| えすみ マキコ 江角 マキコ | |||||||||||||||
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| 本名 | 非公開(旧姓:江角) | ||||||||||||||
| 生年月日 | (1966-12-18)1966年12月18日(58歳) | ||||||||||||||
| 出生地 | |||||||||||||||
| 身長 | 170 cm[3][4] | ||||||||||||||
| 血液型 | AB型[3] | ||||||||||||||
| ジャンル | 元女優、元タレント、元司会者、元CMタレント、元モデル、元バレーボール選手 | ||||||||||||||
| 活動期間 | 1995年 -2017年1月 | ||||||||||||||
| 公式サイト | 公式サイト -ウェイバックマシン(2016年5月28日アーカイブ分) | ||||||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||||||
| ドラマ 『輝け隣太郎』 『硝子のかけらたち』 『月の輝く夜だから』 『ショムニ』シリーズ 『Over Time-オーバー・タイム』 『独身生活』 『ラブ・レボリューション』 『マルサ!!東京国税局査察部』 『マチベン』 『ブルドクター』 映画 『幻の光』 『命』 『釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?』 『LIAR GAME -再生-』 バラエティ 『江角マキコの恋愛の科学』 『グータンヌーボ』 『ぐるぐるナインティナイン』 『火曜曲!』 『私の何がイケないの?』 | |||||||||||||||
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江角 マキコ(えすみ マキコ[1]、1966年〈昭和41年〉12月18日[1][3] - )は、日本の元女優、元タレント、元CMタレント、元モデル、元バレーボール実業団選手。島根県出雲市出身[1]。
2014年までは研音所属[5][6]。2014年から2017年1月までは、自身の個人事務所であるインクワイヤーに所属[3][7]。
島根県立大社高等学校卒業[2][8]。在学中よりバレーボール部で活躍し[2][8]、卒業後の1985年に日本たばこ産業女子バレーボールチーム(現SVリーグ・大阪マーヴェラス)に入団し、バレーボール選手として活動した[1][2]。1986年、右肩の故障で競技引退[9]。なお、日本たばこでは「塩事業部」に所属していた。
バレーボール選手引退後はファッションモデルに転身。モデルに転身したきっかけは入院中に看護師から「背が高いからモデルが向いてるんじゃないの?」と言われた事である。
1990年代から、テレビCMへの出演多数。たとえば資生堂の女性化粧品については「エルセリエ」(1991年)、「セレイド」(1993年)、「ANESSA」(1995年)、「オプチューン」(1995年 - 1998年)、「プラウディア」(1999年 - 2000年)、「化粧惑星」(2002年)のCMに出演。ほかにもJR東日本、大塚製薬「ファイブミニ」(1996年 - 2000年)、ヤマハ発動機のアシスト自転車「PAS」(1996年‐1997年)、日産自動車「ウイングロード」(1996年 - 1998年)、キヤノンのカメラ「IXY」(1996年 - 2000年)など出演多数。→#CM
1994年には、矢沢永吉のアルバム『the Name Is...』のジャケット写真にも登場。
1995年、映画『幻の光』で女優デビューし、以後数々のドラマ・映画などに出演。女優として数々の賞を受賞。→#出演、#受賞歴
1996年、2月に写真家の桐島ローランド(桐島かれんの弟)と結婚したが、9か月後に離婚[2]。
1998年、主演を務めたフジテレビのドラマ『ショムニ』が大ヒット、自身の代表作となる[1][2]。また『江角マキコの恋愛の科学』でバラエティ番組MCにも初挑戦した。
2000年、シングル「ONE WAY DRIVE」(『ショムニ』エンディングテーマ)で歌手デビューし、2003年には同ドラマの担当ディレクター・平野眞と再婚[2]。
2005年2月21日、第1子となる女児を出産し、約1年間は育児に専念する[2]。
2006年4月にNHKのドラマ『マチベン』で女優復帰。さらに、バラエティ番組『グータンヌーボ』で約8年ぶりにMCへ就任し、これ以降はバラエティ番組での露出も本格的に増える。
2007年、バラエティ番組『未知の世界を撮りたい 驚き(秘)映像ハンター!ドリームビジョン』で、ゴールデンタイム初のレギュラー出演。
2009年、日本テレビの番組『ぐるぐるナインティナイン』の人気コーナー「グルメチキンレース・ゴチになります!10」で新メンバーとしてレギュラーになるが、初戦から4連続で自腹という屈辱を味わい、後に本人が同コーナーにて、このときの連敗によるストレスが原因で体調不良を起こしていたことを振り返っている。その後は順調に勝ち進めたものの、第2子の妊娠・出産を控えた時期には出演者たちから精神面を気にするコメントが相次いだ。その後産休を挟んで2015年12月に卒業するまでおよそ7年間に渡りレギュラーを務めた[10]。
2009年11月30日、第2子となる男児を出産[2]。2010年2月に『グータンヌーボ』で活動を再開し、2011年7月スタートのドラマ『ブルドクター』で本格的に女優へ復帰。
2014年3月、それまで所属していた研音を離れ、個人事務所「インクワイヤー」を立ち上げた[2][6][11]。
2017年1月23日、代理人の弁護士を通じて芸能界を引退する事をFAXで発表し、同月末をもって個人事務所も閉鎖された。芸能活動の末期(後述の落書き騒動後)は仕事が激減していたという。さらに現夫との離婚説も浮上したが否定している(ただし別居していたことは認めた)[2][7][12]。
2003年11月から、当時の社会保険庁による、国民年金保険料の収納率アップを狙った、「国民年金保険料納付キャンペーン」の広報イメージキャラクターとして起用された。しかし2004年3月、本人の17年間に及ぶ国民年金保険料の未納が明らかとなり、会見で謝罪した[注 1]。なお2012年には、明治安田生命のCM(ビフォアサービス「社会保障制度」篇)で、江角が演じるアドバイザーが「社会保障制度ってご存知ですか?」と加入者に提案する内容が放送された。
2014年7月30日、突然何の前触れもなく[14]、自身のブログにおいて、過去にママ友からいじめを受けたと告白した[14]。ブログによると、「露骨に無視をされたり、お茶会やランチ会をその噂を広めるために開かれたりとか」[14]されたという。
すると、約2週間後の8月14日発売の女性セブン(8月21・28日号)において、ママ友有志で抗議文が発表された[14]。ママ友の1人によると、真相は逆であり、「彼女が数々の同級生へしてきたことがバレたために、彼女からみんなが距離を取ったというのが事実です。つまり、いじめがあったとするならば、それはむしろ彼女自身がされていたことであり、彼女は被害者というよりも加害者ではないか、と考えます」[14]とのことである。
その騒動が覚めやらない2週間後、8月28日発売の週刊文春(9月4日号)が、「江角が2012年末に元マネージャーの男性に指示し、都内に住んでいる長嶋一茂の自宅に『バカ息子』などと落書きをさせた」「互いの子供が同じ幼稚園に通っており関係が悪化したことが原因」と報道し[15]、落書きされた長嶋一茂邸を写真付きで載せた。江角本人はそのような指示はしていないと否定した。なお一茂は「ウチには娘しかいないんだけどなぁ」とコメントした[16]。
子供が二人いる。
前夫は写真家の桐島ローランド(1996年2月 -1996年10月)、現夫はフジテレビのディレクター・平野眞(2003年 - )[2]。大宮アルディージャなどでプレーした元プロサッカー選手の江角浩司とは遠戚にあたる[17]。
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