青の恐怖
劇場公開日:1948年6月
解説
脚本作家チームとして名のあったフランク・ローンダーと、シドニー・ギリアットが一九四五年独立プロ、インディヴィデュアル・ピクチュアズを興して、これは第三回作品で一九四六年ギリアットが監督に任じて製作されたもの。クリスチアナ・ブランド作の探てい小説からギリアットがクロード・グァーニーと協力して脚本を執筆している。出演者は「カーニヴァル」「危険な月光」の新星サリー・グレイ、「星への道」の新人ロサムンド・ジョン、「逢びき」「星への道」のトレヴァー・ハワード「ウォタルー街」のアラステア・シムをはじめ「ヘンリー五世(1945)」のレオ・ゲン、ジュディ・キャンベル。
1946年製作/イギリス
原題または英題:Green for Danger
劇場公開日:1948年6月
あらすじ
V1号がロンドン市民を神経衰弱に陥れていた一九四四年夏のことである。ロンドン郊外のヘロンス・パアクの病院で奇妙な事件が起った。郵便配達夫で救護班長をしているヒギンスが、V1号爆弾のため脚に負傷し、病院で手術を受けたのであるが、外科医の執刀前に、麻酔剤をかけている途中急死した。彼は負傷はしていたが身体のコンディションは良好であり急死する何等の原因ももなくまた医師の過失でもなかった。所がその晩、病院内で慰安ダンス・パーティが催されている時、手術に立会った看護婦長ベイツがヒギンスの死は他殺であり、自分は犯人も知っており証拠物も握っていると広言した。それから三十分と経たぬ間に彼女は手術室で胸をメスで刺されて殺された。翌朝、警視庁からコックリル警部が捜査主任としてやって来た。検屍報告によれば、死因は心臓を突いた第一傷の即死であるが、その直後第二傷が加えられ凶器は刺したままになっていた。犯行時刻は午後九時から十時までの間であろうという。なお病院長が検査したところ、薬棚の毒薬瓶から四錠盗まれていることが判った。コックリル探偵は、ヒギンスの死も他殺と認め、彼の手術に立会った外科医イーデン、麻酔担当の内科医バーンズ、看護婦サンソン及びウッズ、並びに手術には立会わなかったが手術前夜ヒギンスの病室の当直であり、婦長ベイツの死体発見者である看護婦リンリイの五名を、ヒギンス及びベイツ殺害の容疑者として訊問した。探偵のにらんだように、この五名はベイツ婦長が殺される前後三十分間、みなアリバイがなかったのである。その翌日夜間当番だったリンリイが看護婦宿舎の二階の寝室に一人眠っていると、何者かがガス・ストーヴのせんを開き、彼女を毒殺しようとした。幸か不幸か、サンソン看護婦が発見してこん睡中のリンリイを抱いて階下へ伴ったが階段の中途でリンリイをおとし、人事不省のままリンリイは後頭部を強打した。今度もイーデン、バーンズ、サンソン、ウッズの四名は、リンリイの毒殺をはかる時間の余裕を持っていた。リンリイはすぐ回復したが、コックリル探偵は、彼女が後頭部強打のため脳に故障を生じ、手術することとし、四名の容疑者に立会わせて、ヒギンス事件の犯行現場を再現して、真犯人を発見しようとした。但し、今度はイーデンには執刀させず、パーディ医師が執刀、イーデンは助手となる。院長、探偵および事件に無関係の婦長カーターも、立会ってリンリイの手術が行われた。先ず麻酔が始まるとリンリイもヒギンスと同様な容態に陥る。探偵は麻酔を中止させ、犯人を指名した。その犯人は果してだれであろうか?
