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ふじわらの・あきのぶ

【生没】994(正暦5)-1027(万寿4)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道長
【実母】明子
【略伝】
 藤原道長の三男。
 朝廷に出仕し、侍従、右馬頭などを務めるが、1012(寛弘9)年に出家した。
【配役】
百瀬 朔(30)……光る君へ(2024・NHK)
佐藤遙灯(9)……光る君へ

ふじわらの・あきみつ

【生没】944(天慶7)-1021(治安元)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原兼通
【実母】昭子女王(元平親王女)
【略伝】
 藤原兼通の長男。
 972(天禄3)年に伯父伊尹が没し、父兼通がその弟兼家を退けて朝廷の実権を掌握すると昇進を重ね、975(天延元)年に参議となって公卿に列し、977(貞元2)年4月には権中納言となる。
 同年11月に兼通が没して兼家に実権が移ると、しばらく不遇の日々を過ごすが、後にいとこ(兼家の子)道長に重用され、996(長徳2)年に右大臣、1017(長和6)年には摂政となった道長の後を受けて左大臣に任ぜられたが、実権はなかったという。
【配役】
宮川一朗太(58)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・あさてる(あさみつ)

【生没】951(天暦5)-995(長徳元)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原兼通
【実母】能子女王(有明親王女)
【略伝】
 藤原兼通の三男(あるいは四男)。
 972(天禄3)年に伯父伊尹が没し、父兼通がその弟兼家を退けて朝廷の実権を掌握すると昇進を重ね、974(天延2)年には異母兄顕光時光に先んじて参議となり、公卿に列する。
 その後、左近衛大将、大納言などを歴任した。
【配役】
佐渡山順久(50)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・いえなり

【生没】1107(嘉承2)-1154(仁平4)
【実父】藤原家保
【実母】悦子(藤原隆宗女)
【別称】中御門家成
【略伝】
 朝廷に出仕し、参議や権中納言などを務め、1149(久安5)年に中納言となる。鳥羽院の信頼厚く、その側近くにあったが、1151(仁平元)年には、家人同士の諍いから、当時権勢を誇っていた左大臣藤原頼長の手の者により自邸を破壊される悲劇に見舞われた。
【配役】
下元 勉(55)……新・平家物語(1972・NHK)
佐藤二朗(43)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・いえやす

【生没】1090(承暦4)-1136(保延2)
【実父】藤原顕季
【実母】藤原経平女
【略伝】
 朝廷に出仕し、白河院の側近であった父顕季とともに白河院の信任が厚く、院庁別当などを務める。
 白河院の没後は鳥羽院に重用され、1134(長承3)年には参議となった。
【配役】
渡辺 哲(62)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・かげきよ

【生没】?-1196(建久7)?
【生地】
【実父】伊藤忠清
【実母】
【別称】悪七兵衛、伊藤景清、平景清
【略伝】平氏に従い、1180(治承4)年以来、平氏に対して挙兵した源氏勢の追討に当たって活躍。その勇猛さから「悪七兵衛」の異名をとった。
【配役】
2尾上松之助①(37)……悪七兵衛景清(1912・横田)
2尾上松之助②(45)……悪七兵衛景清(1920・日活)
5沢村四郎五郎①(44)……阿古屋と景清(1921・松竹)
嵐 璃徳(46)……悪七兵衛景清(1921・帝キネ)
5沢村四郎五郎②(47)……落日の夢(1924・松竹)
芝田 新(35)……静御前(1938・新興)
加藤 武(37)……源義経(1966・NHK)
佐藤京一(28)……怪談(耳無し芳一の話)(1964・東宝)

ふじわらの・かげすえ

【生没】?-1057(天喜5)
【実父】藤原景通
【略伝】
 源頼義の家臣。
 1051(永承6)年からの前九年の役では奮戦したが、1057(天喜5)年11月、安倍方との黄海の戦いで頼義が惨敗した際に討死した。
【配役】
塩野谷正幸(40)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・かげつね

【実父】藤原経家
【別称】飛騨三郎左衛門尉
【略伝】
 平宗盛の家臣。
 1185(文治元)年の源氏方との壇ノ浦の戦いで源氏方に生け捕られた。
【配役】
湯浅 実(32)……源義経(1966・NHK)

ふじわらの・かねいえ

【生没】929(延長7)-990(永祚2)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原師輔
【実母】盛子(藤原経邦女)
【略伝】
 藤原道長の父。
 藤原師輔の三男。朝廷に出仕し、中納言、蔵人頭などを務めて順調に出世するが、972(天禄3)年に長兄で太政大臣だった伊尹が没し、不和だった次兄兼通が朝廷の実権を握ると冷遇される。
 977(貞元2)年の兼通の没後は、次女詮子が入内し、円融天皇との間に懐仁親王(一条天皇)をもうけるなどしたため、次第に朝廷内での地位を高める。986(寛和2)年には自らの画策により花山天皇を退位に追い込んだといわれ(寛和の変)、これにより懐仁親王の即位を実現。自らは外祖父として摂政を務め、989(永祚元)年には太政大臣に就任した。
【配役】
仲谷 昇(34)……かげろうの日記遺文(1963・TBS)
7尾上梅幸(50)……かげろうの日記遺文(1965・NHK)
石橋蓮司(60)……陰陽師(2001・NHK)
石井愃一(55)……陰陽師(2001・東宝)
川原和久(42)……陰陽師 II(2003・東宝)
段田安則(67)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・かねなが

【生没】1138(保延4)-1158(保元3)
【実父】藤原頼長
【実母】源師俊女
【略伝】
 藤原頼長の次男。
 朝廷に出仕し、権勢を誇る父頼長の後ろ盾もあり、侍従や右近衛中将などを経て、1153(仁平3)年には権中納言に任ぜられ、翌年には右近衛大将を兼ねたが、1156(保元元)年の保元の乱で頼長が敗死すると、解官されて出雲に流され、同地で没した。
【配役】
中根大樹(20)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・かねみち

【生没】925(延長3)-977(貞元2)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原師輔
【実母】盛子(藤原経邦女)
【略伝】
 藤原師輔の次男。
 朝廷に出仕し、蔵人頭、内蔵頭などを務め、969(安和2)年に参議となって公卿に列する。972(天禄3)年には内大臣、974(天延2)年には太政大臣、関白に相次いで任じられた。
 977(貞元2)年10月、重病の床に就くと、不和だった弟兼家ではなくいとこの頼忠に関白職を譲り、翌月に没した。
【配役】
平野 稔(64)……陰陽師(2001・NHK)
斎藤 歩(39)……陰陽師 II(2003・東宝)
六平直政(61)……陰陽師(2015・EX)

ふじわらの・きよひら

【生没】1056(天喜4)-1128(大治3)
【生地】陸奥国
【実父】藤原経清
【実母】有加一乃末陪
【別称】清原清衡
【略伝】
 奥州藤原氏の祖。
 1062(康平5)年の前九年の役の終結後、父経清が陸奥守源頼義によって斬首されると、母が清原武貞に再嫁したため清原家に入る。1083(永保3)年、当主清原真衡と自身の異父弟家衡との間に対立が生じた際には家衡を後援したが、真衡の没後、その遺領分割をめぐって家衡と不和となり、1087(寛治元)年、陸奥守源義家の助勢を得て家衡を滅ぼした(後三年の役)。
 前九年の役で安倍一族、後三年の役で清原一族がことごとく陸奥・出羽から姿を消す中、事実上唯一の生き残りとして陸奥・出羽の支配者としての地位を次第に確立。陸奥平泉を拠点に一大勢力を築いた一方で、平泉に中尊寺金色堂を建立するなど独自の文化を育てた。
【配役】
森田洸輔(8)
福原 学(15)
村上弘明(37)
……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・きよひらのつま

【生没】?-1086(応徳3)
【生地】陸奥国
【略伝】
 藤原清衡の妻。
 1086(応徳3)年、清衡が異父弟家衡と対立した際に家衡によって人質とされ、後に家衡によって殺害された。
【配役】
坂本冬美(26)……炎立つ(1993・NHK)役名は貴梨

ふじわらの・きんしげ

【生没】1118(元永元)?-1178(治承2)
【実父】藤原(西園寺)通季
【実母】藤原忠教女
【別称】西園寺公重
【略伝】朝廷に出仕し、侍従や右近衛少将などを務めた。
【配役】
枝川吉範(34)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・きんすえ

【生没】956(天暦10)-1029(長元2)
【生地】山城国
【家系】藤原北家藤原北家(閑院流)
【実父】藤原師輔
【実母】康子内親王(醍醐天皇皇女)
【略伝】
 朱雀天皇・村上天皇の甥。
 朝廷に出仕し、侍従、左近衛中将などを歴任し、983(天元3)年には参議となって公卿に列する。その後、大納言などを経て、997(長徳3)年には内大臣となり、朝政の実権を握る藤原道長を支えた。
 1017(寛仁元)年には右大臣、1021(寛仁5)年には太政大臣に任ぜられた。
【配役】
米村拓彰(41)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・きんとう

【生没】966(康保元)-1041(長久2)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原頼忠
【実母】厳子女王(代明親王女)
【略伝】
 朝廷に出仕し、蔵人頭などを歴任し、992(正暦3)年に参議となって公卿に列する。その後、中納言や権大納言を務めて藤原斉信藤原行成源俊賢とともに「四納言」と称され、朝政の実権を握る藤原道長を支えた。
 歌人としても知られ、『拾遺抄』などを残し、『拾遺和歌集』にも多くの和歌が撰ばれている。
【配役】
8市川中車(66)……紫式部絵巻(1962・TBS)
町田啓太(34)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・きんとうのつま

【生没】
【生地】山城国?
【家系】皇室
【実父】昭平親王
【実母】藤原高光女
【略伝】
 藤原公任の妻。
 村上天皇の孫。藤原道兼の養女となる。
 和歌に優れ、『後拾遺和歌集』などにその歌が撰ばれている。
【配役】
柳生みゆ(34)……光る君へ(2024・NHK) 役名は敏子

