ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
劇場公開日:2024年6月21日
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解説・あらすじ
「ファミリー・ツリー」「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」の名匠アレクサンダー・ペイン監督が、「サイドウェイ」でもタッグを組んだポール・ジアマッティを主演に迎えて描いたドラマ。
物語の舞台は、1970年代のマサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校。生真面目で皮肉屋で学生や同僚からも嫌われている教師ポールは、クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることに。そんなポールと、母親が再婚したために休暇の間も寄宿舎に居残ることになった学生アンガス、寄宿舎の食堂の料理長として学生たちの面倒を見る一方で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリーという、それぞれ立場も異なり、一見すると共通点のない3人が、2週間のクリスマス休暇を疑似家族のように過ごすことになる。
ポール・ジアマッティが教師ポール役を務め、メアリー役を「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ」「ラスティン ワシントンの『あの日』を作った男」のダバイン・ジョイ・ランドルフ、アンガス役を新人のドミニク・セッサが担当。脚本はテレビシリーズ「23号室の小悪魔」「ママと恋に落ちるまで」などに携わってきたデビッド・ヘミングソン。第96回アカデミー賞では作品賞、脚本賞、主演男優賞、助演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされ、ダバイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞を受賞した。
2023年製作/133分/PG12/アメリカ
原題または英題:The Holdovers
配給:ビターズ・エンド
劇場公開日:2024年6月21日
スタッフ・キャスト
受賞歴
第81回 ゴールデングローブ賞(2024年)
受賞
最優秀主演男優賞(ミュージカル/コメディ) | ポール・ジアマッティ |
---|---|
最優秀助演女優賞 | ダバイン・ジョイ・ランドルフ |
ノミネート
最優秀作品賞(ミュージカル/コメディ) |
---|
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2024年9月29日
映画評論
深く、濃く、やわらかく、優しい。ノスタルジックな魅力溢れる人間讃歌
かつてウィスキーの広告で、「深く、こく、やわらかい」というキャッチコピーがあったが、この映画はまさにそんな言葉を彷彿させる。優しく、じわじわと温まる心地良い美酒のような効果。いきなりお酒の広告を思い出したのは、本作の主人公ポール(ポール・ジアマッティ)が...
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映画レビュー
4.5世代や立場を超えた魂の触れ合いから生まれる希望
70年代当時のミラマックスのロゴで始まる、あたたかい音楽と、人の不器用さを包み込むように描き出すストーリー。誰もが心の底にそっと隠している弱さや悲しみに優しく触れて、慰め励ましてくれるような作品だ。
キリスト教圏では、基本的にクリスマスは家族と過ごすものだ。人の生き方が多様化した現代はいざ知らず、1970年のクリスマス休暇に家族の元に帰れないというのは、現代の日本人の私が想像する以上に疎外感や孤独感を覚える状況だったのではないだろうか。
しかもアンガスは、帰れるつもりでいたのに終業日当日に母から帰ってこないよう連絡があったのだからかなりきつい。資産家と再婚した母親は、毎年クリスマスディナーは取り寄せで(他の場面で愛情を伝えていればそれでもいいのだが)、クリスマスグリーティングには現金を送りつけるのみ(これはいけない)。
嫌われ者の教師ハナムは、学校に大口の寄付をしている議員の息子に対しても成績に色をつけない信念の持ち主だが、クリスマス休暇の過ごし方にさえ揺らがない信念を持ち込む堅物でもある。
序盤、2人の相性は見るからに最悪だ。ハナムは休暇中なのに規律を強要し、アンガスは勝手にホテルに予約の電話をしたり、体育館で暴れて肩を脱臼したりする。だが、事務員のクレインのホームパーティーに行ったりメアリー手作りの料理でクリスマスを過ごすなど、小さな出来事を共にするうちに相手の本音や弱さを知り、心の距離が近づいてゆく。
本作が銀幕デビューのドミニク・セッサが、あの年頃の危なっかしさや不安をリアルに伸びやかに演じて、経験豊富なジアマッティやランドルフに負けない存在感を示していたのが印象的だった。
彼らが互いに少しずつ心を許してゆく過程がとても自然で、微笑ましかったり切なかったりして魅了される。それに伴ってそれぞれの悲しく重い背景も明らかになってゆくのだが、不思議と物語自体の印象がヘビーなものになったりはしない。堅苦しさや意地を張った態度の内側が見えてくると、表面的な印象とは違うその素直さや人間臭さ、ぬくもりに目が潤んだ。
