今日の勝利は才能、明日の勝利は努力。[サガフロンティア]


『サガフロンティア リマスター』を遊んでいて、思い出したことがある。
ゲームのシステムや攻略法もそうなのだが、それ以上に、考え方や生き方のことだ。

ぼくが『サガフロンティア』を初めて遊んだのは、小学生のときだ。おそらく4年生以上だったはず。
1997年の発売直後というよりは、発売から何年か経ったあと、家にソフトがあったのをたまたま見つけ、遊んでいたのだと思う。
サガフロは、実験的で意欲的な作品だった。サガシリーズの多くがそうであるように。
間違いなく名作だが、未完成な部分やギリギリで削られた要素も多かったらしく、「粗削り」という言葉がふさわしい。
当時ぼくは小学生なのでシリーズのことや製作の背景などは知らなかったが、「ごちゃごちゃしてておもしろいゲームだな」とは思っていた。主人公7人のどのシナリオからも、作った人の熱意や勢いがあふれている感じがして、なんかかっこいいな、と。
それはそれとして、説明されない仕様がいっぱいあってわかりづらいな、と困ってもいたが。

ぼくはサガフロから多くのことを学んだ。もちろん当時は「学んだ」なんて自覚はなく、ただ楽しく遊んでいただけだったが、いまにして思えば、自分の人生に活きている教えがたくさんある。
製作サイドが意図して込めたメッセージかと言うとそうでもない気がするのだが、まあ、こういうのは本人の捉えかたが大事だ。
最たるものが、「今日の勝利は才能、明日の勝利は努力」ということ。
これは、レッド編でそう感じた。レッドは7人の主人公のなかでも、特に好きなひとりだ。

レッド編は、ざっくり言うと「変身ヒーローもの」だ。
元はただの青年だが、とある事件でヒーロー『アルカイザー』の能力を手にし、それに変身して悪と戦う使命を背負う。特撮ヒーロー作品のパロディがふんだんに盛り込まれた熱いストーリーだ。
システム的に言うと、レッドはバトル中に1ターンを消費してアルカイザーに『変身』し、変身後は全能力が大幅にパワーアップして特別な必殺技も使えるようになる。めちゃくちゃ強い。
ただ、この『変身』には、地味に痛いデメリットがある。
「変身して勝利すると、戦闘後の能力上昇がない」のだ。

サガフロの『ヒューマン』という種族の成長システムは、いわゆるレベル制ではなく、戦闘後にランダムでステータスが少し上昇するしくみだ。上昇するステータスは戦闘中の行動に対応していて、たとえば、拳で殴ると筋力が上がりやすくなり、銃で撃つと集中力が上がりやすくなる。
確率依存だし時間もかかるが、突き詰めればほぼ全パラメータを99にできる。ヒューマンは最初は弱いが、極めれば最強の種族になるのだ。
レッドは、アルカイザーへの変身により、序盤に目立つヒューマンの貧弱さを打ち消し、圧倒的な活躍を見せる。小学生のぼくは「ずっとアルカイザーで行けば余裕じゃん!」と思い、ほとんどの戦闘で変身していた。
そしたら、中盤で詰まった。毎回変身するので戦闘後にステータスが伸びず、いっぽうで話が進むごとに敵は強くなるからだ。やがて、変身なしで素のレッドで挑まなければならない戦闘にぶち当たり、そこで完全に止まった。
けっきょく、悩んだ末に、たしかニューゲームで最初からやり直したような気がする。

