影裏 : インタビュー
綾野剛×松田龍平×大友啓史監督 現場で生まれる “真実”を掬い紡いだ、人間の奥底に眠る「影裏」

大友啓史監督がメガホンをとり、第157回芥川賞を受賞した沼田真佑氏の小説を実写映画化する「影裏」が、2月14日から公開となった。大友監督が出演を熱望していたという綾野剛と松田龍平は、揺らぎ、繊細に移ろっていくふたりの男の関係を体現した。大友監督が「現場でふたりの間に生まれるものを見届けたかった」と語る通り、綾野と松田に託し、現場で立ち上がる“真実”を見つめたという作品づくりについて話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)
会社の転勤で全てを捨てるように岩手に移り住んだ今野(綾野)は、同僚の日浅(松田)と仲を深め、遅れてやってきたかのような“成熟した青春の日々”に心地よさを感じていた。しかし、ある日突然、日浅は今野に一言も告げずに会社を辞めてしまう。しばらくしてふたりは再会したものの、距離は埋まらず、会わないまま時が過ぎていく。やがて、日浅が行方不明になっていることを耳にした今野は、彼の足跡をたどるうちに、数々の“影の顔”“裏の顔”を知ってしまう。

大友監督は、芥川賞受賞前から惚れこみ、映画化の構想を膨らませていたという原作の印象を明かす。「影と裏、『影裏』というタイトルが気になって、本屋で手に取りました。読んでみると、宝物がいっぱい行間に隠されている小説でした。文章は美しく詩情があって、説明し過ぎていないところが潔くて。『知りたい』と思う部分は、それこそ影に、裏にひっそりと隠されているような作品。今野と日浅というふたりの人物が抱える感情の質量がものすごく多様で、こういう濃厚な人間関係、感情量の多い物語を撮ると豊かな映画になるんじゃないかなと思いました」。そして、芥川賞受賞という追い風が吹き、原作と出合ってからわずか4ヵ月というスピードで映画化が決定した。大友監督は削ぎ落とされ、多くの暗示が垣間見える文体が特徴の原作をベースにした脚本づくりを、次のように紐解く。

大友監督「原作の行間に何が埋もれているのか、プロデューサーと脚本家の澤井香織さんと議論しました。普段は自分で脚本を書いて、掌中に落としていくんですが、今回は、この魅力的な素材を、自分の理解の範疇でコントロールしたくなかった。脚本の段階で極力コントロールしない状態、撮影スタイルや手法を限定しない本に持ちこむために、いちばんシンプルな設計図としての役割と、映画の核となるものの発見を、脚本には期待していました。そして、いくつか原作にはないエピソードを澤井さんに話して、何をどう拾ってきてくれるのか、楽しみにしていました。その上で、現場で現実に落としこんでいく時に、こういう考え方で作った脚本がどう着地するのか、着地させていくのか……。ある種の冒険でもあったんですが、このふたり(綾野、松田)が現場に入れば、絶対に何かが生まれるので、基本的にはそれを信じ、最後までふたりの関係性の変化を、丁寧に見届けていくというスタンスでしたね」
原作と比べ、脚本では今野の過去や日浅に抱く感情の描写が補強されている。また、日浅の兄・馨(安田顕)が今野と会話を交わすシーンを取り入れたことで、実態がつかめない日浅の人物像がより多面的に立ち上がっている。夜釣りに出かけ焚火を囲む場面で、日浅が今野に投げかける「知った気になるな。おまえが見ているのはほんの一瞬光が当たった所だけだってこと。人を見るときはその裏っかわ。影の一番濃いところを見るんだよ」という物語のカギとなるセリフも、脚本ならではのもの。そんな一夜を経て、日浅は行方不明になり、今野は日浅の“真実”を追い求め、まさに浅瀬から深みへ、人間の奥底にひっそりと息づく“影裏”へと足を踏み入れていく。日浅によって未知の領域に誘われていく今野を表現するように、せせらぎから轟音へと変化する水の音も、物語の中で強い存在感を放つ。綾野と松田は、大友監督の「答えを出すと原作から遠ざかっていく気がした」という意図により、多くのことを曖昧にした脚本と、どのように向き合ったのだろうか。

