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hiroyukikojima’s blog

全微分公式を正当化する数学

微分にまつわる公式の中で、「全微分公式」というのがある。

df=\frac{\partial f}{\partial x}dx+\frac{\partial f}{\partial y}dy \dots(1)

みたいなやつだ。ちなみに、\frac{\partial f}{\partial x}関数f(x, y)x方向の微分係数を意味しており、いわゆる「偏微分」である。この公式を教える人にはいろいろな立場がある。「形式的な表現にすぎない」とか、「微小量での近似公式を無限小で理想化したもの」など。

せっかくだから、物理学者の畏友・加藤岳生さんの近著電磁気学入門』裳華房を眺めてみた。最初の章「電磁気学を理解するための大事な一歩」の「A.スカラー場とベクトルの微分」のところに解説してある。その説明では、微小量\varDelta x,\varDelta yに対する関数f(x, y)変化量の近似公式

\varDelta f \simeq\frac{\partial f}{\partial x}\varDelta x+\frac{\partial f}{\partial y}\varDelta y \dots(2)

の極限として説明している。この近似公式は、z=f(x, y)の3次元グラフ上の1点において、曲面を微小な平面(平行四辺形)と見なせば、簡単に出てくる式である(知らない人は拙著『ゼロから学ぶ微分積分講談社勉強してほしい)。大学の微積分のほとんどの教科書はこのように説明しており、また、それで問題はないし、読者もそういうふうに理解すれば良い。実際、ぼくの書いた教科書『ゼロから学ぶ微分積分講談社でもそう説明している。ただ、用心深い人、疑り深い人、頭が厳密な人は、「(1)式は等式やん。近似式(2)を等式に書き換えるのはインチキやん」と思うことだろう。加藤さんは、脚注に「実際、この方針で全微分公式を厳密に証明できます」と書いているけど、「この方針」というのは、たぶん、多変数のテーラー展開のことを言っているのかなと推測されるが、そもそも「記号dfの定義」「等号の定義」がきちんとなされていないのだから、どうやって「厳密に証明」するんだろうといぶかってしまう。

ここまで加藤さんの電磁気学入門』をまるで批判してるっぽく書いてしまったので、そんなことないよ、ということを付記しておく。この本もいつもの加藤さんの本と同じで、非常に良く書けており、「電磁気学を勉強したいならまずこの本」と押せる本だ。この本が工夫されているのは、使う数学を最初の章でまとめて解説し、そのあとに静電場、電流、静磁場、電磁誘導、マクスウエル方程式、という順にアイテム別に講義する形式となっているところだ。これなら、「数学と物理を同時並行的に学ぶ」という多くの学習者が溺れ死ぬちゃんぽん地獄に落ちなくて済む。 

話をもとに戻すと、ぼくは非常に長い間、全微分公式を「単なる形式的なもの」で、「ちゃんとした等式ではない」と思い込んでいた。それが最近になって、そうじゃないことを知ったのだ。それは、小木曽啓示『代数曲線論』朝倉書店を読んだときだった。この本については、このエントリーで紹介しているので読んでほしい。『代数曲線論』では、「微分公式がちゃんと等式となっている」のだ。それは「微分形式」という概念による。そこで大事になるのは、線形代数における「双対空間」というものだ。双対空間というのは、「実数上(複素数上)の線形空間から実数(複素数)への線形写像たちを線形空間と見なしたもの」で、元の線形空間と同型になる。ぼくは遠い昔に線形代数を勉強したとき、この双対空間がいったい何の役にたつのか、といぶかってたけど、今になって「ここで役に立つんか!」と膝を打った次第。

しかし、小木曽さんの本では微分形式の説明がスピーディすぎて頭に入ってこないので、若い頃に購入して読んでなかったスピヴァック『多変数解析学(斎藤正彦・訳)東京図書を数十年ぶりにひもといた。そうしたら、なんと!この本はとても良く書けており、微分形式をけっこうな程度で理解できてしまったのだ。どうして理解しやすかったのかというと、この本では、第4章「鎖体上の積分」という章で、「テンソル積」「交代テンソル」などの線形代数を十分に準備したあとに、微分形式の説明をしているからだ。しかも、その説明がとんでもなくクリアカットなのだね。しかし、ここでは、この全体を説明するわけにはいかないから、「微分をどうやったら、きちんとした等式として定義できるのか」にしぼって解説する。

 まず、1変数の微分を解釈し直すことから始めよう。y=f(x)微分可能であるとは、極限

\lim_{h\to 0}\frac{f(a+h)-f(a)}{h}

がある数\alphaに収束することだ。この\alpha微分係数f'(a)と定義される。この定義を次のように書き換えることができる。

\lim_{h\to 0}\frac{f(a+h)-f(a)-\alpha h}{h}=0を満たす1次関数\alpha(h)=\alpha h が存在すること」。

(ここでは、関数記号と比例定数を同じ\alphaと記述してる)。このように微分可能性の定義を1次関数を用いて行うことは2変数以上になると大きな効力を発揮する。例えば、2変数関数f(x. y)微分可能性

