チェス盤と初期配置の駒チェス(英:chess、ペルシア語:شطرنج /šaṭranjシャトランジ)は、二人で行う盤上競技の一種であり[1]、盤は縦横とも八列の市松模様で[1]、白・黒それぞれ6種類16個の駒を盤上に配置し、敵のキングを追い詰め、自分のキングは守るゲームである。
ルールは将棋に似ているが、取った駒を再び使うことはできないという違いがあり[1]、この違いにより将棋とはかなり異なったゲーム展開となる。
チェスという用語は制限がなく誰でも好きなルールで遊ぶことができるが、本項では世界チェス連盟(FIDE)の規定を「公式」とする。
全世界150か国以上で楽しまれている。カードゲームなども含めたゲーム全般においてもブリッジと並んで最も多くプレイされている。正確な統計を取ることは困難であるが、世界では現在およそ6億500万人ほどの成人が定期的にチェスのプレイを楽しんでいると推定されている[2]。
非常に古い歴史を持つゲームであり、チェスの起源には諸説があるが、一般的には古代インドの戦争ゲーム、チャトランガが起源であると言われている[3][4]。
「ルールは将棋とほぼ同じだが、取った駒を再び使うことはできない[1]」と書かれることもあるが、チェスと将棋は、チャトランガが異なるルートで東西に伝播しつつ独自の変遷を遂げたものであるとされ[4][5]、盤の広さや駒の性能、取った駒の扱いに関するルールの違いなどから、両者は似て非なるゲームであると評されることもある[6]。
ゲーム理論では、二人零和有限確定完全情報ゲームに分類される[7]。
チェスプレイヤーの間では、その文化的背景などからボードゲームであると同時に「スポーツ」でも「芸術」でも「科学」でもあるとされる[8]、ゲームで勝つためにはこれらのセンスを総合する能力が必要であると言われている[9]。
強豪国は、アメリカ合衆国、インド、中華人民共和国、ロシア、ドイツ、アゼルバイジャン、ウクライナ、ハンガリー、フランスなどである[10]。
チェスボード、チェスピース、対局時計最低限必要な物
- チェスボード:縦横8マスずつに区切られた、64マスの市松模様の正方形の盤。「チェス盤」とも呼ばれている。
- チェスピース:6種類の動き方が異なる駒の総称。全体の駒の数は、白黒あわせて32個。公式戦では、イギリスのジャック・オブ・ロンドンが販売したことで定着したスタントンチェスセットと呼ばれる駒が使用される。各人、キングx1、クイーンx1、ビショップx2、ナイトx2、ルークx2、ポーンx8、あわせて16個をもつ。敵味方の識別はその色で行う(将棋のように駒の向きではない。また、チェスの駒の向きは関係ない。例のナイトの駒は左向きであるが特に意味は無い。)。
公式戦などで必要になる物
駒の初期配置 | a | b | c | d | e | f | g | h | |
| 8 | | 8 |
| 7 | 7 |
| 6 | 6 |
| 5 | 5 |
| 4 | 4 |
| 3 | 3 |
| 2 | 2 |
| 1 | 1 |
| a | b | c | d | e | f | g | h | |
- ゲームは2人のプレイヤーにより、チェスボードの上で行われる。
- 白が先手、黒が後手となる。
- 双方のプレイヤーは、交互に盤上にある自分の駒を1回ずつ動かす。パスをすることはできない。
- 味方の駒の動ける範囲に敵の駒があれば、それを取ることができる。
- ただしポーンだけは、敵の駒を取れる範囲が通常の移動範囲と異なる。
- 敵の駒を取った駒は、取られた駒のあったマスへ移動する。
- これはポーンも同じだが、ポーン同士によるアンパッサンは例外である。
- 取られた駒は盤上から取りのぞき、以降そのゲームが終わるまで使用しない。
- ナイトと、キャスリング時のキング・ルークを除き、駒は他の駒を飛び越して移動することはできない。
- キングは、敵の駒が利いている(直後の手で取られるような)場所には移動することができない。
- 相手のキングに、自分の駒を利かせて取ろうとする手を「チェック」と呼ぶ。
- この状態では、相手側は次の手ですぐにキングの安全を確保しなければならない。
- キングが次の手で絶対に逃げられないように追い詰めたチェックのことを「チェックメイト」と呼び、この手を指したプレイヤーの勝ちになる。
- 以下の場合はすべて引き分けとなる。
- ルール上動かせる駒がなくなったがチェックにはなっていない状態「ステイルメイト」になった場合
- どちらもチェックメイトができなくなるほどにコマを失った場合
- 永久王手など、同一の局面が3回生じる千日手が指摘された場合