そうか。たまたま恵まれただけの力に頼り続けていると、いずれこうなるのか。
もしかしたら、足が速いとか、勉強ができるとかも、似たようなものかもしれない。小さいころは才能だけで勝てても、人生は長い。たぶん、サガフロのストーリーよりも長い。
となると、現実でも、短期的にいますごい人と、長期的に将来すごい人は、必ずしもイコールではないのかもしれない。結果に占める努力の割合が、後ろにいけばいくほど高まっていくわけだから。
ぼくは、思春期ごろから現在に至るまで努力主義者であり、「才能や運の話を持ち出す前に、相応に努力したかを自分に問うべき」「結果を出した人は、結果そのものよりその裏にある努力を称えられるべき」と自身に課して生きているが、それはこの体験の影響がけっこう大きい気がする。
最近で言えば、格ゲー(対戦格闘ゲーム)を遊ぶときにも、この考え方は生きたと思っている。
きょう勝つ人と、あした勝つ人は、必ずしも同じではない。才能だけで勝ち続けられる人はおそらく本当にひと握りであり、自分は残念ながらそちら側ではないことはわかりきっているから、人より多く、質高く努力しよう、と取り組むことにしている。

また、ほかにもサガフロから学んだことは多い。手短にふたつ挙げる。
ひとつは、「自分にとってどうでもいいものが、相手にとってもどうでもいいものだとは限らない」ということ。
バカラというリージョン(都市のようなもの)は、ほとんどの主人公にとってちょっとしたサブイベントでしか用がない程度のものだが、エミリア編では驚くほど重要な場所であり、そこでの行動がエンディングの分岐を左右する。文字通り運命が変わる。
生きるうえで、自分にとって価値や意味がわからないものはたくさんある。でも、だからといってそれを軽んじていいことにはならない。レッドに価値がなくてもエミリアには価値があるし、その逆もありうるのだから。ぼくにとってどうでもいいものは、あなたにとって人生でいちばん大切なものかもしれないのだから。
また、「善人であることと悪行を働かないことはイコールではない」ということ。
これは、クーン編でとあるキャラが終盤で起こした衝撃の裏切りから得た学びだ。ただ、当時の感想としては「こいつはじつは悪い奴だったのか!」ではなく、「いい人でも、追い詰められたり、手に負えない何かに巻き込まれたりしたら、悪いことをしてしまうことはあるんだな」だった。おそらく、ユーザーがそう感じるように意図して作られていたと思う。
このことは、小学生当時のぼくにはかなり深い学びになり、「人格の善悪と行動の善悪は分けて語るべきだな」という気づきを得た。

総じて、サガフロは粗削りなゲームだったが、だからこそ尖った部分や、ユーザーが自分自身の想像で何かを受け取ったり考えを深めたりできる部分が多くあった。
だからこそ、小学生当時のぼくは勝手にいろんなものを感じ取り、自分のなかでふくらませ、人生観の構築に活かしていったのだろう。それがよかったか悪かったかはわからないし、わかるとしても死ぬときにようやくだと思うが、とりあえず現時点では、悪くはなかったと信じている。
そして、最後にもうひとつ。
サガフロから学び、現在の人生にも活きている、もっとも重要な学びがある。
それは……

むちむちボディの生物はかわいいってことだよ!

コットン、むちむちでかわいいね!!
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コメント
- 名無しのゲーマーより:
お疲れ様です。
「自分にとってどうでもいいものが、相手にとってもどうでもいいものだとは限らない」
『バカの壁』で知られる養老孟司先生が自著で仰っていた
「本当にあるかどうかより、その人の行動に実際に影響を与えるものが現実」
という言葉を思い出しましたね。「百円玉とヒゲボソゾウムシ」
を例に上げ
「ほとんどの人はヒゲボソゾウムシを見かけたところで野生の昆虫に何の意味も見出ださないだろうけれど、昆虫採集が大好きな私、かつ特に好きな種類の昆虫にならば捕まえて性別くらいは調べようとしてみるだろう」
「逆に、百円玉を見かけたとしたら、ほとんどの人は例えそれが見間違いなど実在しないとしても拾おうと試みるだろう。ならば現実だ」
「よって、ヒゲボソゾウムシはほとんどの人には現実ではないが、私にとっては現実だ」
と - 名無しのゲーマーより:
当時のゲームは重要なシステムをロクな説明もなくプレイヤーにブン投げてくることが多かったな。
プレイヤーがついてきてくれるという信頼があったのか、ただ単に説明する余裕がなかったのか分からないけど。














