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2017年11月10日 10:00
[映画.com ニュース]ありふれた日常が続くこと、それは奇跡だ――漫画家・魚喃キリコ氏の代表作「南瓜とマヨネーズ」で描かれる女1人と男2人の恋模様は“穏やかな波乱”を巻き起こしながら“爽快な敗北”へと続いていく。原作漫画への情熱を実写化という形で昇華させた鬼才・冨永昌敬監督、主演・臼田あさ美とともに終わりかけの愛を紡いだ太賀は、魚喃氏が創出した唯一無二の物語に、映画ならではのアンサーを示してみせた。(取材・文/編集部)
本作は、臼田が「桜並木の満開の下に」以来5年ぶりに主演を務めたラブストーリー。ツチダ(臼田)は、キャバクラで働き、ミュージシャンの恋人・せいいち(太賀)の生活を支えていた。しかし、スランプに陥り、無職で毎日だらだらと過ごしていたせいいちは、ツチダが客と愛人関係を結んだことを知ると心を入れ替え働き始める。そんななか、ツチダは忘れられない女好きの元カレ・ハギオ(オダギリジョー)と偶然再会し、2つの恋の間で揺れ動くことになる。
2006年、冨永監督は親交のあった魚喃氏に「南瓜とマヨネーズ」の映像化を約束していたが「話をした翌日には自信がなくなっていた(笑)。冷静に考えると、自分にはとてつもなく難しいなと」と頭を抱えてしまったようだ。そして、月日が流れ、13年のこと。「スタイリストの加藤(將)君と話すなかで『ツチダ役は臼田さんにぴったり』という話題が出た。2人で勝手に盛り上がっていたんですが、加藤君が友達だった臼田さんのマネージャーに言ってしまったんですよ。そこからしばらくして、臼田さんが『あの企画はどうなったんだろう』と言い出してくれて。こっちは何も準備をしていなかった(笑)」
映画化が本格的に始動したのは15年。ツチダ役は臼田に難なく決定したが、冨永監督が悩んだのは、原作漫画ではルックスにあまり大差のないせいいちとハギオのキャスティングだ。「漫画のルックスに似た人を探すという点を優先させてしまうと、似ているかどうかはともかく、役にぴったりかもしれない人を見逃してしまう可能性があるんです。今回はそうはしなかった。ツチダよりも年下のせいちゃん、年上のハギオという原作とは異なる狙いを作れたんです」と太賀&オダギリへオファーをかけた意図を述べた。
初参加となった冨永組は「まさにあうんの呼吸。現場の空気感がとても健康的というか、全員同じ方向にベクトルが向かっているのが明らかでした。目の前にある芝居に集中できる環境だった」という太賀。ツチダが待ち望むメロディをいつまでも奏でることが出来ないせいいち役に「モノづくりに関わる人間ならではの悩みにとても共感できました。役者として生きる自分にも、せいいちが抱える葛藤や迷いを感じる瞬間がある」と共通点があったことを告白していた。
「脚本と完成した映画は別物になっている気がする」という太賀の言葉を受けて、脚本も手がけた冨永監督は「良くも悪くも監督が脚本を書いた場合は、現場で書きあがるという場合が多いんです」と説明した。「ロケハン次第では柱も変えますし、そうすると人物の動きが変わる。それを演じるのが太賀なら太賀に合わせてセリフも現場で練り直します。ある種、脚本に敬意を払わなくてすみますから。例えば、僕が描いたせいちゃんを太賀が演じているのを見た時に、恥ずかしくなった瞬間があった。これは太賀に悪い、セリフを変えようと思った」と話すと、ロケ地の変更に伴い、役者のアクションにも影響を及ぼしたトンネルでのシーンを例に挙げ「良い言い方をすれば臨機応変。撮影をしていると、シナリオではどうだったかというのは忘れてしまうことがある」と語っていた。
「脚本に書かれていることに対して『なぜこうなったのか』という逆算の形でせいいち像を作っていった」という太賀は「自分のなかで脚本の正解を見つけて、いざ現場に向かうと、冨永さんがまた新しい扉を開けてくれて。冨永さんが現場で出すアイデアによって、せいいちの輪郭が一気にはっきりしたんです」と振り返る。太賀が体現したせいいちの日常には、オダギリ扮するハギオと同じく、原作にはないオリジナルエピソードが付け加えられている。冨永監督が明かした理由には、盟友の作品を実写化するうえでの責任感がにじんでいた。
冨永監督「原作のせいちゃんとハギオは、ツチダの姿を通じて描かれています。その点も原作の魅力なのですが、自分が撮るとなると、そんなに男の人が遠い存在だと何もできなくなってしまうんです。女性を通じての見せ方はできない。本作ではそれを逆転させて、2人が本当はどんな人物なのかという部分を、自分なりの解釈で掘り下げています。そうすると、彼らに対するツチダのリアクションが新しく生みだせるんです」
冨永監督のこだわりは“音”にも発揮されている。せいいちをはじめとした多くの登場人物が音楽に携わる人々であり、BGMが流れる店内での場面が頻出するため「違うレイヤーで音楽が存在してしまうのを避けた」として劇伴は使用されていない。その代わりに重視したのは、暮らしに関わる日常の音だ。タイトルバックへとつながる冒頭のシーンは、時も場所も異なる光景から発せられた生活音のコラージュで構成されている。「(冒頭は)ひと塊で1シーンと考えました。シャワールーム、ライブハウス、市場の喧騒――(作品を表す)タイトルバックにつながるのならば、(劇中の)音が全て同時に聞こえてくるはずですから」と説明した。
「原作はモノローグがメインのような作品。漫画家がモノローグを書いたというよりも、詩人が絵を描いたというイメージです。同じことを映画がやろうとすると、画面はいらなくなる」として、魚喃作品の特徴でもある独白のほとんどを排した冨永監督。そのためツチダとせいいちの“爽快な敗北”をとらえたラストシーンは、明確に描写する必要があった。音楽監修&劇中歌制作を担当したやくしまるえつこも現場に駆けつけ、太賀が「本当に贅沢な時間。今まで味わったことのない緊張感だった」と言い表した本番は一発撮り。冨永監督による“原作へのアンサー”と思える演出を、本番に臨むまで詳細を知ることのなかった臼田は、ツチダとして感情を爆発させたようだ。
冨永監督に原作愛を思う存分にぶつけて「正しく主演女優であった」と評された臼田、自由奔放で女たらしながらも「(女性が)しょうがない」と感じる色気を見事に放ったオダギリとともに、魚喃ワールドで生き抜いた太賀。「自分がこんな風に演じれば、最終的にはこう映るんじゃないかという想像があるじゃないですか。でも、完成した画を見ると、思ってもみない角度で映っているという驚きがあって」と目を丸くする。ポツリと吐いた「(撮影が)終わってほしくなかった」という言葉が象徴するように、すっかり“冨永マジック”に魅了されてしまっていた。
「南瓜とマヨネーズ」は、11月11日から東京・新宿武蔵野館ほか全国で順次公開。
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