コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第8回
2010年9月28日更新

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。
が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。
というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「チェイサー」

(C) 2008 Big House/ Vantage Holdings. All Rights Reserved.
夜のショットが多い。雨の場面も多い。題名にたがわず、主人公ジュンホ(キム・ユンソク)が不気味な殺人鬼のヨンミン(ハ・ジョンウ)を追跡するシーンも印象に残る。
ふたりは走る。ソウル西部の斜面に位置するマポ区マンウォンドンの狭い坂道を全力で疾駆する。長いシーンだ。合成や特撮を使わない追跡シーンだ。息を切らしたジュンホの肩から背中にかけて、逆三角形の汗じみが黒々と浮き上がる。
「チェイサー」は苛酷な映画だ。濃くて黒くて情念がむきだしで、話に救いはない。
元警官のジュンホは、小さなエスコート・サービス(デリヘルという日本語が汚らしいのでこう呼ばせてもらう)を経営している。
ある夜、彼のもとで働くミジン(ソ・ヨンヒ)という女が客の呼び出しを受けたあと、姿を消す。女を探しに出たジュンホは、とんでもない偶然で殺人鬼のヨンミンに遭遇する。ミジンを呼び出したのもヨンミンだった。
というわけで、「チェイサー」は犯人探しの映画ではない。犯人は最初から割れている。にもかかわらず、いったん逮捕された彼はふたたび野放しにされてしまう。警察が、笑ってしまうほど無能で愚かだからだ。監督のナ・ホンジンは、そこも容赦なく描き出す。
ジュンホはあきらめない。最初は商売を妨げられたことに対するささやかな腹立ちから出発した行動が、やがて損得抜きの執念と化していく。彼は走る。彼は追う。彼は戦う。だが、ジュンホはスーパーマンではない。ワイヤーアクションもカーチェイスも火薬の爆発も、この作品には出てこない。それでも、映画は躍動する。スリラーの基本もしっかりと押えられている。観客は息を呑む。猟奇的な描写は少なくないが、描写の残酷さよりも映画を覆う空気の濃密さが上回っている。
_______________________________________________
「チェイサー」
WOWOW 10月1日(金) 23:40~01:46
英題:The Chaser
監督・脚本:ナ・ホンジン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ
2008年韓国映画/2時間6分
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アパートの鍵貸します」

写真:AFLO
この映画の公開時、監督のビリー・ワイルダーは54歳、主演のジャック・レモンは35歳だった。ふたりが組むのは、1年前の「お熱いのがお好き」につづいて2度目のことだ。
いまとなっては信じがたいことだが、その少し前まで、レモンは二流のコメディアンと見なされていた。芝居が大げさで、ついつい上滑りすることが珍しくなかったからだ。
が、「アパートの鍵貸します」のレモンは、完全に自分のペースをつかんでいる。お人好しで臆病だが、どこかずる賢くてちゃっかりしたエブリマン。レモンが演じた主人公バドを要約すると、およそこんな感じになる。
保険会社の平社員バドは、マンハッタンのアッパーウェストのアパートに住んでいる。だが彼は、好きなときに部屋に戻れない。複数の上役にときおり部屋を又貸ししているからだ。上役たちは、アパートをラブホテル代わりに使う。バドはその見返りに、社内での評価を上げてもらおうと目論んでいる。
そこでバドのじたばたがはじまる。といいたいところだが、事態はもう少しややこしい。彼が好意を寄せるフラン(シャーリー・マクレーン)と人事部長(フレッド・マクマレイ)の仲がこじれ、フランがバドの部屋で自殺未遂事件を起こしてしまうからだ。
さて……というわけで、映画は巧みに作られている。おかしくて皮肉が利いていて、ほんのりと哀愁を漂わせる。これがもっと辛辣で、もっと破天荒な展開を見せていたら、映画史に異彩を放つ怪作となったはずだが、そこまで望むのはないものねだりというものだろう。狂気の笑いにいたる手前でくるりと回転し、きれいに着地してみせるのはワイルダーの得意技だった。だからこそ、彼のコメディはあれだけ幅広い支持を得たのだと思う。
_________________________________________________
NHK衛星第2 10月7日(木) 0:45~2:51(6日深夜)
原題:The Apartment
監督:ビリー・ワイルダー
出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、フレッド・マクマレイ
1960年アメリカ映画/2時間5分