ふじわらの・きんのり

【生没】1103(嘉承2)-1160(永暦元)
【実父】藤原(三条)実行
【実母】藤原顕季女
【別称】三条公教
【略伝】
 朝廷に出仕し、いとこに当たる得子(美福門院)鳥羽院の寵愛を受けていた関係から、鳥羽院の信任を得て蔵人頭や参議などを務め、1150(久安6)年に権大納言、1156(保元元)年3月には左近衛大将となる。この間の1155(久寿2)年には、近衛天皇崩御後の後継を定める密議にも加わる。
 保元の乱後の翌1157(保元2)には内大臣に任ぜられ、1159(平治元)年の平治の乱では、平清盛に属し、幽閉された二条天皇の救出などに貢献した。
【配役】
並樹史朗(55)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・くにつな

【生没】1122(保安2)-1181(養和元)
【実父】藤原盛国
【実母】藤原公長女
【略伝】
 藤原忠通の家臣。
 検非違使や播磨守など各国の受領を歴任し、1166(仁安元)年には蔵人頭から参議に進んで公卿に列する。
 忠通の没後はその子基実に、その没後はその未亡人盛子平清盛の子)の後見人となって平氏との結びつきを強め、1177(治承元)年には権大納言にまで進んで、朝廷に強い影響力を持った。
【配役】
岡本信人(64)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・くにひら

【生没】?-1189(文治5)
【生地】陸奥国
【実父】藤原秀衡
【実母】藤原秀衡の側室
【略伝】
 藤原秀衡の長男。
 庶子であったため嫡男とはならず、1187(文治3)年の秀衡の没後は、家督を相続した異母弟泰衡を支える。
 1189(文治5)年8月、源頼朝が陸奥に侵攻すると、阿津賀志山で頼朝の軍勢を迎え撃って討死した。
【配役】
中村時十郎(42)……続源義経(1956・映画)
戸田皓久(33)……源義経(1966・NHK)
剣持伴紀(43)……武蔵坊弁慶(1986・NHK)
誠 直也(43)……源義経(1991・NTV)
三浦浩一(40)……炎立つ(1993・NHK)
山内としお(43)……弁慶(1997・ANB)
長嶋一茂(39)……義経(2005・NHK)
平山祐介(52)……鎌倉殿の13人(2022・NHK)

ふじわらの・これかた

【生没】1125(天治2)-?
【実父】藤原顕頼
【実母】忠子?俊子?(藤原俊忠女)
【別称】粟田口惟方、別当惟方
【略伝】
 父顕頼が鳥羽院の側近、母が守仁親王(二条天皇)の乳母を務めていた関係から、鳥羽院の妃で親王の養母となっていた美福門院に仕え、検非違使別当などを務める。
 1158(保元2)年に親王が即位すると参議に任ぜられ、二条帝による親政を推し進めようとするが、後白河院の側近信西の権勢に阻まれてこれと次第に対立。同様に信西と反目する甥で義兄弟にも当たる藤原信頼と結び、1159(平治元)年の平治の乱で信頼方に属して信西の排除に成功するが、兄光頼らの説得を受けてほどなくして信頼方より離反した。
 乱後は引き続き二条帝の下で藤原経宗らとともに朝政を主導したが、翌1160(永暦元)年、後白河院の怒りに触れて経宗とともに解官され、長州に流される。1166(仁安元)年に赦免されて京都に戻るが、以後は和歌の道に余生を過ごしたという。
【配役】
金内吉男(39)…… 新・平家物語(1972・NHK)
矢柴俊博(41)→野間口徹(39)…… 平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・これしげ(これなり)

【生没】953(天暦7)-989(永祚元)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原雅材
【実母】藤原中正女
【略伝】
 師貞親王(花山天皇)の乳母子で、その側近くに仕える。
 984(永観2)年に親王が即位すると、蔵人、左中弁などを務め、その治世を輔佐。しかし、986(寛和2)年6月、花山帝が突如として出家すると(寛和の変)、自らもこれを追って出家し、以後は隠棲した。
 なお、「尾張国郡司百姓等解文」で訴えられた藤原元命はおじに当たる。
【配役】
吉田 亮(46)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・これすけ

【生没】?-1014(長和3)
【生地】
【家系】藤原北家
【実父】藤原為頼
【実母】上毛野公房女
【略伝】
 紫式部のいとこ。
 朝廷に出仕し、式部丞、阿波守、讃岐守などを歴任した。
【配役】
市川男女之助(27)……紫式部(1939・新興)

ふじわらの・これちか

【生没】974(天延2)-1010(寛弘7)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道隆
【実母】貴子
【略伝】
 藤原道隆の三男。
 藤原隆家の兄。990(正暦元)年、祖父兼家の死により父道隆が摂政となり、さらに妹定子一条天皇の中宮となると昇進を重ね、991(正暦2)年に参議となって公卿に列し、994(正暦5)年には内大臣に就任する。
 995(長徳元)年に道隆が没すると、叔父道長との激しい対立が続いたが、翌年2月、花山法皇の一行を襲撃する事件を起こして大宰権帥に左遷され、失脚(長徳の変)。997(長徳3)年に赦免されて京都へ戻り、1003(長保5)年にようやく従二位に叙せられ、一条天皇の唯一の皇子であった敦康親王(定子所生)の伯父として面目を保ったが、道長の子彰子が敦成親王(後一条天皇)を出産してこれが皇太子になると立場を失った。
【配役】
佐藤祐基(27)……源氏物語 千年の謎(2011・東宝)
三浦翔平(36)……光る君へ(2024・NHK)
堂前直希(8)……光る君へ

ふじわらの・これちかのつま

【生没】
【生地】山城国?
【家系】皇室(醍醐源氏)
【実父】源重光
【実母】
【略伝】藤原伊周の妻。
【配役】
松田るか(29)……光る君へ(2024・NHK) 役名は源幾子

ふじわらの・これちか

【実父】藤原清夏
【略伝】
 常陸介を務めていた939(天慶元)年、常陸国内で狼藉を働く藤原玄明を追捕するが、玄明を庇護した平将門により逆に国府を包囲され、数で劣る将門勢に攻撃を仕掛けるものの大敗し、将門勢に国府を占領されて捕縛される。これにより、将門は朝廷に叛旗を翻すかたちとなった。
【配役】
横森 久(48)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・さだいえ(ていか)

【生没】1162(応保2)-1241(仁治2)
【生地】
【家系】冷泉氏
【実父】藤原俊成
【実母】美福門院加賀(藤原親忠女)
【略伝】
 朝廷に出仕し、参議や民部卿などを務め、1232(寛喜4)年には権中納言に任ぜられる。
 父俊成同様、歌人としての活躍が著名で、『新古今和歌集』の撰者などとして今日に名を残している。
【配役】
岡本信人(31)……草燃える(1979・NHK)
10岩井半四郎(60)……親鸞 白い道(1987・映画)

ふじわらの・さだより

【生没】995(長徳元)-1045(寛徳2)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原公任
【実母】昭平親王女
【略伝】
 藤原公任の長男。
 朝廷に出仕し、侍従、蔵人頭などを経て、1020(寛仁4)年に参議となり、公卿に列する。
 その後、権中納言、兵部卿などを歴任した。
【配役】
水石亜飛夢(28)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・さねいえ

【生没】1145(久安元)-1193(建久4)
【実父】徳大寺公能
【実母】豪子(藤原俊忠女)
【略伝】朝廷に出仕し、参議や権中納言などを務め、1190(建久元)年には大納言に任ぜられた。
【配役】
湯浅 実(38)……新・平家物語(1972・NHK)

ふじわらの・さねすけ

【生没】957(天徳元)-1046(永承元)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原斉敏
【実母】藤原尹文女
【略伝】
 藤原頼忠の甥。
 祖父藤原実頼の養子となる。朝廷に出仕し、蔵人頭などを経て、989(永祚元)年に参議となって公卿に列する。1001(長保3)年には権大納言、1021(治安元)年には右大臣に任ぜられた。
 学問、和歌、蹴鞠など多芸に通じ、日記『小右記』を残す。『小右記』は有職故実の貴重な史料である一方、当時の最高権力者藤原道長への批判が連ねられていることでも知られている。
【配役】
秋山竜次(46)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・さねすけのつま

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】藤原実資の妻。
【配役】
中島亜梨沙(42)……光る君へ(2024・NHK) 役名は桐子

ふじわらの・さねたか

【生没】
【生地】
【実父】藤原末業
【実母】
【略伝】
 朝廷に出仕し、939(天慶2)年に備前介となったが、同年12月、藤原純友らの海賊活動を理由とする瀬戸内の情勢不穏を奏上のため上洛途中、摂津で純友方の襲撃を受けて捕縛される。その後、解放されたようで、961(応和元)年には讃岐介に任ぜられた記録が残っている。
【配役】
入川保則(37)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・さねのぶ

【生没】964(康保元)-1001(長保3)
【生地】山城国?
【実父】藤原為光
【実母】藤原敦敏女
【略伝】
 藤原師輔の孫。藤原斉信の兄。
 朝廷に出仕し、侍従、左近衛少将などを務め、988(永延2)年に参議となって公卿に列する。
 その後、侍従、近江権守などを歴任した。
【配役】
港谷 順(35)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・しげたまる

【実父】藤原純友
【略伝】
 藤原純友の子。
 941(天慶3)年6月、朝廷に対し叛旗を翻していた父純友とともに朝廷の軍勢に捕縛され、処刑された。
【配役】
早川勝也(7)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・しげのり

【生没】1135(保延元)-1187(文治3)
【生地】
【実父】信西
【実母】紀伊局
【略伝】
 信西の三男。小督の父。
 朝廷に出仕し、左近衛中将などを務めるが、1159(平治元)年の平治の乱で父信西が横死すると失脚し、乱後、下野に流される。翌1160(永暦元)年に赦免され、朝政に復帰。後白河院の側近くに仕え、参議や中納言を務めた。
【配役】
長門裕之(58)……平清盛(1992・TBS)役名は藤原信基

ふじわらの・しげのりのつま

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】藤原成範の妻。小督の母。
【配役】
浅茅陽子(41)……平清盛(1992・TBS)