各駒は白丸の場所に動くことができる。
キングの動き | a | b | c | d | e | f | g | h | | | 8 | | 8 | | 7 | 7 | | 6 | 6 | | 5 | 5 | | 4 | 4 | | 3 | 3 | | 2 | 2 | | 1 | 1 | | a | b | c | d | e | f | g | h | |
| ルークの動き | a | b | c | d | e | f | g | h | | | 8 | | 8 | | 7 | 7 | | 6 | 6 | | 5 | 5 | | 4 | 4 | | 3 | 3 | | 2 | 2 | | 1 | 1 | | a | b | c | d | e | f | g | h | |
| ビショップ | a | b | c | d | e | f | g | h | | | 8 | | 8 | | 7 | 7 | | 6 | 6 | | 5 | 5 | | 4 | 4 | | 3 | 3 | | 2 | 2 | | 1 | 1 | | a | b | c | d | e | f | g | h | |
|
クイーン | a | b | c | d | e | f | g | h | | | 8 | | 8 | | 7 | 7 | | 6 | 6 | | 5 | 5 | | 4 | 4 | | 3 | 3 | | 2 | 2 | | 1 | 1 | | a | b | c | d | e | f | g | h | |
| ナイト | a | b | c | d | e | f | g | h | | | 8 | | 8 | | 7 | 7 | | 6 | 6 | | 5 | 5 | | 4 | 4 | | 3 | 3 | | 2 | 2 | | 1 | 1 | | a | b | c | d | e | f | g | h | |
| ポーン | a | b | c | d | e | f | g | h | | | 8 | | 8 | | 7 | 7 | | 6 | 6 | | 5 | 5 | | 4 | 4 | | 3 | 3 | | 2 | 2 | | 1 | 1 | | a | b | c | d | e | f | g | h | |
|
チェスの戦いは、基本的に「戦略(Strategy)」と「戦術(Tactics)」の2つの面で考えられる。「戦略」は、局面を正しく評価し、長期的な視野に立って計画を立てて戦うことである。「戦術」は、より短期的な数手程度の作戦を示し、「手筋」などとも呼ばれる。戦略と戦術は、完全に切り離して考えられるものではない。多くの戦略的な目標は戦術によって達成されること、戦術的なチャンスはそれまでの戦略の結果として得られることが多いからである。
ゲームの目的は、相手のキングを詰めることである。したがって、まず有利な局面を作ることが目標とされる。局面の優劣を評価する上で重要な要素は、駒を得すること(マテリアルアドバンテージ)と、駒がよい位置を占めること(ポジショナルアドバンテージ)である。
取られた駒を永久に排除されるチェスにおいては、相手より駒が多いか少ないかが重要な意味をもつ。駒の価値は目安として、ポーン = 1点、ナイト = 3点、ビショップ = 3点強、ルーク = 5点、クイーン = 9点とされ、合計点数が1点でも違うと、特に終盤では大きな差となる。合計点数が多いことを、マテリアルアドバンテージ(material advantage)をもつという。多くの場合ポーン(P)を1個多く奪われることは、勝敗に大きく影響する。終盤では、ポーンがクイーンになるプロモーションの争いとなることが多いからである。このため、7段目に進んだポーンを3点に評価する考え方もある。またビショップは盤上半数のマスには進めないため、自分にだけ2つのビショップが揃っている場合は6点ではなく7点近くに評価する考え方もある。これをツービショップ、またはビショップペアという。
- ポーンは後退できない駒なので、前進には慎重さを要する。動きの制約が最も大きく狙われても容易に逃げることができないので、ポーンが狙われにくい配置であることが重要である。
- ポーンによってキングを安全にし、他の駒のための空間を確保し、重要なマスを支配することも大きな要素である。
戦術は、1手から数手程度で完結する短期的な戦い方の技術である。戦術では「先を読む」ことが重要で、コンピュータが得意とする分野である。戦術においてよく用いられる基本的な手段としては、フォーク(両取り)、ピン、ディスカバードアタック、スキュア(串刺し)、ツークツワンクなどがある。戦術のなかでも、駒の犠牲を払って優位な形やチェックメイトを狙うものは、「コンビネーション」と呼ばれている。
