スペンサー ダイアナの決意
劇場公開日:2022年10月14日
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解説・あらすじ
クリステン・スチュワートがダイアナ元皇太子妃を演じ、第94回アカデミー賞で主演女優賞に初ノミネートを果たした伝記ドラマ。ダイアナがその後の人生を変える決断をしたといわれる、1991年のクリスマス休暇を描いた。
1991年のクリスマス。ダイアナ妃とチャールズ皇太子の夫婦関係は冷え切り、世間では不倫や離婚の噂が飛び交っていた。しかしエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに集まった王族たちは、ダイアナ以外の誰もが平穏を装い、何事もなかったかのように過ごしている。息子たちと過ごす時間を除いて、ダイアナが自分らしくいられる時間はどこにもなく、ディナー時も礼拝時も常に誰かに見られ、彼女の精神は限界に達していた。追い詰められたダイアナは故郷サンドリンガムで、その後の人生を変える重大な決断をする。
監督は「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」のパブロ・ラライン。
2021年製作/117分/G/ドイツ・イギリス合作
原題または英題:Spencer
配給:STAR CHANNEL MOVIES
劇場公開日:2022年10月14日
スタッフ・キャスト
受賞歴
第94回 アカデミー賞(2022年)
ノミネート
主演女優賞 | クリステン・スチュワート |
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第79回 ゴールデングローブ賞(2022年)
ノミネート
最優秀主演女優賞(ドラマ) | クリステン・スチュワート |
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第78回 ベネチア国際映画祭(2021年)
出品
コンペティション部門 | パブロ・ラライン |
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あらすじ・解説・考察 結末の快感が半端じゃない…メタファーを解き、知的興奮の波にのまれよう
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映画評論
清らかな偶像ではなく、生身の戦うダイアナにオマージュを捧げたラライン監督の挑戦状
その存在自体がパンクであるようなクリステン・スチュワートと、ダイアナ元皇太子妃。この一見ミスマッチな組み合わせこそが、パブロ・ラライン監督の狙いであり、この作品を独創的にしている所以だ。なぜならここで描かれるダイアナは、運命の犠牲者ではなく、前代未聞の勇...
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映画レビュー
3.5クローズアップで体感するダイアナの生々しい苦悩
周知の事実については今更説明はしないということなのか、本作では背景の注釈は一切なしに、1991年のクリスマスイブからの3日間のみを、ダイアナの精神面にかなりクローズアップする形で描いている。そうすることで、シンデレラ物語と悲劇を背負った手の届かない世界のプリンセスではなく、感情の浮き沈みや弱さを持ったひとりの人間としての、彼女の生身の姿が見えてくる。
本作で描かれた3日間の前後で、現実には以下のような状況があった。
84年に次男ヘンリーが誕生した時点で、ダイアナいわく二人の関係は終わっていたとのこと。85年頃からチャールズはケンジントン宮殿に不在がちになり、87年にはそれが常態化していた。この頃チャールズはカミラ夫人との交際を再開している。ダイアナは息子の養育と慈善事業に力を入れるようになっていた一方、89年頃からジェームズ・ヒューイットと不倫関係になっている。翌92年にはチャールズに批判的な暴露本「ダイアナ妃の真実」が公表され、同年末には二人の正式な別居が発表された。その後96年に離婚が決定している。
彼女がひとりで車を運転し、道に迷う冒頭の場面が印象的だ。従者がいないのはちょっと不自然な気もするが、この時期は既にチャールズはケンジントン宮殿に帰ることはなくなり、ダイアナが事実上宮殿の主人のようになっていたので、ああいう外出もあり得たのかもしれない。この時期の彼女の心理状態を、言葉を費やさず象徴的に表している。
ここで提示された彼女の不安と苛立ちが次第に増してゆく描写が、物語の大半を占めている。抑制された表現にはなっているが、自傷行為や過食症の場面もある。そして彼女はスペンサー家の遠戚であるアン・ブーリンの幻を繰り返し見る。
アン・ブーリンは略奪婚でヘンリー8世の王妃になったが、男児を産めず王の寵愛が離れ、婚姻後3年で姦通の罪を着せられ斬首された人物だ。チャールズ側に根深い不貞行為という非があるのに、王室の中では自分だけが疎外感を味わわされる理不尽さや息苦しさを無意識にアン・ブーリンに重ねたのだろうか。