ふじわらの・しげより

【実父】藤原頼清
【略伝】
 源頼義の家臣。
 1051(永承6)年、陸奥守に任ぜられた頼義の陸奥下向に従い、前九年の役で奮戦したが、合戦中に頼義とはぐれて出家したという。
【配役】
清水綋治(49)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・すえかね

【生没】1044(寛徳元)-1101(康和3)
【実父】藤原実範
【略伝】
 朝廷に出仕して尾張目代などを務め、尾張熱田大宮司の尾張員職の娘を妻に迎えた。
 なお、子の季範は後に源義朝の正室となり、義朝との間に頼朝をもうけている。
【配役】
俵 一(47)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・すえのり

【生没】1090(寛治4)-1155(久寿2)
【生地】尾張国
【実父】藤原季兼
【実母】尾張員職女
【略伝】
 尾張目代の子に生まれるが、1114(永久2)年に外祖父員職より熱田大宮司職を譲り受け、以後、藤原氏が大宮司職を世襲することとなった。
 なお、は後に源義朝の正室となり、義朝との間に頼朝をもうけている。
【配役】
山口良一(57)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・すけたか

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】
 朝廷に出仕し、大宰大監などを務める。
 1019(寛仁3)年、刀伊と称される海賊が九州北部を襲撃した際(刀伊の入寇)、藤原隆家に従ってこれを撃退した。
【配役】
松田賢二(53)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・すけひら

【生没】?-1068(治暦3)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原懐平
【実母】源保光女
【略伝】藤原資平
 叔父藤原実資の養子となる。
 朝廷に出仕し、侍従、蔵人頭などを経て、1017(長和6)年に参議となり、公卿に列する。
 その後、権中納言、大納言などを務めた。
【配役】
篠田 諒(28)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・すみとも

【生没】?-941(天慶4)
【実父】藤原良範
【略伝】
 朝廷に出仕し、伊予掾として京都より伊予に下るが、やがて土着し、瀬戸内海の海賊衆を掌握する。936(承平6)年、海賊制圧のため追捕南海道使兼伊予守として伊予に下向した紀淑人に降り、海賊追捕の命を受け、再び海賊を制圧する側の立場となった。
 しかし、939(天慶2)年に離反し、海賊を率いて瀬戸内の各地に出没。同年12月には、瀬戸内の情勢不穏を朝廷に報告すべく上洛途中の備前介藤原子高らを襲撃してこれを捕縛するなど、次第に活動を過激化させる。関東での平将門の乱への対応に追われる朝廷を尻目に、翌年には大宰府も制圧するなどその勢力を拡大したが、941(天慶4)年、将門の乱の鎮圧後態勢を整えた朝廷の追討を受けて敗戦を重ね、同年6月、捕縛されて処刑された。
【配役】
緒形 拳(39)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわら・せいか

【生没】1561-1619
【生地】播磨国
【家系】冷泉氏
【実父】冷泉為純
【実母】
【略伝】
 冷泉家代々の荘園であった播磨細河に生まれる。幼少のころに出家していたが、1578(天正6)年、羽柴秀吉の播磨攻略に呼応していた父為純が、播磨三木城主別所長治の攻撃を受けて討死したため、京都に移る。その後、相国寺などに学んで儒学を修め、その門下には林羅山などが学んだ。
【配役】
観世栄夫(44)……春の坂道(1971・NHK)

ふじわらの・せんとう(ちとう)

【生没】?-1087(寛治元)
【略伝】
 清原家衡の家臣。
 家衡とは乳兄弟であったという。1083(永保3)年からの後三年の役では、家衡に従って清原清衡らの軍勢と交戦を重ねたが、1087(寛治元)年11月、家衡が清衡らに降伏すると、家衡とともに処刑された。
【配役】
織本順吉(66)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・たかいえ

【生没】979(天元2)-1044(寛徳元)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道隆
【実母】貴子
【略伝】
 藤原道隆の四男。
 990(正暦元)年、祖父兼家の死により父道隆が摂政となり、さらに姉定子一条天皇の中宮となると、左近衛少将、右近衛中将と昇進を重ね、995(長徳元)年4月には権中納言に就任する。
 同月に道隆が没した後は、兄伊周とともに、叔父道長との激しい対立を続けたが、翌年2月、花山天皇の一行を伊周と襲撃する事件を起こして出雲権守に左遷され、失脚する(長徳の変)。998(長徳4)年に赦免されて京都へ戻り、1002(長保4)年に権中納言に復帰し、1009(寛弘6)年には中納言となった。
 その後、眼病の治療も兼ねて、自ら望んで大宰権帥に転じる。1019(寛仁3)年、刀伊と称される海賊が九州北部を襲撃した際には(刀伊の入寇)、現地の兵を率いてこれを撃退し、武名を高めた。
 同年12月に大宰権帥を辞して京都へ戻り、大蔵卿などを歴任。その後、1037(長暦元)年から1042(長久3)年にかけて再び大宰権帥を務めた。
【配役】
竜星 涼(31)……光る君へ(2024・NHK)
新城政宗(14)……光る君へ
森田美沓(11)……光る君へ

ふじわらの・たかざね

【実父】藤原基成
【略伝】
 藤原基成の子。
 父基成が陸奥守として陸奥に下向した際にはこれに同行しなかったものと思われ、1159(平治元)年の平治の乱で叔父信頼が処刑されると、これに連座して解官され、基成を頼って陸奥平泉に落ちのびた。
【配役】
真鍋敏宏(36)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・ただざね

【生没】1078(承暦2)-1162(応保2)
【生地】山城国
【実父】藤原師通
【実母】全子(藤原俊家女)
【略伝】
 朝廷に出仕し、権大納言や右大臣などを務め、1105(長治2)年に関白に就任。1107(嘉承2)年には鳥羽天皇の摂政となり、1112(天永3)年には太政大臣に任ぜられる。しかし、院政を敷く白河院との折り合いが悪く、1120(保安元)年には院より内覧を停止され、翌年には内覧に復帰したものの氏長者の地位を長男忠通に譲り、関白職も辞して朝政の一線から退いた。
 1129(大治4)年の白河院の崩御後は、鳥羽院の信任を得て再び朝政に参画するが、忠通を疎んじてその弟頼長を寵愛し、1140(保延6)年に出家して山城宇治に隠退した後も頼長を擁護。1150(久安6)年には忠通に強いて頼長に氏長者の座を譲らせるなど、忠通との対立が深まった。
 しかし、1156(保元元)年の保元の乱で頼長が横死すると忠通を頼り、以後、忠通の庇護のもとに余生を過ごした。
【配役】
6嵐徳三郎(56)……三十三間堂の由来 お柳怨霊(1939・映画)
森 雅之(61)新・平家物語(1972・NHK)
勝部演之(54)平清盛(1992・TBS)
國村 隼(57)平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・ただつな

【生没】
【生地】
【実父】藤原資綱
【実母】
【略伝】
 朝廷に出仕して後鳥羽上皇の側近くに仕え、内蔵頭などを務める。
 1219(承久元)年の将軍源実朝の暗殺後には院の使者として鎌倉に下って院の意向を伝えるなど院の信頼があったとみられるが、同年、解官されたという。
【配役】
池田 鴻(40)……草燃える(1979・NHK)

ふじわらの・ただのぶ

【生没】967(康保4)-1035(長元8)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原為光
【実母】藤原敦敏女
【略伝】
 藤原師輔の孫。藤原誠信の弟。
 朝廷に出仕し、侍従、参議などを務め、1001(長保3)年に権中納言、1009(寛弘6)年には権大納言(後に大納言)となる。藤原公任藤原行成源俊賢とともに「四納言」と称され、藤原道長を支えた。
【配役】
金田 哲(38)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・ただひら

【生没】880(元慶4)-949(天暦3)
【生地】山城国
【実父】藤原基経
【実母】操子女王(人康親王女)
【略伝】
 909(延喜9)年に兄時平が没すると、氏長者となり、参議や左大臣などを務めて醍醐天皇の治世を輔佐。930(延長8)年に朱雀天皇が即位すると、帝が幼少であったために摂政に任ぜられ、936(承平6)年には太政大臣となる。
 その後、東国で平将門の乱、西国で藤原純友の乱が起こって政情不穏となるが、941(天慶4)年までにこれらのいずれも鎮圧に成功し、同年には関白に転任。946(天慶9)年に村上天皇が即位した後も関白にとどまった。
【配役】
柳永二郎(67)……恋や恋なすな恋(1962・映画)
仲谷 昇(47)……風と雲と虹と(1976・NHK)
九十九一(68)……陰陽師(2020・EX)

ふじわらの・ただひら

【生没】1167(仁安2)-1189(文治5)
【生地】陸奥国
【実父】藤原秀衡
【実母】
【略伝】
 藤原秀衡の三男。
 1187(文治3)年の秀衡の没後、秀衡の遺命を守って源義経を庇護するが、異母兄泰衡との間に意見の対立を生じ、1189(文治5)年6月、泰衡によって攻め滅ぼされた。
【配役】
江原真二郎(20)……続源義経(1956・映画)
田中亮三……源九郎義経(1962・東映)
田村正和(23)……源義経(1966・NHK)
坂東正之助(32)……武蔵坊弁慶(1986・NHK)
鼓 太郎(21)……源義経(1991・NTV)
嶺岸和城
角田英介(23)
……炎立つ(1993・NHK)
ユキリョウイチ(33)……義経(2005・NHK)

