みたいなやつだ。ちなみに、は関数
の
方向の微分係数を意味しており、いわゆる「偏微分」である。この公式を教える人にはいろいろな立場がある。「形式的な表現にすぎない」とか、「微小量での近似公式を無限小で理想化したもの」など。
せっかくだから、物理学者の畏友・加藤岳生さんの近著『電磁気学入門』裳華房を眺めてみた。最初の章「電磁気学を理解するための大事な一歩」の「A.スカラー場とベクトルの微分」のところに解説してある。その説明では、微小量に対する関数
の変化量の近似公式
+
の極限として説明している。この近似公式は、の3次元グラフ上の1点において、曲面を微小な平面(平行四辺形)と見なせば、簡単に出てくる式である(知らない人は拙著『ゼロから学ぶ微分積分』講談社で勉強してほしい)。大学の微積分のほとんどの教科書はこのように説明しており、また、それで問題はないし、読者もそういうふうに理解すれば良い。実際、ぼくの書いた教科書『ゼロから学ぶ微分積分』講談社でもそう説明している。ただ、用心深い人、疑り深い人、頭が厳密な人は、「(1)式は等式やん。近似式(2)を等式に書き換えるのはインチキやん」と思うことだろう。加藤さんは、脚注に「実際、この方針で全微分公式を厳密に証明できます」と書いているけど、「この方針」というのは、たぶん、多変数のテーラー展開のことを言っているのかなと推測されるが、そもそも「記号
の定義」「等号の定義」がきちんとなされていないのだから、どうやって「厳密に証明」するんだろうといぶかってしまう。
ここまで加藤さんの『電磁気学入門』をまるで批判してるっぽく書いてしまったので、そんなことないよ、ということを付記しておく。この本もいつもの加藤さんの本と同じで、非常に良く書けており、「電磁気学を勉強したいならまずこの本」と押せる本だ。この本が工夫されているのは、使う数学を最初の章でまとめて解説し、そのあとに静電場、電流、静磁場、電磁誘導、マクスウエル方程式、という順にアイテム別に講義する形式となっているところだ。これなら、「数学と物理を同時並行的に学ぶ」という多くの学習者が溺れ死ぬちゃんぽん地獄に落ちなくて済む。
話をもとに戻すと、ぼくは非常に長い間、全微分公式を「単なる形式的なもの」で、「ちゃんとした等式ではない」と思い込んでいた。それが最近になって、そうじゃないことを知ったのだ。それは、小木曽啓示『代数曲線論』朝倉書店を読んだときだった。この本については、このエントリーで紹介しているので読んでほしい。『代数曲線論』では、「全微分公式がちゃんと等式となっている」のだ。それは「微分形式」という概念による。そこで大事になるのは、線形代数における「双対空間」というものだ。双対空間というのは、「実数上(複素数上)の線形空間から実数(複素数)への線形写像たちを線形空間と見なしたもの」で、元の線形空間と同型になる。ぼくは遠い昔に線形代数を勉強したとき、この双対空間がいったい何の役にたつのか、といぶかってたけど、今になって「ここで役に立つんか!」と膝を打った次第。
しかし、小木曽さんの本では微分形式の説明がスピーディすぎて頭に入ってこないので、若い頃に購入して読んでなかったスピヴァック『多変数解析学』(斎藤正彦・訳)東京図書を数十年ぶりにひもといた。そうしたら、なんと!この本はとても良く書けており、微分形式をけっこうな程度で理解できてしまったのだ。どうして理解しやすかったのかというと、この本では、第4章「鎖体上の積分」という章で、「テンソル積」「交代テンソル」などの線形代数を十分に準備したあとに、微分形式の説明をしているからだ。しかも、その説明がとんでもなくクリアカットなのだね。しかし、ここでは、この全体を説明するわけにはいかないから、「全微分をどうやったら、きちんとした等式として定義できるのか」にしぼって解説する。
まず、1変数の微分を解釈し直すことから始めよう。が微分可能であるとは、極限
がある数に収束することだ。この
が微分係数
と定義される。この定義を次のように書き換えることができる。
「を満たす1次関数
が存在すること」。
(ここでは、関数記号と比例定数を同じと記述してる)。このように微分可能性の定義を1次関数を用いて行うことは2変数以上になると大きな効力を発揮する。例えば、2変数関数
の微分可能性は、
「を満たす2変数1次関数
が存在すること」
と定義される。ここで、2変数1次関数とは、
という形式の関数で、
はベクトルの長さ
のこと。スピヴァックでは、この2変数1次関数
を「導値」、その係数を抜き出したもの
を「ヤコビ行列」と呼んで、
と記している。上記の極限では点
をどう近づけてもいいわけだから、
として近づければ、
方向の偏微分となり、
について、
がわかる。同様にして、
となる。スピヴァックの本では、次のことを証明している。すなわち、
が微分可能のとき、2変数1次関数
は唯一である。また、点
において偏微分係数
と
が存在し連続なら、
は点
において微分可能となり、
となる。
この定理のスピヴァックの証明は非常にみごとであり、一読の価値がある。
以上の準備をもとに、いよいよ全微分の「等式化」の説明に入ろう。大事なことは、微分は微分係数や偏微分係数として理解するのではなく、(1変数ないし多変数の)1次関数、つまり、線形写像として理解する、ということだ。
いま、点を始点とする2次元ベクトル
の作る線形空間
を考える。この線形空間
から、実数への線形写像は
という2変数1次関数となる。このような線形写像は、
,
に対して、和
と実数倍
をそれぞれ、
と
と定義することで、線形空間
となる(これが双対空間と呼ばれる)。線形空間
の基底は、明らかに、
と
である。なぜなら、任意の
が
と表されるからだ。
ここで微分(導値)というのが2変数1次関数だったことを思い出そう。つまり、これは線形空間
の要素になっている。この線形写像をスピヴァックの本では
と定義している。上で説明したように、
だから、
ということだ。
特に、、つまり、
座標を抜き出す関数を考えれば、
という線形写像だ。この線形写像は
と記すのが自然だ。すなわち、
である。この線形写像はすぐ上で考えた基底
そのものだ。同様に、
で、基底
となる。したがって、
の微分を意味する線形写像
を