\lim_{|(u, v)|\to 0}\frac{f(a+u, b+v)-f(a, b)-\lambda (u, v)}{|(u, v)|}=0を満たす2変数1次関数\lambda (u, v)が存在すること」

と定義される。ここで、2変数1次関数\lambda (u, v)とは、\lambda (u, v)=\alpha u+\beta vという形式の関数で、|(u, v)|はベクトルの長さ\sqrt{u^2+v^2}のこと。スピヴァックでは、この2変数1次関数\lambda (u, v)=\alpha u+\beta vを「導値」、その係数を抜き出したもの(\alpha, \beta)を「ヤコビ行列」と呼んで、 f'(a, b)=(\alpha, \beta)と記している。上記の極限では点 (u, v)をどう近づけてもいいわけだから、v=0として近づければ、x方向の偏微分となり、\lambda (u, v)=\alpha u+\beta vについて、\alpha=\frac{\partial f}{\partial x}がわかる。同様にして、\beta=\frac{\partial f}{\partial y}となる。スピヴァックの本では、次のことを証明している。すなわち、

f(x,y)微分可能のとき、2変数1次関数\lambda (u, v)は唯一である。また、(a, b)において偏微分係数\frac{\partial f}{\partial x}\frac{\partial f}{\partial y}が存在し連続なら、f(x,y)(a, b)において微分可能となり、\lambda (u, v)=\frac{\partial f}{\partial x} u+\frac{\partial f}{\partial y}vとなる。

この定理のスピヴァックの証明は非常にみごとであり、一読の価値がある。

以上の準備をもとに、いよいよ全微分の「等式化」の説明に入ろう。大事なことは、微分微分係数偏微分係数として理解するのではなく、(1変数ないし多変数の)1次関数、つまり、線形写像として理解する、ということだ。

いま、点(a, b)を始点とする2次元ベクトル(u, v)の作る線形空間Vを考える。この線形空間Vから、実数への線形写像k(u, v)=pu+qvという2変数1次関数となる。このような線形写像は、k_1(u, v)=p_1u+q_1v,k_2(u, v)=p_2u+q_2vに対して、和k_1+k_2と実数倍rk_1をそれぞれ、(k_1+k_2)(u, v)=(p_1+p_2)u+(q_1+q_2)vrk_1(u, v)=rp_1u+rq_1vと定義することで、線形空間V^{*}となる(これが双対空間と呼ばれる)。線形空間V^{*}の基底は、明らかに、e_1(u, v)=ue_2(u, v)=vである。なぜなら、任意のk(u, v)=pu+qvpe_1(u, v)+qe_2(u, v)と表されるからだ。

ここで微分(導値)というのが2変数1次関数\lambda (u, v)だったことを思い出そう。つまり、これは線形空間V^{*}の要素になっている。この線形写像スピヴァックの本ではdfと定義している。上で説明したように、\lambda (u, v)=\frac{\partial f}{\partial x} u+\frac{\partial f}{\partial y}vだから、df(u, v)=\frac{\partial f}{\partial x} u+\frac{\partial f}{\partial y}vということだ。

特に、f(x,y)=x、つまり、x座標を抜き出す関数を考えれば、df(u, v)=\frac{\partial f}{\partial x} u+\frac{\partial f}{\partial y}v=1uという線形写像だ。この線形写像dxと記すのが自然だ。すなわち、dx(u, v)=uである。この線形写像はすぐ上で考えた基底e_1(u, v)そのものだ。同様に、dy(u, v)=vで、基底e_2(u, v)となる。したがって、f(x, y)微分を意味する線形写像\lambda (u, v)=\frac{\partial f}{\partial x} u+\frac{\partial f}{\partial y}vdf=\frac{\partial f}{\partial x}dx+\frac{\partial f}{\partial y}dyと書き換えることができるわけだ。これは「ちゃんとした等式」となっている。ただし、両辺ともに線形空間V^{*}の要素であり、この線形空間での等式となっていることに注意しなければならない。もう少し詳しく言えば、「両辺の線形写像でベクトル(u, v)写像した結果が任意のベクトルについて一致する」という意味での「等式」なわけだ。このように線形空間V^{*}で解釈し直すことで、全微分は「ちゃんとした等式」なのだ、と理解することが可能となる。

スピヴァックの本は、この準備の下で、高次元のストークスの定理

\int_{C}d \omega=\int_{\partial C}\omega

を証明している。(ここで、\omegak形式f dx^{1}\wedge dx^{2}\dots\wedge dx^{k})。前述した通り、スピヴァックの本では「テンソル積」「交代テンソル」などを丹念に準備してくれているおかげで、定義そのものが難しいk形式についてのこの見事な定理を、たいしたストレスなく理解できる。ちなみに電磁気学ではストークスの定理は重要らしく、加藤さんの電磁気学入門』にも登場する。「アンペールの法則」で出てくるみたいだが、電磁気学に全く興味がないぼくはあんまり真面目に読んでない(笑)。

 

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