ふじわらの・ただみち

【生没】1097(承徳元)-1164(長寛2)
【生地】山城国
【実父】藤原忠実
【実母】師子(源顕房女)
【略伝】
 藤原忠実の長男。
 朝廷に出仕して左近衛大将や内大臣などを務め、1121(保安2)年に父忠実が白河院の怒りに触れて関白を罷免されると、後を受けて関白、氏長者に就任。1123(保安4)年に顕仁親王(崇徳天皇)が即位すると、摂政、後に再び関白を務めるが、1129(大治4)年の白河院の崩御により、鳥羽院による院政が開始されて忠実が復権したため、忠実やその寵愛を受ける異母弟頼長と不和となった。
 その後、忠実の意により氏長者を頼長に譲るが、鳥羽院の寵妃美福門院に接近し、1155(久寿2)年に近衛天皇が崩御すると、美福門院と結託。雅仁親王(後白河天皇)を即位させてその子守仁親王(二条天皇)を皇太子に立てる。翌年7月の鳥羽院の崩御後、崇徳院を奉じ源為義らを取り込んで挙兵した頼長が横死すると、氏長者の座も回復した。
【配役】
十朱久雄(47)……新・平家物語(1955・大映)
津村礼司①……椿説弓張月 第一篇 筑紫の若武者(1955・映画)
津村礼司②……弓張月 第二篇 運命の白縫姫(1955・映画)
津村礼司③……弓張月 完結篇 南海の覇者(1955・映画)
原 保美(57)……新・平家物語(1972・NHK)
堀部圭亮(46)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・ただみつ

【生没】?-1192(建久3)?
【実父】伊藤忠清
【略伝】
 平氏に従い、平氏に対して挙兵した源氏方と各地で戦うが、1185(文治元)年の壇ノ浦の戦いで平氏が滅亡すると行方不明となる。
 1192(建久3)年、鎌倉で源頼朝の暗殺を狙って失敗し、処刑されたという。
【配役】
3片岡半蔵(58)……源義経(1966・NHK)

ふじわらの・ためすけ

【生没】920(延喜20)-986(寛和2)
【生地】
【家系】藤原北家
【実父】藤原朝頼
【実母】藤原言行女
【略伝】
 藤原宣孝の父。
 朝廷に出仕し、侍従、左京大夫などを経て、975(天延3)年に参議となって公卿に列する。
 その後、978(貞元3)年には左大弁、986(寛和2)年には権中納言に任ぜられた。
【配役】
伴 元晴……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・ためとき

【生没】
【生地】
【家系】藤原北家
【実父】藤原雅正
【実母】藤原定方女
【略伝】
 紫式部の父。
 朝廷に出仕し、播磨権少掾などを務める。996(長徳2)年1月にいったん淡路守に任ぜられるが、一条天皇に漢詩を奏上し、その後、越前守に変更された(漢文に通じていたことから、前年に若狭に来航した宋人への対応を期待されたものとも考えられている)。
 1009(寛弘6)年には左少弁、1011(寛弘8)年には越前守に転じ、1016(長和5)年に出家した。
【配役】
松本泰輔(44)……紫式部(1939・新興)
浜村 純(59)……源氏物語(1965・MBS)
神山 繁(72)……千年の恋 ひかる源氏物語(2001・東映)
岸谷五朗(60)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・ためときのつま

【生没】
【生地】
【家系】藤原北家
【実父】藤原為信
【実母】
【略伝】藤原為時の妻。紫式部の母。
【配役】
国仲涼子(45)……光る君へ(2024・NHK) 役名はちやは/藤原道兼(玉置玲央)により殺害

ふじわらの・ためのり

【実父】藤原維幾
【実母】高望王女
【略伝】
 常陸介を務める父維幾に従って常陸国府にあったが、939(天慶元)年、平将門により常陸国府を占領されると逃亡。その後、平貞盛らの将門追討軍に加わってその討伐に活躍し、戦後、その功により木工助に任ぜられた。
【配役】
中島久之(24)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・ためみつ

【生没】942(天慶5)-992(正暦3)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原師輔
【実母】雅子内親王(醍醐天皇皇女)
【略伝】
 藤原道長の叔父。
 藤原師輔の九男。朝廷に出仕し、蔵人頭、参議などを歴任する。
 977(貞元2)年に関白・太政大臣を務めた次兄兼通が没すると、三兄の兼家と朝廷の実権をめぐって争う。娘忯子が984(永観2)年に即位した師貞親王(花山天皇)の女御となってその寵愛を受け、自らも帝に重用されるが、忯子没後の986(寛和2)年に帝が突如剃髪して出家し、兼家の娘詮子所生の懐仁親王(一条天皇)が即位したため、兼家との朝政の主導権争いは決着を見た。
 その後は兼家・道隆父子と協調し、991(正暦2)年には太政大臣に任ぜられた。
【配役】
阪田マサノブ(59)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・ためみつのむすめ

【生没】
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原為光
【実母】藤原伊尹女
【略伝】
 藤原伊周の愛妾。
 藤原斉信の異母妹。996(長徳2)年、同じ屋敷に居住する妹儼子のもとに通う花山法皇を、自らの愛妾のもとへ通うものと誤認した伊周が襲撃し、伊周が失脚する契機となった(長徳の変)。
【配役】
竹内 夢(25)……光る君へ(2024・NHK) 役名は藤原光子

ふじわらの・つねきよ

【生没】?-1062(康平5)
【実父】藤原頼遠
【実母】藤原頼遠の妻
【略伝】
 陸奥国府に出仕し、陸奥守藤原登任に仕えるが、前九年の役の契機となった1051(永承6)年の鬼切部の戦いで岳父安倍頼良(頼時)方に寝返る。その後、頼良が後任の陸奥守源頼義に従属するとこれに従ったが、頼良改め頼時と頼義との対立が次第に深まっていた1056(天喜4)年、行動をともにしていた相婿の平永衡が安倍方への内通を疑われて頼義により斬首されると、安倍方に帰参した。
 翌年の黄海の戦いでは源氏方に快勝するが、1062(康平5)年9月、出羽の清原武則の援軍を得て勢いづいた源氏方に敗れて捕縛され、鈍刀で斬首された。
【配役】
渡辺 謙(34)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・つねすけ

【生没】1006(寛弘3)-1081(永保元)
【家系】藤原北家(道隆流)
【実父】藤原隆家
【実母】源兼資女
【略伝】
 朝廷に出仕し、参議や権中納言などを務め、1058(康平元)年には大宰帥となる(父隆家も大宰権帥を歴任)。大宰帥在職中の1062(康平5)年には、前九年の役収束後、大宰府へ配流となった安倍宗任らの受入れを実行したものと思われる。
 その後、権大納言や中宮大夫などを務めた。
【配役】
イッセー尾形(41)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・つねとし

【略伝】
 瀬戸内海で一大勢力を成した海賊衆の一人。
 藤原純友に従って朝廷に対し叛旗を翻し、純友方の主力として転戦したが、941(天慶3)年1月、突如として朝廷側に寝返り、純友追討軍に加わった。
【配役】
今福正雄(55)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・つねのり

【実父】藤原顕憲
【実母】藤原時貞女
【略伝】朝廷に出仕し、佐渡守などに任ぜられる。いとこに当たる藤原頼長の側近を務めるが、1156(保元元)年の保元の乱で頼長が横死した後、捕縛されて隠岐へ流された。
【配役】
纓片達雄(41)……新・平家物語(1972・NHK)

ふじわらの・つねむね

【生没】1119(元永2)-1189(文治5)
【生地】山城国
【実父】藤原(大炊御門)経実
【実母】公子(藤原公実女)
【別称】大炊御門経宗、中御門経宗
【略伝】
 朝廷に出仕し、蔵人頭や参議などを務め、1158(保元3)年に権大納言に任ぜられる。姉が二条天皇の母であった関係からその側近となり、藤原惟方らとともに後白河院の院政に対して二条帝による親政を推し進めようとしたため、後白河院の怒りに触れ、1160(永暦元)年に解官されて阿波に流された。
 翌年、後白河院の院政停止に伴って赦免。平清盛に接近して位階累進し、1164(長寛2)年に右大臣、1166(仁安元)年に左大臣に任ぜられ、1174(承安4)年には従一位に進む。1183(寿永2)年の平氏一門の都落ちの後は後白河院の側近くに仕えた。
【配役】
倉島 襄(28)……新・平家物語(1972・NHK)
明石 良(44)草燃える(1979・NHK)
西沢利明(56)平清盛(1992・TBS)
有薗芳記(52)平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・ときさだ

【略伝】
 源頼義の家臣。
 1051(永承6)年に、頼義が陸奥守に任ぜられると、自らも陸奥権守となり頼義に従って陸奥に下向。頼義と俘囚長安倍頼時との対立が深まった1056(天喜4)年、野営中の阿久利川で何者かの奇襲に遭い、これを安倍貞任の所業と断定し、安倍方との軍事衝突の契機を作った。
【配役】
平泉 成(49)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・ときみつ

【生没】948(天暦2)-1015(長和4)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原兼通
【実母】皎子(大江維時女)
【略伝】
 藤原兼通の次男。
 974(天延2)年に父兼通が関白・太政大臣となると位階累進し、蔵人頭などを経て、976(天延4)年には参議となって公卿に列する。
 翌年に兼通が没した後は昇進が停滞していたが、997(長徳3)年には中納言に任ぜられた。
【配役】
松井祐二(60)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・としなり(しゅんぜい)

【生没】1114(永久2)-1204(元久元)
【生地】山城国
【家系】冷泉氏
【実父】藤原俊忠
【実母】藤原敦家女
【略伝】朝廷に出仕し、美作守や右京大夫などに任ぜられた一方で、歌人として活躍し、『千載和歌集』などの編者を務めた。
【配役】
宮口精二(59)……新・平家物語(1972・NHK)
村上冬樹(68)草燃える(1979・NHK)
3花柳寿楽(45)平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・ともちか

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】
 大宰府の役人。
 1019(寛仁3)年、刀伊と称される海賊が九州北部を襲撃した際(刀伊の入寇)、藤原隆家に従ってこれを撃退した。
【配役】
出合正幸(43)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・ともやす

【生没】?-977(貞元2)
【生地】
【家系】藤原北家
【実父】藤原惟岳
【実母】
【略伝】
 藤原道綱の母の父。
 朝廷に出仕し、陸奥守、河内守などを歴任した。
【配役】
2中村芝鶴(65)……かげろうの日記遺文(1965・NHK) 役名は紫苑の父