綾野「今野は、『人にどう見られるか』ということを最大限気にしている人物ですよね。人生で様々な経験を重ねて、世間の視線を気にして生きていく、という選択をした人。僕の場合、今回は脚本上で何かをイメージするということは、ほとんどしませんでした。盛岡に行ってみて、今野が住んでいる部屋を訪れて、日浅に会ってみないと分からない感情の方が多かった。いつでもフラットな日浅とは違って、今野が生きる佇まいとしては、かげろうのようにたゆたう、『揺れる』ことが大事だと思っていて。現場に立った瞬間からは、『何が起こるか分からない』という、その場所なりの“本当”があると信じられました。(ふたりが釣りのため足を運ぶ)川のように、流れが変わり思った通りにいかない……、そういう芝居でいいのかなと思いました」
松田「日浅は人との距離感のバランスが絶妙で、誰に対しても変わらないフラットな印象がありました。人に依存しないし、ずっとひとりで生きてきたんでしょうね。傍からは依存しているように見えても、いつでもその場を立ち去ることができる。だから今野のように、距離感を勘違いさせてしまう人が出てきてしまう、そういう危うさを持っている人なんじゃないかな」

今野と日浅の関係が軸となる本作で初共演を果たした綾野と松田は、お互いに大いに刺激を受けたと語る。
綾野「龍平は会った時からかわいい人だなと思っていました」
松田「綾野くんもかわいいよ(笑)」
綾野「まあまあお互いに中年ですけど(笑)、チャーミングさって大事だなと思いました。龍平の醸し出す雰囲気は謎めいた日浅に通じる部分もあって、そんなムードに酔わされながら、とても豊かな時間を過ごせました。一緒に作っている中で、『龍平がどんな風にセリフを言ってくるんだろう』と楽しんでいましたね。やっぱりオンリーワンの人なんだなと、強く感じました」
松田「綾野くんは役や仕事に対して貪欲で、自分が生かせるものを全て生かして、見逃さずに演技を紡いでいく人。しっかりしているので、断固として揺るぎないものを持って臨むタイプなのかなと思っていたんですが、現場で感じることにもすごく素直で、(もともとイメージしていたものと、現場で影響を受けて変化したものと)演技の切り替えがとても上手いんだなと思いましたね」

大友監督は原作を読んでいる段階で、今野と日浅を演じる役者に、綾野と松田をイメージしていた。極力コントロールしようとせず、現場で起きることを見つめる――そんな演出方針を実現させ、自分が、まるで“記録者”であるかのような状態で作品と向き合うため、ふたりは必要不可欠な存在だった。
大友監督「『どこまでコントロールするのか、しないのか』ということが、今回の演出の最大の課題であり、挑戦でしたね。もちろん、ある程度は自分で推定して現場に臨んでいるんですが、演じている“役”としてのふたりと向き合うのではなく、今野と日浅というふたりの実在する人生に唐突に向き合わされているような、現場で何が起こっても、それは“現実”なのだから受け入れるしかない、そういう境地で挑むしかない、まるでドキュメンタリーを撮っているかのようなマインドで、今回の現場には臨みたかったんです。僕はふたりが何をするのか、ということに最大の関心があって、その興味でとにかくカメラを回していた。ふたりの掛け合いで、深度が増していくさまをじっと見つめ、時にはそれを『いつまでも見ていたい』と思ってカットをかけなかった。『ふたりの関係性の中から、瞬間的に、そして必然的に生まれてくるものを、上手に掬い取れればいいな』と思っていました」

そんな大友監督の方法論を通して、今野の主観から見た日浅、そして他の人から見た日浅、そんな日浅を追いかける中で今野自身の内面も浮き彫りになっていく。大友監督は「用意は最小限にして緻密、俳優の身ふたつ、そこに立ちのぼる今野と日浅の“感情”だけを追いかけていれば成立する、そんな映画にしたかったんです」と胸中を吐露した。
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