俳句年鑑2025年版を読んで 高澤良一
(2022-10 ~2023-9)角川文化振興財団
共鳴句を挙げる。作者名は原著を参照ください。
全作業を終了するには大分時間がかかりますので
ここで中間報告をしておきます。その後、この一文を没
にし、最終作品を提示します。
◆2024年100句選 小林貴子選◆より
新年
どの子にも空は胸かすいかのぼり
春
後ろから春一番の羽交締め
春手套ぽんとヘルメットの中へ
子守唄廃れ子も減り桃の花
夏
瀧口の空へしぶきてゐたりけり
南無三とばかりに身投げ夏芝居
あめんぼにあめんぼが嗅ぐ如く来る
万緑へからだの線を拾う服
緑蔭の家族写真に知らぬ人
秋
秋風を聴く流眄の白孔雀
みなしやがみたる迎火の育つまで
案外に快適さうや猪の罠
零余子十ほどへ窪めて掌
横たへて白りんだうの屍めく
冬
日輪を貼りつけにしてふぶきけり
猟銃折り一弾二弾込めたるよ
除夜詣熱海芸者と道連れに
漂へる間も鳰どりの目のきつと
冬すみれ一会といふは過ぎてこそ
◆年代別 2024年の収穫◆
80代後半以上
ライラック活けて挨拶一行詩
女ひとり泣かして夢のあけやすし
横文字の苗札を土深く挿す
東京が好きで老いゆくクリスマス
命ある限り桜の咲くかぎり
いもけんぴ食べて正月過ぎてゆく
正月は何故か淋しいではないか
青春の香を束ねけりフリージア
十字架はまつすぐにのび冬の雨
マフラーを大きく巻いて雑踏に
緑蔭に郷土史学ぶパイプ椅子
とつぷりと山が隠れて雪雪雪
熱湯のあぶくすこやか大つごもり
貝はみな口を閉ざして炎暑なり
わが顔の駘蕩とあり初鏡
梅ちるやとうんとうんと晝の波
山国の雲のあそびよ鱶・勇魚
空箱が紙一枚となりて冬
ここにまた土竜の盛りし春の土
世に遅れ人に後るるショールかな
晩学のスマホ塾なり万愚節
六月や山彦返へす恐山
80代前半
燦々と青葉にまみれ吉田山
雪の夜の蜘蛛がするする目の前に
高千穂の下山に交はす御慶かな
雪像のゑびす大黒篝燃ゆ
手の螢ぽつと昔を照らしけり
しぐるると徳利をまた傾けぬ
江の島へ橋を渡れば年新た
かはせみの刹那の影を目の端に
だんだんに拳にちから滝の前
蜻蛉の顎つきだす秋の風
星吊す糸の輝く聖夜劇
鹿がつと公家顔あぐる夕霞
70代後半
身を入れて骨折装具凍てかへる
保育所の消えぬ一灯夏至の雨
なだらかに海へ傾き大根畑
蚕豆の莢もくもくと太々と
硝子器に根もしろじろとクロッカス
板塀を横に這ひゐる春の蠅
行く年が訊ぬ何してきたるかと
恋猫の道の向かうへ行ったきり
こんなにも青き冬空地震止まず
また増える蛸足配線春たけなは
渡り鳥丸太幾とせ横たはる
人ごゑに山蛭降ってくるといふ
雑煮椀しづかなる老い頂戴す
要らぬ子がここまで生きてさくらんぼ
紫陽花や単線海へ出るところ
刺身酢漬唐揚今宵鰺づくし
春炬燵指相撲ならお相手す
嚔して次の嚔を待てる顔
十二月となればいろいろ諦める(私(高澤)なら「十二月と」のところ「十二月とも」と遣りたい)
70代前半
戦争がすだれのやうに映像美
どんぐりは神さまの色知らんけど
両手広げて水鉄砲の的となる
引く波の残す光や春渚
味ぽんをしゃばしゃば振って豊の秋
お坐りをしぶしぶの犬クリスマス
さびしらを点すごとくに鹿の尻
蛇穴を出れば戦争してをりぬ
かけ廻る枯野に青畝峠をり
ぱつと散る蠅に戻る気あるらしく(作者には申し訳ないが、私なら真逆に遣りたい。ぱつと散る蠅に戻る気ぜんぜん無し)
錆び始む画鋲の頭梅雨兆す
遠足の列がみづうみ離れけり
雪国や雪の底より除夜の鐘
60代後半
角乗の飛沫(しぶき)一列夏燕
曇り日の色を持たざる石鹸玉
水つぽき雪に純白霰かな
花冷や黒ネクタイはつるんとす
鉄片のやうに蠅ゐる花八手
選ばれて水ごと買はれゆく金魚
蝦夷栗鼠の正面のかほ冬近し