ふじわらの・ともやすのつま

【生没】
【生地】
【実父】藤原惟岳
【実母】
【略伝】藤原倫寧の妻。藤原道綱の母の母。
【配役】

北城真記子(47)……かげろうの日記遺文(1965・NHK) 役名は紫苑の母

ふじわらの・ながいえ

【生没】1005(寛弘2)-1064(康平7)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道長
【実母】明子
【略伝】
 藤原道長の六男。
 朝廷に出仕し、侍従、右近衛少将などを務め、1022(治安2)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 その後、権大納言、民部卿などを歴任した。
【配役】
豊田裕大(25)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・ながかた

【生没】1139(保延5)-1191(建久2)
【実父】藤原顕長
【実母】忠子?俊子?(藤原俊忠女)
【別称】八条中納言
【略伝】朝廷に出仕し、蔵人頭や参議などを務め、1181(養和元)年には権中納言に任ぜられた。
【配役】
平島正一(33)……新・平家物語(1972・NHK)

ふじわらの・ながざね

【生没】1075(承保2)-1133(長承2)
【実父】藤原顕季
【実母】藤原経平女
【略伝】朝廷に出仕して白河院の側近くに仕える。伊予守や播磨守などを務め、1129(大治4)年に参議、翌年には権中納言に任ぜられた。
【配役】
国広富之(59)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・なかひら

【生没】875(貞観17)-945(天慶8)
【実父】藤原基経
【実母】操子女王(人康親王女)
【略伝】
 藤原忠平の兄。
 朝廷に出仕し、大納言や左近衛大将などを務め、933(承平3)年に右大臣、937(承平7)年には左大臣に任ぜられた。
【配役】
原 保美(47)……恋や恋なすな恋(1962・映画)
永井智雄(62)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・なりちか

【生没】1138(保延4)-1177(治承元)
【生地】山城国
【実父】藤原家成
【実母】藤原経忠女
【略伝】
 藤原家成の子。
 鳥羽院の近臣だった父家成と同じく鳥羽院に仕え、鳥羽院の崩御は後白河天皇の側近くに仕えるが、1159(平治元)年の平治の乱では平清盛と敵対した義弟藤原信頼に味方したため、信頼の敗死に連座して解官される。その後、復帰して再び後白河院の側近くに仕えて位階累進し、1169(嘉応元)年に一時解官されるものの、参議、権中納言、権大納言と順調に昇進を重ねた。
 後に後白河院が強大な権力を有するに至った清盛と次第に不和となると、院による平氏打倒の陰謀に加担。1177(治承元)年6月、洛東鹿ヶ谷での平氏打倒の謀議が露見し、西光らとともに平氏方に捕縛され、妹経子の夫平重盛の歎願もむなしく備前へ流されるが、備前へ向かう途上で殺害された。
【配役】
小柴幹治(55)……女人平家(1971・ABC)
岡村春彦(35)……新・平家物語(1972・NHK)
武内 亨(52)……草燃える(1979・NHK)
小林勝彦(55)……平清盛(1992・TBS)
小川隆市(44)……炎立つ(1993・NHK)
森源次郎(41)……義経(2005・NHK)
吉沢 悠(34)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・なりつね

【生没】1156(保元元)?-1202(建仁2)
【生地】山城国
【実父】藤原成親
【実母】藤原親隆女
【略伝】
 藤原成親の子。
 父成親と同じく後白河院の側近くに仕えるが、後に院が強大な権力を有するに至った平清盛と次第に不和となると、院による平氏打倒の陰謀に加担。1177(治承元)年、洛東鹿ヶ谷での平氏打倒の謀議が露見し、成親らとともに平氏方に捕縛されてはじめ備中へ、後に南海の孤島鬼界ヶ島へ流されるが、翌年の言仁親王(安徳天皇)誕生の恩赦で京都へ戻る。
 その後、朝廷に復帰し、蔵人頭や参議などを務めた。
【配役】
2中村歌昇(31)……続源義経(1956・映画)
猿若清方(51)……源義経(1966・NHK)
田中弘史(36)……女人平家(1971・ABC)
高田裕史……新・平家物語(1972・NHK)
森井 睦(40)……草燃える(1979・NHK)
勝部演之(53)……源義経(1991・NTV)
宮内宏道(33)……義経(2005・NHK)

ふじわらの・なりとう

【生没】987(永延元)-?
【実父】藤原師長
【実母】播磨守光孝女
【略伝】
 朝廷に出仕し、主殿頭や出雲守などを務め、1050(永承5)年、陸奥守に任ぜられて陸奥へ下向するが、俘囚長安倍頼良との対立を深め、翌年、鬼切部の戦いで藤原経清平永衡らの離反に遭って安倍方に大敗(前九年の役の始まり)。その後、陸奥守の職を解かれた。
【配役】
名古屋章(63)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわら・なりとき

【生没】941(天慶4)-995(長徳元)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原師尹
【実母】藤原定方女
【略伝】
 藤原忠平の孫。
 朝廷に出仕し、侍従、蔵人頭などを経て、969(安和2)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 その後、権大納言、左近衛大将などを歴任した。
【配役】
小川ガオ(59)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・のぶたか

【生没】950(天暦4)?-1001(長保3)
【生地】
【家系】藤原北家
【実父】藤原為輔
【実母】藤原守義女
【略伝】
 紫式部の夫。
 朝廷に出仕し、蔵人、山城守などを歴任した。
【配役】
南部章三(41)……紫式部(1939・新興)
伊達 信(52)……女人連祷(1958・CBC)
渡辺 謙(42)……千年の恋 ひかる源氏物語(2001・東映) 藤原道長と二役
佐々木蔵之介(56)……光る君へ(2024・NHK)
小手伸也(51)……紫式部のスマホ(2024・NHK)

ふじわらの・のぶたかのつま

【家系】桓武平氏
【実父】平清盛
【略伝】平清盛の子。藤原信隆の妻。
【配役】
新藤恵美(22)……女人平家(1971・ABC) 役名は典子
市毛良枝(22)……新・平家物語(1972・NHK) 役名は典子
浅野真弓(25)……雪の華(1982・TBS)

ふじわらの・のぶのり

【生没】974(天延2)?-1011(寛弘8)?
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原為時
【実母】藤原為信女
【略伝】
 紫式部の兄(あるいは弟)。
 朝廷に出仕し、少内記、式部丞などを務める。
 後に父為時が越後守に任ぜられるとこれに同行して越後へ下り、そのまま同地で没した。
【配役】
段田安則(44)……千年の恋 ひかる源氏物語(2001・東映)
高杉真宙(28)……光る君へ(2024・NHK) 紫式部の弟
湯田幸希(9)……光る君へ

ふじわらの・のぶより

【生没】1133(長承2)-1159(平治元)
【家系】藤原北家(道隆流)
【実父】藤原忠隆
【実母】公子(藤原顕頼女)
【略伝】
 朝廷に出仕し、参議や権中納言などを務める。
 祖父基隆、父忠隆が鳥羽院の側近であったために自らも院に重用され、院の崩御後は後白河天皇の側近くに仕えていたが、1156(保元元)年の保元の乱の後、帝の信任を得た信西が朝政の実権を掌握すると、次第にこれと対立を深め、1159(平治元)年12月、源義朝を取り込んで京都で挙兵。信西を討ち取るなど序盤は優勢を保つが、平清盛の反撃にあって捕縛され、京都六条河原にて処刑された。
【配役】
清水将夫(45)……地獄門(1953・大映)
亀石征一郎(34)……新・平家物語(1972・NHK)
塚地武雅(41)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・のりなが

【生没】1109(天仁2)-?
【生地】
【実父】藤原忠教
【実母】源俊明女
【略伝】
 朝廷に出仕し、崇徳天皇の側近くに仕え、蔵人頭や参議などを務める。1156(保元元)年の保元の乱の際には、はじめ崇徳院の挙兵を諌めるも、やがてこれに同心。しかし、院方の敗北により出家し、常陸に流された。
 1162(応保2)年に赦免されて京都に戻る。余生を主に歌の道に過ごし、家集『貧道集』を遺した。
【配役】
西田 健(47)……平清盛(1992・TBS)
矢島健一(56)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・のりみち

【生没】996(長徳2)-1075(承保2)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道長
【実母】倫子
【略伝】
 藤原道長の五男。
 長兄頼通同様、道長の正室倫子の所生であったため、異母兄頼宗よりも位階累進が早く、1010(寛弘7)年には頼通と同じく15歳で公卿に列し、1021(治安元)年に内大臣、1047(永承2)年には右大臣に任ぜられる。
 1064(康平7)年には頼通の後を受けて氏長者となり、1067(治暦3)年には74歳の高齢で関白に就任。1070(延久2)年にはさらに太政大臣に任ぜられた。
【配役】
藤木 孝(53)……炎立つ(1993・NHK)
姫子松柾(21)……光る君へ(2024・NHK)
吉田 隼(11)……光る君へ
北尾いくと(6)……光る君へ
加藤侑大……光る君へ

ふじわらの・のりみちのせいしつ

【生没】1000(長保2)-1024(万寿元)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原公任
【実母】昭平親王女
【略伝】藤原教通の正室。
【配役】
近藤幼菜(26)……光る君へ(2024・NHK) 役名は藤原頼子

ふじわらの・はるあき

【生没】?-940(天慶3)
【略伝】
 常陸に所領を有していたが、常陸国府への納税を拒否するなどこれに抵抗し、939(天慶2)年には国府の追捕を受けたため、平将門を頼る。そのため、国府方と将門との間に軍事衝突が発生し、朝廷により将門追討の命が下されることとなった。
 以後、将門の下で各地を転戦したが、翌940(天慶3)年、将門が討死すると勢力を失い、常陸で討たれた。
【配役】
草刈正雄(24)……風と雲と虹と(1976・NHK) 役名は鹿島玄明/キャラクターの一部は兄鹿島玄道(宍戸錠)に移植

ふじわらの・ひさのり

【実父】藤原遠経
【略伝】上野介を務めていた939(天慶元)年、朝廷に対して叛旗を翻した平将門の軍勢に国府を占領されてこれに降伏し、将門により京都へ送り返された。
【配役】
大矢兼臣(42)……風と雲と虹と(1976・NHK)役名は上野介