スタッフ・キャスト
フォトギャラリー
映画レビュー
3.0クリスティアナ・ブランドのコックリル警部もの『緑は危険』の映画化。内容はイマイチ……。
「青の恐怖」といわれてもピンとこないのだが、こちらの原題は『Green for Danger』。
なんと本作の原作は、クリスティアナ・ブランドの『緑は危険』(42)なのだ。
いままでクリスティアナ・ブランド原作の映画があるとは露知らなかったので、せっかくなのでテレワークを装って平日昼に観に行ってみた。
(その時間帯にしかやらないとか、サラリーマンにとってはほんとうに困るんだけどw)
クリスティアナ・ブランドは、世間的には長編『ジェゼベルの死』(45)と『はなれわざ』(55)(いずれも早川)でマニアのあいだで高く評価されているイギリスの女流探偵小説作家で、短篇集『招かれざる客たちのビュッフェ』(創元)も名作として世評が高い。
世代としてはアガサ・クリスティやドロシー・セイヤーズの次世代にあたる、40年代から50年代にかけて最も活躍した作家で、その作品はいずれも、トリックとロジックを重視した切れ味の鋭い謎解きが際立つ本格ミステリーぞろい。
なかでも『緑は危険』は、キャリア初期の佳品として知られる。
僕が読んだのはそれこそ30年近く昔で、正直内容自体もはやよく覚えていないのだが、
●第二次大戦の戦時下が舞台で、ロンドン空襲の爆音がとどろくさなかで展開される本格ミステリー的な殺人劇という意味では、ジョン・ディクスン・カーの『爬虫類館の殺人』を想起させる。戦争という大量死を伴う惨禍に、私的な思惑で行われる「個」の殺人とその捜査を対比させることで、本格ミステリーのもつ「死をゲームとして扱うことで逆説的に聖化する」機能が際立つ結果を生んでいる。
●病院の閉鎖的な空間&人間関係を舞台に、医師と看護師が展開する本格ミステリーという意味では、P.D.ジェイムズの『ナイチンゲールの屍衣』(71)を彷彿させる。
●殺人の動機の部分では、アガサ・クリスティの『鏡は横にひび割れて』(62)と似たタイプの、いかにもクリスティが好みそうな被害者像が設定されている。
さて、映画のほうだが……、
本格ミステリー映画としては、いろいろと緩いところもあるが、
コックリル警部役のアラステア・シムは悪くなかったのでは。
緩い部分があるというのは、本格ミステリーの「基本的な骨法」に副わない、単なるサスペンス映画のようなつくりになっているせいで、「謎解き」としての面白さがうまく機能していない点が散見されるのがもったいない、ということだ。
たとえば、せっかく「ここで私の鼻先に真相を示す証拠がぶらさがっていたのに、私はそれを見逃してしまった。あそこで気づいていれば、もう一人の貴重な命が失われずにすんだのに……」といった「そそる」ナレーションが中盤で入るわりに、終盤でそれの答え合わせをちゃんとやらないとか。
あるいは、最初の事件の手術室での描写自体が何をやっているのかとてもわかりにくいとか、検死報告や死因確定の部分の描写がいい加減なせいで、コックリルが決めつけで見込み捜査している風にしか見えないとか、第二の殺人の現場で立っていた手術着姿の人物(明らかに男)に関して解決篇で細かく説明されないとか、コックリルによる犯人指摘の根拠や説明がとても理詰めとは言い難いとか、いろいろ、パズラーとしてはひっかかる点が多い。
そもそも、わざわざダンス会場で「私は事件の犯人も知っているし、証拠も握っていて、それを誰にもわからない場所に隠している!」と全員の前で宣言した人間が、いきなり会場から飛び出していくのは不自然だし(安全な場所に隠していると公表するのは、通例なら自分の命の安全を保障するためのはずで、そこは泰然自若としていないとおかしい)、その人物が「安全なところに証拠は隠している」とあれだけ明確に主張しているにもかかわらず、相手が亡くなれば自動的に真実が露見するかもしれない危険も顧みず、一目散に相手を殺しに向かう犯人の思考回路もよくわからない(ブラフと踏んだ、ということか?)。結局、被害者が死んでも「隠していた証拠」が公になる気配は全然ないし……。ラストも、リンリー看護師を危険にさらす理由が果たしてあったのか、大いに疑念が残る。
ただ、コロンボ警部補の原型のような「よれよれのコート姿で人懐っこい態度で接するが、一度食いついたら犬のように放さない、粘り強い捜査を展開する」キャラクターを、アラステア・シムが楽しそうに演じていたのはよかった。原作に登場するコックリルは、「小男で、小太りで、禿げている、ヘビースモーカーの」人物で、ハットにこうもり傘で長身のアラステア・シムとは禿頭以外、似ても似つかない外見の設定だが、まあこれはこれでハマっていたような。
