同授賞式では、ユース・アンバサダーの岡田将生とともにプレゼンターも担当。そんな河合は授賞式当日に香港へと到着。ホテルの部屋に入っていない状態でも快くインタビューに応じてくれた。(取材・文/徐昊辰)
●授賞式当日に香港到着! 主演女優賞ノミネートに対する心境は?
――アジア・フィルム・アワードの主演女優賞へのノミネート、まずはおめでとうございます。香港は初めてとのことですが、今日(=授賞式当日の3月16日)到着されたんですよね?(※授賞式では「
All We Imagine as Light」のカニ・クスルティが主演女優賞を受賞)
はい、そうなんです。今日到着して、そのままホテルに直行して……というか、まだ自分の部屋にも行ってないんです。メイクだけして、ここに来た感じで(笑)。
――本当にお疲れ様です。まずはノミネートされた際のお気持ちを聞かせて頂けますか?
本当にびっくりしましたし、すごく嬉しかったです。自分が出た映画がこうして国境を越えて、いろんな国の方々に観てもらえているということが実感としてあって。作品自体が評価されたこともそうですが、そこに自分が関われていたことが、ものすごく光栄です。

授賞式では岡田将生とプレゼンターを務めた●2024年は怒涛の1年 原点を振り返りつつ、映画の世界へと至った経緯を語る
――2024年は、怒涛の1年だったかと思います。中華圏でも「
あんのこと」や「
ナミビアの砂漠」などがさまざまな映画祭で上映されました。
そうですね。本当にありがたいことに、多くの作品に関わらせていただいて、いろんな国で上映されるという経験をしました。私自身、経験したことのないことが次々に押し寄せてきた1年で、正直疲れもしましたけど……それ以上に、知らない世界を知れる喜びの方が大きかったんです。自分でも「こんなこと起こるんだ」と驚きの連続でした。
――そんな激動の日々の中でも、休みはとれていましたか?
実はちょこちょこ休みはありました(笑)。でも心はずっと走っていた気がします。
――ここからは少し、河合さんの原点について伺わせてください。俳優になろうと思ったきっかけを教えていただけますか?
もともとはダンスが好きだったんです。小学生の頃から習っていて、高校でもダンスをやってました。私の通っていた高校が、文化祭やイベントで歌ったり、踊ったり、演技したりと、表現することに力を入れている学校でした。そこで人前で表現することの楽しさに気づきました。勉強よりもそういう準備に一生懸命になっていて、自然と「こういうことを仕事にできたらいいな」と思うようになりました。
――なるほど。では、本格的に役者を目指したのはいつ頃でしょうか?
高校3年生の夏に「
コーラスライン」というミュージカルを初めて生で観たんです。それがものすごく衝撃的で。その日のうちに「今始めよう」と思って、事務所を探し始めました。大学も演劇が学べる学科に進んで、芝居についてもっと深く勉強したいという気持ちが強かったです。