ふじわらの・ひでさと

【実父】藤原村雄
【実母】鹿島氏(下野掾)女
【別称】田原藤太、俵藤太
【略伝】
 下野大掾の子に生まれるが、しばしば騒擾を起こし、916(延喜6)年には流罪、929(延長7)年には下野国府より追討命令を受けるなどした。
 その後、平将門が挙兵し、関東一円にその支配を及ぼすようになると、朝廷の命を受けて平貞盛とともにその追討に当たり、940(天慶3)年にこれを鎮圧。乱後、その功により下野守に任ぜられた。
【配役】
露口 茂(44)……風と雲と虹と(1976・NHK)
国広富之(67)……陰陽師(2020・EX)

ふじわらの・ひでとう

【生没】1184(元暦元)-1240(仁治元)
【生地】山城国?
【実父】藤原秀宗
【実母】源光基女
【略伝】
 はじめ土御門通親に仕えるが、後に兄秀康らとともに後鳥羽上皇の北面の武士となり、その側近となる。
 1221(承久3)年、後鳥羽院が幕府に対して挙兵した際には、西上した幕府勢と戦うが、敗れて出家。後に、隠岐へ流されていた後鳥羽院に召されたという。
【配役】
原田大二郎(35)……草燃える(1979・NHK)

ふじわらの・ひでひら

【生没】?-1187(文治3)
【生地】陸奥国
【実父】藤原基衡
【実母】安倍宗任女?
【略伝】
 父基衡の後を継いで陸奥・出羽に一大勢力を有し、1170(嘉応2)年には鎮守府将軍に任ぜられる。
 その後、京都鞍馬を脱した源義経を匿い、1180(治承4)年、平氏に対して挙兵した兄頼朝への加勢を望む義経に佐藤継信忠信兄弟を付けて送り出すまでこれを養育する。その後の一連の源平合戦には関与しなかったが、1185(文治元)年の平氏滅亡後、関東以西を掌握した頼朝との関係が次第に悪化し、1187(文治3)年に頼朝と訣別した義経を再び本拠陸奥平泉に匿うに至って頼朝との緊張関係は頂点に達したが、この年10月に没した。
【配役】
嵐 広次……牛若丸(1925・帝キネ)
宇佐美諄(46)……続源義経(1956・映画)
山形 勲(47)……源九郎義経(1962・東映)
滝沢 修(60)……源義経(1966・NHK)
加藤 嘉(59)……新・平家物語(1972・NHK)
萬屋錦之介(54)……武蔵坊弁慶(1986・NHK)
高橋英樹①(46)……源義経(1990・TBS)
丹波哲郎(69)……源義経(1991・NTV)
渡瀬恒彦(49)……炎立つ(1993・NHK)
山村 聰(87)……弁慶(1997・ANB)
高橋英樹②(61)……義経(2005・NHK)
京本政樹(53)……平清盛(2012・NHK)
田中 泯(77)……鎌倉殿の13人(2022・NHK)
桐山浩一(69)……義経のスマホ(2022・NHK)

ふじわらの・ひでひらのそくしつ

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】藤原秀衡の側室。藤原国衡の母。
【配役】
浅利香津代(49)……炎立つ(1993・NHK) 役名は栂の前

ふじわらの・ひでやす

【生没】?-1221(承久3)
【生地】山城国?
【実父】藤原秀宗
【実母】源光基女
【略伝】
 弟秀能とともに後鳥羽上皇の北面の武士を務め、その側近となる。
 1221(承久3)年、上皇が幕府に対して挙兵した際には、京都守護伊賀光季と討ち取るなど朝廷方の主力として奮戦するが、西上した幕府勢に敗れると逃走。同年10月に河内で捕縛され、京都で処刑された。
【配役】
星 智也(45)……鎌倉殿の13人(2022・NHK)

ふじわらの・ふみのり

【生没】909(延喜9)-996(長徳2)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原元名
【実母】藤原扶幹女
【略伝】
 朝廷に出仕し、参議、蔵人頭などを経て、967(康保4)年に参議となって公卿に列する。
 その後、民部卿、中納言などを務めた。
【配役】
栗田芳宏(67)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・まんじゅ

【生没】陸奥国
【実父】藤原泰衡
【実母】藤原泰衡の妻
【別称】藤原康高、藤原泰高
【略伝】
 藤原泰衡の子。
 1189(文治5)年、父泰衡が源頼朝の侵攻を受けて横死した後、頼朝の嫡男万寿(頼家)と同名だったために改名を命じられたという。
【配役】
塙 翔平(4)→松本義光→服部有吉(13)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・みちかね

【生没】961(応和元)-995(長徳元)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原兼家
【実母】
【略伝】
 藤原道長の兄。
 藤原兼家の三男。朝廷に出仕し、蔵人として花山天皇の側近くに仕える。
 986(寛和2)年6月、父兼家の意を受けて花山帝の退位に関与(寛和の変)。その後、妹詮子の子懐仁親王(一条天皇)が践祚すると同時に蔵人頭に任ぜられ、翌7月には参議となって公卿に列する。以後、急速に位階累進し、権大納言などを経て、991(正暦2)年に右大臣、994(正暦5)年には右大臣となった。
 翌995(長徳元)4月10日に長兄道隆が病没すると、その後を受けて同月27日に関白に任ぜられたが、5月8日に病没した。
【配役】
玉置玲央(39)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・みちたか

【生没】953(天暦7)-995(長徳元)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原兼家
【実母】
【略伝】
 藤原道長の兄。
 藤原兼家の長男。朝廷に出資し、右近衛権中将などを経て、984(永観2)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 986(寛和2)年に妹詮子所生の懐仁親王(一条天皇)が即位すると、急速に位階累進し、989(永祚元)年には内大臣に就任。翌年の兼家の没後には氏長者となり、兼家の後を受けて関白となった。
 一条帝には娘の定子を入内させて権勢を高めたが、995(長徳元)年4月に没した。
【配役】
井浦 新(50)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・みちつな

【生没】955(天暦9)-1020(寛仁4)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原兼家
【実母】藤原倫寧女
【略伝】
 藤原道長の異母兄。
 藤原兼家の次男。朝廷に出仕し、中宮権大夫、左近衛少将などを経て、987(永延元)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 相婿でもある異母弟道長が朝廷の実権を掌握すると、996(長徳2)年に中納言、翌年には大納言に任ぜられるなど、短期間で急速に位階累進した。
【配役】
上地雄輔(45)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・みちつなのはは

【生没】?-995(長徳元)
【生地】
【家系】藤原北家
【実父】藤原倫寧
【実母】
【略伝】
 藤原道綱の母。
 藤原兼家との間に道綱をもうける。兼家との関係などを記した『蜻蛉日記』を遺したほか、和歌にも優れ、『拾遺和歌集』や『枕草子』にその歌が残っている。
【配役】
池内淳子(30)……かげろうの日記遺文(1963・TBS) 役名は紫苑
岸田今日子(35)……かげろうの日記遺文(1965・NHK) 役名は紫苑
財前直見(58)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・みちとう

【生没】974(天延2)-1039(長暦3)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原済時
【実母】源延光女
【略伝】
 朝廷に出仕し、右近衛少将、右馬頭などを務める。姉娍子居貞親王(三条天皇)の妃となっていた縁で、1011(寛弘8)年6月に親王が即位すると蔵人頭に任ぜられ、同年12月には参議となって公卿に列した。
 三条帝の退位後は、大蔵卿、権中納言などを歴任した。
【配役】
古舘佑太郎(33)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・みちなが

【生没】966(康保3)-1027(万寿4)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原兼家
【実母】
【略伝】
 藤原兼家の五男。
 朝廷に出仕し、少納言、左京大夫などを経て、987(永延元)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 995(長徳元)年、関白の兄道隆道兼が相次いで病没したため、氏長者となり右大臣となる。翌996(長徳2)年には、花山法皇が襲撃された事件を契機に道隆の子伊周隆家をそれぞれ大宰権帥、出雲権守に左遷し、権力基盤を確立。その後、長女彰子一条天皇の中宮とし、彰子が後の後一条天皇後朱雀天皇をもうけたことから、その外祖父として、その権勢は自ら「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」と詠んだほどに高まった。
 1016(長和5)年に後一条帝が即位した際には摂政となり、翌1017(寛仁元)年には太政大臣に任ぜられるが、その翌年には太政大臣を辞し、さらに1019(寛仁3)年には出家。晩年は自ら手掛けた法成寺の完成に心血を注いだ。
【配役】
浅香新八郎(33)……紫式部(1939・新興)
加賀邦男(43)……羅生門の妖鬼(1956・東映) 役名は藤原左大臣
小沢栄太郎(51)……大江山酒天童子(1960・大映)
8松本幸四郎(52)……紫式部絵巻(1962・TBS)
高橋幸治(30)……源氏物語(1965・MBS)
渡辺 謙(42)……千年の恋 ひかる源氏物語(2001・東映) 藤原宣孝と二役
東山紀之(45)……源氏物語 千年の謎(2011・東宝)
和田正人(36)……陰陽師(2015・EX)
柄本 明(75)……刀剣乱舞 黎明(2023・東宝)
柄本 佑(38)……光る君へ(2024・NHK)
木村皐誠(15)……光る君へ
賀屋壮也(31)……紫式部のスマホ(2024・NHK)

ふじわらの・みちまさ

【生没】992(正暦3)-1054(天暦2)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原伊周
【実母】源重光女
【略伝】
 藤原伊周の長男。
 朝廷に出仕し、侍従、左近衛中将などを務め、1016(長和5)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 乱行を繰り返して世人に「荒三位」「悪三位」と称され、1026(万寿元)年には右京権大夫に左遷されるなど出世を果たせず、位階は従三位のままにとどまった。
【配役】
福崎那由他(23)……光る君へ(2024・NHK)
小野桜介(11)……光る君へ