ラストの展開だけは、ダイアナの魂を救おうとするかのような解放感がある。あの後の史実を知らなければまるで母子が狭くて息苦しい世界から解放されるハッピーエンドの物語のようだ。直前に「プリンセス・ダイアナ」を見たが、このドキュメンタリーに出てくるパパラッチの方が比較にならないほどえげつないので、誰にも追われず海岸やケンタッキーに行くようなことはおそらく実際には難しく、まさに寓話なのかもしれない。
現実には二人の息子が王室から解放されることは当然ないし(弟が結婚を機にアメリカへ渡ったことはまた別の話)、ダイアナの末路は決して明るいものとは言えない。それを思うとラストシーンの明るさと解放感が何だか儚く、物悲しい余韻を伴って見えた。
余談:「君を想い、バスに乗る」以来ティモシー・スポールが好きで注目していたが、大河ドラマを見ている影響か梶原善に見えて仕方なかった。
4.0ジャッキーとダイアナ。重圧に抗う女性の系譜
英王室のチャールズ皇太子(現国王)と結婚し世界中から注目と憧れの的になるが、その後1996年に離婚、翌年に事故死した悲劇のヒロインとして今なお多くの人の記憶に残るダイアナ。その人生の重要な数日間を映画化する企画と聞けば、英国人の監督も女優も食指が動かないわけがなかっただろうと単純に思うが、意外にも監督にはチリ出身のパブロ・ラライン、ダイアナ役には米国人のクリステン・スチュワートが起用された。王室と王族のような絶大な存在を、少し離れたスタンスで客観的に描いたり、大胆な創作を加えて語ったりするのは、むしろ外国人のほうがやりやすいのかもしれない。
ダイアナの人生を端的に表現できる期間として製作陣が選んだのは、チャールズとの結婚から10年後、1991年のクリスマス休暇の3日間。映画の冒頭、ダイアナは道に迷った人として登場する。ロイヤルファミリーが集うエリザベス女王の私邸を目指し、ひとり車を運転していて迷ったという状況なのだが、もちろんこれは彼女自身の人生における迷いと焦燥を象徴していて、その後の会食などの場面でチャールズとの関係が冷え切っていることや、王室の堅苦しいしきたり、警護役やパパラッチから四六時中見張られている状況に、悩み苦しみ追い詰められていく姿が明らかになる。
振り返れば、ラライン監督の「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」も、1963年のケネディ大統領の暗殺から葬儀までのジャクリーン・ケネディ夫人の日々にフォーカスした映画だった。生涯をダイジェストのようにたどる伝記映画ではなく、その人の生きざまを凝縮したような数日間をシンボリックに描くのが得意なのだろう。ジャッキーとダイアナは、政治権力や王室の伝統といった圧倒的な存在によるプレッシャーに苦しみながらも、女性として、また母親として、自らのアイデンティティを貫こうと抗ったという点で共通している。クリステン・スチュワートの熱演も相まって、世の圧力に生きづらさを感じている多くの観客に勇気を与えるはずだ。
4.0名優たちが演じる”名もなき人々”が味わい深い
この映画に大きな展開を期待してはいけない。ストーリー性でグイグイ引き込むというよりはむしろ観客が能動的に足を踏み入れていくタイプの作品と言おうか。それゆえ、ダイアナに興味を持ち、彼女が王族を離脱する決意を固めるまでの心理過程をじっくり見つめたい人にとっては、望みどおりの親密なる映像体験となるはずだ。本作のダイアナは聖人でもなければ悲劇のヒロインでもない。時に少女のような自由奔放さと成人女性としての毅然とした表情を併せ持ち、孤独と不安に押し潰されそうになりながら、暗闇の先の光に手を伸ばそうとする。この等身大の人間像をかつてない存在感で体現するクリステン・スチュワートが見事だ。また本作が興味深いのは、王族たちではなく、彼らのためにお仕えする”プロフェッショナルな人々”を物語の前景に立たせているところ。このアウトサイダー側の目線と言葉がダイアナの存在感と絡まり、深い香りと味わいをもたらしている。
3.5 1人の人間らしく生きた女性の物語と捉えたい
今は亡きエリザベス女王やダイアナ妃の実像に迫るとしたら、ドキュメンタリー映画という手段が相応しいかもしれない。英国王室にまつわる記録映像は山ほど残っているし、作者はアーカイブ映像を元手に個々の編集と視点を駆使して実在の人物を画面上に再構築できるからだ。
その点、作り物と見られがちなフィクションはやや分が悪いのだが、本作は、ダイアナとチャールズ元皇太子の関係が冷え切っていた1991年のクリスマスイブ前後の3日間にフォーカスすることで、散漫になりがちな人物像を深く切り取っている。そこで、クリステン・スチュワートの登場である。ダイアナのインタビューやNetflixの人気ドラマ『ザ・クラウン』をチェックすることは勿論、イギリス英語のイントネーションからダイアナ独特の話し方、首の傾け方、歩き方を習得してから撮影に臨んだというクリステン。だが、絶望感と不信感でいっぱいの元妃の目に映る、ロイヤルファミリーの冷徹さ、排他性が、演じる俳優の演技を介して観客にまで伝わって来るのは、真似事ではない、生まれながらの資質だと思う。
終始重苦しい映画には、意外に救われるラストシーンが用意されている。でも、その先には非業の死が・・・・・。とは考えず、人間らしく生きた女性のある物語として捉えると、これもありか、と納得できるのではないだろうか。
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