チェスの1局は、序盤・中盤・終盤の3つの局面に分けて考えられることが多い。序盤 (Opening) は多くの場合、開始10手から25手程度を指し、対局者が戦いに備えて駒を展開する局面である。中盤 (middlegame) は多くの駒が展開され、局面を優位にコントロールするために様々な戦術が用いられる。終盤 (endgame) は、大部分の駒が交換され盤上から無くなった局面で、キングが戦いにおいて重要な役割を担う。盤上の駒の数がゲームの進行に伴って不可逆的に減少するチェスにおいては、駒の数が減った場合における完全解析のプロジェクトが進行しており、2018年までに「白黒双方のキングと残り5駒を加えた盤上7駒」までの状況について完全解析が完了し、「テーブルベース」としてデータベース化されている。
チェスの戦い方を表す格言として、「序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指せ」[注釈 1]という言葉がある。これは序盤を既に確立された序盤定跡に忠実に従うことを「本」、中盤以降は記憶に頼ることが難しくなるため、そこで要求される巧みさや機転を「奇術」にたとえている。終盤の「機械」とは、特にチェックを意識する最終盤における読みの深さ、ミスを犯さない冷静沈着な精神などを指す。
前述の通り、形勢判断に最も重要な要素は、残存戦力、すなわち残っている駒の数である。次いで駒の働き、キングの安全性が判断材料となる。
- 序盤定跡
- 序盤定跡については、Batsford Chess Openings 2 (BCO2)[12] や、Modern Chess Openings(MCO)[13] が詳しい。
- 序盤の原則
- 中央支配
- 中央を支配することは要点の一つである。中央を支配することによって陣地が広がるので、自分の駒は移動の選択肢が増え、相手(敵)の駒は移動の選択肢が少なくなる。
- 白の二つのポーンが d4 と e4 に並ぶか、c4, d4 または e4, f4 に並ぶファランクスは白にとって一つの理想であり、最初の数手はこれをめぐる争いであることが多い。定跡Queen's Gambit Declined (1. d4 d5 2.c4 e6) の 2.c4 (gambit) は、もし黒が 2.… dxc4 と取れば 3. e4 としてファランクスを作る意図であるし、そうしない 2. … e6 (declined) は、中央を守ろうとするものである。
- マイナーピースの展開とイニシャティブ
- 数多くのマイナーピース(ナイトとビショップ)を早く中央寄りに繰り出すことも重要である。最初の位置よりも中央寄りであるほうが、利きが及ぶ点が多く、駒の力を活かすことになる。
- さらに、敵の駒に利きを及ぼすことによって、敵の手が制限されてくる。狙われた駒が守られていない駒ならば、それを守る手が必要になるし、狙われた駒が既に守られている駒であっても、その駒を守っている駒が動かせなくなるという制限を受けることになる。つまり、敵の手の選択肢が減ってくる。このような状態をイニシャティブを取った状態という。
- Ruy Lopezの 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 という動きはこれらの原則の典型である。
2018年現在、世界全体でルールを知る人は推定約7億人とされ、もっとも広く親しまれているゲームのひとつである。世界チェス連盟 (FIDE) 所属の登録競技者数は2018年現在で36万人である[14]。
チェス・トーナメントは勝者となる個人またはチームを決定するために競技形式で行われる一連のチェス対局である。
1851年にロンドンにて開催された最初の国際チェス・トーナメント以来、チェス・トーナメントは競技者らが真剣に競うための標準的な競技形式となった。
現在、個人競技として最も広く認知されているチェス・トーナメントはCandidates TournamentおよびTata Steel Chess Tournamentである。チーム戦として最大規模のチェス・トーナメントはチェス・オリンピアードであり、選手らはオリンピックの競技のごとく、自国の代表として競技に臨む。