ふじわらの・みつより

【生没】1124(天治元)-1173(承安3)
【実父】藤原顕頼
【実母】忠子?俊子?(藤原俊忠女)
【別称】葉室光頼
【略伝】
 朝廷に出仕し、参議や権中納言などを務め、1160(永暦元)年には権大納言に任ぜられる。この間の1159(平治元)年に勃発した平治の乱では、甥で義兄弟に当たる藤原信頼に属した弟惟方を説得し、信頼方から離反させることに成功した。
【配役】
鈴木瑞穂(45)……新・平家物語(1972・NHK)

ふじわらの・むねすけ

【生没】1077(承暦元)-1162(応保2)
【実父】藤原宗俊
【実母】源俊房女
【略伝】朝廷に出仕し、参議や権大納言などを務め、保元の乱後の1156(保元元)年9月に右大臣、翌年には81歳で太政大臣に就任。1160(永暦元)年に辞するまでこれを務めた。
【配役】
正城慎太郎(51)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・むらお

【実父】藤原豊沢
【実母】鳥取豊後女
【略伝】
 藤原秀郷の父。
 朝廷に出仕し、下野大掾や河内守などを歴任した。
【配役】
信 欣三(66)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・もとなり

【家系】藤原北家(道隆流)
【実父】藤原忠隆
【実母】藤原季孝女
【略伝】
 藤原秀衡の舅。
 朝廷に出仕し、1143(康治2)年に陸奥守に任ぜられて陸奥平泉へ下向(後に鎮守府将軍も兼任)。1153(仁平3)年に辞して京都へ戻り、後に民部少輔に任じられたが、1159(平治元)年の平治の乱で異母弟信頼が敗死すると、これに連座して陸奥へ流されたという。
 平泉ではを藤原秀衡に嫁がせて藤原家中に隠然たる影響力を持ち、1187(文治3)年の秀衡没後は当主となった外孫泰衡を輔佐するが、1189(文治5)年に源頼朝が陸奥に侵攻した際、これに降伏し、鎌倉に護送された。
 その後、赦免され、京都へ戻ったという。
【配役】
清水将夫(58)……源義経(1966・NHK)
林 隆三(50)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・もとかた

【生没】888(仁和4)-953(天暦7)
【生地】山城国?
【家系】藤原南家
【実父】藤原菅根
【実母】藤原氏江女
【略伝】
 朝廷に出仕し、中宮亮、式部大輔などを務め、939(天慶2)年に参議となって公卿に列する。942(天慶5)年には中納言、951(天暦5)年には大納言に任ぜられた。
 なお、娘の村上天皇の更衣となってその第1皇子広平親王をもうけたが、同年に藤原師輔の娘安子が産んだ憲平親王(冷泉天皇)が皇太子となったために失意のうちに没し、後に怨霊として恐れられたという。
【配役】
柄本 明(53)……陰陽師(2001・東宝)

ふじわらの・もとつね

【生没】836(承和3)-891(寛平3)
【生地】山城国?
【家系】藤原北家
【実父】藤原長良
【実母】乙春
【略伝】
 藤原良房の甥で養子。
 男子のなかった叔父良房の養子となる。朝廷に出仕し、左近衛少将、蔵人頭などを務め、864(貞観6)年に参議となって公卿に列する。
 872(貞観14)年の良房の没後ほどなくして摂政となって朝廷の実権を掌握。880(元慶4)年には太政大臣に任ぜられたが、陽成天皇の生母で自身の妹に当たる高子との折り合いが悪く、884(元慶8)年には16歳の陽成帝に退位を迫り、55歳の時康親王(光孝天皇)を擁立する。887(仁和3)年の光孝帝の崩御後に宇多天皇が践祚した際には、詔書中の「阿衡」の文言をめぐって一切の政務を放棄し、1年にわたって出仕を控えた結果、上記詔書が改められる形で事の決着を見るなどの専横も見られた。
【配役】
6嵐徳三郎(72)……美女と怪龍(1955・東映)

ふじわらの・もとふさ

【生没】1145(久安元)-1230(寛喜2)
【生地】山城国
【実父】藤原忠通
【実母】俊子(源国信女)
【別称】松殿基房
【略伝】
 藤原忠通の五男。
 後白河院の側近くに仕えて内大臣や左大臣などを務め、1166(仁安2)年の兄基実の没後には摂政、氏長者となる。このとき、基実領荘園の多くがその妻で平清盛の娘盛子に譲られることとなり、次第に清盛が藤原家中への容喙を強めたため、これが後の清盛との対立の遠因となる。
 1171(承安元)年に太政大臣に任ぜられ、1172(承安2)年には摂政より関白に転じるが、後白河院とともに清盛との対立を深め、1179(治承3)年に盛子、平重盛が相次いで没すると、両者の荘園を朝廷領にするなどの強硬策に出るが、同年、院が清盛により鳥羽殿に幽閉されて院政を停止されるに至ると解官され、出家して備前に流された。なお、摂政・関白経験者の配流は史上初めてのことだった。
 翌年に赦免されて帰京し、1183(寿永2)年の平氏一門の都落ち後には、上洛した木曽義仲と結んで権力の回復を図るが、義仲が没落すると隠棲した。
【配役】
柳永二郎(61)……新・平家物語 義仲をめぐる三人の女(1956・大映)
嵐 圭史(32)……新・平家物語(1972・NHK)
久遠利三(51)……草燃える(1979・NHK)
平田昭彦(55)……雪の華(1982・TBS)
寺泉 憲(46)……炎立つ(1993・NHK)
中丸新将(56)……義経(2005・NHK)
細川茂樹(41)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・もろいえ

【生没】1172(承安2)-1238(暦仁元)
【実父】藤原基房
【実母】忠子(花山院忠雅女)
【別称】松殿師家
【略伝】
 藤原(松殿)基房の三男。
 1178(治承2)年に元服し、翌年10月には早くも従三位、権中納言となるが、翌11月、後白河院平清盛により鳥羽殿に幽閉されて院政を停止されるに至ると、父基房とともに解官される。
 1183(寿永2)年の平氏一門の都落ち後、基房が上洛した木曽義仲と結んで権力の回復に成功すると、摂政、氏長者となり、内大臣を兼任するが、翌年、義仲が横死すると、再び基房とともに失脚した。
【配役】
阿久津秀寿(10)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・もろすけ

【生没】909(延喜8)-960(天徳4)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原忠平
【実母】昭子(源能有女)
【略伝】
 藤原忠平の次男。
 朝廷に出仕し、蔵人頭、右近衛権中将などを務め、935(承平5)年に参議となって公卿に列する。942(天慶5)年には大納言、947(天暦元)年には右大臣に就任。娘安子を村上天皇の女御とし、安子が憲平親王(冷泉天皇)守平親王(円融天皇)をもうけたためにその外戚として朝廷に重きをなした。
【配役】
矢島健一(45)……陰陽師(2001・東宝)
志垣太郎(64)……陰陽師(2015・EX)

ふじわらの・もろたか

【生没】?-1177(治承元)
【生地】
【実父】西光
【実母】
【略伝】
 西光の子。
 後白河院の側近くに仕える父西光の後ろ盾もあって、1175(安元元)年に加賀守に任ぜられたが、目代として加賀に下向させた弟師経が、延暦寺の末寺涌泉寺との間で紛争を生じさせ、1177(治承元)年4月に尾張へ流される。
 同年6月、西光らによる洛東鹿ヶ谷での平氏打倒の謀議が露見し、西光らの処刑後、殺害された。
【配役】
池田武司(33)……草燃える(1979・NHK)
管 勇毅(29)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・もろただ

【生没】920(延喜20)-969(安和2)
【実父】藤原忠平
【実母】昭子(源能有女)
【略伝】
 藤原忠平の五男。
 朝廷に出仕し、蔵人頭や権大納言などを務め、966(康保3)年に大納言、翌年には右大臣に任ぜられる。969(安和2)年3月には、失脚した源高明に代わって左大臣となったが、同年10月に没した。
【配役】
清家栄一(20)……風と雲と虹と(1976・NHK)

ふじわらの・もろつね

【生没】?-1177(治承元)
【生地】
【実父】西光
【実母】
【略伝】
 西光の子。
 1175(安元元)年に兄師高が加賀守に任ぜられると、目代として加賀に下向したが、延暦寺の末寺涌泉寺との間で紛争が生じ、処罰される。
 1177(治承元)年6月、西光らによる洛東鹿ヶ谷での平氏打倒の謀議が露見すると、西光らとともに処刑された。
【配役】
山口純平(20)……草燃える(1979・NHK)
清水 優(27)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・もろなが

【生没】1138(保延4)-1192(建久3)?
【実父】藤原頼長
【実母】源信雅女
【略伝】
 藤原頼長の長男。
 朝廷に出仕し、権勢を誇る頼長の後ろ盾もあって、1151(仁平元)年に14歳で参議、1154(久寿元)年には権中納言となったが、1156(保元元)年の保元の乱で頼長が敗死すると、解官され、土佐に流される。
 1164(長寛2)年に赦免され、朝政に復帰(流罪に処せられた頼長の男子の中では唯一の生還)。やがて後白河院の側近となり、権大納言や左近衛大将などを経て、1175(安元元)年には内大臣、1177(治承元)年には太政大臣に就任。1179(治承3)年、平清盛により院政が停止されて院が幽閉されると、解官され、尾張に流されるが、1182(寿永元)年に赦免されて京都へ戻った。
【配役】
片山景介(30)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・やすすけ

【生没】?-988(永延2)
【生地】
【家系】藤原南家
【実父】藤原致忠
【実母】
【別称】袴垂保輔(後世の混同)
【略伝】
 平井保昌の弟。
 藤原元方の孫。朝廷に出仕し、右京亮などを務める一方で、盗賊として活動(そのため後世の『今昔物語集』などに登場する盗賊の袴垂と同一人物とみられるようになる)。988(永延2)年6月、朝廷の追及を受け、捕縛されようとした際に自害を図り、その傷がもとで没したという。
【配役】
2尾上松之助(40)……袴垂保輔(1915・日活)
清川荘司(39)……武蔵坊弁慶(1942・東宝)
池部良(33)……袴だれ保輔(1951・東宝)
月形龍之介(54)……羅生門の妖鬼(1956・東映)
水島道太郎(45)……月下の若武者(1957・日活)
田崎潤(47)……大江山酒天童子(1960・大映)

