 | この項目では、仏教用語について説明しています。印鑑の種類については「印章」をご覧ください。 |
三法印(さんぼういん)は、仏教において三つの根本的な理念(仏法)を示す仏教用語である[1][2]。
- 諸行無常印(梵:anityāṃ sarvasaṃskārāṃ[2])-「すべての現象(形成されたもの)は、無常(不変ならざるもの)である」
- 諸法無我印(梵:sarvadharmā anātmānaḥ[2])-「すべてのものごと(一切法)は、自己ならざるものである」
- 涅槃寂静印(梵:śāntaṃ nirvāṇaṃ[2])-「ニルヴァーナは、安らぎである」
法印(ほういん、梵:dharmoddāna[3][4])とは、仏教と他の教え(バラモン教・ヒンドゥー教や六師外道)との区別を明らかにする用語[5]と一般に言われるが、パーリ仏典には、このような術語はみられない。[6][1]
上座部仏教においては、代わって三相(諸行無常,一切行苦,諸法無我)を採用する[2]。
雑阿含経においては以下と記載される。
令我知法見法。我當如法知如法觀。時諸比丘語闡陀言。
色無常。受想行識無常。一切行無常。一切法無我。涅槃寂滅。
龍樹の著作といわれる大智度論巻十五では、まだ煩悩を十分に絶つことができないで、有漏道(うろどう)にあって無漏道を得ていない人々が「三種法印」を信ずべきである、として「一切有為生法無常等印」・「一切法無我印」・「涅槃実法印」の三法印を示している[8]。また巻三十二では「一切有為法無常印」「一切法無我印」「涅槃寂滅印」とよんでいる[8]。
通達無礙者。得佛法印故通達無礙。如得王印則無所留離。問曰。何等是佛法印。
答曰。佛法印有三種。一者一切有爲法。念念生滅皆無常。二者一切法無我。三者寂滅涅槃。[9]
以是故佛説三法爲法印。所謂一切有爲法無常印。一切法無我印。涅槃寂滅印。[10]
2世紀ごろの仏教詩人マートリチェータは自作中において"dharmamudrã trilakṣaṇā"という表現で三つの教えを表した。それは以下の通り。[11]
- Sarva-dharmā anātmanaḥ[11] - 一切の法は無我である。
- Kṣaṇikaṃ sarva-saṃskṛtam[11] - 一切の作られたものは刹那(滅)である。
- Śāntaṃ nirvāṇam[11] - 涅槃は寂静である。
マートリチェータはこれらを「eṣa dharmamudrã trilakṣaṇā」(これが『三法印』である)としている。[注 1][11]
中村元は、三法印は部派仏教のものであり、それに対して、大乗仏教は諸法の実相を説く「実相印」を標幟とするとしている[12]。大乗仏教では部派仏教の三法印とは別に、諸法実相の「一法印」がよく説かれるとされる[5][13]。中村は実相印を第四の印としている[12]。なお、諸法実相が意味する内容は諸宗派の教学によって異なる[12]。中村は、龍樹(ナーガールジュナ)は三法印のほかに別の法印を立てなかったとしている[14]。袴谷憲昭はエジャートンの『Buddhist Hybrid Sanskrit Dictionary』には“dharmamudrā”の用例が三つしか挙げられておらず、すべて梵文の法華経によるものであると指摘している[6]。また袴谷は、坂本幸男による「小乗教は三法印、大乗は諸法実相印。」という言明について、天台宗の智顗の所説に依っていることを推測している[15]。
- ^“dharmamudrã trilakṣaṇā”に対する「三法印」という訳は室寺(2013)による。
- ^ab小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)『三法印』 -コトバンク
- ^abcde室寺 2013, p. 442.
- ^袴谷 1979, pp. 60–66.
- ^室寺 2013, p. 431.
- ^abほういん【法印】 - コトバンク 大辞林 第三版の解説。
- ^ab袴谷 1979, p. 60.
- ^「雑阿含経 求那跋陀羅譯」『SAT大正新脩大藏經テキストデータベース』第02巻、東京大学大学院人文社会系研究科、No.0099, 0066b12、2018年。https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2015/T0099_.02.0066b12:0066b12.cit。
- ^abc室寺 2013, p. 437.
- ^「大智度論」『SAT大正新脩大藏經テキストデータベース』第25巻、東京大学大学院人文社会系研究科、No.1509, 0222a27、2018年。https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2015/T1509_.25.0222a27:0222a27.cit。
- ^「大智度論」『SAT大正新脩大藏經テキストデータベース』第25巻、東京大学大学院人文社会系研究科、No.1509, 0297c24、2018年。https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2015/T1509_.25.0297c24:0297c24.cit。
- ^abcde室寺 2013, p. 434-433.
- ^abc中村元 『広説佛教語大辞典』 中巻 東京書籍、2001年6月、701頁「實相」。
- ^《三法印》与《一法印》 - 个人图书馆。
- ^中村元 『広説佛教語大辞典』 中巻 東京書籍、2001年6月、927頁「諸法實相印」。
- ^袴谷 1979, p. 62.
- 袴谷, 憲昭「<法印>覚え書]」『駒澤大學佛教學部研究紀要』第37号、駒澤大学、1979年、60-81頁、NAID 110007014220。
- 室寺 義仁「三法印(dharmamudra trilaksana) : 古典インドにおける三句の發端と展開の諸様相」『東方学報』第88巻、京都大學人文科學研究所、2013年、442-423頁、doi:10.14989/180561。