ほとんどのチェス・トーナメントは、世界チェス連盟(FIDE)のハンドブックに掲載されている大会運営に関する指針と規則に基づき組織、運営されている。チェス・トーナメントは主に、総当たり方式、スイス式トーナメント方式、あるいは勝ち抜き方式のいずれかによって開催され、勝者を決定する。
1960年代以降、時折チェス・コンピュータが人間のトーナメントに参加することもあったが、今日ではそれは稀である。
- チェストーナメント英語版参照
- en:List of strong chess tournaments(世界最強のプレーヤーが集った歴代のトーナメントのリスト)も参照。
チェスのレーティング(chess rating)はプレイヤーの棋力を数値で表現するものであり、過去の棋戦での成績に基づき他のプレイヤーと対戦した時の予想される成績を数値で表現するものである。
最も広く使われているのはEloレーティングシステムである[15]。高い数値ほど棋力が高いことを示し、一般的に400から2000代の数値で表現される。CHESS POWERによると、2800が世界チャンピオンのレベル、2500がグランドマスター(GM)、2400が国際マスター(IM)、2300が国内マスターのレベルである[16]。
Eloレーティングシステムは、対戦相手のレート、ゲームの結果、K-factorなどの要素を考慮し、プレイヤーの新しいレートを算出する。対戦相手のレートが高いほど、勝った場合に得られるポイントが多く、負けた場合に失うポイントが少ない。また、新しいプレイヤーはK-factorが高いため、レートが速く変化する。
算出のための数式は次のとおり[15]
Rnew = Rold + K/2 * (W - L + 0.5 * (EiDi/C))
- Rnew:新しく算出するレート
- Rold:前回のレート
- K:K-factor (新しいプレイヤーはK値が高い)
- W:勝利数
- L:敗北数
- Ei:期待されるスコア(自分のレートと対戦相手のレートに基づいて計算)
- Di:プレイヤーのレーティングと対戦相手のレーティングとの差を示す
- C : 異なる競技レベルに応じて式を調整するために用いられる定数
次の要素が新たなレートに影響する。
- 対戦相手のレート - 対戦相手のレートが高いほど勝った時の得点が多くなる。例えば、自分がレート1800で、1600の相手に勝った場合と、2000の相手に勝った場合では、後者のほうが得点が多く、レート上昇幅が大きくなる。
- ゲームの結果 - 勝利するとレートが上がり、敗北するとレートが下がる。
- K-factor - 対局後にプレイヤーのレーティングがどれだけ変動するかを決定する要素であり、レーティングの調整速度を決定する。K-factorが高いほどレーティングの変動は大きくなり、逆に低いほどレーティングは安定する。K-factorは、プレイヤーが1局の対局で獲得または失うことができるレーティングポイントの最大値を決定する。
- FIDE(国際チェス連盟)は次のような値のK-factorを採用している。
- 40:レーティング付きの対局が30局未満の新しいプレイヤーに適用
- 20:レーティングが2400未満のプレイヤーに適用
- 10:レーティングが2400以上のプレイヤーに適用
| 終身称号 | 略記 | 備考 |
|---|
| グランドマスター | GM(女性限定略記:WGM) | 現在、世界で1,850名以上(en:FIDE titlesの統計も参照)。2025年5月現在で42名が女性(en:List of female chess players参照)。 |
| インターナショナルマスター | IM(女性限定略記:WIM) | 世界に4千名ほどいる。 |
| FIDEマスター | FM(女性限定:WFM) | 世界で8千8百名ほど。 |
| キャンディデイトマスター | CM(女性限定:WCM) |
| 国際審判 | IA | |
| 通信チェスグランドマスター | ICCF GM | |
| 通信チェスシニアインターナショナルマスター | ICCF SIM | |
| 通信チェスインターナショナルマスター | ICCF IM | |
| 期間称号 | 備考 | |
|---|
| 各種世界チャンピオン | 国際チェス連盟が定める規約に従って選出された者 | |
| 各種国内チャンピオン | 国際チェス連盟加盟国協会が定める規約に従い選出された者 | |
- 「通信チェス」とは遠距離の相手と、通信を用いて行うチェスの対局を指す。一つのゲームが一日以内で終了するケースはごくまれで、数日・数週間・数ヶ月かかるのが一般的である。