ふじわらの・やすひら

【生没】1155(久寿2)?-1189(文治5)
【生地】陸奥国
【実父】藤原秀衡
【実母】徳尼公
【略伝】
 藤原秀衡の次男。
 庶子であった長兄国衡を差し置いて父秀衡の嫡男となり、1187(文治3)年の秀衡の死により家督を相続する。
 秀衡の遺言により、秀衡が匿っていた源義経を引き続き庇護するが、源頼朝より義経の討伐あるいは引渡しを再三要求され、次第にその圧力が強まる。1189(文治5)年閏4月、衣川館に義経を急襲してこれを自害に追い込んだが、これを奇貨とした頼朝が陸奥への出陣を決意して同年7月に大軍を率いて鎌倉を出発。翌8月、陸奥阿津賀志山で頼朝勢を迎え撃った国衡が敗れて討死すると、本拠平泉を放棄して北方へ逃れ、出羽比内郡贄柵に家臣河田守継を頼るが、頼朝に寝返った守継によって殺害された。
【配役】
倉丘伸太郎(21)……源九郎義経(1962・東映)
片山明彦(40)……源義経(1966・NHK)
津嘉山正種(42)……武蔵坊弁慶(1986・NHK)
岡本富士太(45)……源義経(1991・NTV)
渡辺 謙(34)……炎立つ(1993・NHK)
伊庭 剛(42)……弁慶(1997・ANB)
渡辺いっけい(43)……義経(2005・NHK)
小林高鹿(37)……平清盛(2012・NHK)
山本浩司(48)……鎌倉殿の13人(2022・NHK)

ふじわらの・やすひらのつま

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】藤原泰衡の妻。
【配役】
小川真由美(27)……源義経(1966・NHK) 役名はしのぶ(河辺太郎の妹)
中川安奈(28)……炎立つ(1993・NHK) 役名は亜古耶

ふじわらの・やすひらのつまのちち

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】藤原泰衡の父。
【配役】
河原さぶ(48)……炎立つ(1993・NHK) 役名は鬼丸

ふじわらの・ゆきなり

【生没】972(天禄3)-1027(万寿4)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原義孝
【実母】源保光女
【略伝】
 幼くして父・祖父を亡くし、母方の祖父源保光に養育されたという。
 朝廷に出仕し、蔵人頭を務め、1001(長保3)年に参議となって公卿に列する。その後、権中納言、権大納言などを歴任し、藤原公任藤原斉信源俊賢とともに「四納言」と称され、藤原道長を支え、1027(万寿4)年12月4日、奇しくも道長と同日に病没した。
 なお、能書家としても知られ、小野道風・藤原佐理とともに三蹟の一に数えられた。
【配役】
甲本雅裕(46)……源氏物語 千年の謎(2011・東宝)
渡辺大知 (34)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・よしちか

【生没】957(天徳元)-1008(寛弘5)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原伊尹
【実母】恵子女王(代明親王女)
【略伝】
 太政大臣藤原伊尹の五男。
 朝廷に出仕し、春宮亮を務め、甥(姉の子)に当たる師貞親王(花山天皇)の側近くに仕える。984(永観2)年に親王が践祚すると、その側近として位階累進し、同年に正三位に叙せられ、公卿に列した。
 しかし、986(寛和2)年6月、花山帝が突如として出家すると(寛和の変)、自らもこれを追って出家し、以後は隠棲した。
【配役】
高橋光臣(42)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・よしなが

【生没】1022(治安2)-1082(永保2)
【生地】山城国
【家系】藤原北家(頼宗流)
【実父】藤原頼宗
【実母】藤原伊周
【略伝】
 藤原頼宗の四男。
 叔父藤原能信の養子となる。養父能信はその異母兄藤原頼通との折り合いが悪かったが、その養子でありながら順調な出世を続け、1043(長久4)年に参議となって早くも公卿に列する。
 その後、権大納言などを経て、1080(承暦4)年には内大臣に任ぜられた。
【配役】
坂東好太郎(46)……月下の若武者(1957・日活)
横山あきお(63)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・よしのぶ

【生没】995(長徳元)-1065(康平8)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道長
【実母】明子
【略伝】
 藤原道長の四男。
 朝廷に出仕し、蔵人頭、左近衛権中将などを務め、1014(長和3)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 その後、権中納言などを経て、1021(治安元)年には権大納言に任ぜられた。
【配役】
秋元龍太朗(29)……光る君へ(2024・NHK)
平山正剛(6)……光る君へ

ふじわらの・よりただ

【生没】924(延長2)-989(永延3)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原実頼
【実母】藤原時平女
【略伝】
 はじめ母方の伯父藤原保忠の養子となるが、兄敦敏が早世したため、実家に戻る。
 朝廷に出仕して、侍従、右大弁などを務め、963(応和3)年に参議となり、公卿に列する。971(天禄2)年には右大臣となり、後に関白・太政大臣となったいとこ藤原兼通を支える。977(貞元2)年に兼通が死の床に就くと、兼通に推されて関白となり、翌年には太政大臣に任ぜられた。
 朝政のトップに立ったものの、天皇との縁戚関係がなく、左大臣源雅信・右大臣藤原兼家に権力が分散したこともあり、その権力基盤は脆弱だったという。
【配役】
橋爪 淳(64)……光る君へ(2024・NHK)

ふじわらの・よりとお

【実父】坂上有行?藤原正頼?
【実母】藤原千清女?
【略伝】
 藤原経清の父。
 下総の住人であったが、後に陸奥へ下向した。
【配役】
伊藤孝雄(56)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・よりとおのつま

【略伝】藤原頼遠の妻。藤原経清の母。平国妙の姉または妹。
【配役】
新橋耐子(49)……炎立つ(1993・NHK)

ふじわらの・よりなが

【生没】1120(保安元)-1156(保元元)
【生地】山城国
【実父】藤原忠実
【実母】藤原盛実女
【略伝】
 藤原忠実の三男。
 父忠実の寵愛を受けて位階累進し、1136(保延2)年に内大臣、1149(久安5)年には左大臣に任ぜられる。父忠実の後ろ盾を受け、異母兄忠通との対立を深め、1150(久安6)年には忠通に代わって氏長者となったことから、忠通との対立は決定的となった。
 しかし、1155(久寿2)年に近衛天皇が崩御すると、近衛帝呪詛の噂を立てられて鳥羽院の信を失い、鳥羽院の寵愛を受ける美福門院と結託した忠通が雅仁親王(後白河天皇)を即位させてその子守仁親王(二条天皇)を皇太子に立て、鳥羽院と不和だった崇徳院の復権を阻んだことから、1156(保元元)年7月の鳥羽院の崩御後、権勢回復を企図して崇徳院に接近。源為義らを取り込んで挙兵を目論んだが、平清盛源義朝など有力武家の合力を得た天皇方の先制攻撃を受け、総崩れとなる。
 その後、京都から逃亡したが、途中で負傷し、落ち延びた奈良興福寺で絶命した。
【配役】
千田是也(51)……新・平家物語(1955・大映)
堀 正夫①(51)……椿説弓張月 第一篇 筑紫の若武者(1955・映画)
堀 正夫②(51)……弓張月 第二篇 運命の白縫姫(1955・映画)
堀 正夫③(51)……弓張月 完結篇 南海の覇者(1955・映画)
成田三樹夫(37)……新・平家物語(1972・NHK)
神山 繁(63)……平清盛(1992・TBS) 平清盛(松平健)により斬殺
山本耕史(36)……平清盛(2012・NHK)

ふじわらの・よりひら

【生没】?-1189(文治5)
【生地】陸奥国
【実父】藤原秀衡
【実母】
【略伝】
 藤原秀衡の六男という。
 1189(文治5)年2月、兄泰衡によって討たれた。
【配役】
川並淳一(36)……鎌倉殿の13人(2022・NHK)

ふじわらの・よりみち

【生没】992(正暦3)-1074(延久6)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道長
【実母】倫子
【略伝】
 藤原道長の長男。
 父道長の栄華もあって位階累進を遂げ、1006(寛弘3)年に従三位に叙せられ、15歳で公卿に列する。その後、権大納言や内大臣などを務め、1017(寛仁元)年には道長の後を受けて摂政に就任し、1019(寛仁3)年には関白となったが、実権は引き続き道長にあった。道長同様に娘をそれぞれ後朱雀天皇・後冷泉天皇の皇后とするが、いずれも男子に恵まれず、その結果、天皇家との血縁関係が次第に薄れ、これが藤原家による摂関政治衰退の契機となった。
 1052(永承7)年、山城宇治に平等院鳳凰堂を建立。1061(康平4)年には太政大臣に就任するが、1067(治暦3)年には後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇の3代48年にわたって務めた関白職を辞任した。
【配役】
清水将夫(49)……月下の若武者(1957・日活)
森塚 敏(67)……炎立つ(1993・NHK)
渡邊圭祐(31)……光る君へ(2024・NHK)
大野遥斗(13)……光る君へ
三浦綺羅(11)……光る君へ
小林篤弘(8)……光る君へ

ふじわらの・よりむね

【生没】992(正暦3)-1065(治暦元)
【生地】山城国
【家系】藤原北家
【実父】藤原道長
【実母】明子
【略伝】
 藤原道長の次男。
 朝廷に出仕し、侍従、右近衛権中将などを務め、1011(寛弘6)年に従三位に叙せられ、公卿に列する。
 その後、権大納言などを歴任したが、道長の正室倫子の所生でなかったため、倫子所生の異母弟教通より位階累進が遅れ、教通に遅れること13年、1060(康平3)年にようやく右大臣に任ぜられた。
【配役】
柴田伸之……女人連祷(1958・CBC)
津村鷹志(50)……炎立つ(1993・NHK)
渡邉斗翔(12)→上村海成(27)…… 光る君へ(2024・NHK)

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