く!日本レコード大賞』各賞受賞者決定 大賞候補にミセス、M!LK、FRUITS ZIPPERら(クランクイン!)”. Yahoo!ニュース. 2025年11月20日閲覧。
  24. ^abc安藤百福発明記念館編『チキンラーメンの女房 実録 安藤仁子』中央公論新社、2018年。ISBN 978-4120051258
  25. ^ab『読売年鑑 2016年版』p.531、読売新聞東京本社、2016年。
  26. ^「表紙のおしゃべり」『月刊平凡』12月号、平凡出版、1969年。 
  27. ^小林大輔が『夜のヒットスタジオ』最高視聴率を叩きだした夜 -週刊女性PRIME主婦と生活社、2015年3月27日、2020年4月3日閲覧。
  28. ^第9回「フジテレビ物語(前編)」 - チェリー、トレンダーズ株式会社、2016年9月3日、2020年4月3日閲覧。
  29. ^【発掘!流行り歌 徒然草】いしだあゆみ、初打ち合わせで「あっ、サンマ買いに行かなきゃ」 「アワー・コネクション」(1977年)zakzak産経デジタル、2017年3月7日、2020年7月2日閲覧。
  30. ^いしだあゆみさん死去 大恋愛ショーケンとの“伝説の離婚会見”「主婦失格」凜とした姿が語り草に(スポニチ)”. 毎日新聞. 2025年5月6日閲覧。
  31. ^萩原健一さん死去 元妻・いしだあゆみ「ご冥福をお祈り致します」”. デイリースポーツ. デイリースポーツ(神戸新聞社) (2019年3月29日). 2022年2月26日閲覧。
  32. ^和田アキ子、いしだあゆみさん追悼「よく先輩にいじめられていましたが、いつも守ってくれたのが…」”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2025年3月17日). 2025年3月17日閲覧。
  33. ^『キネマ旬報ベスト・テン95回全史1924→2021』キネマ旬報社、2022年5月26日、460頁。ISBN 978-4-87376-873-1 
  34. ^第10回日本アカデミー賞 優秀賞”. 日本アカデミー賞公式サイト. 日本アカデミー賞協会 (1987年2月19日). 2025年6月12日閲覧。
  35. ^第20回日本アカデミー賞 優秀賞”. 日本アカデミー賞公式サイト. 日本アカデミー賞協会 (1997年3月29日). 2025年6月8日閲覧。
  36. ^「第49回日本アカデミー賞」優秀賞&新人俳優賞発表 吉沢亮・松村北斗・長澤まさみほか【受賞者・作品一覧】”. モデルプレス. ネットネイティブ (2026年1月19日). 2026年1月19日閲覧。
  37. ^タイムリミット(TIME LIMIT タイムリミット」、新聞ラテ欄タイトル表記は、「タイムリミット 横浜ホテル爆弾事件!元発破師と刑事の生死を賭けた戦い」、脚本時仮題…ダブルリング)”. テレビドラマデータベース. 2025年7月10日閲覧。
  38. ^森繁久彌ドラマスペシャル おじいさんの台所 -放送ライブラリー(放送番組センター). 2025年3月19日閲覧。
  39. ^映画『室井慎次 敗れざる者』作品情報”. 映画.com. エイガ・ドット・コム. 2024年7月24日閲覧。
  40. ^映画『室井慎次 生き続ける者』作品情報”. 映画.com. エイガ・ドット・コム. 2024年7月24日閲覧。

参考文献

外部リンク

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業績
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
ブルーリボン賞 主演女優賞
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代

括弧内は作品年度を示す、授賞式の年は翌年(2月)

1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
  • 括弧内は作品年度を示す、授賞式の年は翌年(2月)
報知映画賞 主演女優賞
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
報知映画賞 助演女優賞
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
ヨコハマ映画祭 主演女優賞
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1 - 10作
11 - 20作
21 - 30作
31 - 40作
41 - 50作
51 - 60作
61 - 70作
71 - 80作
81 - 90作
91 - 100作
101 - 110作
111 - 120作
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回
第12回
第13回
第14回
第15回
第16回
第17回
第18回
第19回
第20回
第21回
第22回
第23回
第24回
第25回
第26回
第27回
第28回
第29回
第30回
第31回
第32回
第33回
第34回
第35回
第36回
第37回
第38回
第39回
第40回
第41回
第42回
第43回
第44回
第45回
第46回
第47回
第48回
第49回
第50回
第51回
第52回
第53回
第54回
第55回
第56回
第57回
第58回
第59回
第60回
第61回
第62回
第63回
第64回
第65回
第66回
第67回
第68回
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第70回
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