映画.com注目特集
3月25日更新
【“鑑賞確定”の超期待作】広瀬すず×杉咲花×清原果耶主演×「はな恋」製作陣…そして涙腺崩壊へ
提供:リトルモア
【前代未聞のオール社畜レビュー】史上最凶のブラック仕事を描いた痛快作…社畜が観たらどうなった!?
提供:ワーナー・ブラザース映画
【ついに見放題“最速”配信中!!!】観たかった人も、何度も観た人も今すぐ観て!【ネタバレ厳禁】
提供:JCOM株式会社【衝撃の問題作】異常なクオリティで世界が熱狂…“絶対的支持”の理由を徹底解説!
提供:ディズニー
【ラスト5分の破壊力】そして“観たことないシーン”のゲリラ豪雨に、感動を超えてもはや放心状態――
提供:東和ピクチャーズ【映画2000円は高すぎる!!?】知らないと損な“1250円も安く観る裏ワザ”、ここに置いときます
提供:KDDI
【探す時間、ゼロ】家のテレビが「あなただけの24時間シアター」に!(提供:BS10 スターチャンネル)
- 映画評論
ミッキー17原作以上に高密度な“クリーチャーもの”としての構え
- 映画評論
ベイビーガール監督の野心的試みがニコール・キッドマンの挑戦の心とスリリングに共振する
- 映画評論
エミリア・ペレス現実離れした設定や展開に“リアリティ”を与える<ミュージカル>という形式
- コラム
第271回:「悪い夏」から考える「日本アカデミー賞受賞に有利な3人の俳優」とは?- 細野真宏の試写室日記 -
- コラム
第49回:ビギナー必見!映像制作の基礎知識と映画業界への入り方- 下から目線のハリウッド -
俳優・監督ランキング
1
吉永小百合関連作品てっぺんの向こうにあなたがいる
2
河合優実関連作品今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は
3
間宮啓行関連作品蜷川幸雄シアター「ヴェニスの商人」(彩の国シェイクスピア・シリーズ)
4
永瀬廉関連作品ふれる。
5
キム・セロン関連作品雪道
映画ニュースアクセスランキング
本日
1
山寺宏一、「119エマージェンシーコール」最終話に通報者の“声”で登場! 「声が誰だとか気にせずドラマに没頭して見ていただけたら」
2025年3月24日 20:002
鑑賞後に号泣→その様子をTikTokに投稿するブームが発生「おばあちゃんと僕の約束」特報&場面写真公開
2025年3月24日 09:003
「白雪姫」が首位、「少年と犬」「侍タイムスリッパー」「教皇選挙」が上位にアップ【映画.comアクセスランキング】
2025年3月24日 14:004
「REC レック」監督最新作「VENUS ヴィーナス」5月9日公開 怪異×犯罪組織×ダンサーの三つ巴バトル
2025年3月24日 19:005
A24作品を毎月24日に特別上映 第4弾はR18+の「ミッドサマー ディレクターズカット版」に決定
2025年3月24日 18:00
今週
1
養女に迎えた7歳の少女の“正体”は、本当に成人女性なのか? 全米を騒がせた実話を基にした衝撃作、配信開始
2025年3月20日 09:002
ホラーシリーズ最新作「ソウ11」がキャンセル
2025年3月21日 23:003
【当選倍率140倍】ミセス大森元貴&「timelesz」菊池風磨主演「#真相をお話しします」完成披露に揃い踏み
2025年3月17日 20:284
笑福亭鶴瓶&原田知世「35年目のラブレター」ロケ地“奈良”に凱旋! 西畑保さん“本人”も登場
2025年3月18日 16:005
女優で歌手で潜入工作員…さらに射撃の名手! ガイ・リッチー新作「アンジェントルメン」本編映像
2025年3月19日 08:00