映画館でばったり会った知人いわく、アラステア・シムは英国の奇人変人俳優として当時大人気を誇った、かなりの変わり者だったらしい。
あと、冒頭から事件を解説するように流れるコックリル(=アラステア・シム)によるナレーションがいかにも気が利いている。
先に紹介した「事件の真相が鼻先に」の独白以外にも、最初の被害者登場のシーンで「丘を下って病院に向かうヒギンズ。なぜ彼から話を始めるかというと……最初に死ぬのは彼だからだ」とか、出だしの手術室にいる主要登場人物5人を映しつつ「この5人のうちの2人が殺される。そして……1人は殺人犯だ」とか、けれん味たっぷりでわくわくさせてくれる。
それと最後の最後で、このナレーション全体が、実はコックリルが上司に提出する●●の内容であることが明らかになるのも、結構笑える。
狭い病院の人物関係のなかで(しかも戦争の真っ最中なのに)、どろどろの恋愛劇が展開しているのは、いかにも40年代のメロドラマ風心理サスペンスといった感じ。
ひっきりなしにV1爆弾が空を飛び、轟音が鳴り響くなか、地下ホールでダンス・パーティーに興じる病院関係者たちの描写は、不屈のロンドンっ子魂を感じさせないでもない。
(実は、これの翌日に観た『報道前線』(41)という映画(サミュエル・フラー原案、フリッツ・ラングの演出をアーチー・L・メイヨが引き継いだもの)で、まったく同様のシーンがあったのには驚いた。空襲のさなかにホテルでダンス・パーティーとか、空襲警報で逃げ込んだ地下鉄内がレクリエーション施設みたいになってて盛り上がってるとか。戦時下のロンドンってこんな感じだったんだなあ。)
異常な速度で男女別々に回転しながら、相手をとっかえひっかえしてゆくせわしないダンスシーンには、物語内での人間関係も投影されていると考えるべきだろう。
その他、雑感。
●この映画の特異な一面として、BGMのつけかたがある。
前半はそれなりにおどろおどろしい雰囲気の曲をつけて、サスペンス調の雰囲気を盛り上げているのだが、ダンス・パーティーのシーン以降は、そのパーティーでかかっていた陽気なダンス音楽をベースに、曲調が一変する。コックリルが登場すると専ら明るい調子の音楽がかかり、アラステア・シムの大仰な演技も合わせて、明らかにコメディ風のテイストに拍車がかかる。
事件そのものは一貫して陰惨な内容でありながら、途中から妙に楽しげな雰囲気が漂うのは、音楽の力に依るところが大きい。
●この物語のメイントリックでは、「色」がきわめて重要な役割を果たしているにもかかわらず、あえて『青の恐怖』という邦題をつけたのは、いったいどこのバカの思惑なのか? 間違いなく『緑は危険』としか言いようがないお話なのだが……。信号機じゃないんだから、緑を青に言い換える理由が、僕にはちょっとよくわからない。
加えて、最後の決め所でも「色」がポイントとなってくるのだが、いかんせん「白黒映画」なので、そこが観ていてもよくわからない。これって、映画としてはけっこう致命的な気がする……(笑)。
●なかでコックリルが読んでいる本格ミステリー『誰がサイモン・ルメールを殺したか?』(ピーター・マムフォード著)が気になって、家に帰ってから検索してみたが、どうやら架空の本らしい。それらしい装丁まで作っちゃって(笑)。
●映画のなかで恋のさや当てをしているトレヴァー・ハワード(バーンズ麻酔医)とレオ・ゲン(イーデン医師)が、ちっともモテそうなタイプに見えないのも、映画の説得力を落としているかもしれない。だいたい、理由はなんであれ自分の手術中に患者が死んでいるのに、単に不満げなだけでしょんぼりする気配もないのは、バーンズもイーデンもたいがいろくでなしだと思う。登場人物が絞られているわりに、あまり各キャラクターの内面描写に深まりが見られず、女性キャラにも魅力がまるで感じられないのも、全体に面白みに欠ける大きな要因だろう。
●ラストの落ちは、あれでコックリルを責めるのは、さすがにちょっと無理があるような。むしろ某人物の挙動が不自然すぎるし、犯人をかばっているにせよ、説明不足ゆえにああいう結果になってしまった以上、こいつのほうが責められてもさすがに仕方がないのでは。
●原作を買い直したので、追って読み直してみます(笑)。
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