Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


極東ブログ

by finalvent

2025.11.12

台湾有事の現在シナリオ

台湾有事とは何か

台湾有事(Taiwan contingency)とは、中国が武力によって台湾を統一しようとする事態を指す。具体的には中国人民解放軍が台湾本島または周辺離島に対して軍事行動を起こす状況である。

日本では2021年の高市早苗政調会長(当時)発言「台湾有事は日本有事」がきっかけで一気に注目された。政府見解は曖昧さを保ちつつも、2022年の国家安全保障戦略では「台湾海峡の平和と安定はわが国の安全保障にとって重要」と明記された。中国側はこれを「内政干渉」と激しく反発し、毎年数百回の戦闘機による領空侵犯で圧力をかけ続けている。

米国には1979年制定の台湾関係法がある。台湾への武器売却を義務づけ、必要に応じて防衛手段を提供する権利を留保している。日本には同様の法令はないが、2022年の改正自衛隊法で「存立危機事態」に台湾有事を位置づける解釈が広がっている。

言葉としての「台湾有事」は曖昧である。全面戦争から港湾封鎖、離島占拠、サイバー攻撃まで幅広い行動が含まれる。国際社会は「有事」の定義を意図的にぼかしている。なぜなら明確に定義すれば介入義務が生じ、逆に曖昧にしておけば柔軟な対応が可能だからである。

かつて想定された台湾有事の姿

十年前まで、台湾有事の典型シナリオは三つに絞られていた。一つは電撃戦である。短期間で大量の上陸部隊を台湾西海岸に投入し、台北を制圧する。二つ目は斬首作戦である。弾道ミサイルと特殊部隊で総統府と軍司令部を破壊し、指揮系統を寸断する。三つ目は海上封鎖である。艦艇と機雷で台湾周辺海域を閉鎖し、石油と食料を断つことで降伏を強いるものである。

これらのシナリオは、いずれも台湾本島に物理的損傷を与えることを前提としていた。上陸作戦なら都市は戦場となり、斬首作戦なら政府中枢が破壊され、封鎖でも長期間の飢餓が予想された。沖縄の新しい米軍基地もこの対応が想定されていたと見られる。

半導体がすべてを変えた

状況を一変させたのは台湾の半導体産業である。特にTSMCが決定的な存在だ。世界の最先端ロジック半導体の五割以上、スマートフォン用プロセッサの九割を台湾が握っている。3ナノメートル、2ナノメートルといった最先端プロセスは、今も台湾北部にしか存在しない。クリーンルームはミサイル一発で全滅するほど繊細だ。工場が止まれば世界の電子機器供給は途絶え、経済損失は年間一兆ドルを超えると試算されている。

中国にとって台湾統一の最大の目的は、この半導体生産能力を手に入れることに変化しつつある。いずにれせよ、その意図が内包されているなら、工場を破壊してしまえば何の意味もない。逆に工場を無傷で確保できなければ、占領の価値は大幅に下がる。

大規模な上陸作戦を実行すれば、戦闘の混乱の中で工場は必ず破壊される。斬首作戦で総統府をミサイルで攻撃しても、すぐ近くの科学園区が巻き添えになるのを防げない。台北から新竹の工場群までは車で一時間もかからない距離だ。

そこで海上封鎖が浮上する。これなら工場を直接壊さずに済む。原材料の輸入を止めれば、TSMCは数日で生産を停止せざるを得ない。工場そのものは無傷で残る。中国は「戦争が終わればそのまま自分のものにできる」と計算している。

だからこそ、昔のように「とにかく攻めて占領する」作戦はもう通用しない。半導体があるせいで、台湾有事は「工場をぶっ壊す戦争」から「工場を止めるだけで勝つ戦争」に変わった。中国の戦略は極めて複雑になった。工場を灰にすれば勝利の果実は得られない。機能だけを止めて無傷で残す。それが現在の中国に課せられた難題である。また、日本政府が台湾有事を「海上封鎖」の視点で注視しているのも頷ける。

現在の最有力シナリオ

こうした背景から、2025年現在、専門家の間で最有力とされる台湾有事のシナリオは複合型グレーゾーン作戦である。まず海上封鎖を実施し、エネルギーと食糧を絞る。同時に海底ケーブルを切断する。台湾に接続する国際ケーブルの八割が台湾海峡を通っている。一本でも切断されれば通信は大幅に制限される。TSMCは設計データをリアルタイムで米国に送信しており、通信途絶は即座に生産ライン停止につながる。これに電力網へのサイバー攻撃も加わる。台湾電力の変電所は遠隔操作可能であり、過去に攻撃を受けた実績がある。電力が1パーセントでも変動すればクリーンルームは機能停止する。

離島占拠も組み合わせられる。金門島や馬祖島を先に制圧し、本島への心理的圧力を強める。2024年10月の中国演習では金門周辺で上陸訓練が確認された。これらの作戦は全面戦争の閾値を下回る。米国が介入すべきか判断に迷う時間稼ぎになる。中国は工場を物理的に破壊せず、機能だけを止めることで、将来的な接収可能性を残す計算である。

日本が直面する現実

当然ながら、日本にとって台湾有事は他人事ではない。まず、軍事的に深刻な問題である。沖縄から台湾まではわずか百十キロであり、中国が台湾海峡を封鎖すれば、日本のシーレーンは寸断される。石油の九割、中東からのLNGは台湾経由の航路に依存している。海上自衛隊は護衛艦を展開するだろうが、封鎖を突破できる保証はない。政府は2025年現在も「重要影響事態」を認定する基準を明確にしていない。政治判断が遅れれば、日本は封鎖のまま放置される可能性がある。

台湾の半導体工場の自壊計画も日本を含め世界にとって無視できない事態である。米紙は2024年10月、TSMCが有事の際に工場を自ら破壊するスイッチを用意していると報じた。台湾当局は否定しているが、完全に否定はしていない。日本は巨額の補助金を出している工場が一瞬で消滅するリスクを抱えている。政府も企業もこの現実を口にしない。株価への影響を恐れるからである。

現在、TSMCは熊本に工場を建設し、2024年末から量産を開始している。しかし最先端プロセスは依然として台湾にしかない。アリゾナ工場も2028年稼働予定である。台湾が機能停止すれば日本の半導体供給は壊滅的打撃を受ける。経済産業省は2025年度にさらなる補助金を計上したが、台湾依存からの脱却はまだ道半ばである。

台湾有事シナリオにはもはや上陸戦の映像でない。目に見えないケーブルが切られ、電力が止まり、工場が静かに停止する。それが現在、リアルに想定できる姿である。日本は半導体のシーレーンと軍事のシーレーンを同時に守らねばならない。議論は専門家の閉じた部屋でだけ進行している。一般には届かない。届いたときには、すでに手遅れである可能性が高い。日本の首相が寝ぼけていないなら、これに苦慮するのは当然だろう。

 

2025.11.12|固定リンク
Tweet

ブログ内検索

2025年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   

インフォメーション

     

    [8]ページ先頭

    ©2009-2025 Movatter.jp