コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第107回
2022年6月3日更新

第75回カンヌ国際映画祭総括 ゼレンスキー大統領のスピーチで開幕、受賞作には政治的、社会的なテーマ

Photo by Dominique Charriau/WireImage
「ザ・スクエア 思いやりの聖域」のリューベン・オストルンドが新作「Triangle of Sadness」で2度目のパルムドール受賞を果たした第75回カンヌ国際映画祭が、5月28日に閉幕した。
今回のカンヌを総括するなら、開幕式にウクライナのゼレンスキー大統領がオンラインでスピーチしたことに象徴されるごとく、全体的に政治的、社会的なテーマが強調されたことだ。
パルムドール作品は、キャピタリズムと成金の価値観を徹底的に皮肉ったものであるし、ソン・ガンホが堂々男優賞を受賞した是枝裕和監督の「ベイビー・ブローカー」も、我が子を捨てざるを得ない母親の姿を通して、社会のあり方をあらためて見つめ直させる。
今年特別に創設された第75回賞を受賞したダルデンヌ兄弟の「Tori et Lokita」は、故国を離れ亡命者となった子供たちを取り巻く不条理な社会を冷徹に浮き彫りにした。
女優賞に輝いたイラン人のザール・アミル・エブラヒミが主演した「Holy Spider」は、実際にイランで起きた娼婦連続殺人事件を元にした物語。「ボーダー 二つの世界」で世界を震撼させたアリ・アッバシ監督が、事件を調査する女性ジャーナリストの視点から、女性蔑視の社会の実態を描き、再び観客に衝撃をもたらす。

さらに脚本賞に輝いたタリック・サレの「Boy From Heaven」は、エジプトの大学を舞台に、イスラム過激派が大学組織に深く浸透している実態を描いてみせた。サレは記者会見で是枝監督の「万引き家族」を引き合いに出し、「もしかしたら日本の権威者にとっては知られたくない面を語っているかもしれないが、それを伝えるのはとても大事なこと。自分の映画では、エジプトの実態を世界に知ってもらうことが使命だと思った」と語った。
賞には絡まなかったが、ロシア当局からしばらく軟禁されていたキリル・セレブレンニコフ監督(「Tchaïkovsky’s Wife」)や、ウクライナ東部で親ロシア派に囚われた後に解放された女性兵士を描いた「Butterfly Vision」をある視点部門に出品したウクライナ人監督マクシム・ナコネチュニー、ドキュメンタリー「The Natural History of Destruction」をアウト・オブ・コンペティションで披露したセルゲイ・ロズニツァの存在などが、より一層、映画祭の政治色を浮き彫りにした。ディレクターのティエリー・フレモーは開催前にウクライナ支持を表明し、ロシア当局に繋がりのある映画関係者やジャーナリストを受け入れないと公言。また映画祭会場には、ウクライナ支援用の募金箱なども置かれていた。
もっとも、こうした硬派な姿勢の一方で、「トップガン マーヴェリック」でトム・クルーズを招聘し、ティーチ・インを開催したり(わざわざ空軍のジェット機まで飛ばす派手な歓迎ぶり)、バズ・ラーマンの「エルヴィス」をアウト・オブ・コンペティションとして上映するなど、ハリウッド映画も混ぜたバランス感覚を失わないのがカンヌらしい。今回カンヌはトム・クルーズに名誉パルムドールを授与したが、フレモーは壇上で彼の映画人としてのキャリアを讃え、「彼のフィルモグラフィーに駄作はない。そして彼はつねに、映画館で観る映画を作り続けることに全霊を傾けてきた人だ」と賞賛。なるほど、いかにもカンヌらしい視点であると納得させられた。
地域別に見れば、韓国勢とベルギー勢の健闘が挙げられる。韓国は「ベイビー・ブローカー」、監督賞に輝いたパク・チャヌクの「Decision to leave」、「イカゲーム」のイ・ジョンジェの初監督・主演作で、ミッドナイト枠で上映された「Hunt」などがあり、それぞれ韓国エンターテインメントの底力を感じさせた。
ベルギーはダルデンヌ兄弟の他、「Girl ガール」のルーカス・ドンの新作で、グランプリに輝いた「Close」、「ビューティフル・ボーイ」のフェリックス・バン・フルーニンゲンがシャーロット・バンデルミールシュと共作し、審査員賞に輝いた「The Eight Mountains」の3作品が、賞に絡んだ。

日本映画としての快挙はなんといっても、ある視点部門に出品された早川千絵監督の「PLAN 75」が、初監督作に送られるカメラドールの「スペシャル・メンション」に輝いたことだろう。同部門で日本映画に授与されるのは、カメラドール受賞の河瀬直美監督の「萌の朱雀」以来、25年ぶり。その河瀬監督は今回「東京2020オリンピック SIDE:A」をカンヌ・クラシックで上映していた一方、早川監督はもともと「PLAN 75」をオムニバス「十年 TEN YEARS JAPAN」の短編の1つとして制作しており、そのエグゼクティブ・プロデューサーを務めたのが是枝監督であるという点で、不思議な巡り合わせを感じた。
審査員長のロッシ・デ・パルマに、「この作品はわたしたちが必要とする映画です」と称された早川監督には、これからもマイペースで我が道を貫いて欲しいと思う。(佐藤久理子)
筆者紹介

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato

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