息子を亡くしたメアリーは、アンガスとハナムを繋ぐ存在でもあった。クレインのホームパーティーで、息子の死を嘆き心を乱したメアリー。アンガスはハナムを呼びに行って2人で彼女のそばにいた。翌日のクリスマスにメアリーは料理の腕を振るう。食卓を囲む3人にはどこか気の置けない、擬似家族のような雰囲気がうっすらと漂い始めていた。
このかすかな絆が芽生えたからこそ、最初は亡くなった息子を思って学校にとどまっていたメアリーは、新しい命を宿す妹の元を訪れる決心がついたのではないだろうか。
一方、「バートン・マン」の精神として嘘をつかないことを重んじていた堅物のハナムは、アンガスに振り回されるうち、次第に言動が柔軟になってゆく。アンガスが自分と同じ向精神薬を服用していることや実父の真実などを知るにつれ、ハナムの心の殻が剥がれていった。
そして最後に、アンガスを迎えに来た両親の前でハナムは信条を曲げ大きくて正しい嘘をつき、アンガスの前途を身を挺して守った。この短くて濃いクリスマス休暇で、彼は鶏小屋のはしごのようだった人生に形式的な信念よりも大切なものを見出し、変わったのだ。
心和むあたたかさと、メインの3人それぞれに違う色合いで滲むペーソスが胸に沁み入る本作。ラストシーンを迎える頃、私はある作品を思い出していた。マーティン・ブレスト監督作品「セント・オブ・ウーマン」(1992年)。珠玉の名作という表現がよく似合う作品だ。
2作には共通点がある。アメリカの寄宿学校の生徒が、クリスマス休暇に帰省せず過ごす間に体験するエピソードであること。青年と老年期を迎えた男性が、孤独な環境にあって邂逅し、互いの人生観に影響を与え合う物語であること。学校の同級生が金持ちのクズであること(笑)。年長男性が青年の未来を守るクライマックス。車が遠くへ走り去るラストシーン。
だが本作は、メインキャストのキャラクターや関係性の違いによって、違うテイストの物語になっている。「セント・オブ・ウーマン」で、スレード中佐とチャーリーは親子のような関係になったが、ハナムとアンガスの間に醸成された関係性は友情に近いものに見えた。
根底で共通するのは、人が世代を超えて人生の苦楽の一片を共有し相手を認め合う時、そこに見えるのは純度の高い魂の触れ合いであり、その絆が生む希望は心に響くということ。その過程を丁寧に紡げば、必然的に見る者を癒す名作になるのだ。
5.0留学中の記憶を刺激された
疑似家族関係を描く秀作。クリスマスシーズンに全寮制の高校で、帰る家のない青年と、家族のいない教師、ベトナム戦争で息子を失った寮の料理長が束の間のホリデーをともにする。生徒は生意気な問題児だった。ことあるごとに教師にぶつかる。教師の方は気難しい性格で、生徒たちから嫌われている。ホリデーシーズンにも関わらず、寮での生活を厳しくルールで縛ろうとする教師に生徒はうんざりするが、料理長が緩衝材となっていって、打ち解けていく。
アメリカ人にとってのクリスマスシーズンは家族の時間。家族を持たない人はその団らんの輪を築けない。団らんの輪を築けない人同士がちょっとデコボコした輪を築く物語だ。筆者もアメリカ留学時代、その空気はちょっと体験した。学生はみなクリスマスには実家に帰るが、留学生はわざわざ帰らないので、クリスマスは孤独になる。やることなく手持ち無沙汰で一層の孤独感を感じたものだ。
クリスマス映画として異色の作品だと思うのだけど、誰にとっても大事なことが描かれていて、心が温まる素晴らしい作品だった。
4.5前向きなノスタルジーの成果。
1970年代というのは、映画でもポップ・ミュージックでもある種の黄金時代であり、ノスタルジックな憧憬の対象で有り続けている。ソダーバーグ、リンクレーターあたりに顕著だと思うが、アレクサンダー・ペインが70年代趣味を全開にしてきたのがこの作品。音楽のチョイス、映像や編集のスタイルなど、形から入れ!とばかりに、もう70年代にできた映画ですと言われても信じそうになるくらい、細部まで時代性を表現している。デジタル撮影なのに、35mmフィルムの上映用プリントまで作ったのも、監督の強いこだわりの現れだろうう。
じゃあ、ただの形式主義かというとそうではなく、70年代的なルックが、特に新味があるわけではないけれど、繊細で沁みる物語にピッタリあっている。というのも、ペインが参照している70年代が、しっとり、かつ飄々とした70年代ヒューマンドラマだから。アルトマンみたいに尖っているわけでもニューシネマみたいに抗っているのでもない。ハル・アシュビーとか『ペーパー・チェイス』とか『ヤング・ゼネレーション』とか、今では滅多に見られなくなった地味だけど愛すべきタイプの映画が、この時代にも価値を持つと信じているからこその、前向きなノスタルジーの成果なのではないだろうか。
4.5いい映画を見た、と幸福な溜息が出た
本作の序盤、寄宿学校で暮らす人々の関係性は不協和音に近いほどギクシャクしている。なかなか素直になれない。身の回りのすべてに反発する。あえて他者と距離をおく。自分は嫌われ者だと高を括っている・・・などなど理由は様々。彼らは家庭がとびきりの温もりに包まれるクリスマスシーズンにも帰省できない人たちなので、よっぽどの事情があるのは明らかだ。そんな「ワケありさん」たちが、誰もいなくなった学校で、まるで擬似家族にでもなったかのように過ごす数日間。最初はしょうがなく、しかし途中からは本心で、苦笑いを浮かべながらもぎこちなく、ありったけの心を持ち寄り始める姿がなんとも胸を打つ。自分のことだけで精一杯の意識にふと「他者のために」という気持ちが芽生える時、人は誰もがルビコン河に挑むカエサルになりうるのだろう。そうやって人生は押し開かれていく。監督によるジアマッティの演出が相変わらず冴え渡った至福の一作である。
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