- OTB:「Over-The-Board chess」のこと。対局者とボードを挟んで、リアルタイムにプレイする通常のチェスを指す。
- 通信チェス:「Correspondence chess」のこと。一般郵便・Eメール・専用サーバなどの通信手段を用いて行われる。
- ゲームの勝敗はすべて管理組織に報告され、レイティングや次の対局などに反映される。
- 通信チェスの世界最大の組織は、ICCF(国際通信チェス連盟)[注釈 2] である。日本では、ICCF公認のJCCA(日本通信チェス協会)[注釈 3] が管理している。
- JCCAは、以前はJPCA(日本郵便チェス協会)[注釈 4] と呼ばれていた。
- インターネットが普及する以前は郵便でのやりとりが多かったため、日本では「郵便チェス」の名で親しまれていた。現在はEメールやWebサーバを使用しての対局が多くなり、変更された組織の正式名称にあわせて「通信チェス」と呼ばれている。
- 対局は同時刻に行われず、双方が一手一手異なる時間帯にプレイする。
- 持ち時間が時間 (Hour) ではなく、日数 (Day) 単位で規定されている。
- ゲームの対局中でも、書籍やデータベース・ソフトの利用が公認されている。
機械類にチェスをさせるという試みは、いわゆるコンピュータが発明される以前から行なわれており、コンピュータが発明されてからはコンピュータのソフトウェアにチェスを指させるコンピュータチェスが考案された。
トルコ人。「メルツェルの将棋指し」として有名なチェス人形だったが実は人力だった機械にチェスを指させることは、コンピュータが発明される以前から人々の目標となっていた。
1769年にハンガリーのヴォルフガング・フォン・ケンペレンはトルコ人という名の人形を製作した。この人形は、熟練者級のチェスの腕を持ち、ナイト・ツアーをこなすこともできた。しかし、実際にはトルコ人は中に人間が入って操作するイリュージョンであった。チェスを指す人形を題材にしたイリュージョンは、他にもアジーブ(英語版)やメフィスト(英語版)など様々なものがあった。
1840年代に数学者のチャールズ・バベッジは、機械にゲームをプレイさせるためのアルゴリズムを考案した。しかし、チェスのような複雑なゲームをプレイさせることは現実的ではないとして、チェスのアルゴリズムの考案を断念した。
1912年、スペインの技術者レオナルド・トーレス・ケベードが、世界で初めて自動でチェスをプレイする機械「エル・アヘドレシスタ」の開発に成功した。エル・アヘドレシスタは、3種類の駒のみで構成されたエンドゲームをプレイすることができた。一方、初期配置からチェックメイトまでを通してプレイするためにはコンピュータ科学の発展を俟たなければならなかった。
1936年に数学者のアラン・チューリングが抽象的なコンピュータの概念であるチューリングマシンを考案すると、これを機に様々なアルゴリズムが整備されるようになり、1945年にドイツのコンラート・ツーゼがチェスプログラムのアルゴリズムについて世界で初めて言及した。1949年、ベル研究所のクロード・シャノンが評価関数や探索木などの概念を確立し、チェスのアルゴリズムの大枠を完成させた。1951年にはチューリングがチェスのアルゴリズムに基づき、初期配置からチェックメイトまでのプレイができることを示した。もっとも、これらのチェスアルゴリズムは、電子的に実装されたものではなく、アルゴリズムの手順に従って紙と鉛筆を使って手計算を繰り返すことで、チェスのプレイが可能であることを示したものである。
1945年に数学者のジョン・フォン・ノイマンがノイマン型コンピュータを考案し、チューリングマシンを具体化する方法を提示すると、電子回路によってコンピュータを実装することが可能になり、1950年代前半にかけて、コンピュータが次々と製作された。コンピュータが制作されたことでツーゼ、シャノン、チューリングらが考案したチェスアルゴリズムを電子的に動作させることができるようになり、1956年、ロスアラモス研究所がコンピュータ上で6×6のミニチュアボードでチェスをプレイするプログラムを実装した。これにより、コンピュータ・チェスが確立した。