大関の滅法強し草相撲
秋冷鐘韻爆心地の黙祷
春なれや鳥の潜くも羽搏くも
しばらくを花喰ふ鳥として雀
枯山は遠き列車の音を容れ
野馬追の長躯の旗のなだれこむ
60代前半
ボロ市の転がし売りの万華鏡
叩かれて家になる音栗の花(最近流行りの工法に基づく家の建築。鉄筋並みの強さを持つ建材の開発により建築現場は組み立てだけの作業となっている)
青饅に昔の部下の死を聞きぬ
鞦韆や老いゆく国にわれら老い
盆がくる無言と無言わらひあひ
大分の胸のはだけて木の芽雨
我が影を波に消さるる寒さかな
晴れてゐる方が行先春ショール
さよならの片手に残る寒さかな
それぞれの椅子を選んで冬日和
はんざきのまだくらくなるくらくなる
50代後半
からびてはまた波にぬれ桜貝
雪へ雪未来を葬るように雪
飲み干して貝まだ熱き蜆汁
履きかけの靴をとんとん桜の実
遅れくる電車みな見て夜寒なり
窓開ける囀すべり込めるほど
春の風邪額に手などあてられて
50代前半
肩車して神棚に置く破魔矢
読み聞かす絵本のなかも雪降れり
梅ひらく心籠めてといふやうに
ジャンパーの目配せにソロ交代す
40代
数へ日や経のリズムで読む漢字
直角に赤き絨緞曲がり行き
春や子の描く我が顔手足生ゆ
梅見上げつつつれあひにぶつかりぬ
うとうとのかごめかごめの春ごたつ
冷房の強し字幕に追ひつけず
一張羅着れば綿虫寄りてくる
飛行機がすすむ枯木のなかの空
寒晴や尻尾を立てて歩く猫
大寒の朝日を顔にくらひけり
がさ市の包丁で切る段ボール
蒲公英の根っこ如く勁くあれ
祖母いつもぱつと踊をものにして
秋の夜の饅頭論を譲らざる
30代
朧夜は回送電車ばかり来る
あんぱんにほのと酒の香目借時
正論にホットココアの口拭ふ
20・10代
差別語の飛交ふ酒屋扇風機
コンビーフ缶くるくると開けて春
クリスマスツリー一周して帰る
白靴と歩いてシベリアンハスキー
大寒の水を叩きて鳥発てり
◆諸家自選五句◆ より
◆今年の句集BEST15-今年の評論BEST7◆ より
隣りあふ大根や葉のかむさりあふ
空調音単調キャベツ切る仕事
にんじんの皮のはらりと敗戦日
真っすぐに立つほかはなし立葵
白玉を茹で零す湯の仄青き
瀬のひかり眠し眠しと猫柳
大夏野行くや私雨連れて
杭掴む蜻蛉脚一本余し
秒針のぎこちなき音春暁
つひそこと言うてどこまで鰯雲
やどかりの小さき顔が脚の中
靴の上に置く靴下や磯遊び
月の出を三人掛けのまんなかで
戦ぎをるものの一つが蛇の舌
書きながら字の暮れてゆく桜かな
◆今年の秀句ベスト30◆
心に残る秀句
横澤放川が選ぶ30句より
秋風に一間をゆづり仮設去る
八月の太平洋からミナカエレ
月光に休ませてゐるトウシューズ
サンタクロースが米兵だったころ
子供が泣く国にコスモスは咲かぬ
ビー玉に木枯らしが眠っている
辻村麻乃が選ぶ30句より
鶏一羽つぶす相談秋暑し
タラちゃんの敬語あかるし衣被
マフラーを外し家族の顔となり
構へれば整ふ息や弓始
抜井諒一が選ぶ30句より
聖夜劇ぢっとできない羊たち
ストーブ当番一本早いバスに乗る
買ふならば派手でなんぼの水着なり
石段に踏みどころなき落椿
美しくなりたき頃の紺水着
◆俳壇動向◆
畳這う蟻に原寸大の地図
朝露や豊かに訛る牛の声
かけのぼる炭酸の泡鳥の恋
アルプスは大地の鼻梁大夕焼
雨音のうち重なれる破芭蕉
残雪を弾き出でたる熊笹ぞ
鷹湧いて湧いて一天深かりき
氷水つめたき匙が残りけり
良寛忌越後は海も雪の中
一もとの庭の茶の木に花のとき
電灯のひそかな異音さくらの夜
阿波踊ぞめき流るゝ駅に着く
よもつへと真っ逆さまに流れ星
金婚や無常迅速春らんまん
利根運河冬の表情豊かなり
また次の緑蔭めざし歩きだす
風鈴の次の音を待つ病床に
◆全国結社・俳誌一年の動向◆
以上