――映画の世界に入っていったのは自然な流れでしたか?
最初はステージに立つことに憧れていたので、舞台女優になりたいと思っていました。でも、仕事を始めていく中で、映画の現場に関わる機会が多くて。作り方も、演技の質感も、舞台とは全然違うんですよね。その違いがすごく面白かった。映画は一瞬の表情や空気で語る部分が多くて、そこに魅力を感じるようになりました。
――俳優としての転機になった出来事はありますか?
「
あんのこと」と「
ナミビアの砂漠」は、やっぱり大きな転機でしたね。同じ年に公開された2作なんですけど、全然タイプの違う作品で、どちらも真ん中で演じる立場として多くのことを学びました。スタッフやキャストと一緒に、何かをつくるという現場の熱量が忘れられないです。
――今回のAFAでは、関連イベント「Spotlight on the Wings」が行われ、助演男優賞にノミネートされている3名の俳優が登壇し、助演について色々なことを語りました。河合さんは主演と助演、どちらも経験されていますが、それぞれの役割で感じたことはありますか?
まだまだ経験が浅いので、明確に分けて考えるというよりは、その作品ごとにベストな形を探している感じです。ただ、主演のときは物語や空気感を自分が引っ張る意識が強くなります。一方で助演は、自分が何を足せるのか、どう全体と調和するのかを考えることが多いんです。自分が作品をコントロールできることもあれば、1つのピースになることで全体を支えることもある。どちらにも違った難しさと面白さがあります。
河合優実(左)、「ナミビアの砂漠」監督の山中瑶子(右)高校3年の時に映画館で「
あみこ」を観たのがきっかけです。その時の自分は「私は俳優になる」と決めたばかりで、すごく熱くなっていて。観終わってすぐに山中さんに手紙を書いたんです。「いつかご一緒できたら嬉しいです」って。何年も経って、その言葉を覚えてくださっていたことが本当に嬉しかったですね。
――実際一緒に映画を作ってみて、いかがでしたか?
脚本が一度ゼロになったんです。山中さんが「もう何も書けない」となってしまって。でもそのあと、何度かお会いして、いろんな話をする中で脚本が生まれてきて。直接キャラクターについて話したわけじゃないんですけど、お互いが「こういう女性像を描きたい」という意識を共有できていたのがすごく大きかったと思います。
――現場でのやりとりも、共同作業という感じだったのでしょうか?
まさにそうでした。最初のリハーサルの日に、山中さんが「(主人公の)カナそのものだ」と言ってくださって。私が脚本からイメージしたキャラクター像と、山中さんのイメージがすごく近かったみたいです。そこからは、現場でどんどんアイデアを出し合って、自由に演じることができました。
――現代の日本の若い女性として、“カナ”をどう捉えていますか?
“カナ”はエネルギーにあふれてるけど、自分が何をしたいのか、何を感じてるのかが言葉になっていない。だからこそ衝動的だし、目の前の誰かに感情をぶつけたり、もがいたりしている。その姿が、今の日本の若い世代の特徴にも重なる気がするんです。やりたいことが分からない、情報が多すぎて自分の輪郭が見えない。そういう曖昧さに多くの人が悩んでると思います。

●「
ルックバック」では声優に挑戦 完成した作品は「観客」として感情を揺さぶられた
――昨年は「
ルックバック」で声優にも挑戦されましたね。実写とはまったく違う表現の世界だと思いますが、どんな体験でしたか?
すごく新鮮でしたね。オーディションで選んでいただいたのですが、どちらの役になるかわからない状態で挑戦して、藤野役に決まりました。アフレコ当日まで監督と細かく話す機会もなくて、ほとんどぶっつけ本番。でも(吉田)美月喜ちゃんと一緒に収録できたことがすごく助けになりました。
――完成した作品を観て、どう感じましたか?
感動しました。アニメーションのクオリティも高くて、ちゃんと「観客」として感情を揺さぶられる作品でした。自分の声が作品の中でどう響いているかは不安もありましたが、違和感なく溶け込んでいてホッとしました。
●今後の展望、この時代に俳優として映画に関わることについて
――今後の展望についても聞かせてください。アジアの映画人とのコラボレーションなど、興味はありますか?
すごくあります。いろんな国の監督や俳優と仕事してみたいですし、ジャンルや言語を越えた表現にどんどん関わっていきたいんです。
ロウ・イエ監督の「
未完成の映画」を観たときは、涙が止まらなかったんです。あんな映画に関われたら……と強く思いました。
――最後に、今の時代に俳優として映画に関わることの意義について、どんなふうに感じていますか?
SNSで情報が溢れていて、自分の意見を持つのも発信するのも難しくなっている時代だと思います。だからこそ、映画のようにじっくり時間をかけて物語を語ること、登場人物の人生を生きることが、観てくれる人にとっても意味のあることになればいいなと思っています。