黎明期の1950年代のチェスプログラムはとても弱く、人間の頭脳で判断すればすぐに愚かなものだと判断がつくような手を連発するものが多く、人間の中級者(どころか初心者)でも簡単に打ち負かすことができるようなマシン(プログラム)ばかりであった。最も強い部類でもMac Hack VI(マックハック)でせいぜいレーティングは1670と言われる程度にすぎなかった。当時、果たして将来的にでも人間の一流プレーヤーを破ることができるようなプログラムができるのか、という点に関して非常に疑問視されていた。1968年にはインターナショナル・マスターのデイヴィッド・レヴィは「今後10年以内に自分を破るようなコンピュータは現れない」というほうに賭ける賭けを行い、実際1978年に当時最強の<チェス4.7>と対戦し、それに勝った。ただし、当時レヴィは遠くない未来に自分を越えるコンピュータが現れるかもしれない、との感想を漏らした。そして、レヴィがエキシビションマッチでディープ・ソートに敗れたのは1989年のことであった。
カスパロフコンピュータと人間の力関係の象徴的なものとして世界中の注目を集め、そして結果として人々に深い印象を残したのは、IBMのディープ・ブルーとガルリ・カスパロフの対戦であった。1996年に両者の対戦が行われたところ、6戦の戦績として、カスパロフ(人間の世界チャンピオン)の側の3勝1敗2引き分けで、人間側の勝利であった(人間の世界チャンピオンの頭脳のほうが、世界最強のチェスマシンよりも強いことを知り喜んだり快く思う人、「ほっとした」人も多かった)。ただし、コンピュータチェスを推進する人々からは、初めて人間の世界チャンピオンから1局であれ勝利を収めた、という点は評価された。1997年、ディープ・ブルーが再度ガルリ・カスパロフと対戦し、ようやく初めて世界チャンピオンに勝利を収め、コンピュータチェスの歴史に残る大きな節目(あるいは人類の意味の歴史の一こま)として大々的に報道された。勝利したIBM側は、格好の宣伝材料としてこの出来事を利用し、すぐにディープ・ブルーを解体してしまい、それとの再戦(リベンジ戦、名誉回復戦)はできない状態にしてしまった[注釈 5]。
クラムニクその後のコンピュータと人間の対戦の際立ったものを挙げると、2002年10月に行われたウラジーミル・クラムニク(露)とコンピュータソフト「ディープ・フリッツ」とのマッチでは、両者が引き分け、2003年01月26日から2月7日までニューヨークで行なわれたカスパロフと「ディープ・ジュニア」とのマッチも、1勝1敗4引き分けで両者引き分けに終わり、2003年11月11日から11月18日まで行なわれたカスパロフと「X3Dフリッツ」のマッチも、1勝1敗2引き分けで両者引き分けに終わったこと、また2006年10月に統一世界チャンピオンとなったクラムニクとディープ・フリッツとの6ゲームマッチが、2006年11月25日から12月5日までボンで行なわれ、ディープ・フリッツが2勝4引き分けでマッチに勝ったことなどが挙げられよう。
こうして、今日では人間のチャンピオン対コンピュータの対戦もよく行われている。また上記のような特殊なチェス専用マシンでなくても、市販のPCやスマートフォン上で走るチェスプログラムも強力となっており、対戦して楽しんでいるファンも多い。
ゲーム理論では、チェスのようなゲームは二人零和有限確定完全情報ゲームに分類される[7]。理論上は完全な先読みが可能であるこの種のゲームでは、双方のプレーヤーがルール上可能なあらゆる着手の中から最善手を突き詰めた場合、先手必勝、後手必勝、ないし引き分けのいずれかの結果が最初から決まってしまうことがエルンスト・ツェルメロによって証明されている[17]。
チェスの盤面状態の種類は1050程度、ゲーム木の複雑性は10123程度と見積もられている[18]。
他のゲームでは、盤面状態の種類は、チェッカーが1020程度[19]、リバーシが1028程度[19]、シャンチーが1048程度[20]、将棋が1071程度[20]、囲碁が10170程度[21] となっており、チェスは、囲碁、将棋の次に大きな値である。
同様に、ゲーム木複雑性は、チェッカーが1031程度、リバーシが1058程度[22]、シャンチーが10150程度[20]、将棋が10226程度[20]、囲碁が10400程度[20]となっており、チェスは囲碁、将棋、シャンチーの次に大きな値である。
チェスの初手から最終手までにルール上可能な着手は、1950年にクロード・シャノン[23] によって10120と試算されている。
西洋の絵画、特に17世紀までのヴァニタスをはじめとする寓意的な静物画には、触覚を示す比喩として、チェスボードや駒が描かれる事がある。また、近現代においては、マルセル・デュシャンは自身もチェス・プレイヤーをしていた経歴をもち、作品に度々登場させている。
リュバン・ボージャン『チェス盤のある静物』
ウジェーヌ・ドラクロワ『チェスをするアラブ人』
オノレ・ドーミエ『チェスをする人』
現代音楽では、ジョン・ケージ(チェスに関してはデュシャンの弟子でもある)が、チェスボード上を動く駒の音を作品に取り入れた例がある。
英語版のカテゴリ(en:Category:Films about chess)も参照
- 山本亜季『HUMANITASヒューマニタス』第2章「冷戦下・旧ソ連のチェス王者・ユーリ」
- 三条陸(原作)、稲田浩司(作画)、堀井雄二(監修)『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』 - 大魔王が嗜んでいるほか、作中ではチェスの駒をもとに、ハドラー親衛騎団と呼ばれる五体の金属生命体が生み出される。アニメ放送期間中にはファン向けにシルバー製チェスセットが数量限定販売された。
- さいとう・たかお「ゴルゴ13」
- 「チェックメイト」(第117話)マフィアのボスが棋譜を読みながら駒を進めたり、来客者と対局を楽しむ描写がある。
- 「メイティング・マテリアル」(第269話)投資会社の社長がボディガードとの対局やインターネットでの対局(作品が描かれたのは1987年で当時はチャットで対局を行っていた。)を行う描写がある。
- ^この格言の出典については、チェルネフとスピールマンの二説がある。前者は「最新図解チェス」(渡井美代子、日東書院)などに、後者は英語版ウィキクオートなどに記載されている。
- ^ICCF:International Correspondence Chess Federation
- ^JCCA:Japan Correspondence Chess Association
- ^JPCA:Japan Postal Chess Association
- ^その後、人間がコンピュータに負けにくいアリマアという新しいボードゲームが考案された。
- ^あらすじ(ネタバレ)はこちら[1]
- ^ただし、かなりの割合でチェス盤の配置を間違えていて、手前右端を黒マスにしている。直近ではシーズン23の第15話「キャスリング」
- ^abcd「チェス」。https://kotobank.jp/word/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9。コトバンクより2025年3月18日閲覧。
- ^“How Many People Play Chess? A Guide to the Numbers”. The House of Staunton. 2025年3月18日閲覧。
- ^ロフリン (1977, p. 2)
- ^abc村上耕司 (1 January 2006). “将棋の起源”.朝日現代用語 知恵蔵2006.朝日新聞社. pp. 999–1000.ISBN 4-02-390006-0.
- ^増川宏一「チェス」『盤上遊戯』(初版)法政大学出版局〈ものと人間の文化史(29)〉、1978年7月10日、137頁。ISBN 978-4588202919。
- ^“第22回朝日オープン将棋選手権 五番勝負第2局”. asahi.com (朝日新聞社): p. 第7譜. (2004年5月8日). http://www.asahi.com/shougi/open22/5ban02/07.html 2009年11月7日閲覧。
{{cite news}}:|work=、|newspaper=引数が重複しています。 (説明)⚠ - ^abDavis, Morton.D 著、桐谷維、森克美 訳「第2章 完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム」『ゲームの理論入門 チェスから核戦略まで』(第46刷)講談社〈ブルーバックス〉、1973年9月30日(原著1970年)、31-32頁。ISBN 4-06-117817-2。「ゲームの理論家の眼から見れば、チェス・ゲームの例には四つの本質的要素がある。(中略)これら四つの特性を持つゲームは「完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム」と言われる。」
- ^『チェスの本』フランスワ・ル・リヨネ 成相恭二訳白水社ISBN 4-560-05603-X
- ^松本康司「チェスの妙味(解説篇)」『チェスの名人になってみないか 図解チェス入門』青年書館、1980年3月、20頁。全国書誌番号:80023310。
ロフリン (1977, 日本語版への序) - ^[2]
- ^松田道弘 (1993, pp. 206–262)
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